絵を見るってどういうこと? 本物じゃないフェルメールから考える

『真珠の耳飾りの少女』のような美しい女性像や、庶民の生活を静かに描いた風俗画によって、日本にも多くのファンを持つ17世紀オランダの人気画家、ヨハネス・フェルメール。そんな彼の現存作品37点(一部、フェルメールの作か議論のある作品も含む)を一堂に会した展覧会『フェルメール 光の王国』展が、2012年より日本各地のスペースで順次開催されています。

「フェルメールの全作品が日本を巡回?」と疑問に思うのも無理はありません。実はこれ、キャンバスに印刷され、額装された「複製画」だけで構成された展覧会なのです。

このプロジェクトの発案者は、『生物と無生物のあいだ』(講談社、2007年)『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』(木楽舎、2009年)などの著作で知られる生物学者の福岡伸一さん。フェルメール作品を愛する彼のもとに集まった美術や印刷のスペシャリストが、幾度もの歴史・科学検証と最新の技術を通じて、約350年前の制作当時の作品の姿に迫った「本物を超える複製画」が本展の出品作です。彼らはそれを「リ・クリエイト(再創造)」と呼びます。果たして、フェルメール作品の「複製画だけの展覧会」には、どんな狙いがあるのでしょうか。そこには、「絵画を見ること」をめぐる興味深い問いが潜んでいました。

フェルメールの作品が一同に集結!? 行方不明の作品も飾られる展覧会

取材陣が訪れたのは、東京・銀座の永井画廊。2012年に始まった『フェルメール 光の王国』展の、ここは「25番目」の会場です。行方不明の作品も含め、世界中に散ったフェルメールの作品が一箇所に集まることなど、ほとんど不可能と言ってもいい事態。たとえ「本物」ではないと分かっていても、誰もが一度は目にしたことがある絵画群が原寸大でズラリと並ぶ光景には、一瞬の目眩を覚えてしまいます。

『「フェルメール 光の王国展」~フェルメール作品に隠された3つの秘密~』展示風景
『「フェルメール 光の王国展」~フェルメール作品に隠された3つの秘密~』展示風景

同展の発案者である福岡伸一さんがフェルメール作品と初めて出会ったのは、1988年、当時留学していたニューヨークでのこと。福岡さんを驚かせたのはその絵の「公平さ」だったと、同展に携わる木楽舎の野口さんは話します。

野口:フェルメールの作品、その構図や描かれた光の粒立ちには、彼の「世界をありのままに捉えたい」という並々ならない欲望が見て取れます。彼の生きた時代には、たとえば宗教的価値観に基づいて「あるべき世界」を画面に表現する画家も多かった。けれど、19世紀に発明されるカメラに先立つかのように写実的なフェルメールの絵画には、一種の「科学者的なマインド」が感じられます。福岡さんはそこに、生物学者として世界を解明しようとする自分と重なるものを見て、共感を覚えたのだと思います。

フェルメール『牛乳を注ぐ女』(リ・クリエイト作品)
フェルメール『牛乳を注ぐ女』(リ・クリエイト作品)

一気にその作品の虜となった福岡さんは、2007年、世界中の美術館に所蔵されるフェルメール作品を巡礼する旅を開始。旅の記録をANAの機内誌『翼の王国』の連載にまとめる過程で、全作品を一度に、かつ年代順に見る機会を作れないかと考え始めます。そこで生まれたのが、「本物を超える複製画=リ・クリエイト」のアイデアでした。

歴史的名画×最先端テクノロジーで、約350年前の色彩を再現

リ・クリエイトのプロセスは、おおよそ以下のようなものです。まず、フェルメールの故郷、オランダのデルフトにあるフェルメール・センター・デルフトの協力を得て、全作品の高解像度データを入手。2010年、アムステルダム国立美術館所蔵の『青衣の女』を修復した修復家の分析記録をはじめ、数々の文献や科学検証から制作当時の作品の姿を推察し、画像データ上に反映します。そしてそれをキャンバス地に印刷し、所蔵美術館で作品に付されているのと限りなく近い額に収めるのです。印刷の指揮を執った廣済堂の木村さんは語ります。

木村:オリジナル作品は、仕上げで塗られるワニスの酸化によって、全体に黄ばんでいます。それが重厚感を醸しているのも確かですが、絵の細部を見えにくくしていることも事実です。そこで、「本物」にはなかなか施せない大胆な色調の修正を行いました。複製しか展示できないマイナス面をむしろプラスに捉えたのです。判断が難しかったのがヒビ割れです。これも経年劣化の産物ですが、すべてを埋めると画面がのっぺりした印象になってしまう。そこでヒビに関しては、たとえば『真珠の耳飾りの少女』の頬のように、立体感を損なっている箇所のみの修正に留めました。こうした細部ごとの判断で、現状考えうる一番理想的な姿を追求したのです。

フェルメール『真珠の耳飾りの少女』オリジナルの画像データ(左)と、リ・クリエイトの画像データ(右)
フェルメール『真珠の耳飾りの少女』オリジナルの画像データ(左)と、当時の色彩の再現に務めたリ・クリエイトの画像データ(右)

実際に絵画の前に立ち、少し離れて見ると、それが印刷物であると忘れさせるような質感があることに気がつきます。しかしそれでも、複製画のみの展覧会に対する違和感は拭いきれません。それに対してお二人は、複製画を積極的に展示することのメリットを語ってくれました。

「本物」信仰にもの申す? 複製画によって、名画の鑑賞はもっと身近に

「リ・クリエイト」のプロジェクトを進めるにあたり、会場候補には各地の公立美術館も含まれていたそうですが、これまではなかなか実現には結びつきませんでした。それはいったい、なぜだったのでしょうか。

野口:おそらく、美術館とは「本物」を見せる場所である、という認識が強いのではないかと推測します。もちろんそれは大事なことですが、実際に巡回展示をしてみると、美術作品に馴染みがない人からフェルメールのファンまで、来場者からは驚くほど否定的な意見が少ないです。もしかしたら、作品の送り手側の美術館と、受け手側の鑑賞者との間に、意識のギャップがあるのかもしれません。受け手側は、オリジナルではなく複製画であっても、「作品をより理解できる場」を求めているのかもしれない。本展では、福岡さんが「全作品を年代順やテーマ別に鑑賞することができ、そしてそこからフェルメールの思考の軌跡を追体験できる」といった、複製画展示のメリットを事前にきちんと説明しているので、そこに対しての反発が生まれないのだと思います。

「遠近法」というテーマにそって展示された作品群
「遠近法」というテーマにそって展示された作品群

たしかに今回のような展示は、美術の専門家からはなかなか出てこない発想だとも思えます。もちろん、オリジナル作品を前にしたときの喜びや、そこからしか感じることのできない経験があることは間違いありません。しかし、その価値を尊重し強調するあまり、「本物を見せた」ことが送り手側の免罪符になったり、その反対に、たとえ一瞬であっても「本物を見た」という事実のみが記憶に残ったりするような鑑賞体験が、果たして理想的と言い切れるのか。その「本物」信仰を、フェルメールの熱狂的な鑑賞者であり、美術の専門家ではない福岡さんが軽やかに飛び越えてしまったというのは、面白い現象だと感じます。

木村:日本の美術鑑賞のあり方への違和感も、今回のプロジェクトの側面にあるんです。たとえば最近、フェルメールの初期作とされる『聖プラクセデス』が東京・上野の国立西洋美術館に寄託され、常設展示のひとつとなりました。つまり、フェルメールの「本物」がいつでも見られるようになったのです。ところが、この寄託に関してはあまり大々的に報道がなされなかったために知る人ぞ知る事実となり、その一方で現在開催中の企画展の方は、大々的に告知をしているため、観客が押しかけている。そうした現象を見ると、日本人にとって絵画を見ることは未だに「イベント」にすぎないのではないか? とも思えてしまいます。ヨーロッパの美術館では、常設スペースにあるフェルメール作品は、いい意味で気軽に人々に愛されています。今回の複製画展示は、そうした親しみある作品経験をしてもらうための試みでもあるのです。

展覧会場でも流されている、福岡さん出演のマウリッツハイス美術館のプロモーション映像には、この「気軽さ」や「親しみ」の感覚がハッキリと表現されています。映像の前半に映るのは、『真珠の耳飾りの少女』の複製画を自室で楽しむ福岡さん。ところが後半では、その「自室」の側がオリジナルの絵画が飾られる美術館の展示空間に仮設され、つまり複製画の位置に「本物」の絵画が置きかえられ、そこに福岡さんが招かれます。「本物」と「複製」の間の絶対的な区別が曖昧化され、絵画を見る喜びそのものが浮き上がる。ここにはそんな、さりげなくも核心的な演出が見られます。

マウリッツハイス美術館 プロモーション映像『The real Girl with a Pearl Earring』

描かれた当時の姿を取り戻すことによる「新たな発見」

ところで鑑賞者の中には、オリジナルのフェルメールを知らない人たちも多いはず。「リ・クリエイト」を鑑賞するうえで、とくに見てほしいポイントはどこなのでしょう。

野口:僕のおすすめは、何よりも「色」ですね。たとえばフェルメールがよく使う色にラピスラズリ(海の青のような瑠璃色)があります。これはほぼ、アフガニスタンの一部の地域でしか採れない鉱石を原料としていて、とても高価な顔料なんです。フェルメールの妻は比較的裕福な家庭の出身だったのですが、フェルメールはその家の財産を食い潰すほど、この色にのめり込んでいたと言われます。ラピラズリの色の再現は、今回とくに力を注いだ部分のひとつで、フェルメールのこだわりを直に体験していただけるのではないかと思います。

木村:僕らも作業をしながら、いろんなことにあらためて気づかされたんです。フェルメールの作品をめぐってはさまざまな論争があり、そのひとつに、制作年が近い『青衣の女』『天秤を持つ女』『真珠の首飾りの少女』のモデルは妊婦なのではないか? といったものがあります。今回画像をクリアにしていくなかで、『真珠の首飾りの少女』の窓の片隅に卵が描かれていることが見えてきて、ハッとしました。つまりこれは、一種の受胎告知の場面なのではないかと。オリジナル作品では見えにくい細部がじっくり見られることで、こうした謎解きの楽しみも倍増しているのではないかと思います。

フェルメール『青衣の女』(リ・クリエイト作品)
フェルメール『青衣の女』(リ・クリエイト作品)

フェルメール『真珠の首飾りの少女』(リ・クリエイト作品)
フェルメール『真珠の首飾りの少女』(リ・クリエイト作品)

オリジナル作品が変わらぬ姿でひとつの場所にあり続けたとしても、それを取り巻く技術の発展によって、人々の見方が変わり、作品の姿も作者の意図も動き続ける。ただ「本物」を壁に飾ることだけが作品の価値を伝える手段ではなく、技術によって可能になったことを積極的に会場に持ち込み、鑑賞者に新しい「情報」を与えることで、作品の魅力を再発見してもらう道もあるのではないか。そんな「本物以外の展示」の可能性が見えてきました。

最先端テクノロジーによる複製画によって、絵画への理解は「本物」よりも深まる?

複製を通じた「本物」の価値のアップデート。その面白さに気づき始めた取材陣に、「そうした試みは、世界的な動きでもある」と二人は言います。

野口:先端的な技術を使って過去の絵画の複製に取り組んでいるのは、実はわれわれだけじゃないんです。たとえば国内では、東京藝術大学に「油彩画の3Dを含めた完全複製」というプロジェクトがあります。3Dプリンターでゴッホなどの名画を立体的に模造して、その凹凸に油絵の具で彩色していくというものです。「本物」は時が経てば必ず劣化し扱いにくくなる。しかし、こうした本物に近い複製画ならば、理論的にはいくらでもコピーでき、展示も販売も可能になります。気軽に触ることもできますよね。

『「フェルメール 光の王国展」~フェルメール作品に隠された3つの秘密~』展示風景

これまでは視覚的に読み取るしかなかった絵画のマチエール(肌合い)を、気兼ねなく触覚的に感じられるとは、なんとも夢が広がる話です。そこからは、名画の新たな側面がたくさん見えてくるでしょう。高度なスキャ二ング技術と3Dプリンターを組み合わせた同様の試みは、アムステルダムのゴッホ美術館や、デルフト工科大学の研究者ティム・ザーマン率いる研究チームなどによっても進められ、一定の成功を収めているようです。

木村:高度な複製画の制作や、今回のようなまとまった数での展示には、「教育」という目的もあるんです。日本ではいまだに教科書を使って画家や潮流の名前を暗記するスタイルが一般的ですが、ヨーロッパの小中学校などでは複製画を通した学習が盛んに取り入れられています。これも、「知識」より「理解」を重視するからでしょう。また今後、技術がより進めば、従来にはない新しい作品経験の形も登場するかもしれません。たとえば今でも、3Dプリンターで立体物の凹凸を再現する試みはありますが、次は凹凸といったレベルを超えて、それを3Dで空間的に展開するような展示も出てくるんじゃないでしょうか。つまり作品のなかの世界を、仮想的に体験できるような展示です。

AR(拡張現実)プログラムでの、より能動的な鑑賞体験

今回の展示には、AR(拡張現実)技術を使った試みの萌芽も見られ、いくつかの作品では実際にスマートフォンを使ったARプログラムを通しての鑑賞ができます。これは、作品の脇に添えられたQRコードをスマホの専用ARアプリ「Junaio」で読み取ると、カメラからのリアルタイムの映像上に作品をより深く理解するためのさまざまなCGが現れる、というもの。たとえば、オリジナル作品と複製画の色彩を比較できたり、3DCGでバーチャルに再現された作品空間に画面上で入り込めたり、遠近法の消失点から逆算して明らかになったフェルメールの視点を追体験できたりというような、CGとARの組み合わせによる新しい美術体験プログラムが提供されています。

画面中心の円の中がオリジナル作品の色彩、円の外がリ・クリエイトで再現した制作当時の色彩
画面中心の円の中がオリジナル作品の色彩、円の外がリ・クリエイトで再現した制作当時の色彩

「見る」という視覚的な作品経験から、「触る」や「(作品内へ)入る」といったより触覚的な作品経験へ。絵画をはじめとする美術鑑賞のあり方は、いま大きく変わろうとしているのかもしれません。「ただし」と木村さんは言います。

木村:そこには注意も必要です。技術の進化を無批判に活用するだけでは、たとえ新しい鑑賞が可能になっても、それは「遊び」のひとつに過ぎなくなってしまう。今回のような試みにおいては、画家本人やオリジナル作品とは関係なく新たな「意図」が作られることがあってはならないわけです。それを避けるためには、当然のことですが、今回参考にしたような修復家の地道な作業データや、歴史研究の蓄積といった、従来からの学問との並走が必須です。それらが混じり合うところに、本当の意味での新しい「価値」の発見はあるんです。

フェルメール『合奏』(オリジナルは1990年に盗難にあって以来行方不明)
フェルメール『合奏』(オリジナルは1990年に盗難にあって以来行方不明)

「Junaio」を通じて見たフェルメール『合奏』

当時、最先端の「カメラ・オブスクラ」(カメラの元となった光学装置)を使って絵を描いたとも言われるフェルメール。そんな彼の絵に潜んだ真実を、最新の画像処理・印刷技術や、3DCG、ARといったデジタル技術を組み合わせて解明し、伝えようとする現代の人々。そこにはたしかに、「本物」を見たり見せたりすることとは別の次元での、芸術に対する誠実さがあるように思えます。それでは、このプロジェクトの、今後の展開はどのようなものなのでしょうか。

野口:今後も全国各地の会場で展示を行うことで、フェルメールの作品を身近に感じ、理解してもらい、複製画の展示のおもしろさや可能性を知ってもらうことが目標です。僕もこのプロジェクトに関わってはじめて、複製画を肯定的な眼で見られるようになったんです。それを、来場者の方々にも感じていただきたいんです。また、フェルメール以外の巨匠の絵画作品にもこの動きを広げられるのではと思うと、ワクワクします。

「本物はいいものだ」。たしかにそれはそうでしょう。ただし、そこから「複製画は劣っている」と決め付けているとすれば、もしかしたらその人の作品経験は、それを受け入れる人よりも、ひょっとしたら貧しいものになってしまっているのかもしれません。オリジナルから物理的には離れた、技術が可能にする複製(リ・クリエイト)の経験の中に、実はより深い「本物」に対する理解への道が隠されているかもしれないのです。

イベント情報
『「フェルメール 光の王国展」~フェルメール作品に隠された3つの秘密~』

2015年3月13日(金)~6月30日(火)
会場:東京都 銀座 永井画廊
時間:11:00~18:00
休廊日:火曜(ただし5月5日、6月30日は開廊、5月7日は休廊)
料金:大人1,000円 子ども・中学生500円

プロフィール
ヨハネス・フェルメール

1632年生まれ、1675年逝去。レンブラントと並び、17世紀のオランダ美術を代表する画家とも言われており、現在でもファンは多い。代表作に『真珠の耳飾りの少女』『牛乳を注ぐ女』『絵画芸術』など。現存する作品点数は、研究者により異同のあるもの含めて33~37点とされている。また、43年間の生涯のほとんどを、故郷デルフトで過ごした。



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