レビュー

「やらせ論争」を超えていく眼差し

武田砂鉄
2013/03/01
「やらせ論争」を超えていく眼差し

観光地で集合写真を撮っている集団を少し遠目から眺める、という悪趣味がある。体を少し斜めにして細身に見せようとするオバさんがいれば、必要以上にぶっきらぼうに写り込もうとする修学旅行生がいる。大げさに問うが、その時、写真という瞬間芸は本当の「瞬間」を捉えているのか。つまり、作意の集合体ではないのか。「あらゆる写真には少なくとも二人の役者がいる。写真家とポーズをとる対象者だ」、これは、ロバート・キャパの写真『崩れ落ちる兵士』の真贋を問う取材で著者の沢木耕太郎が出会ったススペレギ教授の写真論にある一節だ。フォトジャーナリズムを根幹から問い直す一言、とも言える。

戦場カメラマン、ロバート・キャパは、1936年9月、スペイン内戦中に、共和国軍兵士が敵である反乱軍の銃弾に倒れる瞬間を捉えた『崩れ落ちる兵士』を撮った。撃たれた衝撃で兵士の体は仰け反り、手に持っていた銃は、今まさにその手から弾け飛ぼうとしている。戦場の瞬間を完璧に捕まえた一枚だ。沢木は書く、「写真機というものが発明されて以来、最も有名になった写真の一枚」「フォトジャーナリズムというジャンルにおいては、これ以上繰り返し印刷された写真はないように思われる」。1954年にキャパが死してから10数年を経て、この写真は真贋論争に巻き込まれる。「あの写真は本当に撃たれたところを撮ったものだろうか?」、沢木もまた、「見事すぎる」がゆえの違和感を長年心の内に育んできた。つまり、あれは「やらせ」ではないか、と。

積年の疑いを解きほぐす追跡行に出た沢木の前で、フレームに記録された写真の「出生」が次々と揺さぶられていく。セロ・ムリアーノと伝えられてきた撮影場所、9月5日と伝えられてきた撮影日時、ライカと伝えられてきた機材、ひとつひとつ、真相がひっくり返されていく。そもそも、この写真はキャパが撮ったものなのか。そこへ浮かび上がってくる、恋人ゲルダの存在……推理小説のトリックを書評で明記してはならぬように、この真贋探究の行き着くところを書くのはルール違反なので詳しくは記さない。いくつもの仮説を立て、その仮説を柔軟に動かし連鎖させて真実をつかみ取りにいく沢木の術が冷静に光を発する。戦場写真というジャーナリズムの産物、時として一方の勢力を奮い立たせる起因にもなってきた具材を、個人の想いで再度溶解させていく。『崩れ落ちる兵士』は沢木の考察によって、その評価を振り出しに戻さざるを得なくなる。

第二次大戦後、キャパは自分の名刺に「ただいま失業中」と書き、失業状態でいることを歓迎していたという。彼は言い残した。「失業した戦争写真家になって、非常に幸いだと思った。私は自分の人生の終わりの日まで、戦争写真家としては失業のままでいたいと願った」。ノルマンディー上陸作戦で、浅瀬を駆け上陸する兵士に同行し緊迫感の極まった写真を撮ったキャパは、残念ながら名刺の肩書きに逆らい、ベトナムの戦場で地雷を踏み、命を落とす。「失業」できずに殉職したキャパは、キャリアの発端にそびえ立つ『崩れ落ちた兵士』については、最期まで多くを語らなかったという。

報道写真とは何かを問うとき、討論の議題に持ち出される写真の1つに、ケビン・カーターの『ハゲワシと少女』がある。栄養状態が著しく悪く餓死寸前の状態にある少女を狙うハゲワシを捉えた写真。この写真でピューリッツァー賞を受賞した彼は、「写真など撮っている場合だったのか、いち早く少女を助けるべきだったのでは」と非難を浴び、やがて自殺してしまう。先日刊行されたノンフィクション、小林紀晴『メモワール 写真家・古屋誠一との二〇年』、アパートから投身自殺した妻を写真集に編み続ける古屋からは、後ろめたさを含んだ冷気が始終伝わってきた。写真とは、少なからず現実を加害していくものであって、教科書的な文脈にありがちな「現実を切り取る」という役務はどうやらそのまま受け取るべきではない。カメラを構えてどこかに対象を見つけてシャッターを押すという行為は、たちまちその場をイレギュラーにする。戦場は、言わずもがな、受け止めるべき「現実」の容量が大きい。だから戦場はその瞬間がシンプルに現実となる。写真というイレギュラーを現実がねじ伏せるのだ。

だがしかし、「ここは戦場である」というメッセージのみにすがった写真からは作者の声が聞こえてこない。いかに現場に深入りしたかのみが成果として報告される戦場写真からは息づかいが聞こえない。その点、『崩れ落ちる兵士』にはそれがある。「やらせ」と疑われながらも、その息づかいは消えない。沢木は、この写真の偽りをあらゆる方法で解読する。偽りを解明しつつ、写真が持つ意味について、むしろ新たに付与していく。恋人である「ゲルダに対する独特な思い」、それが「愛情なのか、未練なのか、悔恨なのか、贖罪の意識だったのか」。論争の末に眠りかけた1枚の写真を再び蘇生させる眼力に屈服しながら、そこに常に優しさが帯びていたことに、読了する頃に気付く。写真の真贋を超えて、キャパ、ゲルダ、そして『崩れ落ちる兵士』に傾けていた眼差しの成分は疑念ではなく優しさだった。その眼差しを追いかけながら静かに頷き続ける、「瞬間」を巡る壮大な物語である。

書籍情報

『キャパの十字架』

2013年2月17日発売
著者:沢木耕太郎
価格:1,575円(税込)
ページ数:335頁
発行:文藝春秋

プロフィール

沢木耕太郎

1947年、東京都生まれ。横浜国立大学卒業。79年、『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、82年、『一瞬の夏』で新田次郎文学賞、85年、『バーボン・ストリート』で講談社エッセイ賞、2003年、菊池寛賞、06年、『凍』で講談社ノンフィクション賞を受賞。

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