川島明『ラヴィット!』が吹かせた新しい風。ニュースを扱わない「朝のバラエティー」は定着するか?

2021年3月から始まったTBSの朝の情報番組『ラヴィット!』が、何かと話題を呼んでいる。

この時間帯の民放他局では、社会的なニュースや芸能ネタを扱うワイドショーが放送されているが、麒麟の川島明がMCを務める『ラヴィット!』ではその手の話題は一切扱わず、グルメ・ファッション・日用品などの生活情報だけを紹介してきた。

5月11日朝、ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが亡くなったという衝撃的な出来事があり、どの民放他局もこのニュースをワイドショーで大々的に取り上げていた。しかし、この日も『ラヴィット!』ではこの話題に一切触れず、従来のバラエティー路線を貫いた。

唯一、番組後半に報道フロアからのニュースコーナーが挟まれたとき、そのなかで上島さんのニュースが取り上げられていたのだが、スタジオに切り替わると川島はコメントをせず一礼したのみ。番組本編では、そのことには一言も触れられず、それがSNSなどでも少しだけ話題になっていた。

番組開始当初からバラエティーに特化した内容を貫き続けている『ラヴィット!』が、上島さんの話題に触れないのは当然であり、番組を見慣れている人にとっては驚くようなことではないかもしれない。しかし、普段この番組をチェックしていない視聴者や、この日たまたま番組を目にした人は驚いたかもしれない。

SNSには、「悲しい出来事で気持ちが落ち込むなか、いつもどおりの『ラヴィット!』に救われた」といった趣旨の声もあがっていた。

ニュースを取り上げない朝の情報番組が生まれた背景

『ラヴィット!』は「ニュースなし!ワイドショーなし!」を宣言し(*1)、「日本でいちばん明るい朝番組」を謳う。

このコンセプトを象徴する出来事があったのが、開始当初の2021年4月12日の放送回である。この日、TBSでは深夜から早朝にかけて「マスターズゴルフ2021」の生中継が放送されていて、松山英樹が日本男子初の海外メジャー制覇という快挙を達成していた。

この中継のために『ラヴィット!』は通常より20分遅れてスタートすることになった。普通の情報番組であれば、ここは当初の予定を大幅に変更して、松山の偉業を称える特別企画を行うところだ。

そのニュースにはゴルフファンだけでなく多くの人が興味を持つだろうし、もともとTBSで生中継を見ていた視聴者がそのまま流れ込んでくることも期待できるからだ。

ところが、いざ番組が始まると、川島が「優勝おめでとうございます」と一言言っただけで、そのまま通常どおりの企画に移っていった。番組のコンセプトを守るために、ほぼ確実に視聴率が見込める企画をあえて見送ってみせたのだ。

2021年4月12日放送回についてのツイート。通常どおり、コンビニスイーツランキングの企画を放送した。

『ラヴィット!』があえて純粋なバラエティー路線を貫くのは、MCである川島の強い意向によるものだ。佐久間宣行のYouTube番組に出演した際などにその背景を本人も明かしている。

彼はかつて『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ)にコメンテーターとして出演したときに挫折感を味わっていた。

社会的なニュースや世間を騒がせる政治スキャンダル、芸能ゴシップについて意見を求められるのだが、何も言いたいことが浮かばない。この手の番組では、芸人だからといってふざけたことばかりを言うわけにはいかない。専門外のことについて話さなければならないこともあるし、それぞれの立場から、マジョリティに受け入れられる範囲で程よく味付けされた「正論」をひねり出すことが求められる。もともと社会的なことに興味や関心が薄い川島は、自分がコメンテーターに向いていないことを思い知らされたという。

そこで、彼は『ラヴィット!』を始めるにあたって「時事ネタは扱わない」という条件を突きつけた。スタッフもそれを全面的に受け入れて、ニュースを取り上げないまったく新しいかたちの朝の情報番組を始めることにしたのだ。

『ラヴィット!』はテレビ業界に新しい風を吹かせた

開始当初には、この番組の新しさがなかなか理解されず、視聴率でも苦戦を強いられていた。ネットニュースなどでも番組に批判的な記事が目立っていた。

だが、徐々に独自路線をいく番組の面白さが認知されるようになり、状況が変わってきた。最近では、ネット上でもたびたび話題になり、視聴率も上向いてきた。今では数字に換算できない「視聴熱」の高い番組であると言える。

この番組では、スタジオにいる芸人たちがのびのびと楽しげに振る舞い、気軽にボケを飛ばす。クイズの企画では出演者が回答でボケまくることが織り込み済みになっている。たとえスベっても、MCの川島がすかさずフォローの言葉を入れて笑いに変えてくれる。

ロケで芸人が編集でカットされるつもりで本筋と関係のない悪ふざけをしても、面白ければそこが使われることもあり、それを知った出演者たちはますます奔放にはしゃぎ回る。いつしか『ラヴィット!』は芸人たちが縦横無尽にボケ倒す「大喜利番組」だと言われるようになった。

前例のない朝番組をつくるために、TBSでは万全の体制が敷かれた。「コンテンツ制作局」というバラエティー番組の部署が制作を担当することで、バラエティー路線を徹底することができた。生放送のあとには川島とスタッフが反省会を行い、お互いの意思を細かくすり合わせる作業が続けられているという。

いまや「大喜利番組」とも呼ばれる『ラヴィット!』でMCを務める川島は、もともと大喜利の達人としても知られている。芸人になる前の中学時代にはハガキ職人として雑誌の読者投稿コーナーなどにネタを投稿していたし、大喜利番組『IPPONグランプリ』(フジテレビ系)では優勝経験もある。

そんな川島にとっては、『ラヴィット!』という番組自体が「こんな朝の情報番組は嫌だ。さて、どんな番組?」という大喜利の回答のようなものなのだろう。グルメなどの身近な情報を扱いながらも、芸人たちは互いに本気のパンチを放ち、高度なボケとツッコミの応酬がある。

「情報番組の皮をかぶった本格お笑い番組」とも言えるし、「お笑いの濃度が高すぎる情報番組」とも言える。いずれにせよ、テレビ業界に新しい風を吹かせた前代未聞の番組であることは間違いない。

長いコロナ禍を経て「マスク・検温・消毒」のある生活が当たり前になったように、人間はどんなことにも慣れていく。その意味では、視聴者は徐々に『ラヴィット!』のある日常に慣れてきている。朝の帯の情報番組では、多くの人がそれを見ることが当たり前になるのが1つのゴールである。平日の朝にとがったコンセプトのお笑い番組を見るという「新しい生活様式」が、人々の間に定着するまでもう少しだ。

メイン画像:『ラヴィット!』(C)TBS



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