坂本美雨×小沼純一対談 日本人ならわかる「声」の授業

日本の伝統芸能や文化を広く国内外に発信する「東京発・伝統WA感動」のプログラムでシリーズ企画の『Traditional+』。これまで笙・箏・琵琶といった伝統楽器の紹介、アニメーションと浪曲、尺八とシンセサイザーといった異色コラボなど、様々な企画を行って好評を得ているこのシリーズ5回目のテーマは、ずばり人の「声」。そもそも日本の伝統音楽というのは、声を中心に発達してきたものだと言っても過言ではなく、この日は聲明(しょうみょう / お経に節をつけて唱える仏教音楽)、謡曲、民謡、ポップス界から、さまざまな「声を生かすものたち」が集結する。さらには、この四者が全員参加する形で新曲が作られ、当日披露されるということで、これは歴史の重みと音楽の多様性が感じられる、スリリングな体験になることは間違いないだろう。

そこで今回は、このシリーズのコンセプターでありナビゲーターでもある音楽評論家の小沼純一と、小沼の提案によって「ポップス代表」という形でイベントに参加する坂本美雨の対談を行った。アーティストと評論家という立場の違いはもちろん、世代も育ってきた環境も異なる二人は、日本人と声との関係性をどのように見てきたのだろうか? 小沼は坂本の父が出演するテレビ番組『スコラ 坂本龍一 音楽の学校』にゲスト講師として参加しているように、もともと親交の深い二人ということもあって、話は自然と多岐にわたり、非常に興味深い対談となったように思う。

どうしても「社会に認められてないと、生きてる意味がない」って気持ちになりがちだと思うんですけど、それだけが生きている証明じゃないんだって、声はそういうところまで気づかせてくれたんです。(坂本)

―坂本さんがご自身の声を意識するようになったのはいつ頃でしたか?

坂本:小さい頃から歌うのは好きだったんですけど、自分がどういう声かっていう意識はあんまりなくて……それよりも、いろんなハーモニーが好きでした。母(矢野顕子)のレコーディングにひばり児童合唱団が参加していたことがあって。そこに私も入れようと思ってたらしく、合唱団の音楽をずっと聴いていたので。

左から:坂本美雨、小沼純一
左から:坂本美雨、小沼純一

小沼:『ごはんができたよ』(1980年にリリースされた矢野顕子の4thアルバム)とか、あのあたりだ。

坂本:たぶんそう、ホントに小さい頃です。結局合唱団には入れなかったんですけど。でもCDはずっと聴いていたので、ハーモニーの面白さっていうのをずっと感じてて。もちろん、母親の歌もずっと聴いていたので、その影響もあると思います。あの人、すぐハモるんですよ(笑)。

小沼:それちょっと面白いなって思うんだけど、普通に歌が好きっていう人は、大体主旋律を歌うわけじゃない? ところが、最初からハーモニーが好きだったんだ。

坂本:大体、三度下とか上でハモるじゃないですか? それが楽しくて、アルト耳になっちゃって(笑)。

小沼:主旋律よりも下が聴こえちゃう?

坂本:そう(笑)。その後ニューヨークに引っ越して、いろいろ音楽の授業を受ける中で、まずオーケストラに入って、そのときチェロを選んだんですけど、チェロもアルト同様にベースラインが多いので、やっぱり低音の方が好きなんだなって。あとは自分の声で多重録音するのも、ライフワークというか、ずっとやっていきたいことだと思っています。もちろん、誰もが通る道だと思うんですけど、最初に自分の声を録音して聴いたときは、思っていた声と全然違って、自分の声を好きになるまでにはすごく時間がかかったし、そもそも自分の声がどんな声なのかちゃんと知ったのも、歌手になってからで。

小沼:歌手になる前は自分の声が好きではなかったけど、それでも歌手になろうとは思った、と。

坂本:そうですね。たまたまSister M(坂本龍一の“The Other Side of Love”に客演した匿名のシンガー。後に坂本美雨であることが公表された)として歌う機会があって、声で表現することの面白さ、快感に目覚めてしまったんですよね。ただ、そこで「いい声だね」って言ってくれる人がいたことは驚きで、「なんで?」みたいな感じでした(笑)。

小沼:今は折り合いがついたってこと? 録音して、それを聴いても違和感がないし、コントロールもできる?

坂本:そうですね。自分の耳で聴いている、体の中で鳴っている音と、外に出せている音の差があんまりないというか、差をコントロールしてるのかな?

―意識せずともそれができるようになったのは、何かきっかけがあったのですか?

坂本:それはいいボイストレーナーに出会ったからで、KANNAさんという方にもう10年近くついていただいているんですけど、その人がすっごく論理的に、呼吸法からたたき込んでくれたんです。呼吸のおかげで体自体が変わったし、歌っているときだけじゃなくて、日常生活からその呼吸法になっているので、健康にもいいんじゃないかと思います(笑)。その呼吸法とか歌い方を身につけたら、どんどん体が楽器になっていって倍音も増えたし、それを「表現」にする方法を知りました。

坂本美雨

―呼吸の仕方が大きかったんですね。

坂本:何より大きかったのが、感情表現っていうのは、身体の使い方なんだって知ったことなんです。感情表現は気持ちの問題ではなくて、感情をどう身体に変換させるかが重要だから、自分自身はすごく冷静じゃないといけないとか。そして、それは全ての芸術に共通することなんだなって感じられて。当時は歌手を続けるのか悩んでいた時期だったんですけど、正しい呼吸を身につけていくと、ただ呼吸をしたり、そこに声が乗るだけで、みんな何かを生んで生きているんだなって深い満足感が得られて、人として助けられたんです。どうしても「何かを常に生んで、社会に認められてないと、生きてる意味がない」って気持ちになりがちだと思うんですけど、それだけが生きている証明じゃないんだって、声はそういうところまで気づかせてくれたんです。

日本の歌は、音を長く伸ばして、母音が伸びて行く、その声の質みたいなものを聴くっていうのが、昔からあるんじゃないかと思う。(小沼)

―さきほどハーモニーの話がありましたが、西洋の音楽がハーモニーやメロディーなど、曲の構造を重視するのに対して、今回の『Traditional+』で取り上げている聲明や謡曲もそうですが、日本の伝統音楽や歌は「声」を重視したものが多いように思うんですね。

小沼:日本のいわゆる伝統音楽の8~9割が声の音楽で、楽器中心のものってホントにわずかですよね。ジャンルは千差万別ですけど、日本は声そのものを聴かせるっていうのがすごく強いと思います。それも西洋的な尺度で、単に綺麗かどうかだけじゃない。ノイズ成分が入っていたり、情報量が広い感じです。それは言語の問題でもあって、日本の音楽って言葉の数は少ないんだけど、音を長く伸ばして、母音が伸びていく。その声の質みたいなのを聴くっていうのが昔からあるんじゃないかと思う。百人一首を詠むときとかも、すごい声を伸ばすじゃないですか? 能とか聲明も同じで、「声を生かすものたち」なんですよ、きっとね。

左:坂本美雨

―坂本さんはニューヨークを始め、いろんな国に行かれていると思うのですが、国による声の違いをどのように感じていらっしゃいますか?

坂本:西洋人は筋肉の質が違うのか、持ってるパワーは全然違いますよね。ゴスペルとか、R&Bもそうだけど、瞬発力っていうか……何なんでしょうね? 鍛えたらああなれるって感じでもなさそうだし(笑)。

小沼:そうですよね。同じ人間でも、やっぱり体が違う。

坂本:イギリス人の発音の仕方はすごく特徴的で、声を出している場所が違う気がする。発音ももちろん違うんだけど、もっと上あごが開いてるというか。頭の後ろのほうから出てくるような、すごく不思議な響きだなっていつも思います。

小沼:よく、アメリカ英語とイギリス英語では発音や文法が違うなどと言われることが多い。でも、骨格とか音の出し方の違いって、意外に言われてないような気がします。それってじつはとても本質的な、まさに身体というものと深く関わってくることなのかなって、今、思いました。

―人の声を聴いて、音を出している場所とか筋肉の使い方の違いを感じるっていうのは面白いですね。

坂本:だから、声が苦しそうな人はいろいろ苦しいんだろうな、って思うんです。テレビで喋ってる人でも、ちゃんと口を開けてるのに滑舌が良くなかったり、少し息苦しい声をしていたりすると、何か身体的にも負担をかけているんじゃないかって思いますね。

右:小沼純一

小沼:「声」って一言で言うけど、肺から喉、歯とか、いろんなところに力がかかって出てくるわけで、何か気になっていることがあると、そのどこかが硬くなってしまうんでしょうね。同じ日本人でも、東北の人はあまり口を開けずに喋るし、いわゆる標準語と呼ばれる喋り方と、関西弁でも全然違うわけじゃないですか? そういうのも口とか舌の使い方、意識も違うのかもしれない。それこそ、中国語なんて四声(中国語の声調を4種類に分類したもの)で、普通に喋っても歌みたいでしょ?

坂本:中国語の声調の使い分けって、舌がどれだけ敏感なんだろうって思う。

小沼:アントニオ・カルロス・ジョビン(20世紀のブラジル音楽を代表する作曲家)の曲を聴いていると、「ブラジル=ポルトガル語」ってすごく綺麗な音で、声というよりも、歯とかも含めた、口全体が関わっている音なんだなって感じますね。

大貫妙子さんとか、小田和正さんとか、自分の音楽原体験になっている人たちの言葉の美しさは、「一言ひとことの始末が美しい」というか、ただ聴き取りやすいだけじゃないんです。(坂本)

―黒人音楽に対して、「鍛えてああなるものでもない」という話もありましたが、逆に言うと、日本人の声はどこが特徴で、どうやって伝統音楽を形成してきたのでしょうか?

小沼:難しいなあ……自分たちのことは自分たちではわからないっていうか、ただ、だからこそ、今回の『Traditional+』で全然違う日本の音楽を並べる意味があって。聲明、謡曲、民謡、ポップスを並べて聴いてみることで、違いや特徴がわかるんじゃないかってことなんです。今回、伊佐治(直)くんに新曲“ユメノ湯巡リ声ノ道行”を書いてもらうのも、聲明と謡曲と民謡とポップスでセッションするのは難しいけど、新しい曲の中でパートを分けて、いろいろ呼応させたりすると、聴いている側も違いがよくわかるんじゃないかと思って。

―なるほど。そういう狙いがあるんですね。

小沼:1990年代のエイベックス系とか、高い声を出すような人たちの歌って、日本語が聴き取りにくいじゃないですか? 現代の日本語を使っているのに、J-POPの方が逆に聴き取りにくいっていうのは何故なんでしょう。逆に、日本語がよくわかるのが謡曲で、それは子音から母音につなげていくような歌い方をするからなんですね。もちろんどっちがいい悪いではないし、桑田佳祐さんのように何を歌っていても、歌詞にあんまり意味はないって考える人もいるわけで。ただ、そういった言葉がわかるかどうかっていうのも、並べてみることで感じられるかなって。

左から:坂本美雨、小沼純一

―坂本さんは歌うときに、言葉の聴き取りやすさをどの程度意識されていますか?

坂本:すごく意識してますね。最近はあえて意識しないというか、自分の中で普通になっているんですけど、歌い始めた頃は母親からものすごく言われました。母親と一緒にテレビの音楽番組を観ていると、「この人何言ってるか全然わかんない」みたいなことを横で言うわけですよ。昔は「うるさいなあ……」って思ってたんですけど(笑)、だんだん彼女の言わんとすることがわかってきて。大貫妙子さんとか、小田和正さんとか、自分の音楽原体験になっている人たちの言葉の美しさは、「一言ひとことの始末が美しい」っていうか、ただ聴き取りやすいだけじゃなくて、余韻の響きまで美しい。そのことのすごさがわかってきましたね。

―たしかに、今挙げていただいた方々の言葉の美しさは特筆すべきものがありますよね。

坂本:森山良子さんも、「最近の音楽は何を言っているのかわからない」っておっしゃられていて、たぶん(森山)直太朗さんにも言ってたんじゃないかな(笑)。直太朗さんも、すごく綺麗に言葉が聴こえるから。日本語を綺麗に響かせることが、1つの技術なんだってわかると、母も森山良子さんも大貫妙子さんも、先人たちのすごさがわかりますね。

美雨さんの声は、生きていること、呼吸すること、喋ること、歌うことっていうのが繋がってる。(小沼)

―小沼さんから見た坂本さんの声や歌の魅力っていうのは、どんな部分に感じていらっしゃいますか?

小沼:新しいアルバム(2014年にリリースされた『Waving Flags』)を聴いて、いろんな意味で「すごいな」って思いました。まず広がりがあるんですよね。もちろん真っ直ぐにも届く声で、「この声には宛先がある」って感じるんだけど、決してそれだけで終わっていない。もっと膨らみがあって、目の前の人だけじゃなく、周りの人たちにもちゃんと聴こえるような、そういう声ですよね。さっきハーモニーの話をしていたでしょ? それで腑に落ちたのは、子どもたちがコーラスで歌ってる。そんな届き方をするっていうのかな。子どもたちの歌って「これを伝えたいから歌ってるんだぜ」とか、表現という気はあんまりなくて、生きていること、呼吸すること、喋ること、歌うことっていうのが繋がっていると思うんだけど、美雨さんの声はそれに近い感じ。表現者としての出しゃばり感があまりないっていうか(笑)。

坂本美雨

坂本:まさしく、そう思いながら歌ってるのでびっくりです(笑)。でも、それがコンプレックスだった時期もあったんです。特に日本の音楽業界の中では伝わりづらいし、パンチのある歌のほうが認められやすいから、自分にはそれが足りないって。でも、やっぱり自分が好きな歌は、エゴイスティックな気持ちが少ないもので、「音楽そのものになりたい」っていう感じのものなんです。ライブで歌うことも、好きになれたのはここ数年で、昔は「なんでみんな自分の方を見てるんだろう?」って思ってて。自分はただどこかにある音楽を、身体を通して歌っているだけのつもりなのに、お客さんはみんな私の表情や服装を含めて、「これが坂本美雨なんだ」という感じで見てる。ありがたいことなのに、最初は違和感がありましたね。

小沼:ある種の音楽家たちって、みんな同じ気持ちなんじゃないかと思うんです。坂本龍一さんもそうだと思うしね。あと新しいアルバムでもう1つすごくいいのが、もちろん美雨さんがフロントに立っているんだけど、アンサンブルなんですよね。いろんなアンサンブルの響き方が全体としてあって、一曲一曲のアレンジも全然違うし、それは作り手の蓮沼(執太)くん(『Waving Flags』のプロデューサー)のセンスもあると思うけど、大体ドラムセットあんまり使わないでしょ? そこがまたいいんだ。ドラムセット使うと、どの曲も響き方が同じになっちゃうから。

坂本:たしかに、今回ドラムが入ってる曲でも(伊藤)大地くんがすごく歌に寄り添って演奏する人で、やっぱりエゴが少ない人なんですよね。

―それは、合唱団の話とも通じる部分かもしれませんね。

坂本:そうかもしれない。自分自身の表現がどうとかじゃなくて、今このハーモニー全体の中で、どこが一番大事なのかっていうことを、無意識に気にするようになっていたのかもしれないです。

右:小沼純一

―自己主張をするタイプの歌と、アンサンブルの歌があって、日本の伝統音楽は言ってみれば、アンサンブルタイプの歌が主流ですよね。

小沼:そうですね。あと付け加えるとするなら、「弾き語りっぽい人たちの歌」っていうのがあって。中島みゆきさんとかそうですけど、言葉がすごく重要で、そこから歌になっていく。かといって、それは自己主張ではなく、アンサンブルとしてでもなく、歌うことが表現と結びついているんだけど、それがすごく生理的っていうか、歌が身近な人。その3タイプがあるのかもしれない。

坂本:私、中島みゆきさんと玉置浩二さんは天才だと思っていて。もう、歌そのものが人を超えているというか、その人を表現するための歌じゃない。言ってみれば、「歌そのもの」っていうか。歌に身を捧げている人たちだなって、すごく思いますね。

ホントに体が楽器になっている人の声っていうのは、耳だけじゃなくて、全身で聴くものだと思うので、そういう体験をしてほしいと思います。(坂本)

―あらためて、『Traditional+』自体のことも聞かせてください。今回で5回目の開催となりますが、なぜ「声」をテーマに選んだのでしょうか?

小沼:1回目は笙と箏と琵琶、前回は尺八を取り上げたんですけど、日本の音楽では「声」がすごく重要なのに、なぜか楽器ばっかりやってきたから、やっぱり声をやらなければ、というのが基本です(笑)。じゃあ、何をやろうかって考えたときに、聲明は仏教から来ていて、一種の宗教音楽ですよね。一方で、謡曲というのは、能や狂言という舞台の音楽で、そこにもっと大衆に近い歌である民謡を取り上げようと思って。ただ、それだけだとちょっと閉じちゃうというか、「お勉強」になっちゃうから、みなさんが親しんでるポップスも入れようと。それで、声そのものを生かす歌を考えたときに、美雨さんにお願いしようと思ったわけです。

『和の魅力発見シリーズ Traditional+【vol.5】 Voice Surfing 声の系譜』チラシ
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―この4つの音楽に、1本の線のような繋がりを感じているということでしょうか?

小沼:もちろん、引き継がれてきたものはあると思うんですけど、1本の線というよりは、この日本列島の中でのあり方というか、単に伝統だけじゃなくて、今も普通に生活の中で関わっている人がいるわけですよね。お坊さんがお経を唱えるのは聲明とつながっているし、能楽堂でお能に触れている方もいる。ただ、能でも歌舞伎でも、みんな芝居として観ていて、音楽としての言及ってあんまりないんです。なので、音楽としてちゃんと聴いてみようよ、っていうのもありますね。

―ちなみに坂本さんは、これまでこういった日本の伝統音楽に触れられた経験はありますか?

坂本:あんまりないんです……特に、10代はずっとニューヨークだったので、すごく遠いものでした。小さい頃、父のアルバムに沖縄民謡の古謝美佐子さんとかが参加されていたことがあって、それが一番古い民謡の体験かもしれません。

坂本美雨

小沼:『ネオ・ジオ』(1987年にリリースされた坂本龍一の7thアルバム)のあたりだね。それこそ、矢野さんも1~2枚目で民謡みたいな曲を歌っていましたよね?

坂本:母の古い曲、あんまり知らないんです……じつは(笑)。

小沼:古いのもいいんだよ(笑)。その頃の僕は高校生で、当時、山下洋輔さんなんかが「矢野顕子がすごい」って言っていたのは、「ピアノを弾きながら、民謡みたいなのも歌えちゃうんだぜ」っていう感覚があったからだと思う。あんな風な形で、民謡を現代に生かせるんだって、みんな驚いたんです。確か矢野さんって、生まれは東京だけど、東北にいたんですよね?

坂本:小さい頃は青森にいました。

小沼:矢野さん私よりちょっと上ですけど、その頃ってまだ東北なんかでは民謡が普通にあって、身近に感じていたんじゃないかなって。

坂本:青森のおばあちゃんは津軽三味線をやっていて、プロとかではなかったんですけど、家でも結構弾いてたと思うので、そういうのもあるかもしれないですね。

左から:坂本美雨、小沼純一

―では最後に、『Traditional+』に向けての一言をいただけますでしょうか?

坂本:今、レコーディング技術で声ってどうにでもなっちゃいますけど、実際の人間が出している声の響きの魅力っていうのは、生で聴いたときに全然違う体験になると思うんです。ホントに体全体が楽器になっている人の声っていうのは、耳だけじゃなくて、肌とか、全身で聴くものだと思うので、そういう体験をしてほしいと思います。

小沼:声の響きって、録音されたものでわかることももちろんあるんだけど、同じ空間で、間近でビンビン響くっていうのが面白いし、すごいと感じられるところだからね。

坂本:オリンピックとかもそうですけど、身体の芸術というのが日本人はもともと好きだと思うので、スポーツとかと同じように、目の前で感じると全然違うと思うんです。なんだかわからないけど、体が震えて泣いてしまうような、そういう体験が、きっとあるんじゃないかと思いますね。

イベント情報
東京発・伝統WA感動『和の魅力発見シリーズ Traditional+(トラディショナルプラス)【vol.5】 Voice Surfing 声の系譜』

2014年9月7日(日)OPEN 15:30 / START 16:00
会場:東京都 表参道 スパイラルホール(スパイラル3F)
出演:
[パート1]パフォーマンス & レクチャー
聲明:室生述成
謡曲:観世喜正
民謡:木津茂理
ポップス:坂本美雨、国広和毅(ギター)
[パート2]トーク&委嘱新作発表
アーティストトーク:
室生述成、観世喜正、木津茂理、坂本美雨、伊左治直、小沼純一
パフォーマンス:
Traditional + 委嘱新作 伊左治直作曲『ユメノ湯巡リ声ノ道行』
出演:室生述成、観世喜正、木津茂理、坂本美雨
※内容は変更になる場合があります
料金:一般2,000円 学生(高校生以下)1,000円
主催:東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)、東京発・伝統WA感動実行委員会

プロフィール
坂本美雨 (さかもと みう)

1980年生まれ。1990年に音楽家である両親と共に渡米。ニューヨークで育つ。1997年「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義でデビュー。以降、本名で音楽活動を開始。2013年初のベストアルバム『miusic - best of 1997~2012』を発表。音楽活動の傍ら、演劇出演、ナレーション、執筆も行う。東京FM系全国ネット『坂本美雨のディアフレンズ』(月~木11時)パーソナリティを担当中。ニューアルバム「Waving Flags」発売中。動物愛護活動をライフワークとし、大の愛猫家である。

小沼純一(こぬま じゅんいち)

音楽を中心にしながら、文学、映画など他分野と音とのかかわりを探る批評を展開。現在、早稲田大学教授。音楽・文芸批評家。著書に『武満徹 音・ことば・イメージ』『ミニマル・ミュージック その展開と思考』『オーケストラ再入門』『映画に耳を』他多数。編著に『武満徹エッセイ選』『高橋悠治対談選』『ジョン・ケージ著作選』ほか。NHK E テレ『スコラ 坂本龍一音楽の学校』のゲスト講師としても出演。



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