旅を夢見て待ち焦がれる。旅する写真家・在本彌生が綴る、十和田湖、宇部など5つ思い出の地

コロナ禍で外出の自粛が求められるようになり、海外はもちろん、国内旅行にも気楽に行くことが難しくなった。こうした未曾有の事態を受け、気付かされるのは、私たちが旅行を楽しめていたのも世界が安全で平和であったから。

「旅する写真家」として世界を飛びまわってきた在本彌生さんは、旅行が遠ざかったいま、なにを思うのだろう? あらためて感じた旅の魅力、コロナが終息したあとに行きたい国内の旅先5つ、十和田湖、檜原村、奈良、宇部、奄美大島を、その思い出とともに綴っていただいた。

今回、在本さんが紹介する5つの旅先は、旅行を心待ちにしている人々を惹きつけること間違いないだろう。なかでも、宇部(山口県)は、アートによるまちづくりに取り組んできた先駆的な街。公園や市街地のいたるところに彫刻が常設展示されている。10月2日から開催予定の『第29回UBEビエンナーレ』とあわせて足を運んでほしい。

旅行が生活から遠ざかって気づいた。私たちが旅できたのは世界平和が前提だった

2020年の春以降、コロナウイルスの感染拡大によって世界中のすべての人から気ままに旅をする自由が奪われた。

少し前までは自分が生きているあいだ、世界に疫病が蔓延することなど想像もしていなかったが、いまやロシアとウクライナの戦争というこのうえなく悲しい事情までも重なり、なんの罪もない人々が苦しんでいる。

写真家になる前、イタリアの航空会社で乗務員として働いていた頃、毎週シベリア上空を7時間ひたすら航行し、12時間前後でイタリアに到着する「シベリアンルート」を飛ぶのはごく普通のことだと思っていたが、それはあくまでも世界平和が前提のことだった。実感として目下の状況はとてつもなく寂しい。

いま、世界のあちこちで起きていることはオンタイムで私たちに知らされているのにも関わらず、日本と世界の距離はやけに遠い。住み慣れた街をやむなく離れ、避難する人々のいたたまれない心を抱えた旅を、私は液晶画面をとおして見つめている。なんということだろうか。世界が健やかで平和でなければ、旅どころか普通の生活さえままならない、つらい現実をこのところ痛感している。

この星に生きている人たち皆で世界を守る、自分ができる小さなことをし、謙虚に日々をまっとうする。いまはとくに、そうした意識を持って各々が生き、それぞれの持つエネルギーを使うべき時期なのだと思う。旅に限ったことではなく、あたり前にあったはずのあらゆる類の自由を少しずつ取り戻したい。以前とまったく同じようにとは言わずとも。

旅のなかでその地に暮らす人々との対話や、彼らの生活を垣間見ることが、どれほど刺激的で学びを与えてくれたかと、旅から少し遠のいてみてあらためて思い入る。もともと、私は名所旧跡や景勝地よりも、それぞれの土地に暮らしている人の営みやその周りにあるものの面白さに惹かれてきた。しかし、この2年間はリアルで人に会うことを制限されていたから、いまは日本各地の、そして世界の人々の生きざまや自然、もののありようをこの目で見て触れたいと渇望している。

旅先で私たちが汲み取ったものはそれぞれの身体を通じて捉えられ、表現になる。そんな風にしてこの世界がどこかしら、なにかしらでつながり、深まり、広がっていけたら良い。

十和田湖では予定を入れずにのんびりと贅沢に過ごすのが至福

秋田県と青森県にまたがる「十和田湖」。四季折々、自然の雄大さが存分に味わえる。清らかな水がつくり出す光景をたっぷりと体験しに出かけたい。湖では湖畔のコテージに宿泊するのが良いだろう。私は部屋から見える湖畔の緑と湖の青い色を楽しみながら本を読んだり、昼寝したりするのが気持ち良くて好きだ。時折、ふらっと散歩に出かけ、湖のほとりを歩くのも気分転換になって良い。

あまり予定を詰め込まずに、贅沢に過ごすのが十和田湖での至福。自然のおいしい空気と自分の体のなかの空気を入れ替えよう。湖畔には、木材でできた樽型の大きな「バレルサウナ」もあり、自然のなかで熱さと冷たさの体感を繰り返す、北欧のようなサウナ浴が楽しめる。「サウナー」でない方も一度は試していただきたい。

アクティブな休日にしたいならカヌーで湖を巡るツアーに参加するのも楽しい。湖面から眺める景色はいつもと視点が変わって面白い。水の流れがつくり出す美しさに魅力を感じるなら、すぐ近くの「奥入瀬渓流」に足を伸ばしてみるのも良い。十和田湖の水が透きとおった流れをつくり出し、森の緑を輝かせている。紅葉の季節も雪の季節も魅力的で、景色の変化が豊かだ。

東京にも田舎が? 檜原村で見たことのない東京の一面に出会う

東京観光というと、渋谷や六本木といったエリアが取り上げられがちだが、私がすすめたいのは、本州・東京で唯一の村である「檜原村」。東京多摩地区の西部に位置し、山と水に恵まれた自然豊かな場所だ。東京生まれの私も数年前まで一度も訪れたことがなかったが、仕事をきっかけに度々訪れるようになり、近年は自分にとってすっかり身近なところになった。

現在、日本で使われる木材は外国から輸入したものが中心だが、それ以前は、この辺りの森の木々が都心に運ばれ、建築資材として使われていたそう。地元の方たちの子ども時代の山仕事の思い出話を聞き、自分の知らない「東京」の姿に驚いた。檜原村の緑の山々が連なるさまは圧巻で、清流と山歩きを存分に楽しめる。透きとおる水を足元に感じながら釣りをするのも気持ちが良さそうだ。

名物の豆腐や山菜料理はぜひとも味わってほしい。昔ながらの兜づくりの木造家屋はとても大きく、威風堂々としていて一見の価値がある。兜屋旅館の兜づくり4階建の木造家屋は圧倒的な存在感で、自然による緑の光のなか、渓流を眼下にできる立地が素晴らしい。こんな場所が、自分が生まれた東京にあると思うと誇らしくなるほどだ。秋川や青梅まではいったことがあるという方も、ぜひ次の旅行では檜原村まで足を伸ばしてみてほしい。檜原村は森林浴も温泉も楽しめる東京で貴重な田舎。

古都の気品と人々の暮らしが同居する奈良。伝統はいまなお受け継がれる

中学校の修学旅行で訪れたあと、長いあいだ再訪しないでいた街「奈良」。私は縁があって近年続けてかよっているが、行くたびに新しい発見がある。奈良は古都の気品と風格を保ちながら、そこで生活する人々の暮らしが同居している。散歩していても心地よく、まるでここに住んでいるかのような気分にさせてくれる、フレンドリーな街だ。

あちこちにある大小の寺を巡って、木造建築の素晴らしさに感心したり、手入れの行き届いた庭を愛でたりするのも気持ちがいい。「東大寺」「興福寺」「薬師寺」など、これだけ歴史的な見どころが密集しているのも奈良のすごいところ。博物館でもずらりと素晴らしい仏像群に出会えるが、お寺の薄明かりのなかにひっそりと佇む仏像は別格。その存在感には特別なものを感じる。たくさんの人々に拝まれ、慕われてきた御姿は、ここへきた人々の思いを受け止め、特別な力を携えているように見える。

奈良で寺巡りをすると自ずと「奈良公園」のなかを歩くことになるが、なかでも「下の禰宜道(しものねぎみち)」は1人で思索したいときにおすすめ。木々に包み込まれながらふっと顔を上げて天を望むと、頭の中でなにか1つ整理がつくような気持ちがする。奈良にはたくさんの古くて美しいもの、長い間人々に大切にされてきたものが、いまに受け継がれている。

UBEビエンナーレの開催地・宇部。アートが人々の生活に馴染む街

山口県南西部に位置し、瀬戸内海に面した「宇部」。この街でまず観ていただきたいのは村野藤吾氏の建築群。なんの予備知識もないまま初めて宇部の街を訪れたとき、中心街の街並みが整っていて、時代のある洒落た建築物が多く残されていることに静かに感激した。村野氏が設計した「渡辺翁記念会館」「ANAクラウンプラザホテル宇部(旧宇部興産ビル)」「ヒストリア宇部(旧宇部銀行館)」はそれぞれ、市民の暮らしに寄り添うかたちで現役の公共施設として利用されている。

そのなかでも、渡辺翁記念会館はとくに好きな建築。「炭鉱の街」として栄えた宇部ならではのモチーフが各所に散りばめられ、非常に個性的で、独特な雰囲気を持つ音楽ホールだ。炭鉱で働く人々をかたどったレリーフが建物入り口でここに来る人々を出迎え、エントランスホールには「海底炭田」から着想を得たといわれる虹色に彩られた柱や、市松模様のフロアなど、目を引くデザインが施されている。壁面には当時、想像されたであろう「宇部の未来」の姿が描かれているので注目してほしい。

渡辺翁記念会館は、音響の良いホールとして名高く、多くの著名な音楽家たちがこの舞台で演奏しているが、地元の学校の合唱コンクールや演奏会も開かれていて、土地の人々の生活に馴染んで使われている施設であることも素晴らしい。

もう1つ、宇部ならではの興味深いスポットとしておすすめしたいのが、『UBEビエンナーレ』の受賞作品が常設展示されている「ときわ公園」のなかにある石炭記念館。この記念館のシンボルタワーになっている「竪坑櫓(たてこうやぐら)」は炭鉱が閉山されるまで使われていたもので、まさに宇部を象徴する存在。

ある意味、このやぐらもこの場にあることで1つのメモリアルな彫刻作品に見えてくる。いまは展望台に生まれ変わっているので、実際に当時の高さやつくりを体感できる。展示も興味深く、植物が何万年もかけて地球のエネルギーと交わってできる「石炭」の面白さを発見することができる。

世界で最も歴史ある野外彫刻コンクール『UBEビエンナーレ』の会場・ときわ公園。宇部市内には200点を超える野外彫刻が市街地や公園などのいたるところで常設展示され、多彩なアートと触れあうことができる(写真:UBEビエンナーレ事務局)
『UBEビエンナーレ』の会場・ときわ公園。200点を超える野外彫刻が市街地や公園など市内のいたるところで常設展示され、多彩なアートと触れあうことができる(写真:UBEビエンナーレ事務局)
『UBEビエンナーレ』の会場・ときわ公園。200点を超える野外彫刻が市街地や公園など市内のいたるところで常設展示され、多彩なアートと触れあうことができる(写真:UBEビエンナーレ事務局)

『第29回UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)』実物制作指定作品プラン 15作品

『そらいろのテーブル あるいは風の色のパズル』(志賀政夫、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『ディスタンス』(西澤利高、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『wind whisper』(平山悟、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『Silver Lining』(909、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『大地を編む』(奥田誠一、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『わたしはここで』(布藤喜帆、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『青空の月』(増野智紀、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『満 -宇部の空気-』(上田要、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『Inflating shadow』(藤沢恵、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『sky undulation』(井口雄介、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『変身』(松本勇馬、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『月と山、水脈』(岡田健太郎、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『進化景色(森から)』(土田義昌、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『in Wave〜Departure〜』(佐野耕平、写真:UBEビエンナーレ事務局)
『掘ることは生きること、生きることは掘ること』(中村厚子、写真:UBEビエンナーレ事務局)

島特有の伝統文化やグルメが体験できる奄美大島

九州と沖縄の中間に位置する奄美大島。トロピカルなムードのなかに、独特な工芸や自然がある。美しいサンゴ礁の広がる海だけでなく、深い緑の原生林、さらさらと流れる水源の豊かな島だ。島が大きいので、北部と南部の文化や風土の違いも感じられ、見どころが豊富だ。

作品撮影のため、この頃私が足繁く通っている奄美。彼の地で有名な「大島紬」は、真っ黒というよりも闇を表すような独特なニュアンスのある深さをたたえていて、個人的には島を象徴する色だと思っている。

奄美で活躍する染色家、金井工芸の金井志人さんは、伝統的な「泥染め」の手法を踏襲しながらも、新しいスタイルでこれまでとは違った色や素材に挑み、素晴らしい作品を生み出している。興味のある方は泥染めの体験をすると良い。泥染めは大変な肉体労働だが、自分で染めたシャツなどを旅の思い出の1枚にするのもすてきだと思う。

冬のシーズンはクジラたちが奄美に訪れるので、ホエールウォッチングクルーズや、鯨たちと一緒に泳ぐダイビングなども楽しめる。自然の生き物がたくさん住む原生林のウォーキングツアーも、体中の空気が入れ替わるようで、とても気持ちが良い。島に生息する「ルリカケス」「ヤマガラ」などカラフルな鳥の面白い鳴き声を聞きながら歩こう。

島料理も奄美大島にしかない黒糖焼酎と一緒にぜひ味わってほしい。丁寧に取った鶏の出汁でいただく「鶏飯(けいはん)」はあまりにも有名な美味しい一品だが、現地でいただくと美味しさもひとしお。いまは家庭料理としても浸透していて、それぞれの家庭のつくり方、食べ方を聞くのも面白い。

イベント情報
第29回UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)

2022年10月2日(日)~11月27日(日)
会場:山口県 ときわ公園 UBEビエンナーレ彫刻の丘

『UBEビエンナーレ』は、1961年から続く、日本でもっとも歴史のある野外彫刻展。宇部は高度成長期、石炭化学を中心に工業都市として復興したが、工場からの降灰による公害問題に直面した。それを克服する過程で、住みよい生活空間へ変えていこうという市民の思いから彫刻が街に設置されるようになったのが『UBEビエンナーレ』の始まりだ。展示作品は公募形式で選ばれる。緑豊かなときわ公園のシンボルマークになっている彫刻は、向井良吉による「蟻の城」。
プロフィール
在本彌生 (ありもと やよい)

東京生まれ。大学卒業後外資系航空会社で乗務員として勤務、乗客の勧めで写真を撮り始める。複数のワークショップに参加、2003年に初個展『綯い交ぜ』開催、2006年よりフリーランスの写真家として本格的に活動を開始、雑誌、書籍、展覧会で作品を発表している。衣食住にまつわる文化背景の中にある美を写真に収めるべく、世界を奔走している。写真集に『MAGICAL TRANSIT DAYS』(アートビートパブリッシャーズ)『わたしの獣たち』(青幻舎)『熊を彫る人』(小学館)など。



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