欧州で建築家として成功した異色の男 田根剛インタビュー

坂本龍一とのコラボレーション、渋谷慶一郎のボカロオペラ『THE END』の世界初演など、最先端のテクノロジーとアートを融合した作品発表で知られる山口情報芸術センター[YCAM]には、同施設で発表される作品・プロジェクトの研究開発を行うチーム、YCAM InterLabがある。メディアアートや情報技術の専門スタッフが常駐し、各国から招聘されたアーティストのサポートをしながら、作品を作り出す制作体制は国際的にも高く評価されている。

さて、YCAM InterLabが2010年から取り組んでいるプロジェクトに「Reactor for Awareness in Motion(RAM)」がある。コンテンポラリーダンサーの安藤洋子との共同開発となるRAMは、ダンサーの即興的な動きをコンピューターが瞬時に読み取り、そこから得たデータを映像としてパフォーマンスするダンサーにリアルタイムに提供、生身の身体と情報の相互的なやり取りによって、新たなダンス創作の可能性を探るというものだ。

約5年にわたって研究を進めてきたこのプロジェクトの1つの成果が、1月24日と25日に舞台作品として発表される『Dividual Plays―身体の無意識とシステムとの対話』だ。実際に観客を招き入れ、RAMが切り拓く未知の領域を「作品」として提示するという。

今回、同作の空間構成として参加する建築家の田根剛にSkypeでインタビューする機会を得た。パリを拠点として国際的に活躍するだけでなく、昨年末、東京青山のスパイラルガーデンで展示された『Light is Time』では、6万5000個の腕時計部品を使い、圧倒的な迫力と思索の深さを兼ね備えたインスタレーションを作り出したことでも話題になった田根に、本作にかける思いを聞いた。

「建築とは何か?」を考えた先に見えてきたのが、「人が集まる場所を作る」ということ。でもそれって、本当にシンプルな古代から続く建築のあり方なんです。

―田根さんがこれまで手掛けた仕事の中でも『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』は異色の作品だと思うのですが、そもそもこの作品に参加したきっかけは、何だったのでしょうか?

田根:ダンサーの安藤洋子さんから、直接オファーを受けたんです。もちろん、安藤さんがダンスコンセプト&ディレクションとして「Reactor for Awareness in Motion(以下RAM)」プロジェクトをYCAM InterLabと立ち上げていたのは以前から知っていたのですが、実際に作品を観たこともなかったですし、個人的にものすごく忙しい時期だったので躊躇はあったんですよ。

―田根さん、今もお忙しいですよね。

田根:オファーをいただいたときは、15、6件くらいのプロジェクトが同時進行していたので、興味はあるけど「絶対に余裕ないぞ」と思ったんです。でも、その一方ですごく魅力的でもありました。建築の仕事で自由に時間を使って実験をやらせてもらえる機会なんてありませんから。「身体とシステム」というテーマも、以前から自分が考えていた「情報化」や「概念化」というテーマとつながりがあって、考えないといけないこともたくさんある。大変だけどやりがいは確実にあるなと。

―田根さんは経歴も異色ですよね。高校時代はジェフユナイテッド市原のユースチームで頭角を現し、チームメイトには元日本代表の佐藤寿人さんや阿部勇樹さんもいたとか。サッカーを離れた後、大学から建築に進んだそうですね。

田根:建築はたまたま始めたんですよ(笑)。

安藤洋子(左)、田根剛(右) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
安藤洋子(左)、田根剛(右) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

―でも「たまたま」で始めた建築で、情報化や概念化という考え方に辿り着いた経緯はやっぱり珍しいのでは(笑)。

田根:考えが明確になってきたのは、自分で建築設計事務所DGT(DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS)を立ち上げてからですね。「建築とは何か?」を考えた先に見えてきたのが「場所を作る」ということで。でもそれって、本当にシンプルな古代から続く建築のあり方なんです。「人が集まるために場所を作る」ってことですから。その一方、20世紀は世界中のあらゆる場所に「空間」を作ることが技術的に可能になった。

―空間、ですか?

田根:20世紀は「ビルディング」というそれまでの時代にはなかった空間が生まれました。同じ場所で、10階建てでも50階建てでも自由に空間の量を調整できる。つまり場所の固有性とほぼ関係なく、空間が量産できるというシステムが生まれたわけです。そのような歴史を踏まえたとき、建築家は、どんなチャレンジができるかを考えなければいけない。そこで自分が行き着いたのが、失われた街の記憶や文化を引き継いで場所を作るということでした。たとえば、世界遺産のある場所にどうしてあんなにたくさんの人が行くのかといえば、やっぱりそこに絶対的な価値があると認めているからなんですよね。

―失われたものや記憶に言及する手法として、実際には建築を建てず、あるいは代替物によって概念的な建築を提案するやり方もありますよね。でも、DGTは旧ソ連時代の遺物である軍用滑走路と一体化して設計されたエストニア国立博物館(2016年完成予定)など、あくまでも具体的な建築、場所を作ることに力を入れているのが面白いです。

『エストニア国立博物館』提供:DGT
『エストニア国立博物館』提供:DGT

田根:実際に建てないと仕事がなくなってしまいますから(笑)。個人的には、言語化・理論化すること以上に、具体的なものがないと後世に残っていかないとも感じています。エストニア国立博物館は、エストニアという国家が再建しようとしているナショナルアイデンティティーとしてのミュージアムと軍用滑走路を一体化することで、負の歴史を抹消するのでもなく、無視するのでもなく、未来に引き継ぐために、引用というかたちを取らずに即物的にぶつけるというのがコンセプトでした。そしてナショナルミュージアムの完成後、その場所がどのように使われ、どんな情報を発信していくのか。それによって新しいあり方が生まれるかもしれない、という提案でしたね。

建築は、目の前にある土地の歴史、気候風土、光の変化なども含めて、環境の中にある膨大な情報をどうやって物質化するのかということでもあるんです。

―実際、RAMは複雑なプロジェクトですよね。ステージ上のダンサーの動きをリアルタイムにデータ化し、映像としてダンサーの視覚にフィードバックして新しく振付を生み出すというのは。技術的な難しさはもちろんですが、システムのオープンソース化、安価なキットを開発しての若手振付家の育成も視野に入っている。説明を受けてどんな印象を受けましたか?

田根:僕の理解としては、ものすごく膨大な情報が含まれている「環境」というものと、ダンサーという1つの「情報」が頻繁に交信することで、どういったものが生まれるのかを探る実験なんだと思いました。GPS情報や購買記録といったビッグデータも「環境」の一種だと思いますが、そういった環境をどうやって情報化するのか。そして情報化されたものは、われわれの環境にどのような意味を持つのか? っていうのが、最初の印象ですね。

『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

―「環境と情報の交信」というコンセプトは、田根さんにとっても問題意識として共有できるものだった?

田根:自分自身ずっと考えていたことだったので、プロジェクトの役に立てるかもしれないと思いました。これは自分の考えですが、建築には膨大なリサーチが不可欠です。1つのプロジェクトで建築は1つしか作らないかもしれませんが、それは膨大な過去の情報を掘り返し、1つの建築に置き換える作業でもある。目の前にある土地の歴史、気候風土、光の変化なども含めて、環境の中にある膨大な情報をどうやって物質化するのかということでもあるんです。

刹那なものというか、目の前で起こっていることがどんどんなくなってしまうという魅力が、舞台芸術にはあるんです。

―今回の『Dividual Plays』に限らず、田根さんは舞台美術の仕事も多く手掛けています。ダンスカンパニーNoismの金森穣さんとは、同カンパニーの処女作である『SHIKAKU』の美術を担当されて以降、コラボレーションを重ねていますね。

田根:本当にラッキーだったと思います。それまでダンスの舞台なんて、ヨーロッパで1、2回観たくらいでまったく知らない、しかも大学を出たばかりの新人にいきなり声をかけていただいたわけですから。先日金森さんと対談したときも「直感でした」とおっしゃっていましたね。

写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

―その対談で、田根さんは最近舞台をよく観ていると言われていました。

田根:『SHIKAKU』をやって初めて、舞台芸術という自分の人生をくつがえすような世界があることに気づいたんです。それは美術館で何かを観る以上に大きい体験で、「パフォーミングアーツすごい!」と思ったんですが、でもそういう出会いって100回に1回くらいしかないんですよね。

―わかります、わかります(笑)。

田根:刹那なものというか、目の前で起こっていることがどんどんなくなってしまうという魅力が、舞台芸術にはあるんです。

―その刹那性は、田根さんにとってすごく大きかったですか?

田根:建築はその真逆だから大きいですね。エストニア国立博物館は2006年のコンペから10年かけて間もなく完成しますが、舞台作品は3、4か月という濃密な時間の中で作るものでしょう。それから何百人、場合によっては何千人というお客さんが1つのものを同時に観るという、ある種の祝祭的な経験は建築では得られないものですよね。

『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

―でも建築と舞台を比べると、建築のほうが最終的に関わる人の数は多いですよね。数百万人、場合によっては数億人が完成後に訪れる。それに比べると、舞台って1回の公演で限られた人しか観られないという制約があります。そのスケールの違いは舞台芸術の不利な部分ではないでしょうか。

田根:劇場のキャパシティーの制約はありますよね。でも、たとえば個人住宅であれば、家族4人が長い時間をかけて1万人分の空間を使うとも言えるので、一概にどちらが有利不利とは言えないです。逆に言えば、キャパシティー1000人の劇場で濃密な1時間を体験する舞台芸術の時間軸やドラマを、建築ではぐーっと引き延ばしている。この時間感覚は、建築にも置き換えられると思います。

―舞台芸術と建築に共通するのはドラマなんですね。

田根:劇的という意味ではなくて、ある段取りの中で人が何を感じるか、という意味でのドラマですね。もう1つ舞台芸術の仕事で発見したのは、「時間」と「空間」がまったく分かれていないということです。近代建築は、鉄、ガラス、コンクリートといった匿名性の高い素材を使用することで建築から固有性や時間の概念を排除してしまったけれど、舞台芸術に関わることでこの2つが密接だということにあらためて気づきました。舞台をやっている方からすれば「当たり前だよ!」って言われるでしょうけどね(笑)。

コントロールされているからこそ見えてしまう、人間としての生理や感情的な部分。溢れ出してしまう人間らしさのようなものを、お客さんに感じてもらえたらいいな、と思っています。

―『Dividual Plays』の内容についても伺います。田根さんは作品に対して、具体的にどのような関わり方をしていくのでしょうか?

田根:おおまかに言えば、舞台空間を構成する役割でしょうか。でも、舞台装置を作るわけではないんです。情報やシステムも含めて、様々な要素をどのように構成していくのかが、自分に求められている仕事だと感じています。

『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

―今作品は映像によるダンサーへのフィードバックも作品の重要な要素になっていますが、田根さんが行う空間構成デザインは、観客に向けられているのですか? それとも演者ですか?

田根:最終的にはお客さんですね。じつはYCAMに来て3日目で、初めてチーム全員が集まったところなので、実際にどんな風に舞台が見えるのかは、今から始まる段階なんです(笑)。とはいえ、これまでもワークショップや実験をYCAM InterLabの皆さんと重ねてきて、「YCAMだったら何でもできるよ」という周囲の噂を実感しているので不安はないです。とにかくものすごいスピードで物事が進むんですよ。「こんなことをしたい」と言うと、1時間後にはできてしまうくらいで、このまま自分の事務所にスタッフを連れて帰りたいと思うくらい。世界中のアーティストと共作してきた蓄積があるからなのか、物事の理解力、アーティスティックなセンスも兼ね備えていてビックリします。ただ、YCAMだからできるものに寄りすぎてしまうと、別の場所での再現性が限られてしまうので、基本となる舞台構成は普通にしています。それも逆にチャレンジングではありますね。

―「普通」というのは、客席と舞台の関係が、ということですか?

田根:古代から続く舞台の形式、正面性があるということです。

『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

―客席から観て、舞台を額縁で区切るように正面性を示すというのは、視覚的なものとして強く意識されるということですね。

田根:そうですね。これから作り始めるので、予測や期待の話になってしまいますが、「こういうものが見えたらいいな」というものはあります。圧倒的にコントロールされているんだけど、だからこそ見えてしまう、人間としての生理や感情的な部分、溢れ出してしまう人間らしさのようなものを、お客さんに感じてもらえたらいいな、と思っています。それは、今作品のサブテーマになっている「無意識」の話にもつながるんです。

―無意識ですか?

田根:今回、安藤洋子さんが取り組もうとしているのは、ダンサー個人の意識を全部外して……逆に言えば、意識が個人に属さずに「情報としてある」状態を作り出すことなんです。その情報をキャッチするために、ダンサーの反応が起こる。そうすると、何も意識しなくてもパフォーマンスが起こるんですけれど、それはただ無意識の動作がパフォーマンスになるだけではないんです。RAMのシステムは、無意識に起こる動作や判断もすべてリアルタイムにデータ化し、映像に変換出力することが可能なので、おそらく無数の無意識同士が干渉し合って、何かしらの変化が起こる。そして予想もしなかった「バグ」が発生し、当初設定していた臨界値を超えたときにプロジェクトは次のステージに行けるはずだ、とチーム内で話しています。その何かが変わった瞬間がお客さんに伝わればいいなと。

「感情というのは情報だ」という安藤さんの名言があって、人が何かを感じる状態というのは情報なんですよね。

―RAMは2010年から続くプロジェクトで、すでに5年目を迎えたわけですが、今回の作品が終着点ではない、ということでしょうか?

田根:作品発表ではありますが、プロジェクトが変化していく場自体を見せるプレゼンテーションでもあると思っています。「感情というのは情報だ」という安藤さんの名言があって、人が何かを感じる状態というのは情報なんですよね。

『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
『Dividual Plays—身体の無意識とシステムとの対話』稽古の様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

―情報というのは、データとはまた違うものなんでしょうか?

田根:たとえば、デジタルデータの0や1に数値以上の意味はないですけど、膨大なデータが集められて、人間がキャッチできるものになると意味が生まれる。意味を持ったデータの羅列が「情報」なんです。あいうえおの五十音はデータだけれども、「おなかすいた」みたいな組み合わせになると情報化されて、初めて人はコミュニケーションが取れる。それがデータと情報の違いです。

―文脈や意味が現れたときにデータは情報になるということですね。その発想は建築の仕事をする中で見つけてきたものですか?

田根:ずっと考えてきたことですね。「場所の記憶」についてよく考えるのですが、それは「文化としての意味=情報」のことでもあるので、場所の記憶を建築に翻訳できるかというのが、自分の仕事の大きなミッションでもあります。

―それは、場所が持っている固有性を編み上げていくということでしょうか?

田根:歴史文化遺産を見に行ったりするとガイドさんが建築について詳しく教えてくれるじゃないですか。歴史的な意味や、建造されて何百年経っているとか。それは、言葉を通して「文化としての意味」を伝えようとしているわけです。建築はそこに価値があると思います。現代のビルディングには空間も機能もありますが、伝えられる情報と言えば「○○ビル」という名称、記号くらいしかない。それでは後世に残る価値を持てません。

写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

―建築の価値は、場所との関係性にある。

田根:さらに言うと、現代は情報量が多過ぎて、データのように情報すらも均一化してしまう。膨大な情報が溢れている中に、新しい情報を加えても、海面に水滴を1滴落とすみたいに、均質な中に消えてしまう。そういう状況で、どうやったら効果的に情報を取り出せるのかというのが、もう1つの関心事です。舞台芸術がお客さんに強い印象を与える何かを立ち上げることができるのも、強い情報なり、深い情報なり、いろんな種類の情報を扱っているからではないかと推測しています。

―なるほど。田根さんは建築家という仕事はどういうものだと思っていますか? たとえば小説家とか語り部とか、別の職業に言い換えることができますか?

田根:大学の講義で学生に伝えているのは、建築家はデザイナーではないということです。「深化」と言ってるんですけど、誰かのために、場所のためにどれだけのことを考え尽くせるか、それを1つの概念に置き換えられるか、それが建築家の仕事です。優れた設計を作るならエンジニアに負けるし、カッコイイ造形を作るならデザイナーには勝てない。建築家の専門性というのは、考える力がどれだけあるかということなんですね。自分は正しいもの、前進するものにあまり価値を見出していないので、むしろ何かを深める、何かとつなげる、何かを受け継ぐことを重視しています。

イベント情報
YCAM InterLab + 安藤洋子
Reactor for Awareness in Motion(RAM) 2014-15公演
『Dividual Plays―身体の無意識とシステムとの対話』

2015年1月24日(土)、1月25日(日)全2公演
会場:山口県 山口情報芸術センター[YCAM] スタジオA
プロジェクトディレクション:YCAM InterLab
ダンスコンセプトディレクション:安藤洋子
プログラミングデバイスデザイン:大西義人、神田竜、ひつじ
研究開発コンサルティング:筧康明(慶應義塾大学)
ダンス:川口ゆい、小㞍健太、笹本龍史(METHOD B)

スペシャルコラボレーター:
空間構成:田根剛(DORELL.GHOTMEH.TANE/ARCHITECTS)
音楽・サウンドプログラミング:evala

ポストトーク
2015年1月24日(土)、1月25日(日)の公演終演後
会場:山口県 山口情報芸術センター[YCAM] スタジオA
出演:
YCAM InterLab
安藤洋子
田根剛
筧康明
ほか

ゲストレクチャー
『超身体・脱身体・融身体』

2015年1月25日(日)16:00~(予定)
会場:山口県 山口情報芸術センター[YCAM] スタジオA
講師:稲見昌彦(慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)

プロフィール
田根剛 (たね つよし)

1979年、東京生まれ。2006年、パリにて建築設計事務所DGTをダン・ドレル、リナ・ゴットッメと共に設立。現在建設中の『エストニア国立博物館』(2016年完成予定)をはじめ世界各国でプロジェクトが進行中。2012年には新国立競技場国際設計競技で「古墳スタジアム」がファイナリストに選ばれ国際的な注目を集めた。『ミラノ・デザインアワード』2部門受賞(2014年)など多数受賞。



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