命は、どのように受け継がれていくのか。疫病の時代に、医師は何を信じて人を救うのか。
映画『幕末ヒポクラテスたち』(5月8日公開)は、幕末の京都を舞台に、その問いと向き合った作品だ。企画したのは、医師免許を持つ映画監督・大森一樹。大森の出世作であり、医大生の青春を描いた『ヒポクラテスたち』(1980)から40余年、集大成となるはずだった本作の準備中、2022年11月に急逝。遺志は大森の助監督だった緒方明監督へとつながれた。
パンデミックを経た私たちが、なぜいま幕末の医師の物語を必要とするのか。主演を務めた佐々木蔵之介のインタビューからその答えを探す。
〈あらすじ〉旧来の漢方医と西洋医学を学んだ蘭方医が混在した幕末を舞台に、村医者である蘭方医・大倉太吉の奮闘を、佐々木蔵之介の主演で描いた時代劇。幕末、京都の郊外に位置する村。大倉太吉は、貧富や身分を問わず市井の人々を救う、寛容で好奇心旺盛な蘭方医。漢方医・玄斎とは、日々激しい論争を繰り広げる犬猿の仲だ。ある日、気性の激しい青年・新左を太吉が手術で救ったことを契機に、太吉と新左の人生が大きく変化していく。
命に区別をつけない。太吉という人物をどう描いたか
—主人公・太吉という人物を、佐々木さんはどうとらえましたか?
佐々木蔵之介(以下、佐々木):身分を区別することなく、真摯に向き合って助けるという、医師としてすごい矜持を感じる一方で、本当に少年のような好奇心の塊みたいなところがあって。
この作品の根底には「命」という重いテーマが流れているのですが、太吉をちょっとチャーミングなお医者さんとして表現できたら、軽快な作品になるんじゃないかなと思って役をつくっていきました。
佐々木蔵之介(ささき・くらのすけ)。1968年、京都府出身。ドラマ・映画・舞台と幅広く活躍し、『超高速!参勤交代』シリーズ、『嘘八百』シリーズなど多彩な作品に出演。
—命を助けるためには何でもするという姿勢が、太吉というキャラクターをかたちづくっていますよね。
佐々木:そうですね。物語序盤で、お坊さんの愛犬の死体を解剖しちゃうシーンがありますが、「見てみたい」という好奇心が抑えられないと同時に、命を助けたいという想いも間違いなくある。何というか、情熱とかエネルギーの発散の仕方が、とても明るいですよね。
太吉は漢方を学んだあとに、蘭方(西洋医学)を受け入れ学んだ人物です。劇中では漢方医・玄斎(内藤剛志)と太吉の「ディスり合い」が描かれています。当時はその二つは相入れないものだったそうですが、太吉にとって何よりも優先すべきは人の命なので、プライドは関係ない。そこがいいなと思います。
役を通してコロナ禍を追体験する
—劇中では感染症が流行る場面も描かれます。人々の混乱や信憑性に乏しい情報が流れるなど、コロナ禍と重なるものがありました。あの数年間を経たあとにこの作品を届けることに、どんな意義を感じていますか?
佐々木:コロナ禍のとき、医療従事者かそうでないかは関係なく、理不尽なことやわからなくて不安なこと、本当にいろんなことがありましたよね。当時私は市井側だったわけですが、この作品では医療従事者の視点から、疫病をある意味体験したように感じました。「あの時、医療関係者の方々が見ていた光景はこういったものだったのかも」というのが、いまだからこそ俯瞰的な目線も持って演じることができたのではと思っています。
混乱しているときは、なかなか相手側のことを考えられないですよね。冷静になれているいまだからこそ、作品を通して気づくことがあるかもしれないですね。
—太吉を演じながら、疫病と向き合う医師の姿を内側から体験されたと思います。そこで感じたことを聞かせてください。
佐々木:わからないものに対して向き合っていくのは、治療する側もされる側も本当にエネルギーがいるなと。いつ、どうやって治るかもわからないわけですから。
「自分の命もどうなるかわからないのに、寝ずに看病し続けるんだ」「寝なかったら免疫落ちて罹患するかもしれない、それでも助けるのか」って、演じながらも考えていました。それを疑いなく当たり前の様にやるのが医療従事者の方々なのだと思ったら、本当にすごいなぁと、あらためて思いましたね。
芸術を通して、受け取ったものを次へつないでいく
—本作は、大森一樹監督の遺志を受け継いだ作品でもあります。その重みをどう受け止めながら臨みましたか。
佐々木:大森さんが「これが最後だ」と言っていたほどの作品に主演として携われたこと自体、本当に光栄でありがたいですし、深いご縁を感じましたね。
劇中で太吉が「人生は短し、術の道は長し」というヒポクラテスの言葉(※)を口にしますが、この映画も、大森監督から渡されたバトンなのだということを、撮影を通して感じていました。
映画をはじめとした芸術もそうだし、僕たちの仕事もそうだし——仕事に限らず、親から子へ、子から孫へと、人は何かをつないでいっているのだなと。受け取って、次へ渡す。その重みや大切さを、作品の制作を通して感じました。
※古代ギリシャの医者・ヒポクラテスの言葉。人の一生は短いが、医術は深遠できわめがたいものであるため、医を学ぶ者は怠らず励むべきという教え。転じて、人間の命は短いが、すぐれた芸術作品は作者が死んだのちも長く残るものである、芸道に精進すべきであるの意に用いるようになった。
- プロフィール
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- 佐々木蔵之介 (ささき・くらのすけ)
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1968年2月4日生まれ、京都府出身。大学在学中に劇団『惑星ピスタチオ』の旗上げに参加し、退団後、上京。2000年のNHK連続テレビ小説『オードリー』で注目を集める。映画では『超高速!参勤交代』(2014)で第38回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞したほか、『嘘八百』シリーズ、『ゴジラ-1.0』(2023)などに出演。NHK大河ドラマ『風林火山』『麒麟がくる』『光る君へ』への出演でも知られる。2025年にはひとり芝居『ヨナ-Jonah』でルーマニアのシビウ国際演劇祭に参加し、ヨーロッパ4カ国6都市でも公演を行った。
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