「アジア」を深く知るための、4つの映画。ライターISOが厳選

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映画界では人種や文化、ジェンダーにおける「マイノリティー」とされてきた人々の立場を見なおす動きが進んでいる。わたしたち日本が属するアジア表象の変化も見られ、アジア系家族を描いた『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022年)の快挙も記憶に新しい。

ただ、わたしたち日本人自身が「アジア」を理解できているかは疑問だ。法務省によると令和2年度の在留外国人の国籍は中国が27.3%、韓国が15.1%、ベトナムが14.6%、フィリピンが9.8%(*1)。アジア諸国出身者が大多数を占める。しかし、そうした人々がどんな文化・価値観を持っているか、理解できている人がどれだけいるだろうか。日本人はアジア各国に対する既成概念にとらわれていたり、間違った知識を持ってしまっていたりしないだろうか?

身近なはずで遠い「アジア」の一端を理解するために、助けになってくれるのもまた映画だ。ストーリーや演出、役者による演技など、映画にはその国々の文化や歴史、価値観が現れる。そこで、本稿ではアジア各国が制作した映画のなかから、ライターISOがおすすめする作品を4つ紹介。作品内容とともに、それぞれの国の映画文化を解説していく。

なお、WOWOWオンデマンドでは特集「ゴールデンウィークは Go To WOWOW 最大9日間のエンタメ旅」が開催中。「旅」をキーワードにさまざまな映画・ドラマのリストが公開されている。本稿で紹介する作品リストもこの特集内に掲載され、WOWOWオンデマンドで視聴可能だ。このリストがもたらす「映画によるアジア旅行」が、アジアに興味を持つきっかけになれば嬉しい。

『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』(2020年 / 中国)

映画のなかに1秒だけ映るもう会えない娘の姿を見るため、男は命を賭して砂漠を越える──。『紅いコーリャン』(1987年)で鮮烈なデビューを果たして以来、数々の名作を残してきた中国の巨匠チャン・イーモウがこの作品に込めたのは、私的な記憶と映画愛だった。

舞台は文化大革命の真っ只中である1969年、動乱の中国。造反派に刃向かったことで強制労働所に収容され、妻と娘と離別した男(チャン・イー)がいた。あるとき、自分の娘がニュース映画に映っていることを知った男は、その映像を一目見るため強制収容所から逃亡。広大な砂漠を越え、映画が巡回上映された直後の村にたどり着くが……。

文化大革命(以下、文革)とは、1966年に毛沢東主導の下に起こった大規模な政治闘争のこと。造反有理を掲げた学生ら若者により、政治家や知識人をはじめ多くの人々が反革命分子として弾圧・虐殺された。

現在73歳のイーモウ監督は16歳から26歳の青年期に文革に巻き込まれ、その最中は農村や工場で労働に従事していたという。これまで『活きる』(1993年)や『妻への家路』(2014年)などの文革を背景とした作品を世に送り出してきたことからも、当時の体験がイーモウ監督の作品づくりに多大なる影響を与えたことは想像に難くない。

そして『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』は、イーモウ監督の文革時代の記憶を再現した最たるものである。この物語で映し出されるのは、当時の人々が映画に向けていた鮮烈な希望の眼差しだ。

主人公である男の目的は、ニュース映画にたった1秒だけ映る娘の姿を見ること。娘について詳しくは語られないが、もう会えない存在であることが示唆される。彼にとって、映画は娘と会うための「唯一の希望」なのだ。イーモウ監督は「当時の人々にとって映画を見ることは、正月のような一大イベントだった」(*2)と語っている。その言葉のとおり、劇中で映画館に集った村人たちは、上映前には祭事のような賑わいをみせる。

だが、上映が始まるとそれまでの大騒ぎが嘘のように静まり、誰しもがスクリーンのなかに広がる物語に心を奪われるのだ。男だけでなく、その時代の誰しもにとって映画は夢であり、希望であった。男が砂漠を横切る冒頭をはじめ美しい瞬間が幾つもある作品だが、大勢の村人がフィルム映画に夢中になるシーンはそれらとは別次元の輝きを放っている。

思わずフィルム映画に憧憬の念を抱いてしまう眩い輝き。イーモウ監督はそんな男や村人たちの姿を通じて、かつて味わった至純なる映画体験の喜びを共有してくれるのだ。

『女神の継承』(2020年 / タイ・韓国合作)

『哭悲/THE SADNESS』『X エックス』『ブラック・フォン』など、優れたホラー作品が数多く劇場公開された2022年夏。そのなかでも、僻村の土着信仰に密着したドキュメンタリー撮影班を待ち受ける恐怖を描いた『女神の継承』は特異な存在であった。

臨場感溢れる映像に加え、ジトっとした恐怖とハイテンションな狂気が融合したハイブリッドなスタイルは口コミで話題となり、R18+作品(※WOWOW放送・配信版はR15+版)としては異例のスマッシュヒットを記録した。原案&プロデュースを務めたのは韓国映画『哭声/コクソン』(2016年)のナ・ホンジンで、監督は『心霊写真』(2004年)などで知られるバンジョン・ピサンタナクーンだ。

POV(Point Of View=主観視点)とモキュメンタリー(擬似ドキュメンタリー)の融合作品である本作。物語はドキュメンタリー撮影班がタイ東北部、イサーン地方の僻村を訪れるところから始まる。彼らの目的は、村人が崇拝する女神「バヤン」の霊媒として選ばれた祈祷師、ニム(サワニー・ウトーンマ)の日常を記録すること。ニムはその力を使い、日々地域の相談役として役目を果たしていた。

そんななか、かつてバヤンの霊媒となることを拒んだニムの姉、ノイの家族を異変が襲う。立て続けに息子と夫を亡くし、娘のミンも原因不明の体調不良を訴えたのだ。ニムは、ミンが新たな祈祷師としてバヤンに選ばれたのではないかと考え、彼女を救うため祈祷を行なう。だが、ミンのなかに住み着いていたのは、ニムが想像だにしない邪悪なものだった。

国民の9割以上が上座部仏教徒であるタイでは、仏教と同時に精霊信仰も深く根づいており、タイのシンクレティズム(混合宗教)の一角として社会と密接に関わってきた。精霊やおばけを総称して「ピー」と呼び、あらゆるところにピーが跳梁跋扈していると考えられているのだ。

主人公のニムは、そんなピーが原因のお悩みをバヤンの力で解決する役割を担っている。サワニー・ウトーンマの演技が素晴らしいおかげで、ニムは本物の祈祷師にしか見えない。

ピサンタナクーン監督は撮影前に土着信仰についてかなり念入りなリサーチを重ねており、劇中で披露される儀式はかなり誇張をしつつも実際のものをベースにしているそうだ(*3)。そういった細かなつくり込みのおかげもあり、時折本物のドキュメンタリーを見ている感覚を覚えるほどだ。

だが、先に述べたように本作は、ジメっとした恐怖とハイテンションな狂気のハイブリット作品。真実味のある映像で不安をジリジリと積み重ねた先には、ジェットコースターのような急降下が待ち受ける。降下がはじまったらやることはただ一つ。襲いくる恐怖と絶望にただただ身を任せるだけだ。

『ユンヒへ』(2019年 / 韓国)

雪の降り積もる北海道・小樽を舞台に、過去に秘めた女性2人の想いが氷解する──。岩井俊二『Love Letter』(1995年)にインスピレーションを受けたというイム・デヒョン監督が、遠く離れた女性同士のロマンスを描いた本作は、釜山国際映画祭では『クィアカメリア賞』を受賞。「韓国の『アカデミー賞』」といわれる『青龍映画祭』では最優秀監督賞と脚本賞をW受賞するなど高い評価を受けている。

韓国の地方都市で暮らすシングルマザーのユンヒ(キム・ヒエ)のもとに、小樽で暮らすジュン(中村優子)から手紙が届く。手紙を受け取ったのは高校生になるユンヒの娘セボム(キム・ソへ)。セボムがその手紙を盗み読むと、そこに綴られていたのは20年以上前に別れたユンヒへの思慕の言葉だった。

2023年2月、韓国の高等裁判所は健康保険上の扶養関係を同性カップルにも認める判決を下した(*4)。日本も含めた現代アジアでは、ようやく性的マイノリティーへの理解は少しずつ進んでいる一方、同性婚などを認める法整備は停滞したままである。その最たる原因がキリスト教保守派の猛反発。韓国はキリスト教国であり、キリスト教保守派は政治家たちにとって重要な票田であることから、彼らのロビー活動は政界にも大きく影響するのだ。

性的マイノリティへの理解が進んだ現代ですら未だそのような状況であることから、ユンヒとジュンがともに過ごした20年以上前の韓国が、彼女らにとってどれだけつらい社会であったかは想像に難くない。

イム・デヒョン監督は、これまで韓国映画でほとんど描かれてこなかった中年女性同士のロマンスに焦点を当てた。遠い昔に恋に落ちた2人がふたたび巡り会うまでの、とても自然で閑寂な物語だ。その再会までの過程で、2人の過去と現在が少しずつ紐解かれていく。

明らかとなるのはユンヒとジュンがこれまで感じてきたさまざまな生きづらさ。性的マイノリティーとして、女性として、そして日本人と韓国人のミックスとして。彼女らに向けられてきた抑圧と差別は、日韓両国にまたがる家父長制や差別意識を炙り出す。だがそんななかで希望として映るのが、ユンヒの娘セボムと彼氏ギョンスの高校生カップルだ。

彼女らはお互いフラットな関係性で、マイノリティーにも偏見の眼差しを向けない。そんな次の世代の姿はこの先にある時代の変化と、未来への明るい兆しを予感させる。長い冬にも、いつかは終わりがくるのだ。

『ルック・オブ・サイレンス』(2014年 / デンマーク・フィンランド・インドネシア・ノルウェー・イギリス合作)

インドネシア大虐殺を未だ誇らしげに語る加害者たちに、本人出演で虐殺を再現した映像作品を制作するよう依頼し、その制作過程を撮影した『アクト・オブ・キリング』(2012年)という凄まじいドキュメンタリー映画がある。殺人者が嬉々として殺人者を演じる様子をとらえたその作品は、世界中に大きな衝撃を与えた。この『ルック・オブ・サイレンス』は、その大虐殺を被害者目線から見つめた姉妹作である。

大虐殺の加害者が、その残虐行為を自慢げに語るインタビュー映像をじっと眺める男。名前はアディ。彼がこの世に生を受けたのは大虐殺のあとだが、彼の兄は大虐殺によって命を奪われた被害者だった。兄を殺した加害者たちは罪に問われていないどころか、英雄と呼ばれ現在も権力者として暮らしている。

アディは加害者たちに会いに行くことを決意。眼鏡技師という自らの肩書きを活かし、「無料の視力検査をする」と謳って加害者に接触。そのなかでさまざまな質問を投げかける。虐殺のことを流暢に語りだす加害者にアディは告げる。「あなたが殺したのは私の兄です」と──。

1965年にインドネシアで軍事クーデター「9月30日事件」が発生。インドネシア共産党員、および関与があるとみなされた多くの国民を弾圧・虐殺した。その犠牲者の数は100万人以上とされている。直接の殺人者は「プレマン」と呼ばれるやくざや民兵集団だ。彼らは虐殺が罪に問われるどころか、英雄として讃えられ、未だ権力の座にとどまっている。

恐ろしいことに、学校では「共産党員は恐ろしい存在であったため弾圧したのは正しかった。いまの民主主義があるのは彼らを弾圧した英雄たちのおかげだ」と教育される。そのため、親や子どもを殺された遺族の近隣に平然と加害者たちが暮らしているのだ。

作中、自分が殺したのが、目の前にいる人間の兄だと知り、さまざまな反応を見せる加害者たち。アディは彼らのもとを訪れる前、虐殺の再現映像を見て「加害者たちは罪の意識を感じている。彼らがこのように演じているのは罪の意識を感じ、感情を失っているからだ」と語っている。

その真偽は加害者にしかわからないが、ただ一つ確かなことがある。彼らがその罪を認めようと認めまいと、被害者は苦しみから解放されず、加害者は罪から逃れられない。その外側にいる我々にできるのは、悲劇の後も続くこの苦しみの連鎖を見つめ、過ちから学ぶことだけだ。

サービス情報
「ゴールデンウィークは Go To WOWOW 最大9日間のエンタメ旅」
ゴールデンウィーク期間中、WOWOWオンデマンドアプリ上で「旅」にちなんだ作品リストを展開中。今回紹介した4作品のリストはリンクからチェック。
作品情報
『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』
監督:チャン・イーモウ
脚本:チャン・イーモウ、ヅォウ・ジンジー
出演:チャン・イー、リウ・ハオツン、ファン・ウェイ
配給:ツイン
『女神の継承』
監督:バンジョン・ピサンタナクーン
原案:ナ・ホンジン
脚本:バンジョン・ピサンタナクーン
出演:ナリルヤ・グルモンコルペチ、サワニー・ウトーンマ、シラニ・ヤンキッティカン
配給:シンカ
『ユンヒへ』
監督・脚本:イム・デヒョン
出演:キム・ヒエ、中村優子、キム・ソヘ
配給:トランスフォーマー
『ルック・オブ・サイレンス』
監督:ジョシュア・オッペンハイマー
製作総指揮:ヴェルナー・ヘルツォークほか
製作:シーネ・ビュレ・ソーレンセン
出演:アディ・ルクン、イノン・シア、アミール・シアハーン、アミール・ハサン
配給:トランスフォーマー


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