教育先進国・台湾に学ぶ。現代を生き抜く「雑学校」の精神とは?

台湾で大きな注目を集めている、年に一度の教育イベント『雑学校』。2015年以来、5回の開催でのべ20万人以上が来場。「教育」の固いイメージに似合わず、若者や家族連れ、お年寄りまで幅広い層に愛されているというから驚きだ。

そんな『雑学校』を企画しているのは、キュレーターとしても活動する蘇仰志(スー・ヤンヂー)さん。大学で美術を専攻していた蘇さんは、教育関連のスタートアップ企業立ち上げなどを経て、2014年にイベントを初開催。アートにバックグラウンドを持つ異色の業界人として、教育の裾野を広げる活動に奔走している。

『雑学校』に込められた蘇さんの思い、そしてその背景にある、台湾のいまの教育事情とは? いまの時代を生き抜くための「雑学」という姿勢についても、じっくりと聞いた。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

既存の教育業界にうんざり。蘇さんが『雑学校』を始めた理由

ショッピングモールの『台北101』からほど近い『光復市場』。その角を曲がると現れる真っ白な建物に、蘇さんが代表を務める「雜學股份有限公司(株式会社雑学シェア)」のオフィスはある。入り口の壁面には、「Space to Create」と書かれたネオン。机や椅子、チャイムは見当たらず、「学校」のイメージとはおおよそかけ離れたデザインだ。

「『雑学校』と聞いても、一体何をしているのかよくわからないですよね」と校長でありキュレーターの蘇さんは笑った。「みなさんの反応はほとんど一緒ですよ。いったいどこに学校があるの? とよく聞かれます」

蘇さんが、自身初の教育博覧会『わんぱく教育EXPO(不太乖教育展)』を開催したのは2014年。会場は、日本統治時代の建物がアート発信基地としてリノベーションされた『華山1914文創園区』の貸し倉庫4棟だった。

当時の蘇さんは、新米パパになってから1年ほどが経ち、5度目の起業でチャレンジしていた「コンテンポラリーアート教育センター」の構想が失敗に終わった頃。児童に対する芸術教育さえ杓子定規にしか考えられない、既存の教育業界にうんざりしていた。

2014年は、学生や市民たちが立法院(日本の国会議事堂にあたる施設)を占拠したことに端を発する社会運動「ひまわり学生運動」が起こった年。社会は揺れ動き、いたるところで市民のエネルギーが放出していた。

「少しでも何かすれば、社会を変えられるかもしれない」。蘇さんの思いから誕生した『わんぱく教育EXPO』が大成功をおさめ、翌年『雑学校』と名をあらためて、今日まで続いている。

「これも教育?」と目からうろこ。教科書のリデザインから動物園再生まで扱う『雑学校』とは

蘇さんが名づけた『雑学校』の「雑学」は、柔軟な頭でいろいろなことを探求し、学ぶ姿勢を表している。その言葉どおり『雑学校』というイベントは、「これも教育の一部なんだ」と目からうろこが落ちるほど、従来の「教育」の枠組みからは自由だ。

過去に出展した団体の例を挙げれば、著名アーティストやデザイナーと協働して教科書をリデザインするプロジェクト「美感細胞」や、身の回りにあふれるさまざまな商品を素材として用い、新たな日用品の製造を試みる「後製造」など。動物たちにとってより自然に近い環境をつくる新竹動物園の再生プロジェクトなども参加している。

このように、テクノロジーを取り入れた新しい教育はもちろん、情操教育や生涯学習、デザイン思考、親子関係、社会でのより実践的な教育まで。すべてを「オルタナティブ教育」とみなして一堂に展示しているのが、雑学校の大きな特徴だ。

アジア諸国の一歩先を行く、台湾の「オルタナティブ教育」とは

公教育と対立する概念としての「オルタナティブ教育」。日本では耳にすることが少ないが、台湾では近年、教育の民営化が進められ、いまでは一般市民にとっても、オルタナティブスクールが公教育と並ぶ選択肢にまでなっている。

『雑学校』の創設者として、アメリカや日本、韓国など各国の教育フォーラムにも招かれている蘇さんは、「台湾の教育は、アジアでもっとも先進的といっても過言ではないと思います」と話す。

台湾でのオルタナティブ教育は1987年の民主化後にスタート。1990年代には、森のなかに建つ「森林小学校」を皮切りに、中学校・高校も含め数々のオルタナティブスクールがつくられた。課程綱要(日本でいう学習指導要領)も男女平等をくんだ内容に改訂され、オルタナティブスクールをめぐる環境を整備する「実験教育三法」も成立。在宅教育も合法化されるなど、アジアで一歩先を進んでいる。

「改善できるところは多くありますが、海外に出てみても、これまで見たなかで台湾の教育が一番良いなと思います」

台湾のオルタナティブ教育について、「さまざまな方向に個々で発展しているので、ひとくちに説明することは難しい」と語る蘇さん。「いってみれば、台湾の夜市みたいなもの」だそう。

「けれど共通する本質は、将来どんな日々を過ごしたいのかを一人ひとりに問い、その選択を尊重すること。つまり、多様性を受け入れることです」

『雑学校』は、そんな台湾のオルタナティブ教育の一大夜市。これまでの5年間で、のべ1,600あまりの教育機関や団体、企業が出展。国内外から訪れた20万人以上もの参加者にインスピレーションを与えてきた。

「来てくださった人はみんな、こんなに多くの人が、こんなにいろんなイケてる取り組みをしているんだ! と驚いてくれるんですよ」

台湾大学と共同で、「教育×テクノロジー」のスタートアップ支援も

2019年に5年目を迎えた『雑学校』では、新たな試みも開始した。台湾大学とともに、「教育×テクノロジー」すなわちEDTech(エドテック)のスタートアップ企業を支援する、台湾初のアクセラレータープログラム(新興企業に対して出資や支援を行い、事業共創を目指すプログラム)を立ち上げたのだ。

「第1回目の参加企業のなかにも、面白い取り組みを行っている台湾の教育スタートアップがいたけど、すぐにやめてしまうケースが多かった。教育イノベーションに携わる人は理想が高いぶん、失敗する確率も高い。そしてそれは私も同じです」

「台湾はテクノロジーの島であり、教育改革に対する熱量も高い。そうでなければ『雑学校』が誕生するはずがありません。しかし一方で、テクノロジーと教育はかけ離れたものと思われがちなんです」

自らも教育界で奔走し、次世代のために何かしたいというイノベーターたちの気持ちがよくわかる蘇さん。「新たな風が吹かない業界は、遅かれ早かれ終わりが来る」という思いで、プログラムを立ち上げた。『雑学校』は年に一度しか開催しないが、アクセラレータープログラムなら日々の取り組みとしてスタートアップを支援できる。

プログラムでは、スタートアップが必要とする技能習得のためのコースを台湾大学がつくり、研修を実施。蘇さんらは、スタートアップに投資してくれる産官のプレイヤー探しに奔走している。2019年の『雑学校』で行われたイベントのひとつ『台湾国際教育サミット』では、台湾の5組の教育系スタートアップが政府やベンチャーキャピタルを前にデモンストレーションを行った。

台湾ではEDTechを知る人がまだまだ少ないために、スタートアップが投資を受けたくても、資金回収が困難と思われがちだという。しかしよく考えてみると、人生で最も支出が多いのは教育。国際的なベンチャーキャピタルが好んで資金を投じるのは、じつはEDTechなのだ。

「高級車に乗っている人が『この人、教育の仕事してる人だな』と思われる。そんな未来が来るように、台湾の教育界を変えていきたいと考えています」

「人類の進化とは、前の世代のいうことを聞かないこと」。決まった答えを求めるなかれ

台湾の現代社会では、プロフェッショナルをひとつに絞り込まない人々を指す「スラッシュ族」という言葉が流行語になっている。さまざまなことを貪欲に学ぶ「雑学」の姿勢は、これに通じる部分もあるのかもしれない。

「『スラッシュ族』はある種のラベルであり、『名詞』だと思います。いま教育やスタートアップの世界には、多くの名もなき職業が存在し、また新たにつくられようとしている。『雑学」はこの過程そのものであり、より『動詞』に近いといえるのではないでしょうか。まだ定義できないことが世界中に数多く存在しているからこそ、探求するんです」

蘇さんが定義する「雑学」とは、探求する過程のこと。教育に従事する人に限らず、これが一番大切なのだと語る。

蘇さん自身もまた、スラッシュ族の一人。CEOでありキュレーターであり、息子であり、夫であり、7歳の子どもをもつ父親でもある。

「子どもは一人の人間であり、物ではありません。息子の歩む道は、私とは違って当然。息子には彼自身の考え、そして主権がある」。そう語る蘇さんの「雑学精神」には、決まった答えというものは存在しない。

「教育において『最良』はなく、『本人が好きかどうか』『本人に合うか合わないか』。ただそれだけなのです。親が自分の歩んできた道にしか詳しくないのは仕方がないこと。子どもを愛するあまり焦ることもあるでしょうが、親だって一緒に探求して、学ぶことができるんです」

一年目の『雑学校』へ参加した若者たちの多くは、すでに親になった。みんなに「校長」と呼ばれてはいるが、蘇さんは「人類の進化とは、前の世代のいうことを聞かないことだ」ときっぱり断言した。

「人生とは本来、未知であふれた森の真ん中にいるようなもの。『雑学』はそれを生き抜くためのひとつの態度」と語る蘇さん。世界がめまぐるしく変化する現代だからこそ、自分が思う方向に探求していけば、新しい何かが発見できるのかもしれない。



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