LGBTQ+に特化した動画配信サービスも。ジェンダー平等先進国・台湾の映画事情

「好きになっちゃいけない人なんていないんじゃないかしら」

2019年に社会現象となったテレビドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)の登場人物、瀬川舞香の名言だ。

国外でも大きな反響を呼び、台湾ではインターネット掲示板「PPT」の日本テレビドラマ板で話題となり、香港でもリメイク版が製作されるなど、中華圏も巻き込んで盛り上がった。

『おっさんずラブ』

この作品の魅力は見る人によって十人十色だろうが、筆者が特に見事だなあと感じたのは「シリーズ1」で、悪い人が出てこないこと。相手のためを想って行動する「利他」の心が登場人物をとおして全面的に描かれ、幅広い視聴者の共感を獲得していたことだ。

「利他」とは仏教の教えにもとづく考え方で、「自分を犠牲にしても他の人を助けよう」という心のこと。この対義語が自分だけが良ければいいという「利己」で、私たちの心にはこの二つが存在するという。「利己」に比べ「利他」にもとづいた行動は、より多くの人の心をとらえるといわれている。

吉田鋼太郎演じる「黒澤武蔵」のキャラクターをはじめ、ジャブのように次々と繰り出される不条理ともいえる笑いが、視聴者の同性愛に対するステレオタイプな見方にヒビを入れる。

気がついたら、男だ! 女だ! 年の差だ! なんて固定観念から解放されたユートピアのような世界観とハッピーな気分に満たされ、登場するキャラクター全員を応援していた、という方も多いのではないだろうか。

先進国のなかでジェンダー平等意識が最低レベルの日本

また、近年日本で話題になったLGBTQ+関連作といえば、2020年に公開された映画『ミッドナイトスワン』(監督:内田英治)がある。

草なぎ剛が主人公のトランスジェンダー女性「凪沙」を演じ、孤独を抱えながらもバレエを愛する少女「一果」(服部樹咲)と心を通わせる人間ドラマだ。

一果のため、凪沙は性表現に関わる大切な長い髪を切り、物流の現場で働いてバレエの月謝を稼ぐ。凪沙の心の変化を通して描かれた「利他」のあり方が多くの観客の感動をよんで、この年の日本映画を代表する作品となった。

同様にトランジェンダー女性と少女との関係を描く邦画には、生田斗真が主演した『彼らが本気で編むときは』(監督:荻上直子 / 2017年)もあったが、ジェンダー平等意識が先進国のなかでも最低レベルと指摘される日本では、これまで性的少数者を扱った映画やドラマは多いとはいえなかった。

しかし最近は『おっさんずラブ』や『ミッドナイトスワン』の商業的成功もあってか、日本でつくられるドラマや商業映画も確実に多様化しているのは喜ばしいと思う。

ジェンダーギャップ指数で、日本より80ほど上位にいる台湾

いっぽうで、2019年に「同性婚」をアジアで初めて法制化し、ジェンダーギャップ指数においても日本より80ほど上位に位置するお隣の国、台湾では、以前より非常に多くのLGBTQ関連作品がつくられてきた。なぜ台湾ではジェンダー平等への意識が高いのだろうか?

台湾はさまざまなバックグラウンドの人々がともに暮らす多民族社会である。

そして長いあいだ戒厳令がしかれ、独裁政権によって社会運動や表現の自由が抑えられていた。しかし1987年に戒厳令が解除されて以降、民主化につれて起こったさまざまな社会運動のうねりのなかで、女性運動や同性婚運動などにかかわる社会的弱者たちが協働し、権利向上を目指してきた経緯がある。

多民族社会では常に自分がマイノリティーになる可能性があるため、性的少数者に対しても想像力を働かせ、「自分ごと」としてとらえる気持ちが高まるのかもしれない。

さらに、こうした取り組みが2019年に同性婚法制化として実を結ぶまでの流れは、台湾の文学や映画、演劇といったカルチャーにも大きく影響を及ぼしてきた。

1960年代のアメリカのフェミニズム運動で生まれた「Personal is Political」(個人的なことは政治的なこと)という言葉がある。個人の問題を拡大すれば社会の問題へつながるという意味だが、台湾のLGBTQ+映画もまた人の営みのなかでもっともパーソナルな事柄である「性」、とりわけ性的少数者の悩みやアイデンティティーを通して、台湾社会のリアルやひずみを多様に表現してきたのだ。

貧困に直結するマイノリティー性を正面から描く台湾映画

2020年の『台湾国際クイア映画祭』のクロージング作品となった『ミス・アンディ(迷失安狄)』(監督:陳立謙)は、同じく多民族社会でありつつ、台湾とは対照的にLGBTQ+に対してかなり保守的なマレーシアと台湾の合作映画だ。

『ミス・アンディ(迷失安狄)』

舞台はマレーシア。主人公のアンディ(李李仁)は、妻亡きあとに本当の自分を実現しようとトランスジェンダー女性「イヴォン」として生きることを決意する。

その後、ルームメイトでトランスジェンダー女性の親友が殺され、最愛の娘にも拒絶されるなど、失意のどん底に突き落とされるイヴォン。しかし、夫のDVから逃れてきたベトナム移民の母子や、元同僚で聴覚障害を持つ若い男性との温かな交流のおかげで、生きる希望を見出す。

社会的弱者である他人同士が家族のようなひとときを過ごすストーリーは、多様な立場の社会的弱者の協働によってジェンダー平等に取り組んできた台湾社会の道のりをも思わせる(ただし映画のほうは心がヒリヒリさせられる結末を迎えてしまうが……)。

性的少数者、移民、DV、シングルマザー、身体障害など、貧困に直結するマイノリティー性を抱えるキャラクターが具体的に描かれるのは、最近の台湾映画の特徴でもある。

しかし「トランスジェンダー役にトランスジェンダー俳優を」という世界的な流れのなかで、台湾作品においてもトランス俳優の起用が少ないこと、また、生まれたときの性は女性だが、自身の認識は男性であるトランスジェンダーを扱った作品が少ないなどの問題があることは指摘しておきたい。

LGBTQ+に特化した動画配信サービスもスタート

2016年には、台湾をベースに「GagaOOLala(ガガウーララ)」というLGBTQ+コンテンツに特化した動画配信サービスが起ち上がった。

2021年の『東京国際映画祭』でも上映されたGagaOOLalaのオリジナルドラマ『第一次遇見花香的那刻(『東京国際映画祭』での日本語タイトルは『最初の花の香り』)』は、BL(ボーイズラブ)に対して「百合」とも呼ばれるジャンルの作品で、女性同士の恋愛を描く。

『第一次遇見花香的那刻』

結婚をして子どもを持つ主婦のイーミン(怡敏 / 林辰唏)は、高校の後輩で当時は恋愛未満の関係だったティンティン(亭亭 / 程予希)に再会する。心に閉じ込めていたティンティンへの愛情をあらためて確認したイーミンは、未知なる人生に向かって踏み出そうとする。

イーミンがティンティンとばったり再会する高校の同窓生の結婚式が、女性カップルの結婚式というのは大きなポイントだ。2019~2020年の2年間で同性婚したカップルは5,328組、うち3,725組は女性同士のカップルだ(台湾内政部統計より)。同性婚が法律で保障され、社会的に認められたことに背中を押され、人生の次のステージに踏み出せる人は少なくないだろう。まさに「ポスト同性婚」時代の作品だなあと思う。

このドラマの監督は、鄧依涵(エンジェル・テン)。子どもを持ちたいと願うレズビアンとゲイの二組のカップルを描いた映画『バオバオ フツウの家族』(監督:謝光誠 / 2019年)で脚本を務め、今作は監督として初の長編作品となる。

台湾では、青春映画の金字塔とされる『藍色夏恋』(監督:易智言 / 2003年)をはじめ、女性同士の恋愛を描いた映像作品は少なくない。

とくに近年では、監督がカメラを通してレズビアンの母親との関係を再生していくドキュメンタリー『日常対話』(監督:黄惠偵 / 2017年)や、日本統治時代の「百合」を描いた文学や漫画など、レズビアンを扱った多様な創作が生まれている。

主に男性が主人公であった人類の歴史のなか、日本も含め同性愛を扱った文化といえば男性同士(ゲイ)が中心だった。そう思えば、女性同士の恋愛を描くことは、長らく「見えないもの」とされてきた世界を表現する挑戦的なクリエイティブでもあるのだ。

台湾の映画・テレビドラマは、台湾社会を映し出す鏡のようものだ。豊かな台湾の映像世界への、扉はすでに開かれている。

サービス情報
TAICCA

台湾のTAICCA(Taiwan Creative Content Agency、通称・文策院)は、台湾らしい文化コンテンツを民間と協働で海外に発信する文化機関として、2019年に設立。動画配信サービス「GagaOOLala」とのコラボによるLGBTQ+コンテンツの発信や、台湾の映画・アニメ・ゲームといった創作物の版権のマッチングや流通を後押しする台湾最大規模のコンテンツ展覧会『TCCF(Taiwan Creative Content Fest)』の運営、Netflixで話題になったドラマ『子供はあなたの所有物じゃない』、日本でも劇場公開された『親愛なる君へ』など魅力的な台湾コンテンツへの支援を行う。『TCCF』にはすでに21国から約640組のバイヤーが参加しており、取引金額は10億台湾ドル(約40億日本円)を突破した。


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