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アートとゴミの違いって? 高嶺格インタビュー
その美術家の名前「格」は、ものの「本質」を意味する言葉だ。高嶺格はしかし、高みから何かを説くよりも、生身の個人の目線から、人々が忘れがちな、または忘れたフリをしがちな問いをあぶり出す。2トンの粘土でつくったブサイクなジョージ・ブッシュに「God Bless America」を歌わせたり、在日韓国人の恋人から受けた問いへの葛藤を作品化したり。はたまた、英語が共通語の国際展であえて故郷の鹿児島弁(とエスペラント語!)を使った作品を発表したり。今回、横浜美術館で1月21日から3月20日まで開催される首都圏初の大規模な個展『高嶺格:とおくてよくみえない』は、美術館という存在そのものにも問いを投げかける展覧会になりそうだという。
(インタビュー・テキスト:内田伸一 撮影:小林宏彰)
高嶺格
1968年鹿児島県生まれ、滋賀県在住。美術家、演出家。京都市立芸術大学工芸科漆工専攻を卒業後、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー (IAMAS)卒業。1990年代初頭よりパフォーマンス活動を行い、ダムタイプの作品にも参加。現在は、インスタレーションや映像、写真、パフォーマンスやその演出など、多彩な手法で表現を展開する。バットシェヴァ・ダンス・カンパニー(イスラエル)や、金森譲などダンスや演劇とのコラボレーションも多く、演出家としても活動している。
アートを観に行く美術館なのに「よくみえない」っていう
―今回の横浜美術館での個展は、「とおくてよくみえない」という謎めいたサブタイトルがついていますね。そこに込めた意図とは?

高嶺 格「とおくてよくみえない」
“Too Far To See”
※本展イメージ画像
高嶺:この展覧会は横浜美術館で開催したあと、広島市現代美術館にも巡回するんですね。最初に両方のキュレーターと集まって相談をした際に、どちらもいわば典型的な「美術館」だねという話が出て。所蔵コレクションがあってそれを展示したり、それとは別に企画展をしたり。
―たしかに一般的には、美術館って「アートの殿堂」ですよね。
高嶺:そんな美術館という存在自体を考える展覧会ができないかと話したときに、人々が作品と出会えるのが美術館だけど、そこでも見えない、見えづらい状況ってあるよね? という言葉が出てきて。
―混雑した美術館でよく思いますね、遠くてよく見えないよって。
高嶺:距離感のとりかたひとつでコミュニケーションが成立したり、だめだったりする。人と人、国と国の関係とかでも同じで…。今回の展覧会はそのあたりの問題意識からスタートしています。
―美術館での展覧会のあり方を、高嶺さん流にゆさぶる試みということですか。

高嶺格
高嶺:いま(取材時)、この横浜美術館ではドガ展をやっていて、会場はすごくキレイに設営され、キャプション群もきっちりと丁寧に展示されています。たとえば、そのあつらえをそのまま使えないかと。ドガの生涯を解説したボードとかもそのままで、彼の名画があったところに別の物を置くとか。
―そうなるともう「よくみえない」というより「よくわからない」(笑)!?
高嶺:それはさすがにいろんな事情で実現できなさそうなのですが、なるべく自分の手で作ったものを減らそうと考えています。
―謎が多いですね。新作も登場予定だそうですが、どんなものになりそうですか?
高嶺:新作…あると思います。って実はまだ詳しくは決まってないんですが(笑)。僕はアトリエをもっていなくて、美術館なりフェスティバルなりに声をかけてもらった際に、現地に行って滞在制作することが多いんですね。滞在制作の中で生まれる新作と、過去に作った作品とが同時に展示されるので、過去の作品でも自然と違う見られ方をするだろうから、その流れをどうするかを考えています。
―では、出展予定の作品やこれまでの創作姿勢について伺いながら、この謎の(?)展覧会に、少しでも迫れればと思います。


































