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世界を放浪した孤高のダンサー 康本雅子インタビュー

世界を放浪した孤高のダンサー 康本雅子インタビューをdel.icio.usに追加 このエントリーをはてなブックマークに追加 世界を放浪した孤高のダンサー 康本雅子インタビューをlivedoorクリップに追加 世界を放浪した孤高のダンサー 康本雅子インタビューをlivedoorクリップに追加 (2008/09/22)

NHK『トップランナー』にも登場した康本雅子は、コンテンポラリーダンス界で大きな注目を集めているダンサー・振付家だ。Mr.Childrenや一青窈など有名ミュージシャンのプロモーションビデオ、松尾スズキの舞台振付など、その才能を多方面で発揮している彼女が歩んできた道程はかなり刺激的。「将来のことなんて何にも考えていなかった」と言い放ち、世界を放浪していた彼女は何故、ダンサーになる道を選んだのだろう。誰だって避けては通れない「自分の人生」。彼女の切り拓き方は、とにかくカッコいいのだ。

(インタビュー・テキスト:吉田悠樹彦、柏井万作)

PROFILE

康本雅子(やすもと・まさこ)
1これまでに自作品を日本国内津々浦々とイタリア、アジア4か国にて公演。ダンス公演のみならず、演劇/コンサート/映像/ファッション界等、届く範囲で股をかける。2008年1月にはNHK『トップランナー』に出演。
康本雅子公式ウェブサイト

海外放浪の時代
アジア〜オーストラリア〜アフリカへ

─康本さんは、いつごろダンスと出会ったんですか?

康本雅子インタビュー

康本:中高生のころダンス部だったんですよ。創作ダンスをやっていたんですけど、体育の先生が教えてくれるような、普通のダンス部でした。そこでは岡本真理子さんとか海外で活躍している大岩淑子さんと同級生でした。3人で一緒にやったこともあります。個性の強いメンバーがいてお互いに振りをつくったりしていました。あとはその当時、ディスコに通い出したのが大きかったですね。でもプロになろうなんて考えてもいなかったから、大学は映像を学びに行ったんですよ。

─映像がやりたかったんですか?

康本:それもあるけど、遊んでたかったのが一番かな。勉強よりは何かを作っているほうが面白いだろうって考えていたくらいで、結局は中退して海外を旅していました。だからそのころは将来のことなんて何にも考えていなかったです。幼児感覚が残っていたというか、大人になることへの焦りがまったくなかったですね。

─何で旅に出たんですか?

康本:「異文化」があるからでしょうね。ずっと東京にいたから都会には興味がなくて、アジアの国々を放浪していました。ご飯も美味しいし安いし、やっぱり東京とは違うから楽しいことがいっぱいあって。刺激を求めてたんですね。

─女の子のアジア一人旅は危ないって聞きますが、大丈夫だったんですか?

康本:そんなに怖い思いはしなかったですよ。子供みたいな顔をしてるからみんな親切にしてくれて。まあいま考えると、下心あるのかな? って思っちゃうようなこともありましたけど(笑)。

この若さが永遠に続くだろう、くらいに考えてたんでしょうね(笑)。

─そうなんですね。大分ダンスから話しが遠ざかりましたが(笑)、再びダンスに出会ったのは?

康本:放浪を続けていたらさすがにお金がなくなって、ただ旅をしているのにも飽きたので、ワーキングビザで働けそうなオーストラリアに行ったんです。それを思い立ったのがタイにいるときで、とにかくオーストラリアへ行って住み込みのベビーシッターとかやらせてもらって。それで夜はクラブで遊んでいたんですけど、そのときにあるダンサーと出会って、踊りの楽しさを思い出していったんですよ。

─どんなダンサーだったんですか?

康本:ジャマイカからダンスを教えにきているダンサーで、そこで始めてアフリカン・ダンスと出会ったんです。コンテンポラリーダンスではなく、今までやったことがないダンスに出会ってびっくりしちゃった。それで次はアフリカに行こうと思って、日本に帰ってきてお金をためて、すぐアフリカに行ったんです。


康本雅子インタビュー

─日本には全然落ちつかずに?

康本:実家にも帰らなかったし、旅の途中に「立ち寄った」感じでしたね。23歳だったから周りはみんな働き始めていて、「アフリカン・ダンスなんてやってどうするの?」って忠告されたんですけど、その当時も人生設計なんて考えられず“目の先の欲望”にまっしぐらでした。この若さが永遠に続くだろう、くらいに考えてたんでしょうね(笑)。

─アフリカではどんな日々だったんですか?

康本:セネガルのダカールに行ったんですね。それまではただ遊ぶだけの旅だったけど、ダンスという目的を持って行ったので本当にダンス三昧でした。ダカールにはちゃんとしたダンス・カンパニーなんてないから、村人がやっているチームみたいなところにいました。

海岸沿いの掘っ立て小屋の体育館が練習場で、日本では考えられないような場所です。どこかで発表するわけではないんだけど、ダカールって週に1回はお祭りがあるんですよ。その辺の道に物を並べて、女の人が民族衣装で着飾って、パーカッションを持った人たちが何時間も太鼓を叩いて、踊りたいときにサークルに入って踊って。この踊りは本当に難しくて、ジャズのインプロによく似ているんですけど、出来ても様にならない。だからもう、出来なくてもいいやと思って自由にアレンジして踊っていましたね。

2/3ページ:日本への帰国と、「つじつま合わせ」の苦しみを越えて

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