村上春樹とパティ・スミスがコラボ。フィリップ・グラス来日公演

巨匠音楽家の来日に、村上春樹から久石穣までがジャンルを超えて集結

現代音楽・ミニマルミュージックの巨匠フィリップ・グラス。過去にはデヴィッド・ボウイやAphex Twinとのコラボレーションでも知られる彼による11年ぶりの来日公演が6月4日と5日の2日間、すみだトリフォニーホールにて開催される。

『THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ』『THE COMPLETE ETUDES』メインビジュアル
『THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ』『THE COMPLETE ETUDES』メインビジュアル

注目を集めているのは久しぶりの来日だけでなく、その豪華すぎるコラボレーション演目。初日は「ニューヨーク・パンクの女王」とも称されるパティ・スミスとのコラボレーション『THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ』。今年生誕90周年を迎える詩人、故アレン・ギンズバーグの詩をスミスが朗読し、グラスが演奏するというもので、さらに村上春樹と柴田元幸による書き下ろしの訳詩を、在りし日のギンズバーグの写真やイラストなどとともにステージ上の大スクリーンに投影するという。2日目は、グラスと、彼がもっとも信頼するピアニスト滑川真希、そして作曲家の久石譲が出演する『THE COMPLETE ETUDES』を開催。グラスの集大成であるピアノエチュード全20曲を、三者で完奏する貴重な演目だ。

『THE COMPLETE ETUDES』に出演する久石穣、滑川真希
『THE COMPLETE ETUDES』に出演する久石穣、滑川真希

ボブ・ディランや、ジョン・レノンらと交流があり、言葉の持つ「音」を大事にしていたギンズバーグ

「おれは声をあげ
今、アメリカ語からマントラをつくろう
おれは戦争の終結をここに宣言する!
いにしえの日々の幻影!――
おれ自身の千年紀(ミレニアム)の始まりの言葉を発しよう

合衆国よ震えよ
国をしてすすり泣かしめよ、
議会をして自らの喜びを制定せしめ
大統領に自らの欲望を執行させるのだ――」
アレン・ギンズバーグ『ウィチタ渦巻スートラ』(『新潮』2016年6月号、アレン・ギンズバーグ、五篇の詩/村上春樹・柴田元幸訳より)

アレン・ギンズバーグは、ジャック・ケルアックやウィリアム・バロウズらとともに、ビートジェネレーション(1960年前後にかけて、アメリカ文学界で活動したグループ、またその活動の総称)の代表者として知られる詩人である。

1950年代に活動を始めた彼は、当時のアメリカを覆う保守的な空気に抗うように、「反戦」や「平和」へのメッセージを多く書き残している。内なるメッセージを、ときには紙に書かずテープレコーダーへ直接録音するなど、言葉の持つ「意味」だけでなく「音」も大事にしていたギンズバーグ。ボブ・ディランやジョー・ストラマー(THE CLASH)、ジョン・レノンら音楽家と交流があったのは、彼のそうした創作スタイルとも無縁ではないだろう。例えば、フィリップ・グラスとの出会いはニューヨークの書店。その場で「何か一緒にやろう」と決め、棚にあったギンズバーグの『ウィチタ渦巻スートラ』を、おもむろに手にしたのが始まりだった。以降、二人の交流はギンズバーグが亡くなるまで続く。

フィリップ・グラス
フィリップ・グラス

フィリップ・グラスとパティ・スミスの「気持ち」が合ったときにだけ上演されてきた「幻の公演」

一方、パティ・スミスとは、彼女がまだ無名の書店員だったころに、ニューヨークの食堂で出会っている。サンドウィッチを買う金が足りなくて困っていたスミスに、10セントを出したばかりかコーヒーまでおごったのは、長いコートを着たスミスが「美しい少年」に見えたから(ギンズバーグはゲイであること公表している)。ちなみに、詩人としてそのキャリアをスタートし、デビュー前にNew York Dollsのオープニングアクトを務めたこともあるスミスにとって、ポエトリーリーディングはライフワークの一つであり、2005、2006年には写真家で元恋人ロバート・メイプルソープに捧げた詩を、ケヴィン・シールズ(My Bloody Valentine)が弾くギターのインプロビゼーションに乗せて朗読している(この模様は、2枚組のアルバム『Coral Sea』としてリリースされた)。

パティ・スミス
パティ・スミス

そうした縁で集まった面子による今回のイベント『THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ』は、すでに世界各地で大きな反響を呼んでいる。いわゆる「通常のツアー」と違い、グラスとスミスの気持ちが合ったときのみ上演されてきたプログラムだが、今回はギンズバーグ生誕90周年であり、翻訳者として村上春樹、柴田元幸の名前が挙がったことが、開催決定の大きな要因となった。ちなみにスミスは2014年、村上の長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の書評を『ニューヨーク・タイムス』紙に寄稿し話題となったのも記憶に新しい。

ギンズバーグが60年前に記した「警鐘」が、村上春樹と柴田元幸の「翻訳」によって再び鳴らされる

4日にスミスが朗読する詩は、ギンズバーグ作が5編、スミス作が2編。さらに、スミスの代表曲“People Have The Power”の歌詞を加えた8編を、村上と柴田が4編ずつ翻訳している。村上は暗唱できる詩もあるほどギンズバーグ作品を敬愛しており、1960年代、日本に初めてビートジェネレーションを紹介した諏訪優によるギンズバーグの翻訳に、現代作家ならではの「今日性」と、無類の音楽ファンでもある村上ならではの「言葉のリズム」を加味している。村上が今回のオファーを引き受ける条件として唯一出したのが、以前に『翻訳夜話』(2000年)を共著した盟友であり、日本を代表する翻訳家・アメリカ文学研究者である柴田との共演だったという。そんな両者のギンズバーグに対する解釈の違いに注目するのも、本イベントの楽しみの一つだ。

アレン・ギンズバーグが代表作『吠える』(1956年)を発表し、作品を通じて「反戦」と「平和」を訴え、「物質社会」へのアンチテーゼを掲げてから今年でちょうど60年。アメリカでは共和党のトランプ候補が躍進を続けるなど、再び保守化へと向かっているようである。また、世界のいたるところで今なお紛争が勃発し、宗教間の争いは絶えることなく、テロの脅威はここ日本にとっても、もはや「対岸の火事」ではない。3.11以降の安全保障も含め、国内世論を二分する難問が山積みだ。混沌とする世界情勢の中で、ギンズバーグが60年前に鳴らした警鐘は今なお有効なのである。

フィリップ・グラス、パティ・スミス、アレン・ギンズバーグ、村上春樹、柴田元幸、そして2日目には、久石穣と滑川真希。時空を超えて出会うべくして出会い、日本だからこそ実現したこの奇跡のようなコラボレーションを、見逃すわけにはいかない。

イベント情報
『THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ』

2016年6月4日(土)14:00~ / 19:00~
会場:東京都 錦糸町 すみだトリフォニーホール
翻訳:村上春樹、柴田元幸
出演:
フィリップ・グラス
パティ・スミス

『THE COMPLETE ETUDES』

2016年6月4日(土)15:00~
会場:東京都 錦糸町 すみだトリフォニーホール
出演:
フィリップ・グラス
久石譲
滑川真希

柴田元幸×松浦弥太郎トークイベント
『パティ・スミス、フィリップ・グラス、そして“うたう”ビート詩人ギンズバーグへ』

5月25日(水)19:00~20:30
会場:東京都 神楽坂 la kagu 2Fレクチャースペースsoko
料金:500円(要事前申込)

パティ・スミス LIVE AT BILLBOARD LIVE

2016年6月7日(火)
会場:東京都 六本木 Billboard Live Tokyo
[1]OPEN 13:00 / START 14:00
[2]OPEN 19:00 / START 20:30

2016年6月9日(木)
会場:大阪府 梅田 Billboard Live Osaka
[1]OPEN 13:00 / START 14:00
[2]OPEN 19:00 / START 20:30

プロフィール
フィリップ・グラス
フィリップ・グラス

「現代最高の音楽家(『サンフランシスコ・クロニクル』紙)」と称され、オペラ、ダンス、映画からオーケストラ楽曲に至るまで活動は多岐に渡る。これまでデヴィッド・ボウイ、ミック・ジャガー、ベックなど彼の作品を敬愛する音楽家との多くのコラボレーションでも知られる。2012年『高松宮殿下記念世界文化賞』、2015年に音楽のノーベル賞として知られる『グレン・グールド賞』受賞。映画音楽の代表作に『クンドゥン』『美女と野獣』など。東日本大震災発生の際には、ルー・リードらとともに、ニューヨークで行われた12時間に及ぶチャリティコンサート『CONECERT FOR JAPAN』に参加した。79歳を迎えた今もその活動はとどまるところを知らない。



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