北海道を拠点にするシンガーChimaが「地元」を見つけるまで

「北海道は私にとってゼロに戻れる場所なんです」――北海道を拠点に活動を続けるシンガーソングライター、Chimaはそう話す。幼いころは海外で育ち、帰国後は大阪で暮らしていた彼女は、ひょんなことから北海道の地に移住。北海道の滋養を吸収しながら、そよ風のような歌声を聴かせている。

映画監督の岩井俊二、およびミュージシャンの市川和則(羊毛とおはな)とのユニット「ikire」の一員としても活動し、声優の茅野愛衣や上田麗奈への楽曲提供も行なうChima。近年の代表曲を収録した彼女のミニアルバム『nest』は、TVアニメ『月とライカと吸血姫』のエンディング主題歌“ありふれたいつか”や高野寛がアレンジを手がけた“urar”などを収録している。

コロナウイルスの感染拡大前までのChimaは、ひょいと各地を旅し、そこで感じ取った大地の温もりや空の広がりにインスパイアされながら創作活動を続けてきた。あらゆる情報が右から左へと凄まじいスピードで流れ、言葉と歌が消費されていく現代、Chimaの歌声は聴くものの心にそよそよと寄り添う力を持つ。シンガーソングライター、Chimaの歌世界に迫る。

Chima(ちま)
大阪出身、北海道在住のシンガーソングライター。OFFICE CUE所属。幼少期をドイツ・アメリカで過ごす。帰国後に訪れた北海道の空に感動し大阪から移住。そこで触れた札幌の音楽シーンに感化され、自らも音楽の道を目指すことに。小さな体にギターを背負い、全国各地を巡ってライブ活動を行なっている。近年では、テレビアニメやテレビ・ラジオCM曲の歌唱、他アーティストへの楽曲提供など、活動は多岐にわたる。自身のソロ活動のほか、市川和則氏(羊毛とおはな)、岩井俊二氏と「ikire(イキレ)」としても活動中。

大阪、ドイツ、アメリカを経て北海道へ

―幼少時代はドイツとアメリカで過ごしたそうですね。当時のことは記憶に残っていますか?

Chima:ドイツのことは全然記憶にないのですが、幼稚園から小学4年生までを過ごしたテキサスのヒューストンのことは覚えています。遠足では暴れ馬のショーを見に行ったり、宇宙センターに遊びに行ったりしました。

―アメリカから帰国後、高校までを大阪で過ごされ、修学旅行で初めて、現在の拠点である北海道を訪れたとか。

Chima:それまでも両親の仕事の都合であちこちに引っ越して、自分の地元と思える場所がどこにもなかったんですよ。でも、修学旅行で初めて北海道に行ったとき「帰りたくないな」と思ったんです。

好きなものって理由なく突然やってくるじゃないですか。まさにそういう感覚。「ここに住みたい」と思って、北海道の大学を受験しまくりました。

Chimaが札幌の古民家・ギャラリー犬養で行なったライブの様子

―帰る場所がどこにもなかったChimaさんが、初めて訪れた北海道を「帰る場所だ」と思えたのは不思議な話ですね。まさに縁というか。

Chima:そうですね。視覚的にわかりやすく空や川に惹かれたところはあったと思いますが、それだけでなく、北海道のすべてがいいなと思って。そこまで北海道に魅了されている同級生は周りにひとりもいなかったけど、だからこそ、この感覚はすごく大事なんじゃないかと思いました。

切り離せない生と死。歌うことを決めたわけ

―北海道・江別市の大学に通い始めたChimaさんは、獣医師を目指して獣医学科に通っていたそうですね。

Chima:幼稚園生のとき、お母さんが『かわいそうなぞう』という絵本をくれたんです。上野動物園で、戦時中に処分されてしまった象に関するお話で、ものすごく悲しい展開なんですよね。

その絵本を読んだとき、私はボロボロ泣いてしまって「この象さんを治す人になろう」と決めたんです。それで獣医学科に入りました。

でも、獣医学科なので命と向き合う授業が当然多くて。最初はしんどさに蓋をしながら授業を受けていたんですけど、あるときから命にどんどん向き合えなくなってしまって。

―10代のChimaさんには衝撃が大きかった?

Chima:そうですね。獣医になるうえで必要な学びというか、乗り越えないといけない授業だったと思うんですが、私にはショックが大きくてパニックになってしまって。大学に入ってからは同級生と組んだユニットで歌っていたのですが、そのユニットも同じころ解散してしまいました。

ライブハウスに初めて行ったのも同じ時期です。札幌のバンドがライブをしていて、衝撃を受けました。冷たくて青い闇を感じるんだけど、温かさもあるというか……。「音楽にはこんなことができるんだ」と感動しました。

ユニットを組んでいたころはただただ楽しいというだけで活動していたんですが、私もちゃんと音楽をやろうと決心しました。その時期からは、歌うことによって自分自身が救われるような感覚もあって。

―過去のTwitter投稿では、人生で初めて書いた歌詞が、自分の死後に残された人たちへのメッセージだったことや、おじいさんが亡くなられた際、その歌詞にご自身が救われたことを明かしていらっしゃいました。いのちのことを歌うというのはChimaさんの原点でもあるわけですね。

ChimaのTwitterより

Chima:はっきり意識しているわけではないですが、そうなのかもしれないですね。親戚が亡くなるという体験もおじいちゃんのときが初めてだったのですが、その歌を歌うたびに、自分の書いた歌詞が附に落ちるような感覚になるんです。

空から土へと移る関心。奈良の土に感じた宇宙

―Chimaさんの歌には「空」という言葉がたびたび出てきます。そこにはどんなイメージが重ね合わせられているのでしょうか。

Chima:自分の機嫌が良いときは雨が降ったって「楽しい」と思うけれど、悲しかったら「雨なんてやめてくれ」と思う。そんなふうに揺れ動く人間の感情と空の表情を重ねて、最初のアルバムには『そらのね』(2013年)というタイトルをつけました。空を見て歩くのが、昔から好きだったんです。

―Chimaさんが「空」という言葉を使うときは、北海道の空がイメージされているんですか。

Chima:そうですね、北海道の空じゃないのは1曲ぐらい。北海道の空も、場所や日程によって全然雰囲気が違うんです。去年の11月、中川町というところに1週間滞在して曲をつくったときは、1日目が大雪で、2日目が大雨、3日目にはすごく晴れて虹が出るということがありました。

―中川町で書いたのは“きみの記憶”という曲ですよね。

同楽曲についてウェブサイトでは「私はとにかく空を見上げていろいろなことに思いをはせるのが好きだったのですが、この数年、その興味は足下の『土』へと移ってきました」と書かれています。空から土へと興味が移り変わるきっかけがあったのでしょうか。

Chima“きみの記憶“

Chima:おじいちゃんのお墓が奈良の御所市にあるのですが、数年前にひとりでお墓参りに行ったとき、土の雰囲気がざわざわしているというか、力がある感じがしたんです。北海道の土とは違う感覚で、土のなかに何かが蠢いているような気がしました。

それまでの自分は、空の向こうに宇宙があると思っていたんです。でも土のざわめきを感じたとき、よく考えれば自分だって地球という星の上で存在しているんだなと気づかされて。そこで自分の足元に愛おしさを感じるようになりました。

アメリカから帰ってきてからずっと、日本のことに関心が持てない期間が続いていたのですが、その経験を経て、日本のことにも関心を持つようになって。

“追分節”の愛ある別れに感じたシンパシー

Chima:日本への興味が湧いてからは、長野にも通っています。

―ライブのために?

Chima:いえ、東京に行く用事があるたびに長野の小諸市や中条へ足を伸ばして、1週間くらいのんびりするということを繰り返しているんですよ。何度か農家さんのお手伝いもさせていただきました。

とっても楽しくて、勝手にその場所の曲をつくったり、あとは(長野の民謡である)“追分節”のことを調べるようになったりしました。

―“追分節”のことがいきなり話に出てきて驚いたんですが、関心を持つきっかけがあったんですか?

Chima:長野の小諸で“追分節”を歌っているおじいさんたちとたまたま出会ったんです。かつての旅人たちは滞在した場所を発つ際、“追分節”を歌ってその土地の人たちと別れていったという話を聞いて、「素敵!」と思って。

―先ほども初めて書かれた楽曲が「別れ」にまつわるものだったとお話がありましたが、Chimaさんの歌には、出会いと別れにまつわるモチーフがいくつも散りばめられているように感じます。そのことには、Chimaさん自身がさまざまな場所を回ってきた「旅人」であり、出会いと別れを繰り返してきたことも影響しているのでしょうか。

Chima:確かに思春期に転校ばかり続けていたことや、大学時代に獣医の勉強で生き物の死を見てきたことは影響しているのかもしれない。別れは結構あっけないものだなと感じる部分はあって。

ただ“追分節”の場合、そこには愛があるなと思ったんですよ。再会することはないかもしれないけれど、「元気でね」と歌って別れる。それがいいなと思って。

―Chimaさんの歌で描かれる出会いと別れにも愛がありますね。「元気でね」と手を振っているような感覚がある。

Chima:ありがとうございます。そうだといいですね。

Chimaをいつまでも「ゼロに戻す」北海道の地

―Chimaさんは、旅人のように各地を行き来しながらも、北海道という場所に拠点を置き続けています。それはなぜなのでしょう?

Chima:北海道という場所は私にとって「ゼロに戻れる場所」なんです。ほかの土地に出かけて、新千歳空港から自宅に帰るとき、電車に揺られながらどんどん精神がととのっていくような感覚があるんですよね。北海道の地が普段の自分に戻してくれるというか、自分の声が聞きやすくなるというか。

北海道生まれの方からは「ここのどこがいいの?」といわれることもあるんですが、私は北海道生まれじゃないからこそ余計フラットに土地の魅力を感じられるのかもしれない。出会う人たちに恵まれたところもあると思いますし。

北海道に住み始めたころ、最初はこの地に馴染めるか緊張していたんですよ。でも、北海道は都市部の札幌にいても、10分も歩けば川があるし、何かあっても逃げる場所がある。山に登っちゃえばひとりになれるし、山から戻ってきたときにはもう気持ちがリセットされている。北海道にはそういう良さがあるかもしれませんね。

CINRA井戸沼:読者のなかには、違う場所に移り住んでみたいけれど、なかなか一歩を踏み出せずにいる人もいると思います。

Chima:人って小さいころから「これをしたら痛いよ」とか「これをしたらダメだよ」と教えられているから、先のことまで予想して、危険な行動をしないように自らを制御している部分があると思うんです。

だけど、じつは人間の体って私たちの想像よりも賢くて、脳みそで考える以前に、自分で自分を守る能力が備わっていると思うんです。だからもし友人から「一歩が踏み出せない」と相談をもらったとしたら、私は「とりあえずやってみて。それでヤバかったら連絡して」と伝えるかな(笑)。

リリース情報
Chima
『nest』

2021年10月27日(水)発売
価格:2,750円(税込)
LACA-15912
プロフィール
Chima (ちま)

大阪出身、北海道在住のシンガーソングライター。OFFICE CUE所属。幼少期をドイツ・アメリカで過ごす。帰国後に訪れた北海道の空に感動し大阪から移住。そこで触れた札幌の音楽シーンに感化され、自らも音楽の道を目指すことに。小さな体にギターを背負い、全国各地を巡ってライブ活動を行なっている。近年では、TVアニメやTV・ラジオCM曲の歌唱、他アーティストへの楽曲提供など、活動は多岐にわたる。自身のソロ活動の他、市川和則氏(羊毛とおはな)、岩井俊二氏と「ikire(イキレ)」としても活動中。



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