元『MEN'S NON-NO』専属モデルで、GUCCIやユニクロの広告映像を手掛けてきた映像作家・米倉強太。彼の新たなる挑戦は、劇場映画だった。
日本、台湾、イラン、ハワイを舞台にした7月4日公開のマネーサスペンス映画『キャンドルスティック』は、阿部寛、菜々緒、津田健次郎に加え、アリッサ・チア、リン・ボーホンら各国のキャストが集結した国際色豊かな一作だ。
長編デビュー作にして野心的な企画に挑むうえで、米倉監督が大いに影響を受けた映画監督がいるという。それが、『第48回日本アカデミー賞』で最優秀監督賞ほか3冠を達成した『正体』や『新聞記者』『余命10年』、日台合作『青春18×2 君へと続く道』などで知られ、Netflixシリーズ『イクサガミ』が控える藤井道人。
本記事では、藤井が掲げる「インディーズスピリット」をテーマに、ともに30代の先輩・後輩である米倉と藤井による対談をお届けする。
広告映像から長編映画へ。デビュー作となる日台合作『キャンドルスティック』はどう作られた?
―米倉監督はこれまで広告映像を多く手掛けられてきましたが、どのような経緯で長編映画に挑戦されたのでしょうか?
米倉強太(以下、米倉):パリで人形劇と実写を混ぜた展示を行っていたのを今回のプロデューサーである小椋悟さんが見てくださり、連絡いただいたのが最初です。かれこれ4年ほど前になります。
当時は中国の「元」が日本の「円」を吸収する――といったようなもっとスケールの大きな企画でした。

米倉強太
1994年生まれ。栃木県出身。元『MEN'S NON-NO』専属モデルで、多摩美術大学映像学科を卒業。映像作家としてGUCCIやユニクロの広告映像を手掛け、阿部寛主演『キャンドルスティック』で長編映画初監督を務める。
藤井道人(以下、藤井):もし自分のデビュー作でこの企画が来たら死んでいただろうなと思います(笑)。それくらい大変そうな企画ですよね。
自分と米倉さんに共通点を感じたのは、デビュー作のプロデューサーが強そうという部分。僕は『オー!ファーザー』(2014)が初商業長編監督作ですが、もともとは脚本家として携わっていました。紆余曲折あって製作総指揮の奥山和由さんから「監督もお願いしたい」と言われて急遽登板したんです。
いまでこそ感謝していますが、当初は右も左もわからず苦しんで、その後は一度自主映画に戻りました。だからこそ、米倉さんの大変さがよくわかります。

藤井道人
1986年生まれ。東京都出身。日本大学芸術学部映画学科を卒業後、2010年に映像集団「BABEL LABEL」を設立。映画『オー!ファーザー』(2014)でデビューし、『新聞記者』(2019)、『余命10年』(2022)、『青春18×2 君へと続く道』(2024)などを監督。2024年公開の『正体』は『第48回日本アカデミー賞』で最優秀監督賞など12部門13受賞。
藤井:『キャンドルスティック』は4か国にわたる話で、金融の知識も必要で、しかも室内劇が多めじゃないですか。エンタメに対するテクニックを相当求められるため、監督としてのご苦労が多かったのではないかと思います。
米倉:阿部寛さんの出演が決まったのが去年の1月で、クランクインが5月でしたが、その時点で台湾やイランのキャストは確定していませんでした。
パソコンに向かって話すシーンでは、相手役がいないままで演じてくださっているんです。相手がどんな方になっても対応できるように演じてくださった阿部さんのストイックさに引っ張っていただきました。
藤井道人が語る「メジャー」と「インディーズ」
―いまお話しいただいた部分にもつながるかもしれませんが、米倉監督は、『キャンドルスティック』をインディーズ的な方法論で作り上げたそうですね。そして藤井監督は『第48回日本アカデミー賞』で最優秀監督賞を受賞した際、スピーチで「これからもインディーズスピリッツで映画を作り続けたい」とおっしゃっていました。改めて、ご自身が思うメジャーとインディーズの定義についてうかがえますか?
藤井:僕はインディーズという概念はもうほぼ存在していないと思っています。作品賞を受賞した『侍タイムスリッパー』も自主映画として制作され、途中からメジャーが参入してきましたよね。巨大なIP(知的財産)を見つけて興収30億円以上を狙うのだけがメジャーではないし、インディーズよりヒットしないものもたくさんある。
そういったなかで、僕が思うインディーズとは精神の話。全スタッフが独立した思考――つまり強い責任感をもって「自分事」として作らなければ映画は完成しないと思うのです。
各々が誇りを持って堂々と「僕はこれを作りました」と言えることがインディーズスピリットだと考えています。そうしないと、上手くいかないときに誰かのせいにしてしまうんですよね。

米倉:いまの藤井さんの言葉を聞いて、ハッとしました。自分もこれまで、誰かのせいにしてしまっていたかもしれません。
藤井:先日も、とあるメジャー配給会社の方が撮影現場で「ただいるだけ」の状態だったので、「電卓ばかり叩いていても何もカッコよくない。スタッフの場を作るのがあなたたちの仕事ではないですか」と伝えました。デビューしたての26歳のときだったらとても言えませんでしたが(笑)。
そうしたら彼らは現場の血のりを拭き始めたんです。インディーズの現場なら当たり前かもしれませんが、メジャー大作でも少しずつ「みんなで映画を作っている」連帯感が広がっていけばいいなと思っています。
米倉:とても共感します。実は『キャンドルスティック』に阿部さんの出演が決まったとき、僕は自主映画を撮っていました。その時のスタッフで本作にも臨めたことで、全員が自分事として取り組めていた感覚があります。
藤井:とても素敵だと思います。僕はデビュー作のスタッフは全員はじめまして状態でしたから。当時は「予算もかかる大作に若手スタッフは起用できない」という風潮もあり、僕以外はベテラン勢で固める体制でした。あれを機に「自分のチームで出来る幸せ」を痛感しましたし、良い経験になりました。
米倉:難しいですよね。酸いも甘いも知りつくしている方々だからこそ歯止めをかけてくれる部分もあるでしょうし、うまく融合できる形が理想だなとは思います。

米倉:ちなみに『キャンドルスティック』の台湾ロケには、藤井さんの『青春18×2 君へと続く道』を経験したスタッフも何人か参加してくれました。
いずれもとても優秀な方々でしたし、スクリプター(映画やドラマの撮影現場で、撮影の状況や内容を記録・管理する役職)さんがいてくださったことで選択できるありがたさを感じました。
インディーズが抱える「食べていけない」という問題
―メジャーとインディーズで、描ける物語に違いはあるのでしょうか。
藤井:インディーズオブインディーズだと表現に制約はないですよね。極論、予算もそうですし。
ただ、いま自分たちが時代を変えようとしている一つの理由に「メジャーの枠のなかでインディーズをやらないといけない」という問題があります。
確かにインディーズは自由度が高いかもしれませんが、「食べていけない」という問題を無視していると感じています。自分が組んでいるスタッフは30~40代がメインですが、インディーズの考え方でメジャーをやらないとクオリティと生活の両方を担保できません。
プロデューサーを「大人」と定義するのであれば、メジャーの大人たちが世界でどう勝負するか、日本で堂々ヒットさせるかといったリクープ(製作費の回収・還元)をちゃんと考えないと僕らスタッフは討ち死にするだけになってしまうんです。

藤井:デビュー作で消えていった監督は山ほどいて、僕もその一人でした。『オー!ファーザー』のあとにインディーズに戻ると決めて、最初に手を付けたのはプロデュースワークです。トランシーバー1個がいくらかもわからないまま人任せにしていたのを「自分がわかったうえで人に振ることが大事だ」と意識を変えました。
その後、『デイアンドナイト』(2019)くらいでメジャーに復活し、今度は宣伝部との戦いが始まるわけです(笑)。でもこれも本当に大事で、監督が「なぜこの宣伝プランなのか、なぜこのポスターなのか」ということを責任をもって考えないと失敗してしまう。
米倉:なるほど。
藤井:日本映画の受け入れられ方もちょうどいま、変革期に来ている気がします。黒沢清さんや是枝裕和さん、濱口竜介さんといった諸先輩方のおかげで「日本の映画は面白い」という意識が海外に広まり、『SHOGUN 将軍』の世界的ヒットで注目度が増し――実際、僕らのもとにも海外からのオファーが急増しています。
今後、米倉監督のような30代前半の監督たちが、僕たち世代の成功と反省を活かしてくれたら嬉しいです。
映画監督の伝える力を鍛える自主映画の存在
米倉:映画『新聞記者』を拝見した際、インディーズの延長線で凄いことをやっていると感じました。同作でもそうですが、藤井さんの作品は「伝える」モンタージュ力が傑出していますよね。
今回最も苦労したのは「伝える」ことで、FXやZOOMをどう伝えればいいのかとにかく悩みました。そんな時に改めて『オー!ファーザー』を見返したら、同じ長編デビュー作でもこんなに伝えられるのかと衝撃を受けたんです。
米倉:藤井さんの作品は共通して、難しいことがあっても誰も置いていかずに伝えていて、それでいて『新聞記者』ではラストシーンだけあえて伝える部分を引き算して終わらせていますよね。僕はモンタージュ力が無いのがコンプレックスなのですが、どうやって鍛えたのでしょう?
藤井:やっぱり自主映画での経験でしょうか。誰からもオファーが来ないので、自分たちで10万円で映画を作って劇場に交渉し、上映してもらっていたんです。
そのときに親や仲間だけでなく、知らない人が観に来てくれますよね。「ここがよくわからない」「ここが良かった」とフィードバックをもらって、鍛えられました。ファンとアンチに育てられていまここにいます。
あとは、自分が自身に対して一番厳しい批評家でいることでしょうか。「伝える」は僕にとって最低限の責務ですから、「誰かがわかってくれるだろう」をあまり信用していないところがあります。
ただ、あくまで自分がいまやっているサイズのフレームワークのなかという意識もあります。
たとえば、早川千絵監督は『ルノワール』で11歳の少女を主人公にされていましたが、僕にそれができるかといえばなかなか難しい。自分のやりたいことを突き詰めて世界に評価されているのは羨ましいですが、いまの僕にしかできないものもあるでしょうから、ないものねだりでもありますね。
米倉:ちなみに、編集の際には「誰に伝える」という仮想ターゲットを想定されるのでしょうか。
藤井:作品によりますが、予算と制作規模とターゲット層は意識しています。全国300館で公開されるものは、1年に1回しか劇場で映画を観ない人でもわかるように作らないといけません。そのために自分の作家としての評価が下がってもいいと個人的には思っています。
ラブレターみたいなもので、ファーストチョイスになることが難しい時代だからこそ、貫きたい部分だと思っています。
米倉:藤井さんに聞きたいことが多すぎて恐縮ですが……画角はどのように決めているのでしょう。
藤井:これまでも多く組んできたカメラマンの今村圭佑とは「画角は脚本に書いてある」という信条のもと行っています。
『青春18×2 君へと続く道』でいうと、18歳のときは手持ち、36歳のときはフィックス(固定)といったように。
―藤井監督は作品ごとにビジュアルイメージを決められますよね。
藤井:そうですね。『デイアンドナイト』は風、『新聞記者』は枯れ葉、『ヤクザと家族 The Family』は煙、『正体』は水といったように。一度決めるとブレないのです。
あと、最近成長したことでいうと、各シーンに「ここの目的はこう」というテーマをつけて台本に書き留めておくようにしました。俳優に説明したいこともメモってあります。
米倉:まだまだおうかがいしたいことだらけで質問攻めになってしまいましたが、今日は本当にありがとうございました。僕はほかの監督の現場をほとんど見られないままここまで来てしまったので、いつか藤井さんの現場にお邪魔したいです。
藤井:ぜひいつでも遊びにきてください。『キャンドルスティック』から米倉さんの映画人生が始まるかと思います。
エンターテインメントの分野に大型新人が飛び込んだことを歓待したいし、僕もデビュー作でそうでしたがたくさんの賛否が届くかと思います。そうした変化に負けずに作り続けてほしいです。
米倉:ありがとうございます。それこそ藤井さんのようなハイレベルな監督の作品がNetflixで簡単に見られてしまう時代のお客さんは、とんでもなく見る目が肥えているはず。
そのうえでデビュー作を出すのはとても怖いですが、藤井さんがおっしゃったように、成長の糧に出来るようにしたいと思います。

- 作品情報
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『キャンドルスティック』
監督:米倉強太
脚本・チーフプロデューサー:小椋悟
出演:阿部寛、菜々緒、アリッサ・チア、サヘル・ローズ、津田健次郎、リン・ボーホン、YOUNG DAIS、マフティ・ホセイン・シルディ、デイヴィッド・リッジス、タン・ヨンシュー
製作:ジャズフィルム/ジャズインベストメント
配給:ティ・ジョイ
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7月4日(金)公開
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