「壁のない美術館」から届いた、約120点の英国現代アート作品

約9,000点にのぼる世界屈指の英国・近現代アートコレクション

「壁のない美術館(Museum Without Walls)」とも呼ばれるブリティッシュ・カウンシル・コレクションの全面協力で、現代アート好きなら「ほほぅ」となる約30名のアーティスト、約120点の英国現代アート作品が日本に上陸したのが本展。ブリティッシュ・カウンシルは、1934年に設立された英国の公的な国際文化交流機関。設立翌年には、自国アートへの理解も深めてもらおうと美術品収集を始めている。今では世界屈指の英国・近現代アートコレクションとして知られ、約9,000点にのぼる収蔵品は世界各都市に展示される。それが冒頭の異名の由来だ。

マーカス・コーツ『エビガラスズメ蛾、エビガラスズメ蛾の幼虫 シェービング・フォームによる自画像』2013 ©The Artist, Courtesy the Artist and Workplace Gallery, Gateshead
マーカス・コーツ『エビガラスズメ蛾、エビガラスズメ蛾の幼虫 シェービング・フォームによる自画像』2013 ©The Artist, Courtesy the Artist and Workplace Gallery, Gateshead

なので、いわゆる「大○○美術館展」のように「現地に行けば目玉作品は観られるんでしょ?」ともいかない。キュレーターのお一人が冗談めかして言う「その点でもタイトル通り『ここだけの場所』なんです」との言葉にも納得。コレクション対象は英国出身(または拠点)のアーティストによる作品。今回は1990年代から近年の表現まで、約20年という身近な時代のアーティストを中心に本展巡回先4館の学芸員がブリティッシュ・カウンシルとともに作品を選定。各々、その主題も手法もさまざまだ。

ゆるキャラ風のカツオドリに扮した作家が、人間の生態をレポートするマーカス・コーツの映像作品。自身の色恋沙汰をもモチーフにするトレイシー・エミンによる、自らの「芸風」を揶揄するような大判刺繍(両腿の間から貨幣があふれる)。はたまたメトロノームを速度のみ変えて3つ並べた(だけの)作品で「俺節」を見せつけるマーティン・クリードがいれば、パキスタンにルーツを持つハルーン・ミルザは、現地の屋台料理をLEDとターンテーブルを介してイスラムの宗教・音楽観へとつなぐインスタレーションを披露する。

©British Council Photo: Kenichi Aikawa
©British Council Photo: Kenichi Aikawa

やはり、英国アーティストの登竜門『ターナー賞』における歴代受賞者・候補者も多く、各セクションはそれぞれ「物語」「風景」「自己」「引用」「ユーモア」がテーマ。実際にはもう少し意味深な章タイトルに会場でふれることができ、鑑賞のヒントになるだろう。各作品の風刺精神や社会的な差異へのまなざしに「イギリスっぽさ」を感じることもできる。だが、そもそもこの展覧会、当初は版画など平面作品中心の構想だったのが、担当キュレーター陣とブリティッシュ・カウンシルが話し合う中、立体、映像、インスタレーションまで手法の垣根を超えた構成に変化したとのこと。そんな経緯からも、イギリスの現代アートの多彩さを伝える意義がここにあるのが伺える。ただそれは、「みんな違って、みんないい」的な多様さの素朴な礼賛ともまた違うように思えるのだった。

ライアン・ガンダー『四代目エジャートン男爵の16枚の羽毛がついた極楽鳥』2010 ©Ryan Gander. Courtesy the Artist
ライアン・ガンダー『四代目エジャートン男爵の16枚の羽毛がついた極楽鳥』2010 ©Ryan Gander. Courtesy the Artist

ところで「プライベート」な「ユートピア」って?

ここで展覧会タイトル『プライベート・ユートピア ここだけの場所』を考えてみる。「ユートピア」なる言葉は、さかのぼると16世紀、イギリスの思想家トマス・モアの著作上で架空の島国の名として出現した。そこは平穏な理想郷を思わせる一方、管理社会や奴隷制度などで支えられてもいる。ここでのユートピアは、当時の現実や諸問題を語るための異形の鏡でもあったのだろうか。

一方、本展が言う「プライベート・ユートピア」は、ユートピアが含むもう1つの意味「どこでもない場所」に着目したように見える。そこには、個のありようが成熟すると同時に、技術革新にも支えられて各々がつながり、価値観を共有する世界、との現状認識がある。いわく「そこには、もはや公も私もなく、ここにしかない場所であると同時に、どこにでも繋がっている世界」(プレスリリースより)。この意味での、もはや「どこでもない場所」が本展のいうユートピアで、そこから「些細な日用品を応用」したり、「ふとした視点の転換で、すぐそばにありながら知り得なかった世界へと誘ってくれる」作品がここに集められているという。

©British Council Photo: Kenichi Aikawa
©British Council Photo: Kenichi Aikawa

たしかに、こうした環境・状況の変化が、アート表現における公・私の感覚を変化させてきた面はありそうだ。たとえば2012年の『ターナー賞』受賞作家であるエリザベス・プライスのインスタレーション。教会建築、ポップミュージック、百貨店での大火災、という一見関わりのない3者の映像が、奇妙な接点をほのめかしつながっていく。「公」のアーカイブを素材に意味深な不協和音を奏でるその手つきは、先行世代のサラ・ルーカスが、セルフポートレートを用いて世の「女性らしさ」をときに挑発的に、ときに内省的に問うアプローチとは対照的だ。

ただ、そんなプライスの作品でも「Here」(ここ)、「We are」(私たちは……)が連呼されるように、歴史上のどんな世の中でも公と私が完全に混交したり、逆に分離したりということはないのでは、とも思う。また、人が他者とつながろうとする際の差異や隔たりの問題は、環境が変われど形を変えて現れ続けるだろう。伝統的なブラスバンドにアシッドハウスを演奏させるジェレミー・デラーの痛快プロジェクトは1997年作だが、対して本展の最年少作家ローラ・ランカスターが描くのは「撮り人知らず」なファウンドフォトをもとにした、茫洋としてどこか不穏な人々の姿だったりする(ちなみに今回、プライスとランカスターの両作品はブリティッシュ・カウンシル・コレクション外ながら出展された点も興味深い)。

©British Council Photo: Kenichi Aikawa
©British Council Photo: Kenichi Aikawa

こう考えると「プライベート・ユートピア」とは、理想というより状況を指し示す言葉のように感じる。展覧会カタログに寄せられたエッセイに、本展会場の1つ、岡山県立美術館学芸員・高嶋雄一郎氏によるものがある。そこではThe Kinksの往年の名曲“Waterloo Sunset”も引用しつつ、本展タイトル『プライベート・ユートピア ここだけの場所』が論考されていた。窓辺からウォータールーの駅や夕日、恋人たちを見つめる、つまりごく個人的な場所から「窓」という装置を通して「世界を眺めている」男の物語。ここに現代社会の姿を見る発想は興味深い一方、そこから21世紀を「プライベート・ユートピア」ととらえるなら、この曲に現れる「楽園」「幸せ」といった言葉をストレートに受け取るより、その奇妙さや違和感にも向き合うことになるだろう。

展覧会場を出ると、そこは東京駅丸の内北口を見下ろす吹き抜け空間だった。ビッグターミナルを四方八方に行き交う利用者たちの人波は、重なり合い、そして各々の目的地へと去ってゆく。その中に自分も加わりながらふと思う。あの会場にあったのは、現実のオルタナティブを示唆する豊かな「どこでもない場所」だけでなく、違う意味で宙づり気味の「どこでもない場所」に生きてしまいそうな現代を、手探りでも「ここだけの場所」として照らし直す営みかもしれない、と。

イベント情報
『プライベート・ユートピア ここだけの場所 ― ブリティッシュ・カウンシル・コレクションにみる英国美術の現在』

2014年1月18日(土)~3月9日(日)
会場:東京都 丸の内 東京ステーションギャラリー
時間:10:00~18:00、金曜10:00~20:00(入館は閉館の30分前まで)
参加作家:
アンナ・バリボール
マーティン・ボイス(東京会場は不出品)
ジェイク・アンド・ディノス・チャップマン
アダム・チョズコ
マーカス・コーツ
マーティン・クリード
ジェレミー・デラー
ピーター・ドイグ
トレイシー・エミン
ライアン・ガンダー
エド・ホール
ロジャー・ハイオンズ
ギャリー・ヒューム
ジム・ランビー
ローラ・ランカスター
サラ・ルーカス
ハルーン・ミルザ
マイク・ネルソン
ポール・ノーブル
コーネリア・パーカー
グレイソン・ペリー
エリザベス・プライス
ジョージ・ショウ
デイヴィッド・シュリグリー
サイモン・スターリング
ウッド&ハリソン
ケリス・ウィン・エヴァンス
トビー・ジーグラー
休館日:月曜
料金:一般900円 高校・大学生700円 小・中学生400円
※20名以上の団体は100円引き
※障がい者手帳等持参の方は100円引き、その介添者1名は無料

兵庫巡回展
2014年4月12日(土)~5月25日(日)
会場:兵庫県 伊丹市立美術館、伊丹市工芸センター

高知巡回展
2014年11月2日(日)~12月23日(火・祝)
会場:高知県 高知県立美術館

岡山巡回展
2015年1月9日(金)~2月22日(日)
会場:岡山県 岡山県立美術館

(メイン画像:©British Council Photo: Kenichi Aikawa)



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