震災から10年。ハイスタ難波と考える、困難をどう乗り越えるか

震災から10年という節目を迎え、Hi-STANDARDの難波章浩と、NPO法人ボランティアインフォ代表の北村孝之が「乗り越える力」をテーマに語り合う対談の後編。Hi-STANDARDの復活から『AIR JAM 2012』までを追った前編に続いては、その後に難波と北村がより密接に、東北の人々と作り上げてきた『東北ジャム』を振り返る。

そして、震災時には有効だった「繋がる」という方法ができなくなった現在のコロナ禍に対して、私たちはどのように向き合うべきなのか? 音楽にできること、ボランティアにできること。この10年の持つ意味をもう一度考えるきっかけになることを願って。

地元を巻き込んで一緒にやっていくことで、仲間が増え、できることも増えていくのも『東北ジャム』らしさ。(北村)

―『AIR JAM 2012』の後、お二人は一緒に『東北ジャム』の開催に携わることになったわけですよね。

難波:『AIR JAM 2012』を宮城で開催して、Hi-STANDARD(以下、ハイスタ)は東北に『AIR JAM』を持っていくという任務を終え、そこからはまた各々の活動をやっていこうというモードになって。でも僕は東北での活動で生まれた灯火を消したくなかったから、「ハイスタはできないけど、何かイベントをやりたい」と北村くんに相談して、『東北ジャム』を一緒にやることになったんです。

難波章浩(なんば あきひろ)
日本のパンクロックシーンの最重要バンドであり、世界でも絶大な人気を誇るHi-STANDARDのベース&ボーカル。2013年にはNAMBA69を結成し、現在は4ピース編成のハイブリッドメロディックハードコアバンドとして活動中。

―『東北ジャム』は2013年に石巻、2015年に女川、2018年にあだたらと、これまで3回開催されました。

難波:石巻の会場になったONEPARKは、遊び場がなくなってしまった子供たちのためにスケートパークを作ろうという趣旨で立ちあがった場所で、『AIR JAM 2012』で使ったスケートランプを寄贈してるんです。ONEPARKのヒデくんたちとの出会いは、僕の中ですごく大きかったし、同じく石巻では、小渕浜に公園を作るプロジェクトに参加して、そこで出会った木村美輝くんが始めた『ISHINOMAKI BUCHI ROCK』に出演させてもらったのも大きな経験でした。2018年のあだたらでは、福島チャンネルスクエアの平さんと協力し合いながら合同で開催出来たのは心に残っています。

ONEPARKでの活動風景。奥に設置されているのが寄贈されたスケートランプ。

―より近く、深く、現地と繋がっていったんですね。

難波:『AIR JAM』以上に地元の人たちと密接に繋がって作りましたね。

北村:よりDIYですよね。プロが作った『AIR JAM』ももちろんすごくいいけど、『東北ジャム』は看板含めてすべて手作りで、温かみがある。

地元を巻き込んで一緒にやっていくことで、仲間が増え、できることも増えていくのも『東北ジャム』らしさになっていて、女川の会場に、ONEPARKのスケートランプを持ってきて、子供向けのスケート教室をやったりしましたね。

北村孝之(きたむら たかゆき)
NPO法人ボランティアインフォ代表ボランティアコーディネート。新卒でソフトバンクに入社し、ITベンチャーのマイネットを経て、発展途上国の教育支援を行うNPO法人HEROの立ち上げメンバーとして活動。東日本大震災発生後、助けあいジャパンにボランティアとして参加し、仙台へ移住。2011年5月に仙台でNPO法人ボランティアインフォを立ち上げ、現代表理事。

―『AIR JAM』とはまた違った形で、元気を届ける活動を継続されていたんですね。

難波:やっぱり気を使うのは、地元の方たちに迷惑をかけないっていうことですね。特に女川のときは会場のすぐ近くに仮設住宅があったので、その方たちの理解を得られないとやれないから、一軒一軒回ったよね。

北村:チラシを作って、「音が出ます」という話をして。

難波:そうしたら、おじいちゃんおばあちゃんが「にぎやかになっていい」って言ってくれたり。

あと、幡ヶ谷再生大学で活動されてるユカリさんという方がいて、ものすごく地域と密接に活動をされている方なんですけど、その方から「人を集めるんだから、もしまた当日地震があったときのために、ちゃんと避難場所を確保しなさい」と言われて、徹底しました。あれはすごく勉強になりましたね。

石巻で開催された『東北ジャム2013』ボランティアスタッフの活動。背後には避難経路が書かれた看板も。

誰かの支えになるために音楽をやるんだっていう気持ちはすごく強くなりました。(難波)

―震災をきっかけに、難波さんの活動も大きく変化されたと思います。改めて、どんな10年だったでしょうか。

難波:僕の音楽人生にとってすごく重要な10年でした。ハイスタでライブができて、3人の絆がものすごく強くなったのがとにかく大きくて。NAMBA69でKen Yokoyama(横山健のバンド)と一緒に作品を作ったり、2017年にはハイスタでアルバムを出して、ツアーもできましたし、震災がきっかけではあったけど、この10年はポジティブなこともたくさんありました。

僕はステージでは常にポジティブなメッセージを歌ってきましたけど、ステージを下りるとネガティブになってしまうときもあって。でも、ハイスタの3人の絆が強くなったことが、すごく救いになりました。

―音楽をやる意味や理由にも、変化があったでしょうか?

難波:さっき北村くんから「DIY」という言葉が出てましたけど、ハイスタの頃から「DIY」というのはキーワードで、「できることは自分でやる」という原点に戻ってきたのはすごくターニングポイントだったかもしれない。

メジャーのレコード会社にお世話になったり、いろんな経験があっての今だけど、「何のために音楽をやるのか?」が明確になったんです。もちろん、まずは自分のためなんですけど、震災以降に思ってるのは、たった一人でも自分の音楽を必要としてくれる人がいる限り、絶対音楽をやめないということ。誰かの支えになるために音楽をやるんだっていう気持ちはすごく強くなりました。

―『東北ジャム』はまさにその気持ちの具現化と言えますよね。

難波:ハイスタが活動休止をする前は、若かったのもあって、「自分たちがやってる」「自分たちはすごい」みたいな気持ちが強かったけど、今はいろんな人との繋がりをものすごく大切にしています。「自分たちだけでやってる」とは全く思ってない。できる範囲のことは自分でやりつつ、その先のことはみんなの力を借りて、いずれその恩返しをしていく。ただ……今はその繋がりがコロナで断ち切られてしまったようで、それはすごく辛いですね。

楽しいボランティアを通じて、ボランティア自体に興味を持ってもらいたい。(北村)

―北村さんにはボランティア視点で見た復興の現在についてお伺いしたいです。

北村:この10年の変化としては、震災当時はすぐにボランティアの情報を得ることができなかったですけど、今は大きな災害が起きたらすぐに情報を出せるようになったので、復興の手助けにはなっていると思います。

ただ、それは何かが起こってからのことじゃないですか? 何か起こったことに対しての対応はできるけど、それだと必ず後手に回ってしまうから、この先はそれ以前のことをもっとやっていかないといけないなって。そのためにも、やはりまず楽しいボランティアを通じて、ボランティア自体に興味を持ってもらって、災害時にも行ってもらえるような人を増やす活動が大事だなと、改めて思っています。

―しかし、さきほど難波さんもおっしゃられていたように、2020年はコロナの影響が大きく、ボランティアに関してももちろん例外ではなかったかと。

北村:やっぱりボランティアはオンラインだとできなくて、リアルなんですよね。ただ、ボランティアが必要な場所でも、感染リスクがあると、「外からは来ないで」となってしまう。

PCR検査をしながらボランティアをされている方もいますけど、どうしても時間もコストもかかってしまう。とはいえ災害は起こるわけで、どうするかはもっと考えないといけないと思っています。10年かかってヒントは見えたけど、コロナによってまた違う考え方をしないといけないなって。

―ボランティアでもオンライン化が進んでいる分野はあったりするのでしょうか?

北村:ちょっとずつは出てきていて、例えば、写真の洗浄をこれまではどこかに集まってやってたけど、写真を送ってもらって、家でやったり。でもそれはベテランの人しかできないし、動画でやり方を習うとかもあるんですけど、結局写真を送るだけでもコストがかかってしまう。いろいろ模索はしつつ、やはりボランティアはオンライン化がすごく難しい分野ではありますね。

「震災を忘れない」って、あの出来事を忘れないんじゃなくて、あのときみんながどう思って、どう感じたのかを忘れないことが重要で。(難波)

―難波さんにも改めてお伺いすると、コロナ禍の中でどんなことを感じられましたか?

難波:音楽業界ももちろん大変なんですけど、僕が一番危惧しているのは、今復興に向かっている人たちのことなんですよね。震災以降は「繋がっていこう」というムードが高まって、ここまで来たわけですけど、今はボランティアの人も現地に行けなくなって、その繋がりが薄れていってるわけじゃないですか? それが何より辛いです。震災の後にも「音楽は無力なのか?」って感じたんですけど……それともまた違う無力感があって、これをどう打破すればいいのかは、やっぱり悩みますね。

―地震もウイルスもこれから先ずっと向き合っていくものであり、長期的な視野を持った上で、どう乗り越えていくのかを考える必要があるかと思います。そのためには今後どんな価値観を持つことが重要だと思われますか?

難波:意識をネガティブな方に向けてしまうと、キリがないと思うんです。でも、今の世の中にはそこに陥ってしまっている人が多い気がするから、いかに意識を変えるかが重要だと思います。人と向き合うにしても、嫌な部分を探すんじゃなくて、いい部分を探したり、そういうちょっとしたことだと思うんですよね。

―『AIR JAM 2012』のときもまだまだ問題は山積していたわけですけど、まずは笑顔を届けて、そのポジティブなムードがその後の乗り越える力になっていったでしょうからね。

難波:お互いを応援し合える、励まし合える、そういうムード作りを担えるのが音楽だと思うので、音楽をやっている身として、音楽の重要性はすごく感じています。「不要不急」とか「ライブは後回し」とか言われて、すごく寂しかったけど、僕はこれからも音楽の力を信じたい。それを信じられるのは、これまでの過程があるからですしね。こんな状況でお互いを責め合っててもしょうがないですから、そうじゃなくて、もっと励まし合えるようなムードを作って行くことが大事だと思います。

北村:こうやって10年を振り返ると、『AIR JAM』にしても、『東北ジャム』にしても、何もないところからみんなが集まって、応援してくれて、それで形にしていったわけで、そう考えると今の困難な状況も、きっと乗り越えられると思うんです。

僕にとって、この10年でできた繋がりは大きな財産だし、それがあればきっと何でもできるって、すごくポジティブに考えています。それが10年やってきたことの意味だし、それこそ今は難波さんもいてくださるし、やっぱり音楽はデカいんですよ。魂の震えみたいなものは、音楽じゃないと味わえない。この10年バンドのみなさんが東北に通ってくださって、勇気づけられた人はすごくたくさんいるし、僕もその一人ですから。

難波:「震災を忘れない」って、あの出来事を忘れないんじゃなくて、あのときみんながどう思って、どう感じたのかを忘れないことが重要で。それがあれば、「あれ? あのときと違うじゃん」って現状に対する気付きに繋がって、いま一度考え直すことができる。大切なのは、そういうことなんじゃないかなって。実際、東北の方たちはこの10年を乗り越えてきたわけだし、これからもきっと乗り越えられると信じています。

北村:今を乗り越えた先で、また一緒に何かやりたいですね。

難波:そうだね。『東北ジャム』をまたやろうよ。

『東北ジャム2013』
ウェブサイト情報

本記事は、東日本大震災から10年の節目を契機に、ボランティアがより一般的になる未来を願い、Yahoo!ボランティアとCINRA.NETの共同企画として制作しました。特設サイトでは、東日本大震災のボランティアについての思い出など、様々な声が集まっていますので、ぜひご覧いただければ幸いです。

Twitter上では #東北ボランティア とハッシュタグをつけ当時のボランティア活動の思い出を投稿し、共有する企画を実施しています。10年を経て振り返る機会としても、よろしければご参加ください。

プロフィール
難波章浩 (なんば あきひろ)

日本のパンクロックシーンの最重要バンドであり、世界でも絶大な人気を誇るHi-STANDARDのベース&ボーカル。2013年にはNAMBA69を結成し、現在は4ピース編成のハイブリッドメロディックハードコアバンドとして活動中。

北村孝之 (きたむら たかゆき)

NPO法人ボランティアインフォ代表ボランティアコーディネート。新卒でソフトバンクに入社し、ITベンチャーのマイネットを経て、発展途上国の教育支援を行うNPO法人HEROの立ち上げメンバーとして活動。東日本大震災発生後、助けあいジャパンにボランティアとして参加し、仙台へ移住。2011年5月に仙台でNPO法人ボランティアインフォを立ち上げ、現代表理事。



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