1989年の創業以来、台湾を拠点とする総合エレクトロニクスメーカー「ASUS」は、PC用マザーボードから始まり、現在ではノートパソコン、ゲーミングデバイス、スマートフォンまで幅広い製品を手がけている。IDC(アメリカの調査会社)の2024年の調査によれば、第4四半期のPCの出荷台数は世界5位、シェア率は6.9%を誇り、台湾を代表するグローバルテクノロジー企業へと成長を遂げた。そんな同社の製品の背景にあるのは「Start with People」というデザイン哲学だ。
今回は、ASUSのデザインをリードする「ASUS Design Center(以下、ADC)」に足を運んでデザイナーたちへのインタビューを実施。ASUSにおけるデザインの三原則、それに沿った具体的なアプローチを紐解いていく。さらに、先日台北で開催された世界最大級のコンピュータ見本市『Computex』での展示を通して見えてきたのは、同デザイン部隊が考える「AI時代の人間中心デザイン」である。
「Start with People」というデザイン哲学
台北にあるADCには世界中から約100人のデザイナーが集まり、ユーザーリサーチ、デザイン戦略、インダストリアルデザイン、素材開発などの部門で構成される。異なる文化背景をもったデザイナー、異なる専門領域からなる同組織で、つねに共通して念頭に置かれているのが「ユーザー体験(UX)」であり、その根幹にあるのが「Start with People(すべては人から始まる)」というデザイン哲学である。
H・W・ウェイ(以下、ウェイ):ユーザーがなにを考え、感じ、行動しているのか。そしてなにを大切にしているのか。これらを理解することからわたしたちのデザインは始まり、そしてすべてのデザインレビューにおいてつねに問いかけるんです。「それは本当にユーザーにとって重要なのか?」と。

H・W・ウェイ氏(ASUSデザインセンター アソシエイト・バイスプレジデント)
ASUSには、デザイン思考における三原則があるという。ユーザーが真に求める「望ましさ(Desirability)」、技術的に構築可能な「実現可能性(Feasibility)」、ビジネスとして成り立つ「事業性(Viability)」。ADCの面々が「Start with People」の哲学を語る際、とりわけ強調するのが「望ましさ」という要素だ。これは、ASUSの具体的なデザインアプローチの起点にもなっているという。
イーティエン・フアン(以下、フアン):People(人)といってもさまざまですから、どのプロジェクトにおいても、初期段階ではどういった人々に届けるのかを定義します。そこから年齢層、職業、ライフスタイル、顧客のフィードバックなどのプロファイル、ユーザーグループの分類を詳細に突き詰め、デザインブリーフを制作して設計を始めます。

イーティエン・フアン氏(デザインプロジェクトマネージャー)
ASUSの製品ラインは「Live」「Create」「Game」というカテゴリがある。「Live」であればASUSのフラグシップノートPC「Zenbook」シリーズ、「Create」であればクリエイター特化のノートPC「ProArt」シリーズ、「Game」であればゲームブランド「ROG」といった具合に分かれて製品開発が行われている。注目に値するのは、各カテゴリがさらに細かくセグメントされ、エントリモデルからプロモデルまで幅広く展開している点だ。
フアン:人間中心デザイン(Human-Centered Design)は近年のビッグトレンドです。あらゆる領域の企業が同様に試みています。しかし製品ラインナップの観点からみれば、多くの場合、幅広いニーズをカバーするためにユーザーセグメントは限定的です。
わたしたちは最大公約的なニーズ群で集約するのではなく、あらゆる「人」を想定するからこそ、特定の細かいユーザーグループのためにデザインした多角的な製品展開になる。これこそがASUSによる人間中心のデザイン思考の最大の特徴なのです。

最新フラグシップ製品の、デザインアプローチ
ASUSのユーザーリサーチのプロセスは、Zenbookシリーズの最新モデルであり、日本向けに展開される「Zenbook SORA」を例にみていくのがいいだろう。このプロジェクトは「通勤者が真に必要としているのはなにか?」というひとつの問いから始まった。
20回以上の来日経験があるという、Zenbook インダストリアルデザイナーのポンイエン・チェンは、デザインチームとともに東京の最も忙しいエリアで実地調査を行ったという。
ポンイエン・チェン(以下、チェン):地下鉄や街頭で時間を過ごし、人々を観察し、話を聞いていきました。数人のオフィスワーカーと通勤も体験し、電車がどれほど混雑していたか、彼らがバッグに何を入れていたか、通勤中にどのように感じていたかを直接体験していったんです。

ポンイエン・チェン氏(Zenbook インダストリアルデザイナー)
通勤者の70%以上が1日1時間以上ノートPCを持ち運び、バッグは日用品で詰まっているため、重量、耐久性、本体を傷から守るための保護が重要だった。バッテリーへの不安から、約90%が充電器を持参していたという。また、パンデミック後の社会変化も設計思想に反映されている。
チェン:リラックスした服装・空間での在宅勤務が正常化したあと、人々が共有空間に戻る際に求めるのは、肩肘をはらないシンプルで落ち着いた雰囲気と、ビジネス空間にも耐えうる上品さのバランスでした。また、社会空間に溶け込む、ジェンダーニュートラルなアイテムを好む傾向も顕著でした。これらは、デザインにあたって非常に貴重な洞察を与えてくれます。

軽量性とコンパクトさ、日常の摩耗に耐える耐久性を持ち、電力不安を軽減する長時間バッテリー寿命と完全なI/Oサポートを備えた製品。さらに、通勤者が求める、シンプルでどこにでも溶け込む(主張の激しくない、と言うこともできる)、上品なイメージ。これらを具現化するにあたっての重要な判断のひとつに、Zenbook SORA特有の素材選択がある。
同製品には、セラミックとアルミニウムを融合させたASUS独自開発の新素材「セラルミナム」を全面的に採用。高い耐久性・堅牢性を兼ね備えた、この超軽量マグネシウム・アルミニウム合金によって、本体重量1キログラム未満(899g)を達成した。また、セラルミナム製のボディはスレ傷にも強い。スリーブやケースを使わずに持ち歩けるので、結果的に持ち物が減ってかばんの重量削減につながるというわけだ。

さらに、金属と石が組み合わさった、サラッとした手触りと独特の質感、プロダクト全体の滑らかなカーブと控えめなトーンは、現代生活にナチュラルに属するオブジェクトというコンセプトにも符合する。これらの物理的な設計には、デザイナーとエンジニアによって構成される「ヒューマンファクターリサーチ」部門の、人間工学における専門性も発揮されているという。
プロトタイプを加速させる、台湾の町工場
こうしたASUSのデザイン哲学には、台湾企業としてのアイデンティティや、地理的要因から生まれる製造業の特性、文化的背景が投影されているように思える。ROG Allyシリーズのインダストリアルデザイナーであるラブロック・チアは、自身の経験からこのように指摘する。
ラブロック・チア(以下、チア):留学先のドイツは工業国として発展した国ではありますが、あまり町工場を見かけず、手を使って試作する場所がほとんどありませんでした。帰国後に気づいたのが、台湾には町工場が数多くあり、素早いプロトタイピングが可能だということです。

ラブロック・チア氏(ROG Ally インダストリアルデザイナー)
台湾の北部、中部、南部には、さまざまな産業の小規模加工工場があり、小さな島であることから高度に接続されている。ASUSが位置する台湾北部では、これらの小規模加工工場のほとんどが新北市と近隣の桃園市に拠点を置いているという。こうした環境は、ASUSの製品開発においてつねに重要なものとなっている。例えば、最新ポータブルゲーミングデバイス「ROG Ally X」の初期段階では、サンプルと外観プロトタイプを構築するために、地元の加工・モデリング工場と緊密に協力したという。

台北の中心街を少し歩くだけでも町工場が並ぶエリアに行きあたる
チア:台湾の人々は、新しいものを生み出すことへのこだわりが強いと感じていました。これは、試行錯誤して素早くものづくりをしていくチャンスと環境があるからこそなのだと、実感しています。
また、「ProArt」インダストリアルデザイナーのムームー・フォンが指摘する、台湾の多文化需要性や自然感も興味深いものだ。
ムームー・フォン:台湾は地理的条件や歴史の成り立ちから、さまざまな宗教を広く受け入れています。異なる文化に対して寛容な土壌があり、また自然を愛する気質をもっています。

ムームー・フォン氏(ProArt インダストリアルデザイナー)
これは、Zenbookの製品名が日本の禅に由来していることや、自然からインスピレーションを得たそのカラーリング、金属(テクノロジー)と石(自然)が融合した素材選択(と実現した質感)によって追求した美しさからも見てとれる。台湾らしい美意識や文化性が色濃く投影された製品だといえるだろう。

AI時代のデザイン哲学と「Embodied Intelligence(身体知能)」
これからのデザインを語るうえで無視できないのはAIの爆発的進化だろう。台北で開催された世界最大級のコンピュータ見本市『Computex』では、今回多くの企業がAIを前提にした製品を打ち出し、ASUSもすべての展示において共通するテーマがAIだった。これはひとつの時代の転換点を物語っているといえる。

2025年5月20日〜23日に台北で行われたアジア最大規模のコンピューター見本市『COMPUTEX』。1981年の創設以来、40年以上にわたり開催されている。IT関係者を始め毎年約4万人が来場。2025年のテーマは「AI Next」で、各社がAIに関連した商品を展示した
ASUSにとっての、AI時代における人中心のデザインとはどのようなものであるべきなのだろうか。ウェイは、AIの台頭は単なる技術的変化ではなく、デザインが人類により良く貢献する方法を再考する機会なのだという。技術の進歩によって可能になる新しいインタラクション、ユーザーエクスペリエンスは、デザイナーに新たな責任と機会をもたらす。それは「欲求」や「望ましさ」を発掘していく際も同様だ。
ウェイ:ASUSにとってのAI時代の人間中心のデザインとは、「ニーズを満たす」ことを超えた「欲求の予測」です。ゆえに、わたしたちは膨大なリサーチで得た知見をAIによって大規模に分析しています。AIが人間が見逃すかもしれない可能性を見出し、「明日のデザイン」を助けていくでしょう。一方で、「良いデザイン」の原則はAI時代においても変わらないと考えています。人間的な共感や欲求は社会の普遍的な共通基盤であり続けるし、この探索のプロセスはアルゴリズムでは複製できないものだからです。

ポータルブルゲーミングPC「ROG ALLY」
またAIが、技術を人間的に感じさせる、物理的・感覚的体験を犠牲にするものであってはならないとも、ウェイは付け加える。
ウェイ:AIは有形の体験を希薄化するためではなく、深化させるために使うべきです。だからこそ、わたしたちのチームは「Embodied Intelligence(EI:身体知能)」というコンセプトを非常に重要視しています。初めてデジタルツールを使う高齢者であっても、素晴らしい身体・感覚体験をもって自然に望みを叶えられること。技術はつねに人間性に奉仕すべきであり、それはAIの時代も変わりません。

10年後、尊敬を集め続けるものはなにか?
一方で、AI技術が前例のない速度で進化しているなかでの課題も存在するという。ツールもインターフェースも、多くのユーザーにとってはまだ馴染みがなく探求や理解を始めたばかりだ。デザイナーも、完全には到来していない未来のためのUXを構想するよう求められる。
ウェイ:そうしたなかで、「倫理」という抜け落ちてしまいがちな要素を、早い段階でデザインのエコシステムのなかに組み込んでいくべきなのです。AIがより産業領域で発展していく未来、例えば、医療や交通といった生命やインフラにAIが接続されるとき、倫理的かつインクルーシブなAIのデザインは特に重要になります。

ASUSのAI技術はすでに、道路や医療などインフラにも活用されている
『Computex』では、超音波と内視鏡のためのインテリジェント診断ツールを含む、AI搭載ヘルスケアソリューションを発表した。これらは単なる技術ショーケースではなく、あらゆるコミュニティにアクセス可能で、かつプライバシーが考慮されているべきだというASUSの思想を、明確に示す展示なのだという。
ウェイ:通常、デザインというのは「現在」の視点に立って行われます。しかし、わたしたちは「10年後、尊敬を集め続けるものはなにか? その理由は?」と、未来の視点から問うていきます。人が叶えたいと思い続ける、未来のまだ見ぬ願いというのは、技術がどれほど高度に発達しようが、依然として深く人間的な場所から現れます。
一時的なトレンドではなく、時代を超えて愛される「クラシック」を生み出すこと。結果として、それがいまの時代にも応えるものになる。だからこそ、わたしたちはこれからも個別の感情、願いに深い敬意をもってデザインを行うのです。

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- ASUS (エイスース)
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台湾台北市に本社を置くPCおよびPCパーツ、スマートフォン、周辺機器製造メーカー。日本法人はASUS JAPAN株式会社
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