学生ノリからライフワークへ。ラップで人生を刻むパブリック娘。

2013年にメジャーデビューを果たしたtofubeatsが今やトッププロデューサーの一人となり、ネットレーベルの草分け的存在である「Maltine Records」が昨年10周年を迎えるなど、ネット発の日本の音楽シーンもいよいよ成熟期を迎えつつある。メンバー全員が平成生まれ、小中学生の頃からネットに親しみ、大学生になった2008年に結成された三人組のラップユニット、パブリック娘。のデビューアルバム『初恋とはなんぞや』は、そんなネット世代のリアルを刻んだ、ドキュメンタリーのような作品である。

関東近郊で育った三人には延々と語られるべき生い立ちがあるわけではなく、「PUBLIC ENEMYとモーニング娘。の橋渡しを企てる」といういかにも学生ノリなネーミングも、若さゆえのモラトリアムが描かれたリリックも、決して初めから特別だったわけではない。しかし、三人はネットを通じて多くのクリエイターと出会い、大学卒業後は社会の荒波にもまれながらもスキルを磨き、パブリック娘。としてのブランドを築き上げてみせたのだ。「初恋とはなんぞや?」なんてくだらない話で笑いながら、今夜も終わらない夜がふけていく。

楽器は才能ないんだなって思ったんですけど、曲とか作って目立ちたかったから、「じゃあ、ラップだ!」っていう発想だった。(文園)

―パブリック娘。は明治学院大学の音楽サークル「現代音楽研究会」で、三人が1年生のときに結成されたそうですね。

斎藤:明治学院大学にはバンドサークルが4~5個くらいあるんですけど、現代音楽研究会は基本的にみんな自由にオリジナルをやってて、僕達みたいにラップをするやつがいても許されるサークルでした。明治学院では「ソングライツ」っていうサークルが有名で、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTとか、フィッシュマンズがそこの出身。現代音楽研究会は僕らの10個上くらいにおとぎ話がいて、今はYkiki Beatが3つ下の後輩です。あとはSEALDsの牛田(悦正)くんも入れ違いの後輩ですね。

左から:清水大輔、斎藤辰也、文園太郎
左から:清水大輔、斎藤辰也、文園太郎

―資料にあった斎藤くんのバンド解説に「(最近ではSEALDsやテラスハウスで知られた)明治学院大学」って書いてあったけど、この2つの要素を併せ持ったのがパブリック娘。だって言い方もできそうですよね(笑)。

文園:確かに! PUBLIC ENEMYの政治的な側面がSEALDs、モーニング娘。のオーディションシステムはテラスハウスと一緒ですもんね。キャッチコピーを「SEALDsとテラスハウスの橋渡しを企てる」に変えましょう!

斎藤:奥田(愛基 / SEALDsの創設メンバーの一人)くんに怒られるから(笑)。でも、奥田くんも明治学院に入る前に、僕達の動画を見ていたらしいんです。なぜかというと、校舎内でライブしてた映像を文園が勝手に上げてたんで、YouTubeで明治学院を検索すると、僕達の動画が出てくるらしいんですよ。

2009年に明治学院大学で行われた新入生歓迎ライブの模様

―そもそもサークルの中でどうやって結成されたんですか?

文園:僕と清水くんは高校から一緒にバンドをやっていたんですけど、「大学に入ったらクラブとかに遊びに行きたいよね」って気持ちで、とりあえず音楽サークルの新歓の飲み会に行ったんです。

斎藤:そこで誰かが「ヒップホップ好きな人?」って言ったときに、新入生の中でこの三人とあともう一人が手を挙げて。文園が「やるぞ」って言い出したのがきっかけで始まりました。

―文園くんと清水くんはもともとバンドが好きだったわけですか?

清水:僕の音楽人生が開けたきっかけは、中学生のときに聴いたEminemで。高校生のときにKICK THE CAN CREWを聴いて、自分でもラップをやりたいと思って、自分で書いたリリックを友達とメールで送り合うみたいなことをしてました。バンドに関しては、(文園)太郎くんに教えてもらった銀杏BOYZとかを部活でコピーしてましたね。

清水大輔

文園:僕は父親がベースを弾いていたんで、小さい頃から音楽が身近にあって、中高時代はバンドでギターをやってました。それで、「大学に入ったらNUMBER GIRLみたいなかっこいいバンドをやりたい」と思っていたんですけど、サークル入ったらみんな楽器上手いし、父もギターのことはあんまり褒めてくれなかったので、「才能ないんだな」って実感して。でも、曲とか作って目立ちたかったから、「じゃあ、ラップだ!」っていう発想に至りました。

―ちなみに、文園くんは「椎名みかん」っていうハンドルネームでの書き込みでネットではわりと知られていたそうで。

文園:うちの父親がデザイナーだということもあって、僕が幼稚園に入る前からMacintoshが家にあったんです。小学校のときにネットが常時接続になってから、インターネットをやりまくってて、特に2ちゃんねるの「椎名林檎板」と「ニュー速VIP板」で、ひたすら駄文を書き続けて、オフ会にもよく行ってました。mixi(2004年3月サービス開始)とかTwitter(2006年7月サービス開始)も、開設した年からずっとやってたし。

清水:太郎くんに教えられてみんなTwitterを始めるんですけど、今みたいに誰もが使うようになるとは思ってもない頃だったんで「これ面白いの?」って思いながらやってました。

ラップってすごくソウルのある人がやるものだと思ってて、でも自分はそういう人間じゃないから、あきらめてたんです。(斎藤)

―斎藤くんはなぜラップをやろうと思ったんですか?

斎藤:僕も清水と同じで中学でEminemを知ったんですけど、Eminemの日本のファンサイトにあった掲示板にLOW HIGH WHO?(アートディレクターParanelを中心としたクリエイティブプロダクション)のKuroyagiくんがネットにリリックを書いて投稿する「ネットラップ」のことを書いてて。それがきっかけで僕もネットにラップを投稿するようになったんです。その流れで「火星」っていうネットレーベルの走りみたいなものの存在を知ったんですけど、そのころ別の掲示板にはtofubeatsも投稿してましたね。当時はラップをしたいって人がたくさんいて、トラックメーカーは全然いなかったんです。

斎藤辰也

―トーフくんはその中で珍しくトラックも作る人だったと。

斎藤:そうですね。あと火星の人が実際にクラブでイベントもやってたので、そこにお邪魔して、実際ステージにも立たせてもらいました。でも最初はどう声を出していいかもわからなくて、息が続かなかったのを覚えてます(笑)。ただ、大学入ってからもラップをしたいとは思ってなかったんです。

―それはなぜ?

斎藤:楽器が好きだし、BLANKEY JET CITYか、たまみたいなバンドがやりたかった。というのと、ラップってすごくソウルのある人がやるものだと思っていたからですね。自分はそういう人間じゃないからあきらめてたんです。でも文園に誘われたことで、やってみるかという気になったんですけど、ユニット名が「パブリック娘。」になって。「俺がやりたいのはこういうことじゃない!」って当時は思っていました(笑)。最近のインタビューだと「アイドルブームとラップブームがくると思ったから、この名前にしました」とか言ってるんですけど、当時そんなこと(文園からは)プレゼンされてないし。

清水:斎藤くんと僕は「この名前ではマズイ」と思ってました。

―文園くんは?

文園:僕は素晴らしい名前だと思ってました。「これは天からの思し召しだ、華の大学生活が待ってるんじゃないか」って……思ったり思わなかったり(笑)。まあ、大学入ってすぐ組んだので、続けるのかどうかもわからなかったし、最初文化祭に出るときに、タイムテーブルに「パブリック娘。」って出てたら目立つし、面白いかなってぐらいでしたね。

「お前はお前のラップをやるしかない」って昔言われて。だから、僕らのラップはヒップホップのリアルというか……「マイセルフ」ですよね。(斎藤)

―リリックの方向性としては、PUBLIC ENEMYのように政治的なことを書いているわけではなく、学生らしいモラトリアム感が出ていますよね。「女の子と遊びたい」とか、表面的にはそういう内容が多いけど、これは話し合ってこうなったんですか? それとも、ノリで?

斎藤:ノリですね。発想としては、「mixiの日記の代わりにラップしてる」みたいな感じだったんです。僕、日本語ラップに関してはあんまり「これだ」っていうものがないんですけど、ひとつ理想だと思っているのが、インディーズの頃のRIP SLYMEで。

まだヒップホップのいなたさを引きずりながら、“白日”(1998年)で<暖かい午後の日差しに揺り起こされ 少し遅めの朝食すませ 開くスケジュール帳 今日の予定はNICE! 何も入ってない>とかラップしてたあの感じなんですよね。「日常をラップする」っていうのともちょっと違って、当時のRIP SLYMEは「今の自分達はこのままでも問題ないんじゃないか?」とか「自分達の今を肯定していくしかない」っていうスタンスだったと思うんです。

文園:大学生がラップしたら、みんなあんな感じになるんじゃない? 僕は映画サークルの部長もやってて、今も映像関係の仕事してるんですけど、大学生が撮った映画ってみんな似てるものになりがちですから。

―でもEminemに憧れていた人達からすると、モラトリアムのゆるい日常ではなくもっと違った内容をラップしたいと思ったことはないですか?

斎藤:さっき話に出た火星の人に「どうやったらみなさんみたいなラッパーになれるんですか?」って聞いたときに、「やりたいからやってるだけで、お前はお前のラップできることしかラップできないんだから、それをやるしかないんだよ」って言われて。だから、ヒップホップのリアルというか……「マイセルフ」ですよね。

清水:僕も同じようなことを一人で考えてた時期がありました。中学時代にヒップホップにはまって、どういう理由でラップをしてるのか、なぜ黒人が「ファック」って言ってるのかを調べて、「日本人はラップするな」ってクソみたいなことが書いてあるのも一通り読んだ結果、自分のことをラップすればいいんだって思えたんです。

左から:清水大輔、斎藤辰也

“そんなことより早く、このパーティを抜け出さない?”はちょうど震災から1年くらいの時期に「もうこんな国は嫌だ、抜け出したい」って思って書いた曲なんです。(斎藤)

―パブリック娘。が最初に世に知られるきっかけになったのが、2011年に発表したタイトルトラックの“初恋とはなんぞや”ですね。

文園:これは、Crystal Waters(アメリカのR&Bシンガー)の“Gypsy Woman (She's Homeless)”をサンプリングした曲を聴いて、自分でもサンプリングしてトラックを作ったんです。で、そのあとに写真史の授業で林忠彦(昭和を代表する写真家の一人)の『焼け跡の母子』っていう作品に「初戀とはナンゾヤ」って書いてあるのを見て、「これをあのトラックとくっつけよう」と思って、二人に「“初恋とはなんぞや”って曲を作るから、リリック作ってきて」って。

斎藤:当時は(文園による)トップダウン型の活動スタイルだったんで、僕と清水からすると「わけわかんない」って感じだったんですけど。

清水:「『初恋とはなんぞや』って、それがなんぞや?」みたいな。

斎藤:よくわかんないまま書いたから、<んなもん知るか>とか<記憶にないからピンとこない>ってリリックになってるんです。

―でも、ネットに上げたらトーフくんがリミックスしたりして、一部で話題になったと。文園くんは昔からインターネットのカルチャーにハマってたから、ネットに曲を上げることを楽しんでたわけですよね?

文園:そうです。その頃からマルチネのみんなとも仲良かったんで、「みんなやってるから、俺もやろう」くらいの感じでした。

斎藤:曲を上げるのはまだわかるんですけど、アカペラ音源とかも上がってて、「需要あんのか?」って思ってたら、tofubeatsがリミックスを上げてて、「あ、この人昔掲示板で名前見た人だ」って何かがつながって。僕はマルチネのこととかよくわかってなかったんですけど、tofubeatsの昔のトラックは持ってるんです。

当時周りがいなたいヒップホップを目指す中、彼だけハウスとかオシャレなトラックを上げてたんですよね。で、ちょっと面白いのが、昔はトラックメーカーがいなくて、ラッパーが多かったのに、僕達が曲を上げだした頃は、ラップする人がいなくて、トラックメーカーがたくさんいたんです。SoundCloudとかが出てきて、曲を発表する環境が整ってきたタイミングだったんだと思います。

左から:斎藤辰也、文園太郎

―もう一曲、パブリック娘。の代名詞になっているのが、2012年に発表した“そんなことより早く、このパーティを抜け出さない?”で、このトラックを作ってるのはSEKITOVAくんですね。

文園:当時はネットレーベルがブームになってて、みんな4つ打ちのトラックを作りまくってたんですよね。マルチネもリリースしまくってたんで、「俺達もクラブでガンガンかかるような曲作ったらモテるかな?」って思って、日々学校の行き帰りにSoundCloudでそういう曲を聴いてたんです。そんな中でSEKITOVAくんのトラックを聴いて、「これだ!」って思って、連絡したら使わせてもらえたので、二人にこのタイトルでリリックを書いてもらいました。

斎藤:今はいい曲だと思ってるんですけど、当時は「ずいぶんチャラい曲がきたな」って思いました(笑)。「パーティーを抜け出さない?」っていっても、僕、ライブイベントとか行ったら最後まで見たいタイプなんで、比喩で書いたんです。この曲、ちょうど震災から1年くらいの時期に作った曲なんですけど、その頃「もうこんな国は嫌だ、抜け出したい」って思っていたんで、「パーティー」を「日本」に置き換えて書きました。

学生のときは、「結婚式の二次会の余興でやって解散ね」「大人になってもラップなんてみっともないよ」って言ってたけど、今はこれからも続けたいと思ってます。(清水)

―現在はそれぞれが仕事を持ちながら活動を続けているわけですが、大学を卒業してからのパブリック娘。との距離感っていうのは、それぞれどう感じているのでしょうか?

清水:卒業するくらいの時期になると、周りにビートを作ってる人が増えてきたんです。それで「あの人からトラックをもらいたい」「こういう曲やりたい」って思うようになって、昔より活動意欲が高まっていた中で、僕が仕事で静岡に行かなきゃいけなくなったんです。 ただ、それでもライブには頻繁に誘ってもらってて、2013年に入ってからは交通費を出して呼んでくれるイベントがすごい勢いで続いて、毎週のように静岡から東京に帰って来ていたんですよ。「これってすごいことだよな」って思って、結果的には仕事を辞めて、2014年に東京に戻ってきたんです。今は活動の環境をよりよくしたいし、作品もちゃんと作って、よりプロップス(リスペクトとほぼ同義のヒップホップのスラング)を得たいと思ってます。

―文園くんはどうですか?

文園:僕は今仕事がめっちゃ忙しくて、正直つらいんですよ。でも、パブリック娘。をやってると褒めてくれる人がいるから「頑張ろう」って気持ちになるんです。だから、今は逆にパブリック娘。をやってないと精神的につらいですね(笑)。嫌なことがあっても、それを曲にしようかなって思えたり、こういう活動をしてることを面白がって、仕事を振ってくれる人もいるんで、これからも続けていきたいんですけど。とはいえ仕事との両立って大変で……どうすればいいんですかね?(笑)

―今の話を聞いてても思うんですけど、今回のアルバムって、学生時代に作った曲から最近作った曲までが入ってて、ドキュメンタリーみたいだなって思うんですよね。“おつかれサマー”で<社会の荒波なんてつゆ知らず 来年とことん思い知るはず学生時代最後の夏>ってラップしてた人達が、そこから4年後に作った“おちんぎんちょうだい”で仕事のことをラップしてるっていうのは、なかなかにリアルだなって。まあ、もちろんこの曲は下ネタでもあって、その辺は学生ノリを引きずりつつなわけだけど(笑)。

斎藤:文園から「“おちんぎんちょうだい”って曲名はどう?」って話がきたときは、「素晴らしい!」って思いましたね。下ネタはどっちかっていうと好きだし、女の子が歌ったら嬉しいし、でもちゃんと意味もあって、自分の人生にとってリアリティーのある話なので。

清水:最高にトンチが効いてるよね。

―この先の活動については、今はどう考えてるんですか?

文園:目標は……まあ、続けることじゃないですか? 夫婦生活とか始まって、辛いことがあったときに集まって話せたらいいですよね(笑)。曲はこれからも作っていきたいので、それがまたいつかアルバムとして形になると思うんですけど、「作らなきゃ」っていうよりは、これからも日々……だって、生活するのも大変じゃないですか?

清水:逆に言うと、生活がないとラップが書けないんで、生活をきちんと送りながら、その都度思うことを書いていきたいです。“おちんぎんちょうだい”はまさにそうですしね。この前友達のTOKYO HEALTH CLUBっていうヒップホップクルーのメンバーの結婚パーティーに行ったんですけど、そこでライブやってて、泣きそうになっちゃって(笑)。 学生のときは、「誰かが結婚したら、その二次会の余興でやって解散ね」ってふざけて言ってたんですよ。「大人になってもラップなんてみっともないよ」って。でも、今はこれからも続けたいなって思います。

左から:文園太郎、斎藤辰也、清水大輔

―斎藤くんはどうですか?

斎藤:この前仕事で会った人が、「始発から終電まで働いてる。40歳くらいまでそうして、身体がぶっ壊れてもいいんだ」って言ってて、俺はそんな生き方は絶対嫌だなって思ったんです。自分は昔から暇さえあれば音楽にふれたい人間なので、寝て起きて仕事しての繰り返しなんて絶対無理。

今、パブリック娘。を続けるモチベーションとしては、今回ちゃんとレコーディングをして、自分達の曲も自分の声もいいなって思えたのがでかいです。「ラップは手軽だけど気軽じゃない」ってずっと思ってたんですけど、今回アルバムを作って、「やっていいんだ」って、許された感じがしたので、この先も続けられるなって思いましたね。

リリース情報
パブリック娘。
『初恋とはなんぞや』(CD)

2016年7月6日(水)発売
価格:2,376円(税込)
PCD-22395

1. 初恋とはなんぞや
2. 25mプール
3. Summer City
4. おつかれサマ―
5. このままこの電車に乗って
6. DATE
7. 2nd Hotel
8. おちんぎんちょうだい
9. そんなことより早く、このパーティを抜け出さない? feat. 森心言
10. 寄せては返す俺のアティチュード
11. 俺の誕生日
12. そんなことより早く、このパーティから連れだして。 feat. あまえん

プロフィール
パブリック娘。
パブリック娘。 (ぱぶりっくむすめ。)

ゆとり世代の最終兵器にして、「PUBLIC ENEMYとモーニング娘。の橋渡し」を掲げる男子3人組ラップユニット。tofubeats、夢眠ねむ(でんぱ組.inc)、田中宗一郎らが現場で早くからとりあげ、音楽ファンのあいだでじわじわと名を広める。2013年、「DUM-DUM」レーベルからトリプルファイヤーとの同時配信リリース、ネットレーベル「Maltine Records」や「Ano(t)raks」のコンピへ参加。2014年にはYkiki BeatなどとファッションZINE『Weary』への曲提供、2015年には旬のインディーズバンドが集ったコンピレーション『New Action! ~CompilationVol.2~』に参加し初の全国流通を果たす。2016年、ヒップホップの名門「P-VINE」から待望の1stアルバムをリリースする。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 学生ノリからライフワークへ。ラップで人生を刻むパブリック娘。

Special Feature

coe──未来世代のちいさな声から兆しをつくる

ダイバーシティーやインクルージョンという言葉が浸透し、SDGsなど社会課題の解決を目指す取り組みが進む。しかし、個人のちいさな声はどうしても取りこぼされてしまいがちだ。いまこの瞬間も、たくさんの子どもや若者たちが真剣な悩みやコンプレックス、生きづらさを抱えながら、毎日を生きている。

記事一覧へ

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて