YEN TOWN BANDの復活は、なぜ音楽フェスではなく、『大地の芸術祭』でなければならなかったのか?

音楽界の大物プロデューサー小林武史と、現代アート界の大物ディレクターの北川フラムが邂逅

アートディレクター・北川フラムの視野は、圧倒的に広い。著書『美術は地域をひらく:大地の芸術祭10の思想』(現代企画室)では、ホモサピエンスの大陸移動から宇宙誕生まで、「万」や「億」を超える時の流れのなかで、現代のアートの問題点を語る。その視野に基づいて、2000年に彼がディレクションした『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000』は、後に林立する地方発の芸術祭の1つの嚆矢(こうし)となった。しかし後発の芸術祭で、現在時の「まちづくり」の必要性が土地の歴史とともに語られることはあっても、北川ほどのビジョンに出会うことはない。

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』展示風景 草間彌生『Tsumari in Bloom』2000年 photo:Osamu Nakamura
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』展示風景 草間彌生『Tsumari in Bloom』2000年 photo:Osamu Nakamura

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』展示風景 鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館 photo:Takenori Miyamoto + Hiromi Seno
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』展示風景 鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館 photo:Takenori Miyamoto + Hiromi Seno

そんな芸術祭ブームのオリジネイター『大地の芸術祭』は、今年で6回目を迎える。そのプレイベントとして5月22日、渋谷ヒカリエ8/で、北川と音楽プロデューサー・小林武史らによるトークイベントが行われた。周知の通り小林といえば、1980~90年代にかけてサザンオールスターズやMr.ChildrenをプロデュースしたJ-POPの華の時代の功労者だが、とりわけ2000年代以降は、桜井和寿(Mr.Children)、坂本龍一らとともに環境プロジェクトへの非営利融資機関「ap bank」を設立するなど、社会活動家としての一面も見せてきた。この日のトークでは、小林が1996年の映画『スワロウテイル』(岩井俊二監督)のために結成した架空のバンド「YEN TOWN BAND」の一夜限りの復活ライブが、今回の『大地の芸術祭』において行なわれることも発表された。「音楽界の大御所プロデューサー」と「現代アート界の大物ディレクター」。一見して意外な組み合わせだが、トーク終了後の会話を通して彼らの問題意識を探った。

「僕自身、音楽の『マス化』を担ってきた一人で、それを否定するつもりはありませんが、それだけではない本来の音楽のあり方に、今あらためて目を向けたいんです」(小林)

「意外な組み合わせ」と書いたものの、近年の小林の活動に北川との共通性を見るのは難しくない。たとえば小林が「ap bank」をはじめさまざまな場所で口にする「地域における持続可能性の模索」といった視点は、新潟の越後妻有地域を舞台に15年にわたって続けられてきた『大地の芸術祭』にも共通のものだろう。だから、社会に対する「理念」の類似性が二人を結びつけたと考えていたのだが、そればかりではないらしい。今回の参加の背景には、本業である「音楽」への問いかけもあると小林は言う。

「今、世の中には、合理性や経済性をベースにみんなの歩調を合わせるような音楽が溢れています。もちろん僕自身、そうした音楽の『マス化』を担ってきた一人。なので、そのことを否定するものではないのですが、音楽にはそれとは別に、ある個人と世界とのプライベートな関係性を変えるような、人々の間にささやかな『共振』や『共鳴』を生み出す、そんな昔からある、もしかしたら本来の音楽のあり方に近いものに、今あらためて目を向けたいんです」

左から:オフィシャルサポーターの高島宏平、小林武史、北川フラム
左から:オフィシャルサポーターの高島宏平、小林武史、北川フラム

ふと口ずさまれる鼻歌や、限られた土地に伝わる民謡、ある街の人々が共有する鐘の音のようなものまで。なるほど、「音楽」と聞いてわれわれがすぐに思い浮かべる「ポピュラー音楽」のレイヤーを外してみれば、世界には無限に多様なベクトルを持つ「音」の積み重ねがある。ゆえに、土地や世代を超えた人々を対象にするポピュラー音楽は壮大な試みだったわけだが、小林の眼は今、音楽の原初的な姿に向かっているようだ。

北川の活動は、共通の知人を通じて知ったという。『瀬戸内国際芸術祭』など、彼が手がける各地の芸術祭を訪れて、自分との問題意識の近さに驚いていたところ、今回の『大地の芸術祭』への参加を呼びかけられ、1つのアート作品として経済至上主義に否を唱える「YEN TOWN BAND」を概念として登場させるアイデアが浮かんだ。ただ、この度の復活は「復活のための復活」ではないとも語る。

「いわゆる音楽フェスなどではなく、アートを通した地方へのケアを掲げる芸術祭にYEN TOWN BANDが登場する。そこで生まれる相乗効果にこそ価値があります。『大地の芸術祭』は建前ではない表現が求められる数少ない場の1つ。今回ステージとして芸術祭の拠点施設、まつだい「農舞台」を提案されて驚きましたが、だからこそ何が生まれるかわからない面白さがある。音楽とアートの関わりには、まだ更新の余地が多く残されていると思うので、これからもさまざまなかたちで挑戦したいです」

YEN TOWN BANDの復活ライブが行なわれる、まつだい「農舞台」
YEN TOWN BANDの復活ライブが行なわれる、まつだい「農舞台」

自身でも現在、震災後に関わる宮城県牡鹿半島での、音楽とアートによる新たな芸術祭を計画中という。「それについて考えるのが、今の楽しみなんです」。

「越後妻有のような厳しい土地で、アートが本当に人間の友達であるにはどうすればいいか。『大地の芸術祭』で成果が残せないなら、アートの世界を去るつもりでした」(北川)

一方、北川フラムの現在の活動の出発点は、1980年代にあった。足を踏み入れた現代アートの世界で、一般の人々を顧みず内輪の議論に華を咲かす関係者を見て「ここから面白い芸術が生まれるわけがない」と感じた。その反面、「文明と自然と人間の関係から生まれる」アートの力は信じて疑わなかったという。そんな複雑な思いを抱えつつ『大地の芸術祭』をはじめ数々のプロジェクトに関わってきたが、ここ数年で自分の問題意識が広く共有され始めたのを感じると話す。

「越後妻有のような厳しい土地で、アートが本当に人間の友達であるにはどうすればいいか。その考えをかたちにした『大地の芸術祭』で成果が残せないなら、アートの世界を去るつもりでした。回を重ねるごとに地域の方の関わりも積極的になり収穫も多いですが、とくに人間の営みが土地の条件に左右されると多くの人が気づいた震災以降、その意味は大きく変わったと思う」

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 芸術祭のプロジェクトによって一部復田された星峠の棚田
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 芸術祭のプロジェクトによって一部復田された星峠の棚田

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 James Turrell『光の館』2000年 photo:Tsutomu Yamada
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 James Turrell『光の館』2000年 photo:Tsutomu Yamada

たしかに、たとえば気候も風土もまったく違う北海道と沖縄に、同じ現代アートの「土壌」があると考えるほうが、見方によっては傲慢だ。震災という出来事は、日本が「1つの場所」ではないことを人々に突きつけた。さらに、盛り上がりに欠けた今年4月の統一地方選や、基地問題をめぐる沖縄と中央政府との軋轢にも見られるように、「日本全体で政治が機能しなくなりつつある現在、自分たちで地域を支えて生きていく術を身につける必要はより一層重要になっている」とも語る。マクロからミクロへ。そんな視点の移行のなかに芸術の新しくも本来的な意義を見出す態度は、小林と共通する。

「『わけがわからないけれど面白い』作品を求めて、越後妻有の里山をめぐりながら、世代を超えた人々が自由に語り合う光景に喜びを覚える」(北川)

しかし課題もある。複数の関係団体との調整を計り、数百人のアーティストを束ねる芸術祭の運営では、そのハードさゆえに効率性が求められがちだ。また類似イベントの林立は、意義よりもフォーマットが先行するような、「芸術祭」の一種のシステム化をもたらしたようにも思えるが、北川はどのように考えているのか。

「そうした側面はあるにせよ、『大地の芸術祭』に関わる人々は真剣にならざるを得ないんです。美術館や公共の場所でなく、そこに住む人々の土地を借りてやるわけですから。アーティストの案に対しては、ときに『これでは厳しい』と現実を突きつけることもある。中途半端なものはあの土地では持ちません」

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』展示風景 Richard Wilson『Set North for Japan(74°33’2”)』 photo:Shigeo Anzai
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』展示風景 Richard Wilson『Set North for Japan(74°33’2”)』 photo:Shigeo Anzai

『大地の芸術祭』が開催される越後妻有で暮らす人々 photo:Shinichi Kubota
『大地の芸術祭』が開催される越後妻有で暮らす人々 photo:Shinichi Kubota

『大地の芸術祭』の観客には、家族連れが多いという。「わかる」「わからない」で片付けられがちな現代アートの世界。そしてパッケージ化された旅が増え、「本当の意味での旅」が失われた現代にあって、「『わけがわからないけれど面白い』作品を求めて、新潟の山中をめぐりながら、世代を超えた人々が自由に語り合う光景に喜びを覚える」と語る。

「おじいちゃんやおばあちゃんを含め、人は面白ければ参加するんですよ。ホワイトキューブ空間における現代アートも1つの可能性だったけれど、それはせいぜいフランス革命以降の流れのなかで生まれたような、歴史上のごく一部の形態に過ぎません。資本主義の限界が見えはじめ、空間的なフロンティアもなくなった現代において、アートは新たなフロンティアになっていると感じます」

はるか昔から、人々の日々の生活のなかで、それを支える活力の源となってきたアートや音楽。小さな単位だからこそ、真に「友達」のようであった彼らとの関係。その根源的な力を問い直す「旅」が、7月26日に始まる。

イベント情報
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015』

2015年7月26日(日)~9月13日(日)
会場:新潟県 越後妻有地域各所
料金:
前売 一般3,000円 高・専・大学生2,500円
当日 一般3,500円 高・専・大学生3,000円
※中学生以下無料

『大地の芸術祭 2015 YEN TOWN BAND @NO×BUTAI produced by Takeshi Kobayashi』

2015年9月12日(土)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:新潟県 まつだい「農舞台」
料金:前売5,000円(全自由・入場整理番号付)
※『大地の芸術祭』作品鑑賞パスポートチケット付
※『大地の芸術祭』作品鑑賞パスポートをお持ちの方は別途ライブチケット(2,000円)の購入が必要
※詳細は公式Facebook、Twitterにて

プロフィール
北川フラム (きたがわ ふらむ)

1946年新潟県生まれ。アートディレクター。東京藝術大学卒業。主なプロデュースとして、『アントニオ・ガウディ展』(1978-1979)、『子どものための版画展』(1980-1982)、『アパルトヘイト否!国際美術展』(1988-1990)など。地域作りの実践として『瀬戸内国際芸術祭』『大地の芸術祭』の総合ディレクターをつとめる。

小林武史(こばやし たけし)

音楽家、音楽プロデューサー。1980年代からサザンオールスターズやMr.Childrenなどのプロデュースを手掛ける。1990年代以降、映画と音楽の独創的コラボレーションで知られる『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』など、ジャンルを越えた活動を展開。2003年に「ap bank」を立ち上げ、自然エネルギーや食の循環、東日本大震災の復興支援等、様々な活動を行っている。



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