「著作権70年」に延長。TPPがカルチャーシーンに与える影響とは

三島由紀夫の著作権が2040年まで延長される

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が大筋合意となり、日本の関税が大幅に変わろうとしている。肉や野菜が輸入しやすくなる一方で、家電や自動車などは輸出しやすくなる。これだけは関税を堅持したいと決めていた「重要5項目(米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖)」は基本的には関税が守られたが、肉ならば「牛タン」、乳製品ならば「フローズンヨーグルト」など一部の品目が関税撤廃の対象となるなど、TPPを主導するアメリカの意向に譲歩した項目が少なくない。

同じくして、アメリカの意向に従う形で明け渡すことになるのが「著作権」の保護期間延長である。これまで死後50年とされてきた音楽や書籍などの著作権保護期間が、これからは70年に延長される。著作権が切れて自由に使えるようになることを「パブリックドメイン」と呼ぶが、パブリックドメイン化が20年も先延ばしされる。具体例を挙げると、1970年に割腹自殺を遂げた作家・三島由紀夫の作品は、現行の著作権法ならば今からわずか5年後の2020年末をもって著作権が消失する予定だったが、著作権法が改正されると、2040年末まで延長されることになる。

JASRACは「著作権70年」を歓迎している

音楽や書籍とは異なり、映画はこれまでも著作権保護期間が70年だった。著作権法54条には「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後70年(その著作物がその創作後70年以内に公表されなかったときは、その創作後70年)を経過するまでの間、存続する」とある。音楽や書籍も、これからは同様の措置となる。

著作権が切れた文学作品を無料公開しているウェブサイト「青空文庫」は、「TPP大筋合意との報に際して」という声明を発表、「著作権保護期間がさらに20年延びることによって、これまで産み落とされてきた無数の本に、そして将来の世界の文化に、いったいどれだけ資することがあるのか、疑問を抱かざるを得ません」と懸念を表明している。

一方、JASRACは、2015年度の事業計画に「デジタル化・ネットワーク化の進展に伴い、国境を越える著作物の流通がますます増加していくことが見込まれる中、著作権保護の国際的調和の観点から、保護期間延長及び戦時加算(著者注:戦争中に取得された著作権には戦争期間が加算される)義務の解消が欠かせない」と記しており、TPP後の70年延長を歓迎する意向を示してきた。

120歳の子供、90歳の孫が著作権を管理できるか

著作権の保護期間が延びることは権利を慎重に維持することに繋がるが、その一方で、特に文学作品においては、そもそも作品が忘れ去られる可能性が高まってしまう。かつて編集者として仕事をしていた際、既に没した著者の作品や著作を再掲載したり再刊したりするために、著作権継承者に許諾を得る、という作業を数多くこなした。段取りとしては、『文化人名録(別書名:著作権台帳)』(2001年で刊行停止)や『文藝年鑑』(新潮社から定期刊行)で連絡先を探し出し、電話か封書で連絡を試みるが、なかなかスムーズに連絡がとれないケースも多い。ある著者の場合は、著作権継承者を親族ではなく愛人に指定していた。遺された親族とはもちろん犬猿の仲なのだが、その著者の作品を出すためには、親族ではなく愛人の許諾が必須となった。

今回、50年から70年に延長されると、当然、著作権継承者に連絡をとることが難しくなる場面が増える。たとえば、80歳で亡くなった作家に30歳の時に生まれた子供がいたとして、その子供にも30歳のときに生まれた子供がいるとする。70年に延びると、子供が120歳、孫が90歳になるまで著作権が維持されることになる。こうなると、著作権を管理するのは曾孫・玄孫の世代になる可能性が高く、著作権の許諾を得ることが難しくなることが予測される。「作品を使って良し」との判断を下す際には、故人と著作権継承者との付き合いがいかほどであったかも少なからず影響してくるので、付き合いのない世代が管理することで、作品が埋もれてしまう可能性が高まる。そもそも、誰かの曾孫を探し当てる作業は簡単ではない。

懸念される『コミケ』に対する規制

この20年延長には、ディズニーなどの著名なキャラクターを多く持つアメリカの働きかけが影響している。今回、同時に求められているのが「著作権侵害の非親告罪化」である。今現在は著作権者の告訴を受けてから摘発していた著作権侵害が、これからは著作者からの訴えがなくても摘発できるようになる。作者が「こんなものは許さない!」と申し出なければ著作権侵害にはならなかった現行が、これからは本人ではなく、捜査する側のさじ加減で摘発できるようになる。

「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム」の緊急声明には、「クールジャパンを裾野で支えるパロディなどの二次創作、様々なネット新ビジネス、企業内での研究開発や教育現場・福祉現場、デジタルアーカイブ、復刻出版や復刻上映など社会の広範な領域での非悪質な利用において、権利者ではなく警察・検察に手続きの主導権が移り、第三者通報などにより摘発・起訴がされる可能性を高める」とある。

主に、『コミックマーケット』などでの二次創作がどのように規制されるかが未知数である。甘利明TPP担当大臣は、非親告罪化による二次創作に対する影響について、「(著作権者に)商業的価値を毀損したか確認しないといけないので心配ない」(朝日新聞・10月17日)と語っているが、その場合の「商業的価値」に尺度が提示されているわけではない。

年間6,000億円弱の著作権料赤字をどうする

内閣府の「平成26年度 年次経済財政報告」によれば、2013年の著作権等使用料は「受取1,973億円に対し、支払8,193億円」である。著作権に絞れば、この国は年間6,000億円弱の赤字を抱えていることになる。「日本のコンテンツは海外で流行っている」との心象を持っている人も多いだろうが、著作権料だけで考えれば大赤字が続いているのだ。今回の規制強化がアメリカ主導で行われたことをかんがみれば、この赤字幅を縮小するのはますます難しくなるのではないか。日本のコンテンツを海外で勝負させようとする働きかけがあちこちで強まるなかで、この度の「著作権70年」への移行は、後ろ向きな判断である。大国のルールに合わせる形となった今回の判断、関税の問題だけではなく、著作権の観点からも行く末を見守る必要がある。

プロフィール
武田砂鉄 (たけだ さてつ)

1982年生まれ。ライター / 編集。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「マイナビ」「LITERA」「beatleg」「TRASH-UP!!」で連載を持ち、「週刊金曜日」「AERA」「SPA!」「beatleg」「STRANGE DAYS」などの雑誌でも執筆中。著書に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。



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