Reliq×柳樂光隆の「今聴いてほしいワールドミュージック」談義

孤高の電子音楽家Serphの別名義=Reliqの3年ぶりの新作『Life Prismic』が完成した。「生命的な複雑さを持った音楽、カラフルできらびやかな音楽、人間の多面性みたいなものをイメージした」という今回のアルバムの特徴は、アジア、中近東、アフリカなど、ワールドミュージック的な要素を取り込んだ多彩な音色やリズムの面白さ。Reliqはいかにしてこの新境地へとたどり着いたのだろうか?

そこで今回は、ジャズを中心とした音楽書籍『Jazz The New Chapter』シリーズで知られる音楽評論家の柳樂光隆を迎え、ニ人の共通項である「ジャズ」、そして「ワールドミュージック」という観点から、『Life Prismic』と世界の音楽シーンについて語り合ってもらった。「今聴いてほしいワールドミュージック」として、それぞれが3曲ずつを挙げたプレイリストと併せて、じっくりと楽しんでもらいたい。

暖かい、土の力が強い、フィジカルな感じって、今東京に住んでいてまったく見つけられない。(Reliq)

―まず、Reliqさんの好きなワールドミュージックはどんなものだと言えますか?

Reliq:北欧の音楽とかは好きですし、どちらかというと、南半球のアッパーな感じよりも北半球が好きですね。

柳樂:確かにReliqさんの新作も、ネタとしてアフリカの楽器などが入っていても、「南半球の音楽」としては使っていないですよね。

Reliq:感覚的に違う気がするんです。暖かい、土の力が強い、フィジカルな感じって、今東京に住んでいてまったく見つけられない部分なので。

―Reliqさんは今の東京をどのような場所だと捉えていますか?

Reliq:ちょっと東京に疲れているんですよね。人や情報のスピードがどんどん上がっていて、フラストレーションが空気中に漂っているというか……ちょっと荒んでる感じがする。

今回のプレイリストで、Alog(ノルウェーの電子音楽デュオ)を挙げたのですが、北欧は日照時間が短いじゃないですか? だからなのか、セロトニン(日光浴で分泌が増え、自律神経を整える作用があるホルモン)が少ない状態ならではの、決して気分はよくないんだけど、研ぎ澄まされちゃってる鬱々とした感じが体質的に合うのかなって(笑)。東京の荒んでいる雰囲気と、北欧への共感も自分の中でつながっているのかもしれないです。

―柳樂さんは今の社会と音楽の関係性をどのように見ていらっしゃいますか?

柳樂:世界的にすごく混血的な音楽が増えていますよね。ジャンルに固執しない、フレキシブルなものが増えているのは、社会情勢に対する反発もあるのかもしれない。例えば、ブラジルのアーティストでも、今までは「ブラジルの音楽を作らないと」っていう、ある種の縛りが無意識にあったと思う。

でも、最近はそれを感じない人が増えていて、どこの国のどんな音楽でも好きにやるというか、「ブラジルの音楽」という部分は自然に出てしまうもので十分になってきている。「個の世界を出す」というか、音楽家自体は個人に帰っている気がします。

DimliteとReliqさんは似てます。すごく穏やかで、「俺は別にライブとかやんなくていい」みたいな感じで(笑)。(柳樂)

―柳樂さんはこれまでのSerphやReliqの作品に対してどんな印象をお持ちでしたか?

柳樂:最初にSerphを聴いて、ビートがすごく面白いと思いました。J.Dilla(ヒップホップとR&Bを軸にするアメリカのミュージシャン / プロデューサー)的なビート感があるんだけど、やっている音楽はヒップホップではないし、FLYING LOTUSみたいなビートミュージックでもないけど、でもビート感としては通じるところもあって面白いですよね。

Reliq:もともとPrefuse73(スコット・ヘレンの別名義。エレクトロニックヒップホップを中心に活動している)とかDimlite(スイスのビートメーカー)とかが音楽を始めるきっかけになっているので、インストのロウビートで、でもビートだけじゃなくて、ウワモノも聴かせるっていうかたちが基本なんです。

柳樂:Dimliteが2年前くらいに日本に来たときに話す機会があって、Prefuse73の話とかもしたんですけど、しゃべるトーンがReliqさんに似てます(笑)。あんな音楽作る人だから、アッパーな人かと思いきや、すごく穏やかで、「俺は別にライブとかやんなくていい」みたいな感じで(笑)。

―似てますね(笑)。Reliqさんは、ジャズに関してのルーツというと、どんな名前が挙がりますか?

Reliq:スタンリー・カウエル(アメリカのジャズピアニスト)ですかね。スピリチュアルだけどポップというか、メロディアスなんだけど深い感じが好きで。『Musa』(1974年)とか好きですね。

柳樂:なるほど。ワールドミュージック要素もあるんだけど、アフロビートとかじゃなくて、カリンバを使っていたり、ウワモノ感がありますもんね。電子音と相性がよさそう。

音の土臭さは、その人のキャラクターから結果的に出るものだと思う。(Reliq)

―『Life Prismic』はこれまでの作品に比べてワールドミュージック的な色合いが強くなっているわけですが、今回の方向性はどのように決まっていったのでしょうか?

Reliq:“morocco drive”という曲は、中盤で中東の笛を使っていて、後半にアーバンな感じのシンセが入ってくるんです。ワールドミュージックとして捉えていたわけではないんですけど、ネタとして面白いと思って作っているうちに、世界旅行っぽくなってきて。

今回のプレイリストでも挙げているアルジェリアのEl Mahdy Jr.は、全部中東のネタでダブステップをやっているような人なんですけど、自分も日本らしさがありつつ、ワールドミュージックなのか、ダンスミュージックなのか、リスニングなのかよくわからない、混ざった感じを目指して作りました。

柳樂:今、中東って話がありましたけど、Reliqのアルバムで惹かれたところは、ワールドミュージックと言っても、ラテン、ブラジル、アフリカとかではなく、もうちょっと馴染のない国の音楽のような、よくわからない部分なんです。アルメニアの音楽にもそういう部分があって、プレイリストに挙げたティグラン・ハマシアンはリズムも面白いので、通じるところがあるかなって。

―展開の多さも通じる部分がありますよね。

柳樂:エレクトロニカ以降の感性で、アルメニアの音楽をやっている感じですね。Reliqの音楽も、エキゾチックだったりエスニックだったりするんだけど、日本人にも馴染みやすい。音を素材として使っているって話もあったように、別にワールドミュージックをやりたいわけじゃないんだと思うんですよね。全然土臭くなくて、洗練されたものになっている。ティグランはちょっと土臭いですけど、でも洗練させようとしてると思うし。

Reliq:ティグラン・ハマシアンは今回の柳樂さんの選曲で初めて知ったんですけど、すごくよかったです。土臭さみたいな部分は、意識して出せるものでもなく、その人のキャラクターから結果的に出るものだと思うので、僕は土臭さとかはないタイプだってことかもしれないですね。

Alogのような攻めた実験的な音楽をポップって捉える人もいるんだって、すごく嬉しくて。(Reliq)

―柳樂さんは今の世界の音楽シーンの流れとワールドミュージックの関係性をどのように見ていらっしゃいますか?

柳樂:ラテンとかサンバとかっていうよりも、もっと複雑な変拍子だったり、もうちょっとよくわからないリズム構造のものが、あらゆるジャンルで増えていると思うんですけど、そういうのはヨーロッパ的な観点では捉えられないんですよね。例えば、プレイリストで挙げたSachal Jazz Ensembleは、パキスタンの伝統楽器を使って、“Take Five”(5拍子を使用した、最も有名なジャズナンバーのひとつ)をやっているんですけど、すごく変なんです(笑)。

でもイギリスですごくウケて、BBCで取り上げられたり、最終的にはアメリカのリンカーンセンターでライブをやり、映画にもなっていて。パキスタンの伝統楽器と“Take Five”って、モチーフ自体は新しくないんだけど、やり方次第で全然違う響きになって、面白いものになっているんですよね。

Sachal Jazz Ensembleの映画『ソング・オブ・ラホール』の予告映像

―リズムの構造に関して、Reliqさんは新作を作るにあたってどんなアイデアがありましたか?

Reliq:リズムはサンプリングで作るんですけど、「これはこういう形のグルーヴ」ってすぐに構造が把握できちゃうとつまらないので、何回聴いてもフレッシュに響くようなものにしたくて。今回のアルバムで言うと、“voynich soundscript”は、海外のどこかの高校のマーチングバンドの録音をロウビートに組み替えたりしています。

―プレイリストに話を戻すと、先ほども話に出ましたが、ReliqさんはノルウェーのAlogを挙げています。

Reliq:10年前くらいに初めて聴いてすごく衝撃を受けたんです。帯に書いてあった売り文句が「ポップでキッチュ」みたいな感じだったんですけど、聴いてみたら、すごく攻めてる実験的な音楽だったので、こういうのをポップって捉える人もいるんだって、すごく嬉しくて。

ホントにカテゴライズできない感じなんだけど、でも音色はカラフルだし、広がりもあって、確かにポップなんですよね。過去の音楽を解体し尽くした上で、無理やりにでも新しいものを作ろうとしていて、音楽的な可能性をすごく感じました。自分のルーツのひとつですね。

柳樂:この曲が収録されている『Miniatures』(2005年)というアルバムはRune Grammofonというレーベルから出ているんです。このレーベルが、プログレッシブなジャズを、テクノやドラムンベース以降の要素を踏襲しながらやっているすごく変なレーベルで、僕も好きでいくつか買ってます。確かに、Reliqもいわゆるポップミュージックの、わかりやすいフォーマットや展開ではないし、なるほどなって思いました。

情報は大量にあるのに、文化があるんだかないんだかわからない。そういう東京の生活感のなさを日々感じていて。(Reliq)

―柳樂さんはマリのオウモウ・サンガレを挙げています。

柳樂:最近欧米のミュージシャンがマリの音楽に注目していて、例えば、Sampha(イギリスのシンガーソングライター)とか、Hiatus Kaiyote(オーストラリアのフューチャーソウルユニット)のネイパームも彼女のことが好きみたいなんです。アフリカの人って、リズムの一つのかたまりである小節をまたいで拍子を作ったり、変なことを普通にやるんですけど、彼らの流儀ではそれが当たり前で。そういうのを欧米の人たちが面白がって、新しい音楽のヒントにしているんだと思う。

例えば、Samphaはコラ(西アフリカを端に300年にわたって継承されてきたリュート型撥弦楽器)っていうアフリカの楽器を使っているんですけど、それを「アフリカの楽器」としては使ってない感じがあるんですよね。単純に、響きが面白い楽器として使っている。その感覚はReliqとも通じると思うんです。今回特殊な楽器とか使ってますか?

Reliq:使ってますね。“ceramic samba”という曲では、もともとそういうインストゥルメントがあるんですけど、セラミックのタイルを叩いてパーカッションとして使っています。

柳樂:“miyako”にもバラフォン(西アフリカの木琴)みたいな音が入っていますよね。でも、さっき言ったように「アフリカの楽器」として使っているのではなく、“miyako”ってタイトルだし、オリエンタルでアジアっぽい雰囲気もあって……「架空の国の音楽」ですよね。色んな発想が集まってくるところが、すごく都会的でもあると思う。

Reliq:そうですね。東京の「どこでもない感」が出ているのかもしれないです。メディアや情報自体はすごく大量にあるのに、文化があるんだかないんだかわからない。そういう東京の生活感のなさを日々感じていて。結果的に、そういう場所で生まれた音楽だから「架空の国の音楽」になったと思います。

―もう1組、Reliqさんはブラッド・メルドー(アメリカのジャズピアニスト)&マーク・ジュリアナ(アメリカのジャズドラマー)を挙げていますね。

Reliq:これはヘビロテです(笑)。キャッチーでありながら、普通打ち込みで使うようなシンセを、生で録音してるダイナミックな感じや技巧も好きですね。

柳樂:打ち込みか、もしくは生演奏なら3~4人でやるようなことを2人でやっているので、ライブを観るとすごく大変そうなんですよ(笑)。基本的にブラッド・メルドーはピアノやシンセで、右手でメロディー、左手でベースラインを弾いているんですけど、うっすらシンセの音が鳴っているところは、どこかで1回別のシンセを弾いてロングトーン鳴らしたままにして、すぐにまた別のシンセで違う音を鳴らす。そして、急いでまたピアノに戻って、みたいな感じで、たぶん場合によっては5台くらいの鍵盤を交互に演奏して、一人で同時に3つとか4つの音を鳴らしているんです。だから、ライブが終わった後のメルドーはぐったりしてました(笑)。

メルドーって、RadioheadとかAphex Twinとかから影響を受けていて、プログラミングでしかできなかったようなことを人力でやりたいという意識のある人だと思うんです。それがまた、Reliqさんのようなプログラミングで音楽を作っている人に影響を与えているっていうのは面白いですね。

―確かに、生と打ち込みを交互に行き来していますね。

柳樂:あと最初にスタンリー・カウエルの名前が出ましたけど、メルドーもカウエルもいわゆるジャズピアニストっぽい、右手でメロディーを弾いて、左手でハーモニーをつけていく感じじゃなくて、右手と左手の音がわりと独立しているタイプなんです。いわゆるアメリカのブラックミュージックとはちょっと違うやり方というか、そういうところもお好きなのかなって。

Reliq:そうかもしれないです。リズムからメロディーからハーモニーから、何でも一人でやっちゃうような、「個の世界を出す」感じが好きなんですよね。最初に柳樂さんが「音楽家は個人に帰っている」とおっしゃっていましたが、僕も私的な音像を作りたいという意識はあります。

Reliqさんが「ワールドミュージック」という括りでアメリカのミュージシャンを出すのは、中心がない世界を見ているんだと思った。(柳樂)

―「私的に作る」というのは、Reliqさんが中東やアフリカの音色をワールドミュージックとして捉えずに、あくまでネタとして使って曲を作るという話にも通じますね。

柳樂:そこは日本人のメリットのような気もします。もともと縛られるものがないですからね。“miyako”にしても、音については全然日本的な要素は入ってないんだけど、でもどこか日本的で、このタイトルが合っている感じがする。この曲は人の声も入っていますよね?

Reliq:バラフォンのサンプルに入っていた部族の人の声ですね。ホントは何十人かの男の人の声なんですけど、ピッチをすごく上げて、子供の声みたいにしてるんです。

Reliq『Life Prismic』ジャケット
Reliq『Life Prismic』ジャケット(Amazonで見る

―なぜ“miyako”というタイトルにしたんですか?

Reliq:これは1980年代の坂本龍一的な東京感の捉え方ですね。

―なるほど。ワールドミュージック的な要素の強かった1980年代の坂本龍一さんの作品を今やったらこうなるっていうのは、すごく腑に落ちました。

柳樂:確かに、あの頃の坂本さんってビートがバキバキですけど、あれをもうちょっとマイルドにアップデートしたら今ちょうどよさそうですよね。坂本さんの曲は、基本的にメロディアスで、キャッチーで、すごくロマンチックなんですけど、周りで鳴っているものはエッジが効いてて、リズムが変だったりする。そういうところが僕もすごく好きなんですよね。

―今の話はそのままSerphやReliqにも当てはまるもので、ここには受け継がれているものがきっとあるんでしょうね。

柳樂:あと今回「ワールドミュージック」っていう括りの中で、アメリカのブラッド・メルドー&マーク・ジュリアナが入っていたのが新鮮でした。前にECMレコード(1969年に西ドイツで設立されたジャズを中心としたレーベル)の原稿を書いたときに、「ECMはジャズをアメリカのいちフォークミュージックだと思っているんじゃないか」って書いたんです。欧米が音楽の中心ではないとすると、ジャズもブルースもアメリカのいちフォークミュージックなんだっていう。

つまり、Reliqさんが「ワールドミュージック」という括りでアメリカのミュージシャンを出すっていうのは、世界を相対化して見ているというか、中心がない世界を見ているんだと思ったんですよね。だから、そういう視点を持ちながら選んだこのプレイリストを聴いて、改めてSerphやReliqの音楽に触れると、きっと新たな発見があると思います。

Reliq:新しい発見という意味で言うと、リスナーには移動するときに聴いてもらいたいです。東京の荒んだ空気からの逃避じゃないですけど、電車の窓から見える景色を少しでも変えることができればと思っています。

リリース情報
Reliq
『Life Prismic』(CD)

2017年4月15日(土)発売
価格:2,376円(税込)
NBL-221

1. glass'nbeads
2. ceramic samba
3. laputan
4. morocco drive
5. vast air
6. rain no more
7. cold shuffle
8. antic stepper
9. voynich soundscript
10. always alone
11. angel costs
12. creamer
13. miyako

プロフィール
Reliq
Reliq (れりっく)

Serph名義での活動と平行して、2011年に新プロジェクトReliqを始動。同年11月に1stアルバム『Minority Report』をnobleよりリリース。2014年4月に2ndアルバム『Metatropics』をリリース。2017年4月に3rdアルバム『Life Prismic』をリリース予定。

柳樂光隆 (なぎら みつたか)

1979年生まれ。東京都在住、島根県出雲市出身。音楽ライター / ジャズ評論家。元レコード屋店長。2010年代のためのマイルス・デイヴィス・ガイド『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』監修者。『WIRED』『ユリイカ』『&Premium』などに寄稿。



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