みたらし加奈と考えるメンタルヘルス 記憶と響き合う作品群の前で

森美術館で開催中の『アナザーエナジー展』は、キャリア50年以上、世界14か国で活動する72歳から106歳までのアーティストたちの作品を紹介する展覧会だ。参加する16作家は全員が女性となる。

「キャリア50年以上」と言葉にしてしまえばシンプルだが、揺れ動く社会のなかで、つねに自らの信念や願いを追求してきた彼女たちの道のりには、数えきれないほどの葛藤や物語があったことだろう。

仮にいたって平和な社会に生きていたとしても、自分のなかに渦巻くエネルギーをつねにポジティブに捉え続けられる人はいない。傷ついたり、もがいたり、立ち直ったりしながら、少しずつ自分の輪郭を確かめていくのが人間という生き物ではないだろうか。

そんななかで自らの内面と向き合い、活動を続けていくための秘訣はどこにあるのだろう。国際心理支援協会でカウンセリングをしながら、TwitterやInstagram、TikTok、YouTubeなどのSNSで情報発信を続ける臨床心理士のみたらし加奈に、『アナザーエナジー展』の会場で話を訊いた。自らも傷つき、立ち直ってきた経験を持つみたらしの言葉に、ぜひ耳を傾けてほしい。

ポッドキャストでも、みたらし加奈によるトークを配信中。聞き手は「自分らしく生きる女性を祝福するライフ&カルチャーコミュニティ」She isで編集長を務め、現在はme and you, inc.の取締役を務める編集者の野村由芽。ポッドキャストの後編には、『アナザーエナジー展』を担当した森美術館アソシエイト・キュレーター・德山拓一も登場する。よりディープな対話を楽しみたい方は、ぜひ音声版もあわせてチェックしてほしい(Spotifyを開く

ベッドから出られない人にも情報を。SNSでメンタルヘルスについて発信するまで

みたらし加奈(みたらし かな)
1993年生まれ東京都出身。大学院で臨床心理学の修士課程修了。臨床心理士として勤務する傍ら、メディアとSNSを通してメンタルヘルスや性被害の正しい認知を広める活動をしている。同性パートナーとともに運営するYouTubeチャンネル『わがしchannel』では、ライフスタイルやファッション、美容などの情報を発信している。

―みたらしさんはメンタルヘルスにまつわる情報を広める活動をされていますが、きっかけは何だったのでしょうか?

みたらし:私が「心」について向き合うきっかけになったのは、高校1年生のときの経験でした。それまでの人生で悔しかったり、傷ついたりしたときの気持ちが自傷行為というかたちで表に出てしまったんですね。

最初は「自傷行為」という言葉を知らなかったので、ある種の表現の1つとして、自分の皮膚や体を傷つけていました。自分自身でも「これは何だろう」と思いながら。

その後、大学に進学するタイミングで親友が臨床心理学を学べる学部に行こうかなと言い出して。そこで私も臨床心理士という仕事を初めて知ったんです。色々気になったことを調べてみると、自分がいままでやってきた行為がどういうことだったのか、点と点がつながった感覚がありました。

それまでの私は、メンタルヘルスや臨床心理学について、どこか遠いところにあるものだと思い込んでいたんです。でも、自分にも置き換えられることだと気がついて、そこから興味を持ち出したという経緯です。

―そういったご経験を踏まえて、いまはメンタルヘルスについての情報をSNSという身近なプラットフォームを通じて発信されています。SNSを選んだのにはどういった想いがありましたか?

みたらし:自分は臨床心理士として総合病院の精神科に勤めていたんですが、重症化してからやっと病院にかかる患者さんがとても多くて。

本人がいくら病院に行きたいと望んだとしても、周りの人の偏見によって妨げられてしまったり、逆に「メンタルヘルスを崩すわけがない」という本人の思いによって、生活ができなくなるくらいまで症状を悪化させてしまうケースが後をたたなかったんです。

精神疾患は体の病気と一緒で、早く治療すればするほど、その後の回復が早くなるといわれています 。だからこそどうすれば早く情報を届けられるかなと考えた時に、SNSを選びました。

しんどくて苦しいときには外に出るのも億劫になるじゃないですか。ベッドのなかでずっと携帯をいじっていたりとか。だからこそ、そのスマートフォンの画面のなかに自分を理解するヒントや病院を受診するきっかけがあればと思い、情報発信を始めました。

みたらしはTwitter、InstagramのほかTikTokやYouTubeでも発信を行なっている

パートナーの存在が気づかせてくれた自分自身の痛み

―みたらしさんご自身は、傷をおった状態からどのように立ち直り、能動的に人生を考え、進んでいくことができたのでしょうか。

みたらし:大学院で臨床心理学を学ぶなかで、自分の身に起きたことがどういう現象だったのか、理解できるようになっていったんです。

そうすると「自分のこの体験には、心理学だとこういう名前がつくんだ」と気がつく瞬間がたくさんあって。そうして自分の人生を少し客観視できるようになったときに「私の人生は私のものなんだな」という実感も少し湧いてきました。

加えて、自分が能動的に自分の人生を歩めるようになった理由には、いまのパートナーとの出会いも大きく関係しています。

―YouTubeの「わがしチャンネル」でともに発信をされているMikiさんですね。

「わがしチャンネル」ではみたらし(Kana)とパートナーのMikiがライフスタイルやファッション、美容などの情報を発信している

みたらし:はい。Mikiと出会ったとき、私はまだ自傷行為がやめられていなかったのですが、そのときにMikiが「痛いよね、痛いよね」と言って傷を手当てしてくれたんです。

ケースにもよると思いますが、自傷行為をしているときって、不思議と自分は痛くないんですよ。臨床心理の用語では「解離している」と言うんですが、自傷行為をしている自分を上から見ているみたいな感覚で。

でも、Mikiが「これは痛いんだよ」と教えてくれて。そのときに私は初めて「あ、痛いんだ」と気がついたんです。

そこからだんだん自分の痛みや苦しみに気がつきはじめて、解離していた自分が少しずつ自分の体に戻ってくるような感覚がありました。

知識や支えてくれる人の存在によって苦しみの正体を客観的に知ることで、ようやく自分の傷の深さを理解できることもある。

『アナザーエナジー展』の会場をゆっくりと巡るみたらし加奈

―Mikiさんは「自傷行為はダメ」と禁止するのではなく「痛いよね」と言ってくれたんですね。

みたらし:そうなんです。私が本来感じているはずの感覚を教えてくれた。臨床心理士の仕事としても、クライアントさんの感覚に目を向けるのはすごく大切なことだと感じています。

例えば「全然苦しくないよ」とか「仕事は忙しいけど全然大丈夫」と言っている人に「もしかしたらしんどいかもよ」「体はもう限界かもしれないよ」と声をかけると、はじめは「何でそんなこと言うの」と戸惑うこともありますよね。

―「私は大丈夫なのに」ということですか?

みたらし:はい、自己防衛してしまうんです。でも自己防衛するということは、本当は無意識の中で「しんどいこと」に気づいているんですよね。自分の守っていたものが揺さぶられる感覚というか。

しんどい思いを表に出してしまうと、ギリギリのところで成り立っているバランスが崩れてしまうのではないかという恐怖を抱く人も多いと思います。けれど結果的には自分のしんどさに目を向けたほうが、精神が健康でいられるのだと考えていて。

―本当にそうですね。生きている過程でさまざまな感情があるはずなのに、社会に出るとそれを置いてけぼりにしてしまう場面が多いですよね。

『アナザーエナジー展』鑑賞中のみたらし加奈

まずは自分が何に傷ついているかを考えてほしい。悩んだときの3ステップ

―みたらしさんはメンタルヘルスケア・メンタルケアの情報を広めていますが、実際に悩んだときや傷ついたときにできる行動の第一歩があれば教えてもらいたいです。

みたらし:さきほどのMikiの話にも通ずるんですが、やはりまずは自分が何を苦しいと思っていて、何に傷ついているのかという感覚に向き合ってあげるのが良いと思います。

一般的に「自傷行為」と言うと、すごく遠いことに感じたり、過激なトピックのように思われがちなのですが、たとえば髪を抜いたり唇の皮を剥いたり、手に負えない量の飲酒をしたり、不特定多数の人と性行為をすることも自傷行為に含まれる場合があるんです。自覚していない人も多いと思うのですが、ストレスサインは誰しもに出ていて。

肩こり、頭痛や目の痙攣、息のしづらさなんかも、心からきている場合もすごく多いんです。そういうことを知ったうえで自分の感覚に寄り添ってあげると「あ、これは自分が助けを求めているサインなんだな」と気づけるようになってくる。

みたらし:サインに気づいたら、例えば休みの日はお家でゆっくり過ごしてみたり、お風呂にゆっくり浸かってみたり、できる範囲で自分を労ってみてほしいです。それでも体がストレスサインを発し続けるのであれば専門機関、心療内科・精神科・カウンセリングなどに行ってみる。

気づく、自分で対処する、専門機関を頼ってみる、という3ステップを知っておくとよいのではないでしょうか。

―すごく大切なことですね。みたらしさんはご自身の傷と向き合い、今ではメンタルヘルスについて発信されていらっしゃいますが、それでも生活していると、いいこともあれば、うまくいかないこともあるのではないかと思います。日々揺れ動く状況や感情のなかで、前に進んでいくエネルギーはどこから湧いてくるんでしょうか?

みたらし:もしもいつか自分が望んでいること、例えば同性婚が実現したら、未来の私は「そのために何ができていたんだろう」と考えると思うんです。そのときに「私にできることがもっとあったんじゃないか」と後悔しないように、活動を続けています。

『アナザーエナジー展』鑑賞中のみたらし加奈

みたらし:もちろん「もう今日は発信をやめたいな」「今日はサボってもいいや」という日もあるんです。そのときはそのときで、手放すことにしています。やはり資本は自分なので。

私が倒れたときはほかの人たちに任せるし、みんなが心折れそうになったら私がそのバトンを受け継いでいく。そんな連帯している感覚が活力になっていますね。いろいろな人がさりげなく支えあっているからこそ、自分のエネルギーが発揮できるんだと思います。

―「手放す」というのがすごくいいですね。お互いに、できるときもあれば、できないときもあることを知ったうえで、補い合いながら関係や社会をつくっていけるといいですよね。

辛いときに絵を描いていた記憶と響きあう作品群

―未来の自分を想うことが、いまの自分のエネルギーになっているというお話がありましたが、今回みたらしさんにご覧いただいた『アナザーエナジー展』にも、50年以上のキャリアを持つ作家たちの足取りを感じられる部分があったかと思います。展示をご覧になっていかがでしたか?

三島喜美代の『作品92-N』(1990-1992年)を前にするみたらし加奈

みたらし:展示を観ているあいだ、込み上げてくるものがあり、泣きそうになってしまいました。それぐらい作品を制作された方々の想いやパワーが詰め込まれているなと感じて。

展示のタイトルにもなっている「エナジー」は、言語化するよりも作品として提示されたほうが、より繊細に受け取れる部分があるのかもしれないと思います。

―今回の展示を担当されたアソシエイト・キュレーターの德山拓一さんにもお話をうかがえたらと思います。みたらしさんの感想を聞いていかがですか?

德山:ぼくは今回『アナザーエナジー展』をつくるまで、西洋の白人男性を中心にした「現代美術」の文化やルールに縛られている部分があったんです。

けれど『アナザーエナジー展』の作家たちとコミュニケーションを重ね、少しずつ視野を広げられたことで、目の前の作品により素直に感動できるようになりました。たとえば、小学校の図工室に飾られている作品に心動かされたり。

そうしてぼくが最近やっと手にした感覚を、みたらしさんは最初から持っていらっしゃったのだと思います。

左から:MCの野村由芽、みたらし加奈、森美術館の德山拓一

みたらし:ふふふ。私はそもそもアール・ブリュットと呼ばれる、精神障がい者の方が描いたアートにすごく興味があったんです。抑圧されているエネルギーがアートとしてフルにキャンバスにぶつけられていくことに感銘を受け続けていて。

私自身も、自分がしんどいときに言語化できない気持ちを絵にしていたことがあったんです。だから『アナザーエナジー展』の情報を見たときに、私の記憶の片隅にもこれがある気がする、という予感がありました。

今回の展示はもちろんアール・ブリュットとは違うのですが、作家さんたちのインタビューで堰を切ったように言葉が出てくる様子などを観ていると、ずっと口を塞がれていたからこそ出てくるエネルギーもあるのではないかと感じます。

スザンヌ・レイシー『玄関と通りのあいだ』(2013 / 2021年)の一部とみたらし加奈

―差し支えのない範囲でおうかがいしたいのですが、みたらしさんはどんな絵を描いていたのですか?

みたらし:はじめは赤や黒の色を使って、臓器や脳など、自分の体の内側の絵を描いていることが多かったです。

ただ、Mikiと出会ってからはいろいろな色彩にチャレンジできるようになった気がします。少し柔らかい色味を使ったり。

―絵から内面の変化がすごく見えてきそうですね。『アナザーエナジー展』にも、体内を描いた作品がありました。

德山:アンナ・ベラ・ガイゲルというブラジルの作家の『内臓位相』シリーズですね。人間の内臓を宇宙や世界の象徴と捉え、政治状況や社会の様子をメタファーとして描いています。みたらしさんも作品の前で立ち止まっておられましたね。

アンナ・ベラ・ガイゲル『まな板のうえの肉―内臓位相』(1968 / 1969年)

みたらし:そうですね。体って、いまこうやって話してる間も細胞分裂を繰り返していて、本当に小さな宇宙だなと思うんです。

私の場合、世の中には虚構が多い一方で、内臓や人の体には真実があるという部分に惹かれていたのですが、彼女の場合はどうだったんでしょうか。

德山:アナベラはブラジルの政治的な状況が安定しない時期に活動を開始したので、周りで起きている内乱や紛争を表現するために、内臓に注目したのだと思います。世の中と自分の体内を並べて考えるという意味では、みたらしさんと共通する部分がありますね。

裏側にこそ、その人自身が現れる。フィリダ・バーロウの作品と対面

―みたらしさんがほかに気になった作品はありましたか?

みたらし:本当にたくさんあるんですけど、展示の一番最初にあるフィリダ・バーロウさんの『アンダーカバー2』は印象的でした。

私はあの作品を観たとき、表側よりも裏側が彼女を表しているんじゃないかと思って。膨張し続けるエネルギーを支える柱や、作品が立っている絶妙なバランスに、すごくパワーを感じました。

フィリダ・バーロウ『アンダーカバー 2』(2020年)とみたらし加奈

德山:フィリダ・バーロウはイギリスの作家で、彫刻をずっとやっている方です。今回は展示室をめいっぱい使った、観客が飲み込まれてしまいそうな巨大な作品を紹介しています。

みたらしさんがおっしゃったように、観る角度によって作品の情景が一気に変わるんですよね。そこで彫刻作品と観客との特殊な対話の関係が生まれるという。なかなか言葉で説明するのが難しい作品なんですけれど。

―表ではなく裏に目を向けるというのがすごくみたらしさんらしい視点だなと思いました。どうしてそこに面白さを感じたんですか?

みたらし:フィリダさんがその意図を持ってつくっているかはわからないですが、私は人って裏側にこそ人間味とかその人自身が現れるなと思っていて。

だから今回の作品の、カラフルで膨張しているような、人を驚かせそうな表面と、それをしっかり支えている無数の木の棒の関係が気になったんです。もしかしたら裏側に彼女はいるのかな、と空想したりしました。

德山:あの作品のタイトルには「アンダーカバー=何かを包み隠す」という意味も含まれているので、裏側から観ると彼女の本心や作品の本質が見えるという解釈は面白いですね。

―キュレーターとして、あの作品を展示の最初に置いたことには、どういった意図があるんですか?

德山:来た人をびっくりさせようと思って(笑)。

みたらし:(笑)。

德山:「おばあちゃんの展覧会でしょ」と思ってきた人が、最初に圧倒されるという。とてもカラフルで、巨大ですし。

―まんまと結構びっくりしますよね。

みたらし:そうですよね、インパクトがすごいですもん。

パワースポットとしての『アナザーエナジー展』

―最後にみたらしさんに、展示タイトルにもなっている「アナザーエナジー」について、どういうふうに捉えられたかおうかがいしたいです。

みたらし:私にとって、この展示はパワースポットだと思いました。一般的にパワースポットって、自分以外の何かからエネルギーを受け取って、勇気づけられたり感銘を受けたりできる場所だと思っていて。

さまざまな年代のさまざまな女性が、作品をとおしたエネルギーを美術館に置いてくれいて、そこに触れることで自分自身がエネルギーを得ることができる。『アナザーエナジー展』は、そんな場所だなと思いました。

德山:素晴らしいキャッチコピーですね、すぐに使いたいくらいです(笑)。

イベント情報
『アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人』

2021年4月22日(木)~9月26日(日)
会場:東京都 六本木 森美術館
時間:10:00~20:00(当面、時間を短縮して営業。火曜は17:00まで)

書籍情報
『マインドトーク あなたと私の心の話』

2020年6月30日(火)発売
著者:みたらし加奈
価格:1,540円(税込)
出版:ハガツサ ブックス

サイト情報
HILLS LIFE DAILY

HILLS LIFE DAILYは、いつも新しい「何か」が起こる街 ヒルズを舞台に、都市生活を楽しむためのアイデアを提案してゆくメディアです。

プロフィール
みたらし加奈 (みたらし かな)

1993年生まれ東京都出身。大学院で臨床心理学の修士課程修了。臨床心理士として勤務する傍ら、メディアとSNSを通してメンタルヘルスや性被害の正しい認知を広める活動をしている。LGBTQについての関心がある。パートナーとともに運営するYouTubeチャンネル『わがしchannel』では、ライフスタイルやファッション、ビューティの情報を発信している。



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