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松浦弥太郎が語る、イサム・ノグチの「さりげなさ」と「豊かさ」

東京オペラシティ アートギャラリー『イサム・ノグチ -彫刻から身体・庭へ-』
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:森山将人 編集:木村直大
松浦弥太郎が語る、イサム・ノグチの「さりげなさ」と「豊かさ」

写真ではない実物と初対面して強く感激する自分がいる一方で、旧友と再会した懐かしさを覚えている自分も同じくらいいるんです。

アートという感じがしない、という松浦の言葉は、ノグチ作品への最高の賛辞だろう。なぜならノグチの作品は、作家の意図や思惑、そんな見え透いたものをみじんも感じさせず、見る者を挑発したり、どう解釈するか迫ってくるような性急さとも無縁だからだ。ノグチはいわゆるアート、芸術という枠をこえて、人間の生活や「生きること」を根っこから問おうとした。だからこそそれは、懐かしくもあり、未来的でもある。

1952年、北大路魯山人から提供された北鎌倉の日本家屋に構えたアトリエで、ノグチは接する裏山の斜面を掘り進み、簡素なかまどを設えたそうだ。雨が降れば地面に窪みを掘って水抜きするといった、まるで古代人にも似た創作のスタイルにも、過去と未来の両方を見通すようなノグチの姿がかいま見える。

イサム・ノグチ『柱壺』1952年 陶(信楽)、織部釉 イサム・ノグチ庭園美術館(ニューヨーク)蔵 ©The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum, New York / Artist Rights Society [ARS] – JASPAR. Photo by Kevin Noble.
イサム・ノグチ『柱壺』1952年 陶(信楽)、織部釉 イサム・ノグチ庭園美術館(ニューヨーク)蔵 ©The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum, New York / Artist Rights Society [ARS] – JASPAR. Photo by Kevin Noble.

イサム・ノグチの年表を見る松浦</p>
イサム・ノグチの年表を見る松浦

松浦:「イサム・ノグチ」という名前の響きにも、惹きつけられます。僕がはじめてノグチを知ったのは、青山にあるオン・サンデーズというアートブックのお店です。今もワタリウム美術館の地下にありますね。

若くてお金がなかった僕の楽しみは、好きな絵や写真のポストカードを買うことでした。店先に並んだたくさんのカードのうち、特に気になった3枚。それがノグチの庭や、螺旋状の滑り台(『スライド・マントラ』。『第42回ヴェネチア・ビエンナーレ』に出品)の写真でした。当時はアートに関する知識はぜんぜんありませんでしたから、ローマ字で書かれた「Isamu Noguchi」という名前に「変な名前だなあ。日本人らしいけれど、本当に日本の作家なのかなあ」と想像を膨らませていました。

イサム・ノグチ『スライド・マントラの模型』1966-88年 石膏
イサム・ノグチ庭園美術館(ニューヨーク)蔵(公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与)
©The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum, New York / Artist Rights Society [ARS] – JASPAR.
イサム・ノグチ『スライド・マントラの模型』1966-88年 石膏 イサム・ノグチ庭園美術館(ニューヨーク)蔵(公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与) ©The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum, New York / Artist Rights Society [ARS] – JASPAR.

松浦:そうやってノグチのことを知るようになると、若いですから自分が得た知識を友だちにちょっと自慢したくなったりします。それで仲のよい男友だちに話をしていたら、彼のガールフレンドがISSEY MIYAKEで働いていて「三宅さんとノグチは一緒に仕事をしているんだよ」と逆に教えてもらったんです。そのとき、ノグチと僕の距離がふっと近くなったような気持ちになりました。

それから、マンションを借りてはじめて一人暮らしをするぞってときには、ソール・スタインバーグというイラストレーターが描いた9thアベニューのポスターと一緒に『あかり』を買いました。そういう風に、ちょっとずつ自分の暮らしとノグチが近づいていったのだと思っています。

松浦弥太郎

松浦は生前のノグチと直接会うことはなかったし、彼の没後、聖地巡礼をするように作品を訪ねてまわることもしなかったという。でも、それは関心がなくなったということではない。むしろ、そのようなつかず離れずの付き合い方の中でこそ、松浦はノグチ作品からの語りかけに耳をすましてきたのだ。そのたたずまいはさりげなく、ときに素っ気ないほどだが、向き合えばいつでも受け容れてくれる優しい力に満ちている。松浦が、展示室で何も語らず、静かに作品と向き合っていたのは、そんなノグチ作品との「再会」をしっかりと確かめるためだったのだ。

松浦:今日、テーブル状の作品(『ミラージュ』)の現物をはじめて観ました。写真ではない実物と初対面して強く感激する自分がいる一方で、旧友と再会した懐かしさを覚えている自分も同じくらいいるんです。

そこには言葉にはならないノグチとの「対話」がある気がします。「豊かさって何? 美しさって何だろう? 生きるって何だろう? 僕ら人間って何だと思う?」。そんなことを彼の彫刻や庭は語りかけている。それに対して僕らは「そうですね、ちょっと考えさせてください」と答える。そしてまたいつか出会ったときに、作品から「どう? 何かわかったかい?」と問われる。近よったり離れたりしながら、長いおしゃべりを交わしている。そんな気がします。

松浦にとってノグチとは旧友のような存在と言えるのかもしれない。それは、飲み屋でわいわい騒ぐ気のおけない荒っぽい男友だちというより、ある緊張感を持って再会したいと思える、特別な存在なのではないだろうか。この夜、松浦が礼服姿でやって来た理由が、少しわかったような気がした。

イサム・ノグチ『ミラージュ』1968年頃 スウェーデン産花崗岩 イサム・ノグチ庭園美術館(ニューヨーク)蔵 ©The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum, New York / Artist Rights Society [ARS] – JASPAR.Photo by Kevin Noble.
イサム・ノグチ『ミラージュ』1968年頃 スウェーデン産花崗岩 イサム・ノグチ庭園美術館(ニューヨーク)蔵 ©The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum, New York / Artist Rights Society [ARS] – JASPAR.Photo by Kevin Noble.

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イベント情報

東京オペラシティ アートギャラリー
『イサム・ノグチ ―彫刻から身体・庭へ―』

2018年7月14日(土)~9月24日(月)
会場:東京都 初台 東京オペラシティ アートギャラリー

プロフィール

松浦弥太郎(まつうら やたろう)

2005年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年7月にウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。2017年、(株)おいしい健康・共同CEOに就任。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。

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