レビュー

民俗学とアートのハイブリッドで、若手作家の登竜門を叩いたアーティスト田中望の挑戦

萩原雄太
2014/03/12
民俗学とアートのハイブリッドで、若手作家の登竜門を叩いたアーティスト田中望の挑戦

奈良美智、会田誠も挑戦した『VOCA展』で生まれた新世代のアーティスト

取材の席に現れたのは、まだ「あどけない」という雰囲気を残した女性だった。正直、まだ「アーティスト」というよりも「学生」という肩書の方が似合う彼女。だが、その筆からは『ものおくり』という巨大で力強い作品が生み出された。

田中望『ものおくり』230.0×340.0cm 白亜地、胡粉、墨、箔、モデリングペースト、岩絵具、綿布パネル
田中望『ものおくり』230.0×340.0cm 白亜地、胡粉、墨、箔、モデリングペースト、岩絵具、綿布パネル

彼女の名前は田中望。東北芸術工科大学大学院に在学中の24歳だ。今年『VOCA展2014』の最優秀賞である『VOCA賞』を受賞し、一気に美術界の注目を集めている。同賞はこれまで、まだ若手だった頃の奈良美智、会田誠、中ザワヒデキ、大竹伸朗、蜷川実花など、現在では日本のみならず世界のアートシーンで活躍する美術家たちが作品を出品していることでも有名で、若手美術作家の登竜門として位置づけられている。

では、彼女はいったいどのような作家なのだろうか? 『VOCA賞』を受賞した『ものおくり』は、岩絵具や墨、箔など日本画的な手法を用いて昨年10月に描かれた作品。キャンバスには、たくさんのうさぎたちが描かれており、獅子舞や竿燈などを持っているところを見ると、どうやらお祭りの最中であるらしいことがわかってくる。また、画面右下にはクジラ漁の様子も描かれ、現実の視点を超越した不思議な世界が展開されている。京都市立芸術大学学長の建畠晢氏が、彼女の作品を評して「障壁画の輪舞図、祭礼図のような体裁を取りながら、不穏なファンタジーを展開」と語っているように、どこか、この世の光景ではないかのようなダークな気配も漂っている。

田中望『ものおくり(部分)』230.0×340.0cm 白亜地、胡粉、墨、箔、モデリングペースト、岩絵具、綿布パネル
田中望『ものおくり(部分)』
230.0×340.0cm 白亜地、胡粉、墨、箔、モデリングペースト、岩絵具、綿布パネル

過去と現在をハイブリッドしたドキュメンタリー映画のような絵画

田中が生み出す「ファンタジー」の源泉となっているのが民俗学的なアプローチだ。宮城県出身で、現在は山形県で活動を行っている彼女。柳田国男による『遠野物語』の時代から、東北には神話や伝説、民話の宝庫としての歴史が連綿と続いている。現代ではそれらの文化が薄れてきているとはいえ、数多く残る民俗芸能や独特の風習からもわかるように、いまだにその精神は失われていない。彼女は、自らの取材やフィールドワークを通じて、東北の地に残る文化を吸収してきた。とはいえ、彼女のフィールドワークは「民俗学」としての学問的な厳密さや精確さを求めているわけではなく、あくまでも自然体。近所に住む農家や地域の住民らが、彼女の取材対象となる。

「テーマを決めて、教えてくれそうな人を紹介してもらいながら、話を聞きに行きます。庄内地方には、修験道の文化が残る出羽三山があります。山伏でありつつ、普段は街の中で仕事をしているような人も数多いんです」。

田中望
田中望

もともとは農業に対する関心から、アトリエを飛び出して、地域の人々の語る言葉に耳を傾け始めた田中は、市井の人々が語るさまざまな話を聞きながら、自身の作品を立ち上げていく。そして、生み出された作品を彼女は「『現代の民話』のようなものですね」と表現している。

「民話は、民話そのままの物語が語られているわけではありません。語り継がれる中で、さまざまな影響を受けながらその形を変えていきました。私の作品も、民話や語られたことをそのまま再現するのではなく、現代の事件や、海外で起こった出来事などの影響を受けながら1枚の作品になっています。あるいは、別の言葉でたとえるなら、それはドキュメンタリー映画のようなものかもしれません。過去の時代や今の時代を取材して、それが1つの作品になる。映画の場合は時系列に並びますが、絵画ではそれが1枚に凝縮されているんです」。

田中望『ものおくり(部分)』230.0×340.0cm 白亜地、胡粉、墨、箔、モデリングペースト、岩絵具、綿布パネル
田中望『ものおくり(部分)』230.0×340.0cm 白亜地、胡粉、墨、箔、モデリングペースト、岩絵具、綿布パネル

現代と向き合うことで現れた、「不穏」と「ファンタジー」が入り混じる奇妙な世界

通常、彼女は「ポジティブなイメージを描きたい」という意図のもとに創作活動を行っている。しかし、今回『ものおくり』を描くにあたっては、そんな「ポジティブさ」をいったん保留にして創作を開始した。現代という時代に向き合うにあたって、彼女はシリアスにならざるを得なかったのだろう。そして、現れたのが「不穏」と「ファンタジー」の入り混じった奇妙な世界だったのだ。

平成元年生まれの田中はまだ24歳。いったい、今後はどのような方向に進んでいくのだろうか? そう質問すると「学問的にしっかりと民俗学を研究したり、取材で話を聞き出すのもうまくなりたい」と話す彼女。言い終わってから「もちろん、絵画の技術も進歩させていきたいですけどね」と慌てて付け加えた。彼女にとって、民俗学とアートは、切っても切り離せない関係。どちらが欠けても成立することはないのだ。これから、その耳にどんな話が飛び込んできて、その筆はどんな「民話」を描いていくのか。彼女がアートシーンを変えていく存在となっていくことを期待したい。

イベント情報

『VOCA展2014 現代美術の展望─新しい平面の作家たち』

2014年3月15日(土)~3月30日(日)
会場:東京都 上野 上野の森美術館
時間:10:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)

休館日:会期中無休
料金:一般・大学生500円 高校生以下無料

シンポジウム
『イメージの存在感』
2014年3月14日(金)15:00~17:00
会場:東京都 上野 上野の森美術館
パネリスト:
高階秀爾(司会)
酒井忠康
建畠晢
本江邦夫
笠原美智子
片岡真実
料金:無料(定員150名、要申込)
※詳細はオフィシャルサイトにて

『受賞作家によるアーティスト・トーク』
2014年3月15日(土)15:00~16:00
出演:
田中望(VOCA賞)
金光男(VOCA奨励賞)
佐藤香菜(大原美術館賞)
料金:無料(申込不要、展覧会の入場券が必要)

2014年3月22日(土)15:00~16:00
出演:
大小島真木(VOCA奨励賞)
大坂秩加(佳作賞)
染谷悠子(佳作賞)
料金:無料(申込不要、展覧会の入場券が必要)
※詳細はオフィシャルサイト参照

『学芸員によるギャラリートーク』
2014年3月16日(日)、3月23日(日)15:00~16:00
会場:東京都 上野 上野の森美術館
料金:無料(申込不要、展覧会の入場券が必要)
※詳細はオフィシャルサイト参照

プロフィール

田中望(たなか のぞみ)

1989年宮城県仙台市生まれ。2012年東北芸術工科大学芸術学部美術家洋画コース卒業。公益財団法人佐藤国際文化育英財団第22期奨学生。東北芸術工科大学大学院・洋画研究領域在学中。2013年アーティストインレジデンス・酒田市日和山ホテル(山形)に参加。

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