“This Is America”に揺れる現代と、リオン・ブリッジズの物語

『ブラックパンサー』の大ヒット、Beyonceの歴史的ステージなど、ブラックカルチャー激動の2018年

2018年、アメリカではブラックカルチャーが大人気だ。ヒップホップ / R&BのNo.1人気ジャンル化(調査会社Nielsen調べ)、マーベル・スタジオ作品初の黒人ヒーロー映画『ブラックパンサー』の大ヒット、そしてケンドリック・ラマーの『ピュリッツァー賞』受賞、人種問題を扱ったサイコスリラー『ゲットアウト』の『アカデミー賞』脚本賞受賞。これらのニュースはすべて2018年に届けられた。

人気沸騰の一方で、社会的議論も活発となっている。たとえば、白人観衆ばかりの『Coachella Music and Arts Festival』でブラックネス表現を敢行したBeyonceへの大絶賛。反して「黒人らしさとしての犠牲者精神」逸脱を提唱したカニエ・ウェストへの大きな反発。アメリカでは、ブラックカルチャーの躍進と波乱が巻き起こっているのである。

カニエ・ウェストが会話のなかで「奴隷制度は『選択』」と発言、物議を呼ぶきっかけとなった動画

そんな激動のなか、新作『Good Things』を5月23日にリリースした黒人シンガーがリオン・ブリッジズである(海外では5月7日にリリースされ、全米初登場3位にランクイン)。2015年にデビューした彼は、実のところ希少な立ち位置の黒人ミュージシャンだ。ブリッジズは『Coachella』のBeyonceと同じく「白人ばかりの観衆にブラックネス表現をした経験」を持つ。そして、ある意味ではカニエ・ウェストより「マイノリティー」と言えるかもしれないのだ。

リオン・ブリッジズ
リオン・ブリッジズ

彼の物語に入る前に、2018年に波乱を起こしたもう一人の存在、Childish Gambinoを紹介しよう。

現代社会をあらゆる角度から揺さぶる「物議」ソング“This Is America”

Childish Gambino(以下、ガンビーノ)はブラックカルチャー人気を象徴する存在だ。ドナルド・グローヴァー名義でドラマ制作や役者業も行う彼は、2018年の『グラミー賞』ノミニーであり(年間最優秀アルバム賞、年間最優秀レコード賞を含む全5部門にノミネート)、2017年の『エミー賞』ウィナーだ(自ら主演も務めた『アトランタ』でコメディー部門監督賞を受賞)。今年6月公開の映画『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』(監督はロン・ハワード)にも出演している。そんな多彩なトップランナーがリリースした「物議」ソング、それが“This Is America”である。

ビデオを手がけたのは長年タッグを組む映像作家のヒロ・ムライ

<これがアメリカだ、気をつけろ>(This is America/Don't catch you slippin' up)――そう繰り返す本作は大きな議論を引き起こし、Billboard HOT 100で初登場1位を達成。この話題作が描いたものは何なのか? 主なトピックだけでも考察は多岐に渡る。銃社会、黒人の貧困、警察まで加わる黒人への差別と暴力、黒人同士の犯罪、そして「ブラックカルチャーと現実の黒人社会の乖離」。

黒人の表現者が直面する、「カルチャー上の黒人像」という歴史的議題

“This is America”が活性化させた議題のひとつとして、「カルチャー上の黒人像」が挙げられる。映像中、ガンビーノはジム・クロウのようなポーズをとっている。ジム・クロウは「ミンストレル・ショー」(ブラックフェイスを施した白人による、踊りや音楽、寸劇などを交えたエンターテインメント)のキャラクターで、人種差別表現のシンボルだ。ミュージックビデオ終盤、ガンビーノは必死な形相で何かから逃げる。映画『ゲット・アウト』のような恐ろしい映像のバックで、ゲストのYoung Thugはこう歌う。

<この世界でお前はただの黒人だ/お前はバーコードなのさ>(You just a black man in this world/You just a barcode, ayy)

トップスターのガンビーノすら、その肌の色ゆえにシステムに組み込まれる弱者なのである。そう暗示するような終幕だ。

Childish Gambino“This Is America”を聴く(Spotifyを開く

「カルチャー上の黒人像」は長らくアメリカで語られてきた議題である。たとえば、1940年に『風と共に去りぬ』(1939年制作、監督はヴィクター・フレミング)で黒人俳優として初の『アカデミー賞』に輝いたハティ・マクダニエル(助演女優賞受賞)。彼女のメイド役は「人種ステレオタイプだ」として大きな批判を呼んだ。

2018年には、J・コールが新作『KOD』で若手黒人ラッパーのイメージを批判した。彼は、「多くの若手ラッパーは自ら人種ステレオタイプを誇張表現している」「まるで風刺画だ」と語っている。

“This Is America”が示したように、歴史上、そして今日のアメリカ社会に根強い差別や格差、暴力があるからこそ「カルチャー上の黒人像」も複雑な問題であり続けている。前置きが長くなったが「カルチャー上の黒人像」に悩み戦った一人のアーティスト、リオン・ブリッジズの物語を伝えたい。

「サム・クックの再来」と評されると同時に、白人に媚びていると揶揄されたリオン・ブリッジズ

2015年にデビューしたリオン・ブリッジズのキャリアは輝かしくスタートした。デビューアルバムはBillboardチャートでトップ10入りし、『グラミー賞』候補となり、ホワイトハウスでオバマ大統領の誕生日を祝うパフォーマンスまで行った。

リオン・ブリッジズのデビューアルバム『Coming Home』を聴く(Spotifyを開く

音楽ジャンルは、1960年代風のレトロソウル。ストーリーテリングを得意とし、「サム・クックの再来」とまで評された。ブラックカルチャーの歴史を継承する「正統派」な存在と言えよう。しかし、自らも「現代の黒人男性には珍しい」とするこのスタイルによって、予想外の反応が起こった。

「リオン・ブリッジズは白人向けの音楽を作っている」――そんな声が一部ブラックコミュニティーから生じたのである。バッシングする人々に対し、彼は「無知」という表現でリアクション。実際、「サム・クックの再来」と言われた1960年代風レトロソウルが「ブラックミュージックではない」と断罪される向きはおかしいだろう。ただブリッジズに多くの白人ファンがついたことは確かなようで、黒人女性が一人もいないオーディエンスに歌った経験もあると語っている。

リオン・ブリッジズ

ヒップホップ / R&B人気の裏では、黒人層の「ソウル離れ」があった

現在、アメリカのインディー系レトロソウルは白人ファンが多いとされており、ブリッジズは「黒人がソウルから離れてしまったことが悲しい」と現状を嘆いている。また、この件から「アメリカの黒人層はトレンドでもない限りレトロな音を好まない」傾向も示唆された。

ブラックミュージックのベーシックと言えるソウルミュージックにも関わらず、一部で「白人に媚びた黒人」というイメージを持たれたリオン・ブリッジズ。ゆえに、彼はBeyonceのように「白人ばかりの観衆にブラックネス表現をした経験」を持ち、黒人音楽の受容のされ方においてカニエ・ウェストよりマイノリティーな境遇にあるのだ。

リオン・ブリッジズ『Good Things』収録曲

本件は、無知にもとづく反発と言ったらそれまでだが、「カルチャー上の黒人像」議論の複雑さと難しさを表しているとも言える。また、アメリカの黒人リスナーにおけるレトロサウンド需要の低迷は「ブラックカルチャーの歴史継承」における問題になりうるかもしれない。

リオン・ブリッジズの新作は、ブラックカルチャーの歴史を継承する戦いでもあった

デビュー後の痛ましい経験のあと、ブリッジズはサウンドを更新した。ある面では変わらぬままに。リオン・ブリッジズの2ndアルバム『Good Thing』は「多様性あるオーディエンス獲得」を目標にしているという。ジェイソン・デルーロやMaroon5の楽曲で知られるプロデューサー、リッキー・リードを迎えた本作のインスピレーション源は、かねてよりブリッジズが敬愛するUsherやGinuwine。サウンドは多種多様なモダンR&Bに変化している。

しかし、ただ単に現代的になっただけではない。その一方で元来のレトロソウル性は残存させているのが特徴だ。結果、モダンR&Bファンも聴きやすいレトロソウルになっているのである。実際に、米カルチャーメディア・Rolling Stoneは「ユニークな視点で『ヴィンテージソウルのアップデート』を果たした作品だ」と評している。

リオン・ブリッジズ『Good Thing』ジャケット
リオン・ブリッジズ『Good Thing』ジャケット(Amazonで見る

『Good Things』は、自身の「カルチャー上の黒人像」に悩んだアーティストが新たなサウンド表現に至り、独自のかたちで「ブラックカルチャーの歴史継承」を試みた作品と言える。そして、混乱する2018年において、アーティストのひとつの戦い方を示しているのではないだろうか。

リオン・ブリッジズ『Good Things』収録曲。<僕は悪いニュースからいいものを作るんだ>と歌われる

幼少期の貧困や家族愛、母親の過去――ブリッジズが歌う物語には、一人のアフリカ系アメリカ人の人生やルーツがある。日本盤ライナーノーツで語られているように、<かつての僕には真の黒人らしさが欠けていた>(“Georgia to Texas”)といった素直な独白は映画『ムーンライト』(2016年公開、監督はバリー・ジェンキンス)を思い起こさせる。

「カルチャー上の黒人像」に悩み、戦ったリオン・ブリッジズ。その成果を『Good Thing』を聴いて確かめてほしい。

リオン・ブリッジズ『Good Thing』を聴く(Spotifyを開く
リリース情報
リオン・ブリッジズ
『Good Thing』日本盤(CD)

2018年5月23日(水)発売
価格:2,592円(税込)
SICP-31169

1. Bet Ain't Worth The Hand
2. Bad Bad News
3. Shy
4. Beyond
5. Forgive You
6. Lions
7. If It Feels Good (Then It Must Be)
8. You Don't Know
9. Mrs.
10. Georgia To Texas
11. Naomi(Bonus Track)
※日本盤は高品質Blu-SpecCD2仕様&ボーナストラック収録

プロフィール
リオン・ブリッジズ
リオン・ブリッジズ

米テキサス州出身ソウル・シンガー。レコード会社40社による争奪戦の末2014年に米コロムビアと契約、デビュー前に出演したSXSWでは最優秀パフォーマンス賞にあたる「The Grulke Prize」を受賞。2015年のデビュー・アルバム『Coming Home』は全米初登場6位にランクイン、テレビCMにも2曲起用され、第58回グラミー賞で「最優秀R&Bアルバム」部門に、第59回グラミー賞では「最優秀ミュージック・ビデオ」部門にノミネートされた。Macklemore & Ryan LewisやODESZAの楽曲へのゲスト参加や、ファレル・ウィリアムスの英Apple Music FestivalやThe Rolling Stonesのオランダ公演、ハリー・スタイルズの南米ツアーのサポートなど、ジャンルを超えた様々なアーティストとのコラボレーションも話題を呼んでいる。2016年には『FUJI ROCK FESTIVAL』で初来日。2018年5月、約3年ぶりとなる待望の2ndアルバム『Good Thing』を発表。全米初登場3位に輝いた。



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