岩井俊二監督が切実に訴えかける「日本はガラパゴスじゃない」

紀里谷和明監督のハリウッド進出作『ラスト・ナイツ』。これまでの日本人監督ではあり得なかったような豪華キャストとスケール感で生み出された本作には、横綱・白鵬をはじめ、江口洋介、GACKT、戸田奈津子、武論尊など、紀里谷監督の交流関係をうかがわせる各界の著名人たちが、惜しみない賛辞のコメントを寄せている。その中で一人、ともすれば意外にも思える人物がいた。映画監督・岩井俊二である。あらゆる意味で対照的な作風を持ちながら、実は旧知の間柄であるという二人。岩井監督は、いつ頃どんなふうに紀里谷監督と出会い、親交を温めて来たのだろうか。そして岩井監督は、紀里谷監督の『ラスト・ナイツ』を、どのように観たのだろうか? 岩井監督に話を聞いた。

紀里谷監督は生き様が武闘派ですよね(笑)。でも「僕は違うんですけど」というわけでもなく、一致する思いも大きいんです。

―ちょっと意外に思う人がいるかもしれないので、改めて岩井監督と紀里谷監督のご関係からお聞かせいただけますか?

岩井:彼からはときどき「先輩!」と呼ばれますが、基本的には友達ですね。監督同士って会う機会が多くないのですが、海外で活動する日本の監督同士というのもあって意外と仲が良い仲間です。アメリカの大学で映画の勉強をして、そのまま向こうでやっている人は結構いるんですけど、僕らみたいにいったん日本でプロとして確立した状態からアメリカに渡る人は、あんまりいないんです。少なくとも、僕のまわりには、紀里谷さんと北村龍平監督(『あずみ』『ルパン三世』など)ぐらいしかいなかった。で、みんなロサンゼルスに住んでいたので、現地で仲良くなりました。ときどき電話して「暇? 飯でも食おうか?」っていうような間柄です。

―岩井監督がロスに拠点を移されていたのって、いつ頃の話でしたっけ?

岩井:僕は東日本大震災のときに日本に戻ってきたので、それまでの5年間ぐらいはロスに住んでいました。

―紀里谷監督や北村監督は、その頃に親しくしていた「監督仲間」みたいな感じであると。

岩井:そうそう。ロスにいる日本人同士って、割によく会うんですよ。向こうに住んでいる役者さん……真田広之さんや桃井かおりさんも含めて、「ロスコミュニティー」みたいなものがあって。

―ということは、紀里谷監督とは、ロスで初めて会ったのですか?

岩井:いや、初めて会ったのは日本です。たまたま違う現場を見に行ったら、そのとなりで『GOEMON』(2009年)の撮影をやっていて。江口(洋介)くんや大沢(たかお)くんと友達だったので、ちょっと激励に行ったときに、紀里谷さんを紹介されました。そのときはホント挨拶程度で、その後ロスに行ってから、だんだん仲良くなっていった感じです。

岩井俊二
岩井俊二

―紀里谷監督も北村監督も、割とアグレッシブなタイプの監督というか、岩井さんとは対照的な印象ですが、意外にウマが合ったりするんですか?

岩井:ウマが合うっていうと、ちょっとあれですけど……まあ二人とも生き様が武闘派ですよね(笑)。でも「僕は違うんですけど」っていうわけでもなく、同じ業界で生きているので、作風の違いはあれど、それよりも一致する思いのほうが大きいんですよね。特に外国に行くと、そこでやることの苦労もあるので、その部分を理解し合える仲間というか。

―岩井監督から見た紀里谷監督って、どんな感じの人なんですか?

岩井:まあ、非常に個性的というか、濃い個性を持った人ですよね(笑)。最初は本当に言動が……何て言うのかな、しゃべりっぷりは男なんですけど、言っていること自体は、オネエ系の人がしゃべるような感じというか。

―どういうことでしょう?

岩井:言いたい放題っていうのかな。オネエ言葉だと聞き流せるけど、彼は男言葉でしゃべるから、最初は「何だ、こいつ?」って感じでした(笑)。ただ、悪気があって言っているわけじゃないってことがわかってきたので、そこはだんだん慣れました。まあ、そういう性格だからこそ、ここまで来れたんだろうし。一番驚いたのは、昔から映画監督を目指していたわけではなくて、いろんなキャリアを積み上げていく中で、途中から映画監督をやろうと志したというところですね。

『ラスト・ナイツ』 ©2015 Luka Productions
『ラスト・ナイツ』 ©2015 Luka Productions

―もともとは、プロの写真家として、キャリアのある方でしたよね。

岩井:映画監督になって、1本目が『CASSHERN』で、2本目が『GOEMON』で、3本目が『ラスト・ナイツ』でしょ? スケールといい、世界観といい、常人には実現不可能な企画だったと思うんです。そこには才能もバイタリティーも必要だし、まわりの雰囲気を見て、いろいろと気を遣いながらキャリアを積み上げようとすると、永遠に達成できない企画だらけだったと思う。そこを一気に駆け上がったのは、非常に正しかったんじゃないかと感じるし、そこには彼の性格が幸いしていたような気もします。もちろん、彼一人の力だけではないでしょうけど、彼を応援してくれた人たちも含めて、そこまでやり遂げたのは、本当にすごいことだと思います。

日本人って、自分たちをガラパゴスと言っている発想自体がガラパゴスだと思うんです。

―岩井監督も『ニューヨーク、アイラブユー』(2010年)や『ヴァンパイア』(2012年)など海外で映画を撮られています。海外で撮る理由について、改めて教えていただけますか?

岩井:まず、日本で映画を作る理由が、日本しか知らないからということだけだと、あまりにも見識がなさすぎるような気がするんですよね。「本場を見たことがありません」だと、ちょっとみっともないというか、お客さんの前に立てない気がするので、そこは基礎として知っておいたほうがいいんじゃないかと。日本じゃないところでやるメリットとデメリットがある中で、それでも敢えて日本にこだわって作るならいいんですけどね。

―なるほど。

岩井:20代の頃から、40代はアメリカ、50代は中国に拠点を置こうと決めていました。いろんな世界で映画を撮ってみたかったし、世界を視野に入れた状態でもの作りをしたいなと思ったんです。その中で、日本で作ることもあるだろうし、またアメリカでやるときもあるだろうけど、ここ5年ぐらいは中国を見据えていろいろ勉強したり、準備しているんですよね。そこに紀里谷さんや北村龍平さんを巻き込もうとしています。やっぱり、これからの時代に中国を無視することはできないので。こういった話も、日本にいる人たちとはなかなかしづらいんですよね。アメリカまで行って、見て知っている仲間だから、自然と「中国、面白くなってきたよ」という話もしやすいという。

―日本の映画業界には、そういう話をしにくい雰囲気があるのですか?

岩井:いや、そこはちょっと僕にはわからないですけど、実際アメリカに行ったら、紀里谷さんと北村龍平さんの二人しか現地にいなかったってことですよね。もちろん、インディーズの監督はいましたけど、ある程度知名度のあるところで言うと、その二人だけ。もっといっぱいいるのかと思っていたら、意外と誰も来ないんだなというか、それでいいんだろうかというのは、ちょっと思いましたね。

岩井俊二

―なるほど。

岩井:それも経験だと思うんですけどね。まあ、僕の場合は、たまたまアジアの人たちに観てもらえて、自分の作品の提供先が日本人だけじゃなかったことで、急に視野が広がったんです。もちろん今も、世界の全てを知っているわけじゃないけど、いろいろ見たうえでやらないと、どこかで読み間違えるというか。なんか日本人って、ともすると世界に通用しないんじゃないかと思っている節があるじゃないですか。自分たちをガラパゴスと言っている発想自体がガラパゴスだよねっていう。

―ああ、別に海外の人は日本のことを「ガラパゴス」と言ったりしないですもんね。

岩井:日本は島国で、他の世界と違うと思い込んでいるかもしれないけど、世界から見た日本って、極めて平凡かつ平均的な国であって、別に何の個性もないんですよね。シリアみたいに戦争や内紛が起きて、国民の多くが逃げ出してるようなことも含めて世界なわけだから。

日本には言わば二千年近い歴史と物語のストックがあって、それを知っている人が世界にほとんどいない。ある意味すごいコンテンツの宝庫なんです。

―そんな岩井監督は、紀里谷監督の『ラスト・ナイツ』を、どんなふうにご覧になりましたか?

岩井:まず単純にすごいなって思いました。これをちゃんとオーガナイズできたことがすごいことだし、それを経験できたことも今後に活きると思います。ただ、そんなに驚きはしなかったかもしれない。海外のチームは非常に優秀なので、ある程度下支えの部分があって、ここまでのものを作ることができたんだろうし。とはいえ、外国人のスタッフは結構雑な部分もあるので、かなり緻密な打ち合わせをし続けないと、ここまで持って来れなかったとは思います。

―『ラスト・ナイツ』はカナダ人が「忠臣蔵」を題材にした脚本を紀里谷監督に送ったところから始まったということですが、このテーマ性についてはいかがですか?

岩井:赤穂浪士の話をやったというのが、いいですよね。十字軍がどうしたとか、ネイティヴアメリカンと騎兵隊の話、あるいはアメリカの連続殺人鬼の話なんかは、僕よりも街を歩いているアメリカ人たちのほうが、よく知っているわけです。それを日本人が唐突に作っても、何かボケたものにしかならない。ところが、織田信長の話を知っている人はアメリカには誰もいないわけですよ。

『ラスト・ナイツ』 ©2015 Luka Productions
『ラスト・ナイツ』 ©2015 Luka Productions

―「本能寺の変」とか、アメリカ人は知らないでしょうね。

岩井:知らないですね。そう考えると、日本には言わば二千年近い歴史と物語のストックがあって、しかもそれを知っている人が、世界にほとんどいないという。だから、ある意味すごいコンテンツの宝庫で、なんでも持って行けば形になるのになというのは、ずっと思っていたんですよね。まあ、僕が撮るものとはちょっと違うかもしれないけど、とにかく可能性があるなと。そういう意味では、まさに赤穂浪士をこういう騎士ものに変えて、海外仕様に成立させることができたのは、非常に大きな第一歩だったんじゃないのかなと思います。

正義の「正」って、あんまり好きな言葉じゃないんですよね。そうじゃなくて、「義」ってどういう意味なの? ということを改めて問いたい。

―そういう「インターナショナルな打ち出し方」という意味で、今回の『ラスト・ナイツ』は、いかがでしたか?

岩井:紀里谷さん個人のテーマとも関係しているのでしょうけど、そのあたりは、コメントに書かせていただいたとおりですよね。

―「正義とは何か? それは人間の生きる美学だ。欲望のままに増殖し収奪し続ける悪しき強者に対するプロテスタント。弱気を助け強気を挫く。強くなければ生きられないが、優しくなければ生きる資格もないのだ」というコメントですね。

岩井:そう。やっぱり「正義」というのが、彼の根幹のテーマなんじゃないかと僕は思うんですよね。それはやっぱり、今の世界を見て――ISISとかいろいろ不穏な状況になっている中で、じゃあ「何が正義なのか?」と言ったときに、アメリカや連合国側が正義ではないことは、もうみんな知っているわけです。そういう中で何が「正しい」のかではなく、正義の「義」って何だ? ということを、彼はずっと問うているわけです。僕の中にもそれはあるんですけど、正義の「正」って、あんまり好きな言葉じゃないんですよね。それは人によって変わるというか、みんな自分のほうが正しいと思うに決まっているわけだから。

『ラスト・ナイツ』 ©2015 Luka Productions

『ラスト・ナイツ』 ©2015 Luka Productions
『ラスト・ナイツ』 ©2015 Luka Productions

―でしょうね。

岩井:そうじゃなくて、「義」ってどういう意味なの? ということを改めて問うというか。「義を見てせざるは勇無きなり」という言葉がありますけど、赤穂浪士は、まさにそういう話なんですよね。だけど、実は『GOEMON』もそうだし、『CASSHERN』もそうだった。「義を見てせざるは勇無きなり」なやつらの話だったわけです。その三部作になっている。だから、「義の三部作」を彼は作り上げたんだろうと思いますね。

―なるほど。

岩井:まあ、宗教が関係したりして、実は「義」の部分って定義するのが難しいところもあるんですけど。でも意外とひとつの世界基準にはなっていて、それが一番表れているのが映画だと思うんですよね。中東の人でも欧米の人でも、世界の人たちの心を打つものっていうのは、基本的にはちゃんと「義」のある映画だと思うんです。しっかりと「義」が描かれているものに、みんな泣いたりする。人間の本能に訴えかけるというか、それだけは変わらないものとしてあるような気がするんですよね。

『ラスト・ナイツ』 ©2015 Luka Productions
『ラスト・ナイツ』 ©2015 Luka Productions

―確かにある種、普遍的なものとしてあるかもしれないですね。

岩井:動物の映画とかだと、もっとわかりやすいですよね。たとえば、ライオンに食われようとしている鹿の子を、親鹿がかばったりするのを見て、世界中の人は涙したりするわけです。そういう共通している部分ってあると思うんですね。そしてそれが描けるのが映画だっていう。だから、何かわからなくなったとしても、映画における正義というものに頼っていれば、ひとまず大丈夫というか、映画というのはそういう文化だと思うんですよね。

―今の「義」の話とも関連するかもしれませんが、紀里谷さんの映画は、ある意味「男たちの映画」というか、女性がほとんど出て来ないですよね。

岩井:彼は自分でも言っていますけどね。女の子を主役にした映画が作れないみたいなことを。普段は、あんなに女の子が好きなのにね(笑)。

―(笑)。

岩井:女の子がいないと生きていけないような人なのに、なぜか映画になると男の子が主演っていう。でも、それは最初に『CASSHERN』をやったことが関係しているのかもしれないですよね。彼の中で、そこに流れができて、物語が紡ぎ出されるというか。

―紀里谷監督とは対照的に、岩井監督の映画は、女の子が主人公というイメージがあります。

岩井:でも別に、もともと女の子の映画を作りたかったわけじゃないんです。そこを最初の苗床にして、どんどん想像力が広がって、そういう傾向になってしまったというか。結果的に、そっちばかりみたいになってしまっているんですけど、そういうことって結構あるんですよね。だから、紀里谷さんも、そろそろ逆のトライがあってもいいんじゃないかと思います。敢えて男の子だけの世界を封印して、今度は女の子だけの映画を作ったら、どんなものになるんだろう? って。それは、ちょっと見てみたい気がしますよね。

―というと、岩井監督も、そろそろ男の子だけの映画を作ったり?

岩井:そうですね(笑)。まあ企画としては、全然男の子っぽいものも過去には出していたし、もともと男子校出身だったので本当は男子校の映画も撮ってみたいんですけど。そういう意味でも、紀里谷さんの次回作が楽しみというか、次にどう出て来るのかは、非常に気になるところではありますよね。

作品情報
『ラスト・ナイツ』

2015年11月14日(土)からTOHOシネマズスカラ座ほか全国公開
監督:紀里谷和明
出演:
クライヴ・オーウェン
モーガン・フリーマン
クリフ・カーティス
アクセル・ヘニー
ペイマン・モアディ
アイェレット・ゾラー
ショーレ・アグダシュルー
伊原剛志
アン・ソンギ
配給:KIRIYA PICTURES、ギャガ

プロフィール
岩井俊二 (いわい しゅんじ)

1963 年、宮城県仙台市生まれ。1988年よりドラマやミュージックビデオ、CF等、多方面の映像世界で活動を続け、その独特な映像は「岩井美学」と称され注目を浴びる。1993年、フジテレビのオムニバスドラマ『if もしも』の一作品として放送された『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』はテレビドラマとしては異例の『日本映画監督協会新人賞』を受賞。1995年『Love Letter』で映画監督としてのキャリアをスタート後、数々の作品を発表。代表作に1996年『スワロウテイル』、2001年『リリイ・シュシュのすべて』、2004年『花とアリス』、2010年『New York, I Love You』、2012年『ヴァンパイア』。NHK「明日へ」復興支援ソング『花は咲く』の作詞を手がけ、岩谷時子賞特別賞を受賞。2013年、音楽ユニット“ヘクとパスカル”(メンバー:岩井俊二 / 桑原まこ / 椎名琴音)を結成。2015年2月には初の長編アニメーション『花とアリス殺人事件』が公開。最新作映画が来年公開予定。



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