音楽の祭典にアートがある意味とは何か。YouTuber・照沼健太が『MUSIC LOVES ART 2026』を巡って考える

音楽の場に、アートがあることの意味とは何だろう。そしてアートは、音楽のない場所でも機能するのだろうか。

文化庁が主催する『MUSIC LOVES ART(以下、MLA)』は、音楽イベントとコラボレーションし、そのイベントでアート作品を展示することで「アートと音楽の融合」を目指すプロジェクトだ。5回目の開催となる今年は、初めて国際音楽賞『MUSIC AWARDS JAPAN』とコラボレーションした。

アワード期間中にライブイベントが行われた渋谷の街をアートで彩り、授賞式会場となったお台場・TOYOTA ARENA TOKYOに作品を展開。さらに同時期に開催された東京国際ミュージック・マーケット(以下、TIMM)(※)では、MLA特別セッションも行われ、プロジェクトはますます広がりを見せている。

編集者 / YoTuberの照沼健太が、それらの現場をひとりの参加者として歩き、聴いた。渋谷で展開されたアート作品ーーフラッグ、アートボード、渋谷ストリームでのサウンドインスタレーション、そして華やかな授賞式会場とTIMMのセッション。その問いを携え歩きながら考えたことを、照沼氏が綴る。

MUSIC LOVES ART 2026 Digest

※東京国際ミュージック・マーケット(TIMM)…激変するグローバルな音楽産業の中で日本音楽の海外展開・国際交流を行う国内唯一の国際音楽マーケット。海外バイヤーとの「商談マーケット」や「ビジネスセミナー」、海外バイヤーに直接アーティストの魅力をアピール出来る機会となる「ショーケースライブ」を柱として開催している。2026年は『MUSIC LOVES ART』および『MUSIC AWARDS JAPAN』と同時期に開催された。

「目に見えないもの」が街に在るとき。MUSIC LOVES ART 2026を歩いて考えたこと

音楽フェスの主役は、音楽だ。でも、「音楽だけ」でもない。

サマーソニックの会場を思い出してみてほしい。ゲートを潜ってすぐの広場、ステージ間の通路、ビーチ。あらゆる場所にアートが溢れ、タイムテーブルには載っていない予定外の出会いが、フェスの体験を豊かにしてくれていたはずだ。 

そんなサマソニの会場を彩ってきたのが、文化庁が主催する音楽とアートの融合プロジェクト『MLA』だ。2022年のサマーソニックとの連携から始まり、今年で5回目の開催を迎えた。

MUSIC LOVES ART 2025 Digest

『MUSIC LOVES ART 2025』の様子。大阪市・吹田市および千葉市にて、日本最大級の都市型音楽フェスティバル『SUMMER SONIC』会場や周辺エリアに大型アート作品等を展示した。

そして2026年、MLAは音楽業界の5団体により設立された、一般社団法人CEIPAが主催する国際音楽賞『MUSIC AWARDS JAPAN』と初めてコラボレーションした。渋谷の街頭と、お台場のアワード会場。フェスとは異なる文脈にアートを展開するという、新しい試みだ。

渋谷のカオスに「アート」が溶けていく

MUSIC AWARDS JAPAN WEEK(6月5日〜13日)の期間中、MLAが選出した音楽にゆかりの深いアーティストによる特別デザインが施されたうちわが配布されたほか、フラッグやアートボードに印刷され渋谷の各所に展開されていた。

いすたえこのキービジュアルを起点に、岡本太玖斗、田村育歩、渡辺明日香らのストリートボードがセンター街周辺に点在し、道玄坂と文化村通りの街路灯にはGOO CHOKI PARやmagmaらによるフラッグが掲げられていた。

今回、「音楽との親和性」を重視して作家が選出されているという。たとえば、岡本太玖斗は星野源『Star』のMV監督として注目を集め、渡辺明日香は音楽レコードやCDのジャケットに影響を受け作品を制作し、フジロックのアートワークを手がけたことがキャリアの転機となっている。

各作家は、MUSIC AWARDS JAPANのトロフィー「THE RUBY」をモチーフに作品を制作。さらに渋谷ストリームでは、サウンドアーティストのevalaによるサウンドインスタレーションが展開されていた。

渋谷を歩いて各作品を巡ったファーストインプレッションは、「想像していたよりもずっと、街にアートが自然と溶け込んでいる」だった。渋谷はとにかく雑多な街だ。広告が溢れ、人が溢れ、看板もネオンもスクランブル交差点の喧噪も、すべてが絶え間なく目と耳に飛び込んでくる。

いすたえこ『HIP HOP』は路地裏に、田村育歩『GROOVE』はカラオケ店横など、展示場所は作品内容とリンクするように選定されていた。一見ノイジーな意匠をまとったさまざまな街角においても、それぞれのアート作品はごく自然に溶け込んでいるように見えた。

たとえば、もしMLAが豊洲のように整然と区画された街で展開されていたら、もっとわかりやすいインパクトを作り上げていたかもしれない。

ただ、統一感のあるビジュアルで街を覆い尽くすことだけが、街とアートの幸福な関係とは限らない。実際この日はサッカーW杯直前ということもあり、日本代表のブルーを使った広告展開が非常に賑やかだった。しかし、アートと広告はイコールではない。渋谷のカオスにアートが吸い込まれていく光景は、見方を変えれば、この街の多様性をそのまま肯定しているようだった。ここでは何もかもが等しく自分を主張し、等しく調和していく。MLAのアートも、その例外ではなかった。

MLAのキュレーターを務める竹川潤一氏は、『TIMM』で開催された『【文化庁特別セッション】MUSIC LOVES ART~「音楽×アート」が拓く、新たな可能性~』(以下、文化庁特別セッション)でこう語っている。

「僕たちはフォーマットづくりも意識してやってきました。例えば国際展示場がある場所で展示できないか、会場内の空や海に作品が展示できるんじゃないかということをトライしてきました。全世界のどこでもできるアート展示のフォーマットを、我々はつくってきたと思っています」

どこでも成立するフォーマットの強さは、その街の個性に溶かされてしまう危うさと、いつも背中合わせだ。渋谷という強すぎる街が、MLAのフォーマットをどう受けとめたのか。この問いに対する答えは、おそらく一つではない。しかし、街の個性を塗りつぶすのではなく、相乗効果を生み出そうとする動きこそがアートの魅力の一つだと思う。

華やかなMAJ授賞式、アートは音楽に寄り添っていた

6月13日、TOYOTA ARENA TOKYOで開催された『MUSIC AWARDS JAPAN 2026』のGrand Ceremony。レッドカーペットを国内外から集まった豪華アーティストが歩き、全78部門のうち主要6部門を中心とした授賞が行われるメインイベントだ。

会場にはedenworksによるフラワーアート、GOO CHOKI PARとIE3のコラボレーション作品、藤元翔平の作品、そしてmagmaのインスタレーション作品が展示されていた。レッドカーペットには日本の音楽シーンを牽引するアーティストたちが次々と現れ、カメラのフラッシュと歓声が飛び交っていた。ここでアートは自然に空間へ溶け込んでいた。

レッドカーペットの主役は、そこを歩くアーティストたちにほかならない。彼らの存在感、彼らのエネルギーにすべてのカメラが向けられる場所で、アートがそれを凌駕するほど主張していたら、おそらくそれこそが「失敗」だろう。音楽のパワーに寄り添い、彼らを自然と彩る背景として、アートはそこに佇んでいた。

先述の文化庁特別セッションで、サマソニを主催するクリエイティブマンプロダクション代表の清水直樹氏は、自社フェスにおけるアートの効用をこう表現していた。

「移動って結構フェス内で苦だったりするんだけど、そこにアートがあることで、その移動が苦ではなくなるし、お客さんにとってもいい、僕らもアートには助けられているというのはすごく感じますよね」

アワード会場に長い移動はない。その代わりに、空間全体の空気を整えるという、より繊細な仕事をアートは担っていたように思う。

渋谷の街と人とセッションするアート

今回のMLAで最も印象に残った体験は、渋谷ストリーム2階の貫通通路に展示されたサウンドアーティスト・evalaのインスタレーション作品『Flowing Air』だった。

渋谷ストリームは商業施設でありながら、閉じていない空間設計が特徴だ。半屋外のようなオープンエアの構造で、風がよく抜ける。人の往来が絶えず、近くの道路からは車の走行音が聞こえてくる。そこにevalaは既存の館内放送用スピーカーだけを使い、音のインスタレーションを「建築」した。

この作品にもやはり「異物感」がなかった。渋谷ストリームの開放感、人が流れ、空気が通り抜けていく感覚を、自然と引き立てるように音=作品が存在していた。たとえるなら、自分で漕いだぶんだけ遠くまで伸びていく自転車のような感覚。何かを足すのではなく、すでにそこにあるものを広げていくようなイメージだ。

足音、話し声、風の音、車の走行音。それらとevalaの作品の音が溶け合い、その瞬間にしか存在しない響きが生まれていた。

騒がしい渋谷だからこそその真価を発揮するアート。都市の音を素材として取り込み、それと共振することで初めて成立する作品。その場所でなければ意味がない。そのことを、身体で納得させられた。

作品制作・展示だけでなく、文化庁特別セッションでスピーカーを務めたevala氏は「パブリックアートって彫刻だったりモニュメントだったりするんですけど、もっと見えないパブリックがあっていいと思う」と語っていた。空き地を湖に変えることが、音だけでできる。音から都市計画を立てることだってできる、と。『Flowing Air』はまさにその思想の実践だった。

彼は今年、令和7年度(第76回)芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞している。音楽家でありながら、美術の賞を受ける。音楽とアートの境界そのものを体現する人が、MLAの現場で作品を出していた。そのことが、このプロジェクトの現在地を物語っているように思えた。

5年間で「音楽とアート」はどう変わったか

MLAの歩みを振り返ると、5年間の変化は明快だ。2022年、サマーソニックの幕張会場にレアンドロ・エルリッヒの砂の彫刻が出現した。「音楽の場にアートを」という初の試みだった。2023年にはYOSHIROTTENの展示が会場から街へと拡張。2024年は大阪にも展開し、ドローンと花火を組み合わせた試みが大阪・関西万博での仕事にも広がった。さらに2025年には音と融合した作品が増え、「音楽の場でのアート展示」から「音楽×アートという表現」へ、フェーズが変わっている。

クリエイティブマンの清水氏は、文化庁が参加したことで、従来の取り組みが「より人目を引くものになったし、お客さんもそれを見て楽しめる」ものへ発展したと振り返っていた。

行政による支援は作品の規模だけでなく、来場者がアートに出会い、楽しむ機会も広げてきた。MLAを経てキャリアを拡げたアーティストもいる。奥中章人は、サマーソニック大阪での展示を経て大阪・関西万博へとつながっていった。

今年の渋谷とアワード会場を歩いた実感としては、サマーソニックで培ったフォーマットが、そのまま別の文脈に移植できるわけではないということも感じた。フェスには入場ゲートがあり、明確な「内」と「外」の境界がある。渋谷の街にはそれがない。

今年のコーチェラでは、レディオヘッドが地下バンカーにイマーシブなインスタレーションを作りあげ、写真撮影も制限された閉ざされた空間で、音楽とアートが完全に一体化した体験を提示していた。清水氏もそれに言及しながら、「フェスが成功して余裕ができると、お客さんに対して違うことをもっとサービスしていきたいところまでいく。そこまでいきつけたらいい」と語っていた。

MLAが目指す未来も、きっとそこにあるのではないだろうか。

「溶け込むこと」を、どう受け取るか

渋谷の街中、お台場のアワード会場、渋谷ストリームと3つの現場を歩いて、すべてに共通していたのは「アートがその場に自然と溶け込んでいた」ことだった。

渋谷では都市のカオスを尊重し、アワード会場では音楽の存在感に寄り添う。そして渋谷ストリームでのevalaのインスタレーション作品は場の空間に溶け込んでいた。それぞれの場所によってアートのあり方は異なるが、ここには、音楽とアートの融合を目指すこのプロジェクトが「融合」という言葉をどう解釈してきたかが表れているように見えた。

vala氏はセッションのなかでこんなことを言っていた。

「いまって街を歩いていても、すべてが情報、情報、情報。いかに情報を発信していくかということだけど、そうじゃなくて、情報から解放してあげることが、今後はすごく大事だと思っているんです」

MLAが5年かけてたどり着いた場所は、もしかすると「わかりやすさ」や「派手さ」の対極にあるのかもしれない。数字では測れない、都市の体験の質を少しだけ変えること。情報の洪水のなかに、一瞬の余白を作ること。それはわかりにくく、説明しづらい。

でも、渋谷ストリームの通路で風に混じる不思議なハーモニーを聴いたとき、たしかに何かが変わっていた。

5回目のMLAが見せたのは完成形ではなく、前に進んでいるプロセスそのものだったように思う。

しかし、少なくとも一人の歩行者として、僕はその曖昧さを悪いことだとは思わなかった。『MUSIC AWARDS JAPAN』との初めてのコラボレーションという挑戦は、まだ始まったばかり。この曖昧さは、正真正銘「伸びしろ」そのものだと思う。

イベント情報
『MUSIC LOVES ART 2026』 開催期間:6月6日〜13日 主催:文化庁 会場:渋谷ストリートボード  / 道玄坂・文化村通 街路灯フラッグ / 渋谷ストリーム2階貫通通路 / 第23回東京国際ミュージック・マーケット / TOYOTA ARENA TOKYO
プロフィール
照沼健太 (てるぬま・けん)

音楽評論家。MTV Japan、ウェブ制作会社を経て独立。2014年よりユニバーサルミュージックジャパンウェブメディア「AMP」の企画・立ち上げから編集長を務め、その後2018年にコンテンツ制作会社・合同会社ホワイトライトを設立。音楽・カルチャー・広告など幅広い分野でコンテンツ制作を手がけ、取材・執筆本数は1,000本を超える。批評家の伏見瞬とともにYouTubeチャンネル『てけしゅん音楽情報』も運営。音楽を軸に、都市や文化の変容を独自の視点で読み解く。



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