あの人の音楽が生まれる部屋

あの人の音楽が生まれる部屋 Vol.24 パスピエ

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あの人の音楽が生まれる部屋 vol.24:パスピエ

結成から約3年間は
音楽性に対して拒否反応や閉塞感があった

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大胡田さんに加え、成田さんの音楽仲間であった三澤勝洸さん(Gt)、三澤さんの同級生である露崎義邦さん(Ba)、そして初代ドラマーの5人編成で、2009年にパスピエはスタートしました(のちにドラマーはやおたくやさんに交代)。下北沢を拠点に精力的に活動していきます。彼らを印象付けていたのは、明確な音楽的コンセプトでした。成田さんのバックグラウンドであるドビュッシーやラヴェルら「印象派」と呼ばれるクラシック音楽と、ニューウェーブやテクノポップを融合し、女性ボーカルのバンドサウンドで表現するというものです。

成田:これまでクラシックをモチーフにしたバンドというと、大抵はバロック音楽だったり、あってもベートーヴェンくらいだったと思うんですよね。後期のクラシック音楽とポップスを融合させたものって、実はあまりなかった。それまで自分がやってたバンドでは、クラシックの要素はなるべく排除して、既存のロックバンドの真似事みたいなサウンドをやってたんですね。それは、クラシック出身だという自分の出自にコンプレックスを感じていたのかもしれないんですけど。でも、そうやってロックをやっているだけだと、自分自身のオリジナリティーも、説得力も、信憑性もないことに気づいて。自分が培ってきたクラシックの要素をどうやったらロックのフォーマットで鳴らせるか? ってことを考えるようになって、パスピエのコンセプトに行きついたんです。

大胡田:正直、最初は拒否反応がありましたね。NUMBER GIRLとか、自分が好きだった音楽と比べて、パスピエがやってることはポップ過ぎて……かなり戦っていました(笑)。自分の歌い方も、当時は嫌でした。自分が好きな音楽に対するこだわりと、パスピエでやろうとしていることの折り合いが、どうしても上手くつかなかったんです。

成田:もう、ぶつかってばかりでしたね。というか、ずっと平行線(笑)。お互い、自分で気付くまでは説得されても納得しない性格だから。バンド自体も、「これだ!」という感触がすぐにあったわけではなくて。結成して2年半くらいは、どこにも辿りつけない閉塞感がありました。

寺山修司から影響を受けた
タイトル、歌詞に見られる言葉の使い方

パスピエの機材

そんな中でも、自主企画ライブを定期的に続けてきたパスピエ。その甲斐あって、ようやく3年目あたりから状況が動き始めました。2011年、初の全国流通作品となるミニアルバム『わたし開花したわ』をリリース。ロングセラーとなりました。

大胡田:『わたし開花したわ』を出したときに、ようやく自分の中で何かが見えました。周りの意見を受け入れて、歌ってみたものがカタチになったときに、「ああ、私はこれでいくべきなんだ」って強く実感したのを覚えています。そこで不安や迷いはなくなりましたね。アートワークも自分でやって、まさかそのままずっとやるとは思ってなかったんですけど(笑)、そこも含めてこのミニアルバムからパスピエの世界観が確立されたんじゃないかと思います。

成田さんを中心とした、コンセプチュアルなバンドサウンド、大胡田さんによる可愛くも摩訶不思議なアートワーク。そして、彼女が書く詞の世界もパスピエにとって非常に重要な位置を占めています。回文を用いたアルバムタイトル(『わたし開花したわ』『ONOMIMONO』『演出家出演』など)、繰り返すフレーズのユニークな語感など、独特のセンスは何に影響されたものなのでしょうか。

大胡田:寺山修司の影響は大きいかもしれないです。彼の詩集を読むと、文字をハート型に並べていたりするんですね。それが好きでノートに貼って眺めたりしていました。文字の見た目の面白さに気づいたのは寺山修司のおかげかも。書いている歌詞の内容は、小学生くらいのときからあまり変わってない気がしますね。伝える手段や語彙が増えただけなんじゃないかな。「この曲はライブで盛り上がる感じにしよう」とか、「これはバンドのテクニックを見せる曲にしたい」とか、「この曲はより多くの人に届けたい」とか、受け手のことを意識して書くようになったのはほんと最近のことです。

パブリックイメージと現実
そのギャップと戦ってきたパスピエ

パスピエの機材

年末には、バンドにとって初めての武道館ワンマンを迎える彼ら。最新シングル『裏の裏』は、集大成的な意味も込められているとか。

成田:実はこの曲、デビューするずっと前に書いた曲なんです。それを今の僕らの力でリメイクしたら、これまでの総決算みたいになって面白いんじゃないかと思ったんですよね。当時のデモを聴き直すと、拙いながらも真っ直ぐなんですよ。年を重ねるとついついいろんなことを考えてしまいがちですけど、型にはまらず自由にやってるなと。改めて振り返ると、僕らは結成から本当に地道にやってきたんですよね。それこそ下積みのような時代が何年もあったし。でも、デビューしてみたら「正体不明の知能的バンド集団」みたいに言われたりして。コンセプトをがっちり決めて、ちゃんと周到に仕込んで、突然デビューしたみたいに思われてるんですよね。顔を隠したビジュアルにしても、人からよく「やり方が上手いですねえ」って言われたりするんですけど、きっかけは大胡田の絵が面白かったから「じゃあアーティスト写真も絵で描いてみたらいいじゃん」って、遊び半分だった。自分たちで戦略的にコンセプトを打ち立てたわけじゃなくて、試行錯誤しながらやってきた結果なんです。

芸大出身のリーダーが、パブリックイメージを革新的にコントロールする「頭脳音楽集団」かと思いきや、挫折や失敗を繰り返す下積みの数年があり、試行錯誤の中で偶然手にしたものがバンドのコンセプトになったこともしばしば。そうした変化の中で、パスピエはロックバンドとしてたくましく成長してきたのかもしれません。

成田:そうですね。そこから得たものの方が大きいですね。あるいは、あえてイメージとは真逆のことをやってみたこともあったし。そういう意味でも、ニューシングル“裏の裏”っていうタイトルには、僕らのスタンスが込められたかなって思います。

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