アイドルに魔法をかける「衣装」の秘密。AKB48や=LOVEなど4万着以上の衣装を手掛けた茅野しのぶに訊く

ステージに立つアイドルを輝かせる「衣装」は、魔法のような存在だ。

可愛い、美しい、切ない、クール、元気……衣装によってさまざまな姿に変身するアイドルにファンはときめき、熱狂していく。

そんな魔法の「裏側」を紐解く書籍『アイドル衣装のひみつ~カワイイの方程式~』が6月5日に刊行された。

同書の著者で、AKB48や指原莉乃プロデュースの=LOVE、≠ME、≒JOYなど数多くのアイドルグループの衣装を4万着以上手がけてきた茅野しのぶにインタビュー。

骨格や着るシーンまで意識した衣装への細かなこだわりから、秋元康、指原莉乃との衣装作り、衣装担当でありながらメンバーの人生にも向き合う茅野が考える「アイドルのセカンドライフに対してできること」まで、「アイドルと衣装」をテーマにたっぷりとたずねた。

「コンプレックスを好きになってもらう」。骨格や場面に合わせた衣装作りへのこだわり

─茅野さんが作られる衣装は、着るメンバーそれぞれの体型や骨格に合わせて少しずつシルエットを変えたり、客席からは見えないような細かい刺繍を入れていたりと、細部までこだわられている印象です。衣装を作るときには、どんなことを大切にしているのでしょうか?

茅野しのぶ(以下、茅野):衣装を作るうえで一番大切なことは、アイドルがステージで実力を100%発揮できるかどうかだと思います。そのためにまず、着ていてストレスがなく、動きやすく踊りやすいことは大切にしています。

それにプラスして、衣装を着ていることで「自分はスーパーアイドルなんだ」「いまこの会場で一番かわいいんだ」と自信を持ってステージに上がってほしいと思っています。細かい装飾は、アイドル本人が見てときめいて、モチベーションを上げてほしいと思ってつけているものです。それからファンの方に、メンバーが近くに来たときにときめいてもらいたいという思いもありますね。

茅野:骨格についても、なるべくご本人の気にしている場所を補うか、逆に好きになってもらえるようにデザインに取り入れています。芸能人といえどもコンプレックスがない人間はいないし、私たちやファンの方々が何とも思っていなくても、本人が気にすると自信を付けられないと思うので。

─コンプレックスを補うだけでなく、好きになってもらうという考えが素敵です。

茅野:自分が短所だと思っていることって、はたから見るとじつは長所だったりするんです。例えば背が低いのを気にしている子がいたとして、逆に「それは個性だし、そのミニマムさがかわいい」とプラスに変えられるのが衣装の力だと思うんです。

─最近のアイドルライブでは、カメラを持ちこんでライブ中のメンバーを撮影できる「カメコエリア」も増えています。細かい部分にもスポットが当たることが増えることで、衣装作りに変化はあるのでしょうか?

茅野:私が衣装を手がけているアイドルのなかでも特にイコノイジョイ(=LOVE、≠ME、≒JOYの総称)は「カメコ」文化が根付いているグループなので、写真に撮ってSNSに上げたときに映えるかはすごく気にしていますね。

テレビも同様なのですが、カメラのレンズを通すと照明や光の入り方によって色味が変わって見えるんです。メンバーカラーの衣装を作るときも、照明が当たったときのことを考えて調整するなどの工夫をしています。

=LOVE 7周年コンサート「=LOVE 7th ANNIVERSARY PREMIUM CONCERT」では、「魔法少女」をモチーフにしたメンバーカラーの衣装が披露された

─『アイドル衣装のひみつ』のなかでも、MV、ライブ、テレビなど場面によって衣装の作り方が違うと紹介されていましたね。

茅野:その衣装が「誰のものなのか」は重要だと思っています。例えばMVの衣装は運営が今後グループとして押し出したい方向性を表していて、監督とプロデューサーの意向が強く入っています。

テレビはメンバーとファンを重要視していますね。緊張する子が多いと思うので自信を持ってもらいたいし、1人でもファンを増やしたい気持ちや、応援してくれているファンの人たちに番組に出られた嬉しさや楽しさを伝えたいという強い気持ちがあると思うので。あと、アイドルグループだと近距離のカットがすごく多いので、カメラが寄ったときに華やかに見えるかどうかも気にしています。

そして、ライブの衣装は100%ファンのため。ライブはファンとアイドルの特別な時間だと思うので、ファンの人がときめき、喜ぶものを目指して作っています。自分の意図が一番入っているのはライブ衣装ですね。コンセプトもプロデューサーや演出家の方と相談しながら考えていて、ツアーの衣装にはツアーを通してファンの方に考察を楽しんでもらえるようなギミックを織り込むなどの工夫をしています。

─近年のアイドルシーンでは、TikTokで楽曲がバズることで人気が急上昇するパターンも増えていると思いますが、意識されている点はありますか?

茅野:わかりやすさや、衣装を見たときに気になるような作りは意識しています。衣装が気になって、メンバーの可愛さにも気づいてもらえたら良いなと。また、TikTokに限らずですが、「自分が特別なものを見ている」と思える高級感のある衣装作りを心がけています。

2025年、TikTokで大きな話題となった=LOVE“とくべチュ、して”

衣装担当でありながら、アイドルの人生にも真剣に向き合う理由

─茅野さんはメンバーをいま輝かせることだけでなく、アイドルを卒業したあとの将来まで考えていると『アイドル衣装のひみつ』でも書かれています。衣装担当でありながら、アイドルの人生に真剣に向き合う理由を教えてください。

茅野:同じ女性としてメンバーと対峙していて思うのが、「女性として良い時期を捧げてくれている」ということです。普通の中高生が友達と遊んだり、放課後にたわいもないことで寄り道したりするところを、彼女たちはレッスンに行って、リハをやって、レコーディングして、ボイトレして……昔と違って修学旅行や文化祭にも参加できるように運営の方が動いてくれているアイドルグループも多いとはいえ、普通の中高生ができることを経験できていないと思うんです。

なんで私がメンバーの将来のことまで考えるんだ、たかが衣装じゃないかって思う方もいらっしゃると思います。でも、卒業後に「いままでありがとう。じゃああとは自分の力で残りの人生頑張って」っていうのはあまりにもひどいなと思っていて。

卒業したり、途中でやめたりしても、自分の向いているところやチャームポイントがわかって、「こういう職業をやろう」とか「こういうことをやりたい」とアイドルの次の人生につなげてほしいという想いが根底にあるんです。

─メンバーと接するうえで、具体的に意識されていることはありますか?

茅野:素敵な一面に気づいたときにはきちんと言うようにしています。アイドルってグループ内にも外にも比べる対象が多すぎて、自己肯定感を強く持ち続けるのが大変だと思うんです。いち意見ではあるけれど、それを伝えることによって本人が知らなかった魅力に気づくきっかけにはなるのかなと。私自身も高校生のときに学校の先生から作った衣装を褒められて「私が作るものって良いんだ」って自信を持てたんです。

だから少なからず自分の好きなところとか、褒められるところとかをわかったうえで、次のステップの糧にしてほしいし、「いまが良ければいい」という考えは、アイドル自身にも持ってほしくないと思っています。

秋元康とは「片思い」、指原莉乃とは「両思い」

─『アイドル衣装のひみつ』表紙の衣装はAKB48と=LOVEの衣装を組み合わせた新作ですが、AKB48と=LOVE、≠ME、≒JOYの違いや、それぞれのプロデューサーである秋元康さん、指原莉乃さんとの衣装作りにおける違いを教えてください。

茅野:AKB48を一言で表すと「ドラマチックでカオスで大衆的」という感じです。

茅野:『AKB48選抜総選挙(以下、総選挙)』や『AKB48シングル選抜じゃんけん大会(以下、じゃんけん大会)』のときには「台本あるんじゃないの?」「出来レースじゃないの?」と言われることもあったんですが、正直台本なんてまったくないですし、順位が決まってから衣装作りが始まるので、一番台本があってほしかったのは私なんですよ(笑)。

でも、台本がないからこそ『総選挙』や『じゃんけん大会』でメンバーが発する言葉には「リアル」があるんです。

2010年に初めて行われた『じゃんけん大会』で優勝した内田眞由美のセンター曲“チャンスの順番”

茅野:人数が多くていろんな子がいるのでライブもカオスです。なので、いろいろな柄のチェックを使ってそれぞれ個性のあるデザインにしつつ、グループとしては「まとまっている」という部分を大事にしています。AKB48はお茶の間感があって賑やかで見ていて楽しいので、そんな要素をデザインにも入れています。

─秋元さんとの衣装作りはいかがでしょうか?

茅野:秋元さんはアイデアが唐突に生まれる方なので、私はそれについていくという感じです。秋元さんのアイデアが浮かんで、でもまだ曲がない、みたいなこともあって(笑)。

どちらかというと、「片思い」の状況ですね。「秋元さんはこう考えているからこういうのが喜ぶだろう」と予想して、答え合わせをしていくという作り方を20年も続けています。

それに対して指原さんは本当にコミュニケーションが丁寧で、自分がアイドルだったら嬉しいだろうなと思います。メンバー一人ひとりを細かく見ていて優しいんですよ。イコラブ(=LOVE)のメンバーは繊細で、自信があってアイドルになったわけではない子のほうが多いので、儚さのあるグループだなと思っています。

AKB48が「テレビ」だとしたら、イコラブはつねに楽曲に世界観やストーリーがあって「洋書」みたいだと思います。なので、触れたら壊れてしまいそうな細かい装飾は、特にイコラブの衣装に多いと思います。ちなみにノイミー(≠ME)は「週刊漫画」、ニアジョイ(≒JOY)は「日常ものの4コマ漫画」みたいな雰囲気を持っていると感じています。

─グループの色が違う分、衣装作りにも違いがありそうですね。

茅野:指原さんとの衣装作りは「両思い」ですね。楽曲のコンセプトや想いを詳細に伝えてくれたうえで、「しのぶさんはどう思いますか?」と相談してくれるので、私もそれに応えて楽曲の素晴らしい部分を伝えます。お互いにお互いが喜ぶことを考えて、「喜んだよ」と伝え合うような関係性です。

指原さんとは「かわいい」と思う感覚が一緒なので、女子会トークみたいなかたちで物事が決まることも多いんです。イコラブの7周年コンサートで初披露した魔法少女をモチーフにしたメンバーカラーの衣装もコンサートが終わったあとの帰り道で決まりました。

秋元さんと指原さんで作り方が全然違うので、それぞれにしか生まれない衣装が作れていると思います。

─多くのファンの方が茅野さんが作る衣装に期待するなかで、不安やプレッシャーを感じることはないのでしょうか?

茅野:イコラブではいまのところないですが、AKB48が大ヒットして、“ポニーテールとシュシュ”“ヘビーローテーション”“フライングゲット”がリリースされた約1年間はすごく不安でした。2010年の『AKB48選抜総選挙』で大島優子ちゃんが1位になって、翌年にあっちゃん(前田敦子)が奪還したときで、二人も悩んだ1年だったと思います。

茅野:私は売れてきたAKB48の足手まといになっていると思ってしまって、もっと有名で実力がある方が衣装をやったほうがAKB48のためになるんじゃないかと1年間ずっと思っていました。悩んでいる時期だから秋元さんからのダメ出しも増えて余計落ち込むんですよ。

それでも、秋元さんは私に衣装を頼んでくれたんです。あのタイミングのAKB48の人気だったらどんな人にでも頼めたなかで私に向き合ってくれたので、自分が努力して強くならなきゃいけないと思えるようになりました。

秋元さんは、クリエイターをすごく大事にしてくれる。その場限りの優しい言葉をかけない人だと思うんです。耳障りのいい言葉を言ってくれるほうが楽だし、秋元さん自身もその方が変に恨まれることもない。でも育てようと思ってくれているから、核に迫った言葉をかけてくれる。それがいまの私の信念を作っているので、感謝しています。

アイドル衣装に「戦略性」を。アパレル業界に感じる問題意識とは?

─『アイドル衣装のひみつ』には茅野さんの企画の考え方など普遍的なテーマが書かれており、アイドルファン以外の多くの方にも刺さる内容だと思います。茅野さん初の著書ですが、どのような部分を意識して執筆されたのでしょうか?

茅野:私のファンがいるわけではないと思っているので、アイドルファンの方はもちろん、クリエイターやエンタメ業界に携わる方、一般職だけど企画を出す方の琴線にも触れるような、読み物として面白い一冊にできたらいいなと思って書きました。

正直、私が衣装作りの人として優秀かというと、別にそんなことはないと思っていて。デザインは私より上手い人もいっぱいいるし、縫製も装飾も上手な子がいるし。じゃあ私が誇れる部分は何かと考えると、一つひとつの衣装に対してのギミックや企画を考えてきた自負があるんです。

茅野:アイドルの衣装をやり始めたときに一つ心に決めたことがあって、アイドルが売れるための戦略のひとつになるような衣装を作ろうと思ったんです。

私は服飾の専門学校に通っていたときからスタイリストのアシスタントをしていたのですが、当時はアイドルの衣装が重要視されず、最初に予算が削られるのはヘアメイクと衣装代でした。その経験から、自分が責任を持ってコンテンツに関われるときが来たら「売れるための戦略」になりうる衣装を作ろうと思ったんです。なので、その部分を紐解いて伝えられる本のほうが、読み物として面白いんじゃないかなと思って。

─本書では日本と韓国とのアパレル事情の違いなど、業界に対する問題意識についても書かれています。

茅野:いまの日本のアパレル業界は閉鎖的で、元気がないと思います。業界を川にたとえると、川上は糸や生地などの素材を作る企業、川中はその素材を仕入れて服を作るアパレル会社、川下は完成した服を発信して売る企業やスタイリストさんという分け方になると思うのですが、学生さんの就職先は川中や川下の企業がほとんどなんです。

私は衣装を作るうえで生地を非常に大事にしているのですが、生地を作る企業には若い人が本当にいないんです。日本は世界に誇れる刺繍や染色の工場がたくさんありますが、跡継ぎがおらず、どんどん潰れている状況です。

生地を作っている人がメーカーに卸すので流行を自分で作れたり、海外のトップハイメゾンも日本の生地屋さんに頼んでいるので世界を牛耳れるかもしれなかったりと面白さがあるんですが、私が講師として教えた服飾学校の学生も、川上の仕事を知らないことがほとんどで……。

川上に関わる楽しさを伝えることは私がアパレル界に対してできる役目のひとつだと思っています。また、衣装の会社でもデザインだけじゃなく広報や生産管理など職種の幅は広いので、その楽しさを伝えていく必要もあると思います。

─オサレカンパニーではアイドル衣装のノウハウを生かして学校の制服や医療制服も作られています。今後業界や社会に対して変化を起こしていきたい部分はありますか?

茅野:思春期を迎える時期の学生は肌荒れや骨格で悩むことが多いですが、いまは情報が溢れすぎていて、正しい対応方法がわからず独自のやり方でそれぞれが対応していることが問題だと思っています。

肌荒れや骨格がコンプレックスになったり、いじめにつながって不登校になったりすることがあるとも聞いているので、小学校や中学校で教えられるように変えていきたいです。「若いころからおしゃれをするのは悪」というような風潮がありますが、基本の知識として教えるのは大切だと思うんです。

オサレカンパニーがデザインした、札幌龍谷学園高等学校の制服

茅野:また、学校の現場に関わるなかで最近感じているのは、なんらかの事情があって「大学まで進学する」というルートから外れてどうすればいいか迷ったときに、「得意なことを生かした専門職を目指す」という選択肢を知ってもらうことが大事なのではないか、ということです。

私が恵まれていたと思うのは、22歳という若さでAKB48の衣装を、秋元さんのもとで1人で担当できたことなんです。若いからこそ行動力や探究心があり、秋元さんに言われたことを素直に受け止められたと思います。

不登校だったり、勉強が苦手だったりする子でも、絵、ゲーム、プログラミングなど、何かしら得意なことはあると思います。だから若いうちにそれぞれの長所を伸ばして成功体験を積んで、自信を持てる環境をつくることが重要だと思います。

書籍情報
『アイドル衣装のひみつ~カワイイの方程式~』

著者:茅野しのぶ
定価:2,200円(税込)
発行:Gakken
プロフィール
茅野しのぶ (かやのしのぶ)

オサレカンパニー クリエイティブディレクター。AKB48の衣装を初期から手がけているほか、AKB48グループ総支配人、AKB48劇場支配人などを務めた。指原莉乃プロデュースのアイドルグループ=LOVE、≠ME、≒JOYなど、多くのグループの衣装を手がけている。



記事一覧をみる
フィードバック 2

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Fashion
  • アイドルに魔法をかける「衣装」の秘密。AKB48や=LOVEなど4万着以上の衣装を手掛けた茅野しのぶに訊く
CINRA Inspiring Awards

Special Feature

CINRA Inspiring Awards

CINRA Inspiring Awardsは、これからの時代を照らす作品の創造性や芸術性を讃えるアワード。芸術文化をルーツとするCINRAが、媒介者として次世代の表現者を応援できたら。そんな思いに力を貸してくださる審査員のかたがたに、作品を選出していただいた。

詳しくみる

CINRA JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて