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『あいちトリエンナーレ2019』を『不自由展』以外からも考える

『あいちトリエンナーレ2019』
テキスト
島貫泰介
編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)
『あいちトリエンナーレ2019』を『不自由展』以外からも考える

(メイン画像:『Vocabulary of Solitude』(2014~2016年) / 個展『Ugo Rondinone: Vocabulary of solitude』ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館、ロッテルダム(オランダ) Photo: Stefan Altenburger / Courtesy of studio rondinone)

芸術祭のテーマ「Taming Y/Our Passion」のパラドックス

ためらいながらこの原稿を書いている。8月1日に開幕した「あいちトリエンナーレ2019」についての、アートとパフォーマンス作品の両方に触れる速報性のあるレポートとして、開催直後まではこんな書き出しで始めようと考えていた。

今年の『あいちトリエンナーレ』が掲げたテーマ「情の時代 Taming Y/Our Passion」の情とは、感情、情報、情け……といった多様な意味を含んでいるそうだが、そのことについてはすでに多くのメディアに掲載された津田大介芸術監督のインタビューや寄稿に詳しいので検索してほしい。

『あいちトリエンナーレ2019』ビジュアル
『あいちトリエンナーレ2019』ビジュアル(サイトを見る

触れておきたいのは、英題である「Taming Y / Our Passion」の方だ。Passionとは「感情」のこと。その前にあるYourは、あなたを意味するだけでなく、私たち(Our)も包含している。

そしてTamingは「馴致すること、飼いならすこと」という意味だ。すなわち、「あなたたち / 私たちの感情を飼いならすこと」。これが、今回の『あいちトリエンナーレ』がまず訴えたかったことだろう。

事実、今日の社会において人々の感情は様々な事物によって飼いならされている。「飼いならす」を「コントロールされている」と言い換えたなら、より納得できるだろうか。

例えばTwitterやInstagramなどのSNS。個人の声が広く外界へと届くようになった反面、その内容になんらかの瑕疵があった場合、何百何千という顔の見えない誰かからの非難や中傷、抑圧する声が乱射的に返される危険性も普通にある。

そのような無差別な相互監視のネットワークを想像したとき、私たちは萎縮して声をあげることに慎重になってしまう。だからこそ、この2019年の今、この『あいちトリエンナーレ』が多様な「情」によって翻弄される人間と社会の諸相を示し、対話の可能性を開くことの意味がある。

……といったことを書きつつ、『あいちトリエンナーレ』で印象に残った出品作を紹介していこうかと思っていた矢先に届いたのが、8月3日夕方の『表現の不自由展・その後』の展示中止の一報である。SNSをチェックして、言葉を失った。『あいちトリエンナーレ』自体がTamingされてるじゃないか!

『表現の不自由展』(2015年、ギャラリー古藤) / 題字ロゴ(木版):いちむらみさこ(2015年同展ポスターより)
『表現の不自由展』(2015年、ギャラリー古藤) / 題字ロゴ(木版):いちむらみさこ(2015年同展ポスターより)

子供たちが演じ直す、衝撃的な少女監禁殺害事件。鑑賞者に複雑な葛藤を突きつける

『あいちトリエンナーレ』では、毎回アートだけでなく演劇、ダンスなどのパフォーマンスも招聘される。『表現の不自由展・その後』の展示中止が芸術祭側から発表された8月3日、筆者は取材のために計3本の作品をハシゴしていて、ミロ・ラウ(IIPM)+CAMPO『5つのやさしい小品』は、その2本目であった。

ミロ・ラウ(IIPM)+ CAMPO『Five Easy Pieces(5つのやさしい小品)』 Photo:Masahiro Hasunuma ©あいちトリエンナーレ2019
ミロ・ラウ(IIPM)+ CAMPO『Five Easy Pieces(5つのやさしい小品)』 Photo:Masahiro Hasunuma ©あいちトリエンナーレ2019

1990年代のベルギーで起きた少女監禁殺害事件を、子供たちが舞台上で演劇として再現するという内容で、犯人のマルク・デュトルーを成人男性が、それ以外の被害者、被害者の両親、犯人の父親、事件関係者らを子供たちが演じる。

実際にあった出来事を、ワークショップや稽古といった「上演未満」の設定を利用して再演する試みを「リエナクトメント」といい、先鋭的な現代演劇のシーンにおいて多くの作品が発表され、高い評価を受けている。一般的な演劇が観客に物語への没入をうながすのに対し、リエナクトメントはその性質上、物語の不全性や虚構性を強調することで観客の感情を揺るがす。

子供たちが自分と同じ年頃の被害者を演じる『5つのやさしい小品』では、犯人役と演出家を兼任する大人の俳優が子供の一人に「服を脱げるかい?」と促したりする瞬間のいびつな力関係と暗い想像力が、大人が大半を占める観客の倫理を動揺させる。非常に巧みに作られた同作に、筆者も含め多くの観客が熱烈な拍手を贈ったが、それがもしも「熱演した子供たち」への賛辞なのだとしたら、あまりにも皮肉だ。

ミロ・ラウ(IIPM)+ CAMPO『Five Easy Pieces(5つのやさしい小品)』 Photo:Masahiro Hasunuma ©あいちトリエンナーレ2019
ミロ・ラウ(IIPM)+ CAMPO『Five Easy Pieces(5つのやさしい小品)』 Photo:Masahiro Hasunuma ©あいちトリエンナーレ2019

演劇を通して、私たちは被害者の少女たちをもう一度殺しているのではないか? 匿名の観客として、インスタントに消費してるのではないか? 複雑な葛藤に、感情が引き裂かれる。

そんな作品を見終えて、飛び込んできたのが『表現の不自由展・その後』の中止だった。衝動的な感情がぶつかり合い、無差別殺人をほのめかす脅迫までが届いた末の突然の中止に、自分の感情はさらに引き裂かれた(その後、8月7日に威力業務妨害容疑で脅迫FAXを送った容疑者は逮捕された)。

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イベント情報

『あいちトリエンナーレ2019』

2019年8月1日(木)~10月14日(月・祝)
会場:愛知県 名古屋 愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、豊田市美術館ほか

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