日本のまつりと出会いなおす

『桃太郎』から『鬼滅の刃』まで。なぜ「鬼」が愛され続けるのか、民俗学研究者・山崎敬子に聞く

近年、かつてないブームを巻き起こした漫画『鬼滅の刃』。主人公である竈門炭治郎が妹・禰豆子や仲間とともに敵に立ち向かう様子には、老若男女が心を揺さぶられ、漫画・アニメ・映画ともに大ヒットを記録した。そんな物語を魅力的に彩るピースのひとつとして挙げられるのが、作中で描かれる多様な「鬼」たちの存在だ。恐ろしく強く、人間を窮地に追い込みながら、最後は涙を残して消えていく……単調な「鬼退治」にならないのは、そんな鬼がいてこそだ。

『鬼滅の刃』のほかにも、鬼が登場する漫画作品は数多く存在する。同じく週刊少年ジャンプで連載されていた『約束のネバーランド』をはじめ、漫画作品には鬼や類似する民俗学的なモチーフがよく用いられる。私たちは一体なぜ、そうしたものに惹かれてしまうのだろう。そもそも、鬼とはどんな存在なのだろうか。

コロナ禍で打撃を受けた全国各地の伝統行事や民俗芸能をサポートするキヤノンマーケティングジャパンのプロジェクト「まつりと」とコラボレーションした連載「日本のまつりと出会いなおす」では、アーティストやクリエイター、文化人などへのインタビューを通じて、日本のまつりの魅力をさまざまな角度から解き明かしていく。第四回目となる今回は、鬼をはじめとする民俗芸能を研究される山崎敬子にインタビューを実施。

大学生の頃、あるまつりで「神さまとしての鬼」に出会ったことをきっかけに、鬼やまつりへ興味を注ぐようになったという彼女に、鬼の魅力や漫画内でのとらえられ方、漫画ファンにもおすすめのおまつりまで聞いた。

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全国各地の伝統行事等や民俗芸能がコロナ禍で大きな打撃を受けたなか、キヤノンマーケティングジャパンは文化庁からの委託を受けて、映像制作や写真撮影、オンラインによる情報発信、現地での運営サポートなどで伝統行事等をサポートしています。ウェブサイトでは、「日本の祭りを探検する」をテーマに、祭りや伝統行事等の魅力を多角的に発信しています。

日本古来のオニと中国からやってきたオニ。鬼ってそもそもどんな存在?

―山崎さんが民俗芸能に興味を抱いたきっかけを教えてください。

山崎:子どもの頃から仏像や神社が好きで、よく早朝に父親を叩き起こして「いまから奈良に連れて行って」というようなわがままを言っていました。そのまま大学でも仏教芸術を学べる学部に入学したのですが、授業で表現としての「まつり」の存在を知り「何それ、おもしろい!」と、一気に民俗芸能のほうへ興味が傾いていったんです。私は埼玉の団地で育ち、伝統的なおまつりに参加した経験がほとんどなかったので、そのぶんより新鮮に感じられたのだと思います。

―大学時代からおまつりに足を運びはじめたのですか?

山崎:大学から実家に「山崎がどこにいるのか教えてくれ」って電話がくるくらい、20代は行方をくらましておまつりに行っていました(笑)。その頃はいまと違って通信環境も悪く、山に入ると電波がつながらず、連絡手段が絶たれてしまうんですよね。

「おまつりは実際に行って見ないとわからない」と大学の先生が言っていたのを鵜呑みにして、バイト代も時間も、すべてをおまつりに注ぎ込んでいました。当時はYouTubeもありませんから、実際に行くしかなかったのが逆によかったかもしれませんね。

―たくさんのおまつりに参加されたなかでも、衝撃的だったものは?

山崎:私の人生の分岐点になったのが、愛知県奥三河の「花祭」です。民俗芸能学を知ろうと思ったらマストで行くべきおまつりなんですけど、「榊鬼」という神さまのような存在の鬼が登場するんですよ。それまで節分に出てくる鬼くらいしか知らなかった私にとっては、そんな鬼に出会ったのは初めてのことで、「鬼ってじつは私が知っている存在とは違うんだ」と初めて気づきました。

学校の授業で習う範囲だと「天照大御神」「スサノオノミコト」といった、名前のある神さまが登場することが多いですが、各地のおまつりには海の神や山の神のような、名前のない神さまもたくさんいます。榊鬼も名前だけ見れば「サカキの鬼」ですが、地域に自然の恵みをもたらす花祭のなかで最も大切な存在です。地域では大事にされているのを見て、鬼って、神さまってなんだろう? と考えるようになりました。

―鬼といえば、一般的には邪悪なイメージがあると思います。そもそも鬼ってどういう存在なんですか?

山崎:『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』という平安時代の百科事典があるんですけど、そこには、鬼は「隠」と表記されていて、姿を見せたくなくて隠れているから「隠」と書くのだ、といった説明があります。

まつりに出てくる素朴な日本の神さまのなかにも普段は山に隠れていて、日常生活のなかにはいない存在がおります。おまつりや節目となる時期に山から下りてきて、地域の人と交わり、そして山に帰っていき、また1年姿を見せない。そういう隠れた存在も「隠(おに)」なのだと思います。先ほどの榊鬼や、有名なナマハゲなども普段は姿を現しません。

山崎:一方で「鬼」という漢字は中国大陸から来たもので、漢字自体にも意味があり、人の魂や霊魂を指しています。たとえば、人が亡くなると「鬼籍に入る」と言うのもそうですね。ただ、そうした霊的な意味合いは、どんどん時代が降るにつれて「災厄」とも一体となり、怖いもの、怪しいものというイメージになっていきました。「鬼=邪悪だから退治する存在」として広く定着したのは、節分によるものが大きいかもしれません。

『鬼滅の刃』と『約束のネバーランド』で描かれる鬼の違い

―『鬼滅の刃』や『約束のネバーランド』をはじめ、「鬼」をモチーフにしたキャラクターが登場する漫画が流行しています。山崎さんはこうした作品のなかで、どのように鬼が解釈されていると思いますか?

山崎:『鬼滅の刃』も『約束のネバーランド』も総じて、鬼は退治される存在であることは共通しています。真新しさはありませんが、『鬼滅の刃』で特にいいなと思ったのは、鬼たちが吸血鬼でもあること。吸血鬼は西洋の存在ですが、『鬼滅の刃』の鬼には「夜しか活動できない」という日本の妖怪らしい設定もあるんですよね。舞台となる大正頃の時代はちょうど和洋折衷の文化が生まれ、古いものと新しいものがごちゃまぜになったなんでもありの時代ですから、設定がうまくはまっていると思いました。

山崎:『約束のネバーランド』は、鬼の姿を明確に出しているし、退治というより、私たちが殺される側として描かれているのが新しいなと思いました。大好きな作品ですが、より流行るだろうな、と思ったのは『鬼滅の刃』のほうですね。

―なぜ『鬼滅の刃』のほうがより流行ると思ったのですか?

山崎:実際に『鬼滅の刃』がこれだけブームになったのは、もしかしたら、新型コロナが流行し強大なものと立ち向かっていかないといけない……という人々の不安感が、主人公の炭治郎と合致したのもあるのかもしれません。何よりも、強敵に兄妹で立ち向かうというのが時代を汲み取っているように感じました。2014年に映画『アナと雪の女王』が大ヒットして浸透していた「きょうだい愛」をベースに、私たちが古来より親しんでいた「鬼退治」を重ねているので、すごくわかりやすいなと。

桃太郎の鬼退治には理由がない? 現代に受け継がれる「鬼」のイメージ

―『鬼滅の刃』に登場する鬼はもともと人間であり、そのほとんどが辛い過去を持っています。そう思うと、神秘的で霊的というよりも人に身近な存在に感じます。

山崎:これも日本古来の鬼の姿と重なるところがあります。というのも、歴史のなかでは特に悪いことをしていないのに朝廷に退治された鬼も数多く存在するんです。有名なのは『桃太郎』に出てくる鬼で、彼らはもともと、高い製鉄技術を持ちながら岡山県の土地を治めていたと言われています。そして、その技術をほしがった中央政権が彼らを制圧してしまったとも。

山崎:『桃太郎』をよく読んでみると、桃太郎自身には特に鬼退治に行く理由が描かれていないんですよ。「鬼を退治してくれ」と言われたから鬼ヶ島に行っただけで、桃太郎自身の意思はない。なので、同じように朝廷や幕府から抑圧された生活を送っていた市民たちにとっては、そうした鬼たちの姿は「鬼にも事情があるんだな」というシンパシーを抱く対象になります。

―同情できるという点も、鬼という存在がたくさんの作品に登場する理由のひとつなのでしょうか。

山崎:そうですね。日本古来より人が持つ感覚に「判官贔屓(はんがんびいき)」というものがあります。たとえば源頼朝よりも義経、というように、勝った者よりも負けた者に対して思いを寄せてしまうことです。この気持ちで「鬼退治」を見ると、倒されてしまう鬼のほうに親近感が湧くのかなと。

山崎:あと、神さまは恐れ多いけど、鬼は節分で豆を投げるくらい身近な存在とも言えます。霊的な見えないものじゃなくて、明らかな「力」だからわかりやすいのかもしれません。

一方で、私たちって「人智を超えたもの」に対して、比喩表現で「鬼」という言葉を使うこともありますよね。「鬼かわいい」とか、強いスポーツ選手を「鬼の◯◯」と表現するとか。霊的な意味合いは薄れましたが、すごいものを「鬼」と言う感覚はみんな持っていると思うので、昔の時代を生きた人たちと現代の私たちはまだつながっているように感じます。

山崎さんがおすすめする個性豊かな鬼に出会えるおまつり

―ほかに、鬼や神が登場する漫画でお気に入りの作品はありますか?

山崎:鬼よりもう少し広げて妖怪モノという意味では、『うしおととら』の影響を大きく受けていると思います。民俗芸能を専攻する前から読んでハマっていたので……。あとは神でいうと『ゴールデンカムイ』はアイヌの神さまの概念をきれいに表現していると思います。もちろん、ジブリ作品の『千と千尋の神隠し』『もののけ姫』はかなり日本民俗文化を取り入れていて、教材として使えるほど素晴らしいです。

―鬼や神ではないですが、漫画『呪術廻戦』では「呪い」の概念が物語の主軸となっています。呪いについてはいかがですか?

山崎:日本には御霊信仰、つまり「悪いことをもたらすのは人の思い」だという信仰が昔からあるんです。『呪術廻戦』もまさにそうで、それが流行るということは、私たちがストレスを抱えていることの表れなんじゃないでしょうか。

御霊信仰でいうと、日本のおまつりはわかりやすくて、最たる例が京都の「祇園祭」です。お盆の時期に招く魂のなかには悲しみや悔しさを抱えたものもいて、それらが悪さしないようにおまつりでもてなし、帰ってもらう。私たちはどこかで、悪いものは人間の感情からくるのだとわかっているんですよね。

―鬼のような、民俗学的なモチーフが用いられた漫画作品が好きな方に、おすすめしたいおまつりはありますか?

山崎:やっぱり「花祭」は、鬼と一緒に一晩中踊るという貴重な体験ができるのでおすすめです。『鬼滅の刃』が特に好きな方には、千葉の「鬼来迎」もいいかもしれません。『鬼滅の刃』の登場人物である嘴平伊之助が「ことろことろ」という遊びを趣味に挙げているのですが、その元ネタにもなった平安時代の古い鬼ごっこを、唯一見ることができるおまつりなんです。

ただただ楽しい鬼に会いたいなら、伊賀の上野天満宮に行ってみてください。「ひょろつき鬼」という、その名のとおり釜を持ってひょろひょろとうろついている、コミカルな鬼に出会えますよ。

青森には「セコムのような鬼」がいる? 日常に入り込む鬼の存在

―鬼にもいろいろと個性があるんですね!

山崎:そうですね。青森県はとくに、おまつりに関係なく、優しくて個性のある鬼がたくさんいますよ! 「古津軽の鬼コカード」というカードをつくって町おこしをしているくらいです。

昔は「大人(おおびと)」と書いて鬼を指していて、青森県ではこちらのイメージが強いんです。この鬼たちはとてもいい神さまで、地域を守りながら、困りごとがあれば助けてくれる存在です。山や海からやってくる来訪神とは違い、実りはもたらしませんが、その代わりセコムのようにいつも見守ってくれています。

―もっと日常的な、親近感のある存在なのですね。山崎さんにとって各地の鬼や民俗芸能に触れることは、どのような体験を与えてくれるものでしょうか。

山崎:私のなかにあった、決めつけや先入観をなくしてくれました。おまつりに参加して何かを1個知ったら、さらに10個知らないことが出てくる感じなんですよ。もし東京にとどまってネットや文献だけを見ていたら、きっと狭い範囲で得た知識で「鬼ってこうですよね!」と学説を垂れ流すだけになっていたと思います。

それはそれで決して悪いことじゃないけど、現地で出会う鬼は、文献で読むよりも生き生きしています。地域の人と楽しんでいて、見れば見るほど新しい発見があり、先入観が壊れていく。いろんなことに対して頭でっかちにならず、「それもありだよね」と言えるようになったのは、鬼との出会いのおかげです。

―山崎さんの「このおまつりに行きたい」「こんなことをしたい」という目標を教えてください。

山崎:私は鈴木牧之(1770〜1842)、菅江真澄(1754〜1829)、岩田準一(1900〜1945)という3人の研究者に憧れていて。3人とも、研究というよりもただ自分の好きなことを突き詰めて表現していたのですが、それが後世のいまでは貴重な資料になっています。3人のように「知りたい」と思う気持ちを原点に動くことをこれからも続けていきたいですし、論文ではなく、地域の人が生き生きとしている様子を書き記していけたら幸せです。

一方で、学術書や真面目な本に出てくる単語のまま人に話しても、時代が移り変わるとともに伝わらなくなっていきます。私は大学で学生に民俗学を教えているのですが、実際、いまの大学生に「かしら」と言っても、ぱっと「頭」のことだと思い浮かべてはくれません。身近な存在だったはずのまつりにも、参加したことのない人が増えてきています。難しい言葉を優しい言葉に噛み砕き、変換する。そういう翻訳活動にも力を入れていきたいです。

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全国各地の伝統行事等や民俗芸能がコロナ禍で大きな打撃を受けたなか、キヤノンマーケティングジャパンは文化庁からの委託を受けて、映像制作や写真撮影、オンラインによる情報発信、現地での運営サポートなどで伝統行事等をサポートしています。ウェブサイトでは、「日本の祭りを探検する」をテーマに、祭りや伝統行事等の魅力を多角的に発信しています。YouTubeチャンネルでは、今年開催された祭りの映像もお楽しみいただけます。
プロフィール
山崎敬子 (やまさき けいこ)

玉川大学芸術学部民俗芸能(ジャパンアーツ)論講師、学習院大学さくらアカデミー講師、鬼ごっこ総合研究所招聘研究員、(社)日本ペンクラブ企画事業委員、日本サンボ連盟理事などをしながら民俗芸能の講師や地域おこしに取り組む。著作に『都道府県別にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版)、共著に『メディアの将来像』(早稲田大学メディア文化研究所)、編集委員として『年中行事辞典』(東京堂出版)。



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