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「表現の自由」が制限された社会はどうなる?タイの実情から考察

『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』
テキスト
野路千晶
撮影:越間有紀子
「表現の自由」が制限された社会はどうなる?タイの実情から考察

「逮捕」「拘束」「爆破予告」といった、アートに似合わない言葉が並ぶタイの状況

行動や言論が厳しく制限される社会において、アートにはどのような「抜け道」が残されているのか? 近年の軍事クーデター以降、警察や軍による言論統制や市民の相互監視という、きわめて不自由な状況が伝えられるタイのアートシーンと表現者たちのいまを語るイベント『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』が3月12日、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]の主催で原宿のGRAINにて開催された。

『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』の様子
『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』の様子

登壇者は、タイからアーティストのアティコム・ムクダプラコーン、インディペンデントキュレーターのペンワディー・ノッパケット・マーノン、アートライターのジュダ・スー。そして、2014年のタイ滞在を契機に、タイと日本をつなぐさまざまなイベントを継続して企画し、実行している日本人アーティスト、小鷹拓郎の四名。トークで明らかになったのは「逮捕」「拘束」「爆破予告」といった、アートイベントにはおよそ不似合いな言葉が並ぶタイの状況と、表現者たちによる、その突破口の模索だった。

「歩く」だけのパフォーマンスで、アーティストが逮捕される事態も

現在のタイのアートシーンは、不安定な政治・経済状況からの影響を受けながらも、若手アーティストやキュレーターが中心となった、オルタナティブスペースでの活動が行われているそうだ。キュレーターのマーノンは「タイにおいて現代アートが生み出される場はNPOが主体となったオルタナティブスペースと、コマーシャルギャラリーの二つに分けられる」と話す。

左から:ジュダ・スー、ペンワディー・ノッパケット・マーノン、アティコム・ムクダプラコーン、小鷹拓郎
左から:ジュダ・スー、ペンワディー・ノッパケット・マーノン、アティコム・ムクダプラコーン、小鷹拓郎

しかし、2014年のクーデター以降は、そんなインディペンデントな活動領域にもさまざまな弊害が及んでいる。マーノンが主宰する団体「アンツパワー」では、自由民主制や公正な選挙のためにバンコクの街中で白い風船を放つパフォーマンスを、チェンマイを拠点とするアーティストのムクダプラコーンも、広場で食事をしながら意見を交わし、政治的意思を示すイベントなどを行っていたが、クーデター以降はそうした自由な雰囲気も一変。同年にはバンコクとチェンマイで、軍事政権を批判する2人のアーティストが「歩く」だけのパフォーマンスを行って逮捕されるという事件も起こっている。

ムクダプラコーン:最近は内容が政治的であってもなくても、イベントを開催するたび、軍や警察が監視にやってくるような異常事態です。観客に混じって話の内容をチェックしたり、来場者の様子を写真に収めているので、緊張感が漂うんですよ(苦笑)。新たなオルタナティブスペースが生まれる一方で、軍や警察の介入によってクローズするスペースも多いのですが、そうすると、スペースを運営する側が培ってきた経験や知識がリセットされてしまい、発展することもできないのです。

『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』の様子
『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』の様子

現状を記録して、次の世代に引き継ぐことが、未来へ希望をつなぐ

軍や警察の介入によって抑圧されるタイのアートシーン。イベント後半には、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]のキュレーター堀内奈穂子より登壇者に対して、いま直面しているタイの実情についての問いかけがあった。そこで出てきたのは、イベント開催前に会場の爆破予告を受けたエピソードや、文化的な活動によって警察のブラックリストに入れられ、なかば誘拐に近いかたちで拘束されてしまう危険性の話など、いずれも「語るべきことを表明できないイベントや展示は開催する意味がない」という結論にアーティストが追いつめられてしまう深刻なものだ。

『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』の様子
『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』の様子

一方で、表立った活動を制限されるアーティストたちが重要視し、共通して行っていることの一つが、そんな現状やヒストリーのリサーチ、アーカイブだという。たとえば、郊外には豊かな自然、水田が広がるチェンマイでは、国際的に活躍する現代アーティスト、リクリット・ティラヴァーニャとカミン・ラーチャイプラサートが、美術と農業の価値を結びつけるアートプロジェクト『The Land Foundation』を実践しているが、こうした無形の活動を記録していくことはその一つだ。

『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』会場風景
『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』会場風景

また、タイで数年おきに発生する軍事クーデターと、その度に更新される憲法、変化する社会情勢に対して、過去20、30年、アーティストはどのようにリアクションしてきたかを調査。あるいは、国外の文化機関の助成を受けて世界各国をリサーチすることで、自国の状況を鑑みること。これらは登壇者全員が実行していることだという。

過去の人々が文化や表現で、社会にどのように対峙してきたのか? 権力による抑圧が横行するこの国で、いまなにが行われようとしているのか? そんな事実を一つひとつ丁寧に調べ、忘れ去られないように蓄積し、次世代へと受け継いでいく……。一見不自由にも見えるタイのアーティストたちだが、彼らは来るべき将来への布石を打っておくことで、抜け道を開拓している最中なのかもしれない。そんな思いがよぎったイベントだった。

イベント情報

『Thai Art Night:網目をくぐれ!タイの最新アート事情』バンコクとチェンマイよりアーティスト、キュレーター、ライターを迎えて

2016年3月12日(土)17:00~20:00(トークは17:30より)
会場:東京都 神宮前 GRAIN/キッチン+イベントスペース
定員:20人
料金:無料
主催:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
平成27年度文化庁文化芸術の海外拠点形成事業

プロフィール

アティコム・ムクダプラコーン

1981年タイ、バンコク生まれ。チェンマイ在住。アーティストとデザイナーによるグループ「mute mute」の共同設立者。mute muteは、アートや文化に限らず、多様な社会活動において、認識を押し広げる相互議論の場を模索している。ムクダプラコーンは、特にタイ国内における写真、表現の自由、アートの現状など、同国のメディア / アート文化に関心を持ち、社会状況が常にそうしたメディア / アートによって投影されることに着目している。現在は、チェンマイで2013年に発足されたプロジェクト「チェンマイ・アート・カンヴァセーション」の活動に関わる。文化庁の助成によるAITのレジデンス・プログラムで2016年2月~3月31日まで日本に滞在している。

ペンワディー・ノッパケット・マーノン

1973年アメリカ、カリフォルニア州生まれ。タイ、バンコク在住。社会問題や環境問題、芸術文化における対話に興味を持ち、ヴィジュアル・コミュニケーション・アーツの学士号と環境マネジメントの修士号を取得。グラフィックデザイナーとして活動を始めたのち、2001年よりオルタナティブアートスペースProject 304のアシスタントキュレーターとして、芸術文化のマネジメントに携わる。2007年から2012年まで、バンコクにあるジム・トンプソン・アートセンターのキュラトリアルチームに加わる。現在はインディペンデントキュレーターとして活動するほか、幅広く文化活動に携わる。文化庁の助成によるAITのレジデンス・プログラムで2016年2月22日~3月26日まで日本に滞在し、リサーチを行った。

ジュダ・スー

タイ、バンコク在住。バンコク出身のアートライター。アートと他分野を横断する議論に関心を持っている。2016年、国際交流基金アジアセンターの助成を受け、インドネシアとフィリピン、日本におけるアート批評とその実践について研究を行っている。

小鷹拓郎(こたか たくろう)

1984年生まれ、東京在住。映像作家、リサイクルショップ「こたか商店」元店主。これまで東南アジアや中東、アフリカなど、世界各地に滞在しながら、歴史や文化に対して笑いとアクシデントで切り込む映像作品を制作。2015年1月にチェンマイで開催された『Shuffling Spaces』展では、タイで最も有名なコメディアンの一人、ナネックに変装していくドキュメンタリー映像『How to transform into Na Neck』を発表。無数の地元住民らのインタビューから構築された偽物のナネックを通し、複雑化したタイ社会への介入を試みる。

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