戦場カメラマン渡部陽一×久保田徹 なぜ現場での報道を選ぶのか?

ありとあらゆる情報で満ち溢れている現代。だからこそ、自らの足で現地に赴き、その目で見て、現地の人々の声に耳を傾けることが、いっそう重要になってきている。

テレビのバラエティ番組などに数多く出演しながら、その柔和な表情と独特な口調によって、戦場カメラマンのイメージを大きく変えてきた渡部陽一は、間違いなくその実践者だ。そして、現役の大学生でありながら自らミャンマーに足を運び、ロヒンギャの人々を取材した映像作品『ライトアップロヒンギャ』を制作、クマ財団が運営する奨学金事業の奨学生としても選出された、若きドキュメンタリスト・久保田徹もまたその実践者である。

表現方法や世代は異なれど、自らが現場で見て感じたことを「伝えたい」という共通の思いを抱く二人。彼らはなぜその道を選び、現地でどんなことを感じてきたのだろうか?

実際に行って、「そこに立ってみる」ということが、絶対的な入口であり、最大のエンジンなんだと思います。(渡部)

—まず、久保田さんが制作した『ライトアップロヒンギャ』を渡部さんは、どんなふうにご覧になりましたか?

渡部:やはり、ロヒンギャの現場に入って、現地の難民の方々に接触しているということが、何よりも驚きでした。カメラを持って現場に入り、記録を撮り、それをしっかり持ち帰り、世界に向けて発信している。

ロヒンギャはいま、世界中から注目を集めていて、ミャンマー政府もかなりピリピリピして、壁を張りつつあるんですね。その中で、直接難民から声を聞いて、その声を外の世界に紹介していくことは、プロのジャーナリストでもなかなかできなくなっている。そんな状況で、非常に貴重な記録になっていると、大変驚きました。

久保田:僕が現地に撮影に行ったのは2016年の5月だったんですが、その後、昨年の8月に起こった政府による難民掃討以降は、かなり入国が厳しくなっているんです。僕が行きはじめた頃は、まだ抜け道があったんですが……。

左から、久保田徹、渡部陽一
左から、久保田徹、渡部陽一

渡部:ああ、そうですか。映像を見て、一体どういう方なんだろうと思っていましたが、こんなに若い方だったとは。いま、ロヒンギャの難民については、国際報道で非常にクローズアップされていますが、その当時から、実際に現地で撮影していたというのは、どんなきっかけや、繋がりがあったのでしょう?

久保田:一番最初のきっかけは、学校の授業でした。留学していたポートランドの高校の授業で、ロヒンギャ難民のことを取り上げていたんです。その後、大学に進学して国際問題を扱う学生団体で、日本に住んでいるロヒンギャ難民を取材している先輩がいたんですね。それに同行させてもらいながら、ロヒンギャの人たちの話を聞いているうちに、自分も現地に行ってみたいと思うようになったんです。

渡部:なるほど。一番最初の入口は、学校の授業だったんですね。

久保田:それが目的だったわけではないので、本当に偶然なんです。自分では何か運命的なものを感じています。

久保田徹
久保田徹

渡部:でも、その最初の行動は、久保田さんが起こしているんですよね。留学も取材も、最初の一歩は、久保田さん自身がアクションを起こしている。

—そういった行動に久保田さんを向かわせた、最大の原動力は何だと思いますか?

久保田:いろんな場所に行って、いろんな発見をする楽しさが原動力だと思います。ひとつの場所や問題を掘り下げていくと、どんどん人間の本質的な部分が見えてくる。それを伝えたいっていうのが、正直な気持ちです。

『ライトアップロヒンギャ』場面写真
『ライトアップロヒンギャ』場面写真

—ジャーナリズム的な問題意識よりも前に、まずは好奇心があったんですね。

久保田:一番はじめは好奇心で、その次に使命感があると思います。そういう意味で『ライトアップロヒンギャ』は、一番純粋な気持ちで作った作品でした。実際に現地の声を聞いて、これは「伝えなくては」と思った。

渡部:僕はやっぱり、必ず現場に行っているということが、久保田さんのすべての土台にあると思います。ロヒンギャ、ラカイン州……、ニュースで耳にしても、本当にそこに行っている人っていうのは、意外といないわけです。留学にしても、行きたいと思った人が、誰しも行くわけではない。

そうやって実際に行って、「そこに立ってみる」ということが、ドキュメンタリーでもカメラマンでも、絶対的な入口であり、最大のエンジンなんだと思います。特に、国際報道に関わっていく上で、それは一番大切な行動の力なのかもしれません。

渡部陽一『イラク』(2004年) / YOICHI-WATANABE®
渡部陽一『イラク』(2004年) / YOICHI-WATANABE®

渡部陽一
渡部陽一

よく「何でそんな遠い国のことをやっているの?」と聞かれるんですけど、そう考えること自体、ちょっと違うんじゃないかと思っています。(久保田)

—渡部さんは、どのように戦場カメラマンの道を進んだのでしょうか?

渡部:僕自身は、大学時代に旅行者としてアフリカに行って、たまたまそこでルワンダの内戦の犠牲になった子供たちと出会ったことが、カメラマンの入口になりました。そこで感じたことを、どうにかして伝えたい。

本当に手探りな感じで、現場で出会ったカメラマンさんに撮り方や作品の発表のルートを教わってきた。もう25年ぐらい前の話になりますが、そうやっていろんな人と繋がっていくというやり方は、基本的にはあまり変わってないような気がします。

渡部陽一『パキスタン』(2008年) / YOICHI-WATANABE®
渡部陽一『パキスタン』(2008年) / YOICHI-WATANABE®

渡部:ただ、やはりいまは、もう国境とかボーダーというのは、世界中にあまりなくなってきているように思うんです。なので、もう自分が惹きつけられたところに、どんどん入っていく。久保田さんにとっては、まさにラカイン州のロヒンギャが、その最初のスイッチになったんだと思います。

久保田:そう思います。よく「何でそんな遠い国のことをやっているの?」とか「何で日本のホームレスじゃなくてそっちなの?」と聞かれるんですけど、そこを分けて考えること自体、ちょっと違うんじゃないかと思っています。ロヒンギャの問題を通して、いまの日本人にとって必要なものが見えてくる。

久保田徹

—『ライトアップロヒンギャ』を発表した後、心境の変化はありましたか?

久保田:この作品で、『国際平和映像祭』の賞をいただいたんです。だけど、表彰台に立ったとき、ちょっとした違和感がありました。たとえば、火事の映像がすごい評価されて僕が賞をもらったとしたら、それは他人の不幸なわけですよね。

それと似たような気持ちで、自分が表彰されることの違和感を、そこではじめて感じたんです。もちろん、評価されることを目標に作品を作ってきたんですが……、果たして本当にそれでいいのか。

『祈りの果てに』場面写真
『祈りの果てに』場面写真

—ドキュメンタリーの場合、撮影する対象がいる限り、つきまとう問題だと思います。渡部さんは、そういう葛藤をどうやって乗り越えてきたのでしょう?

渡部:自分が現場に立ち、そこで見てきたものを報告する。私は、その繰り返しだと思います。現場に入り、そこで繋がった方の声を聞き、それを記録に残し、世界に届けていく。つまり、自分が見てきたもの、捉えたものを、常に取材の柱にしているんですね。

渡部陽一

—継続して撮り続けることによって、そういった葛藤を乗り越えているのですね。

渡部:そうですね。世界情勢というのは、1~2年で、信じられない変化を起こすんです。かつての紛争地が、いまでは戦争のない平和な世界になっていたり。そういうことを、肌で感じることが多かったんですね。だから、常に動き続けて、撮り続けて、それをゆっくりでもいいから、発表し続ける。そういう気持ちを、常に持ち続けているんですね。

渡部陽一『イラク』(2003年) / YOICHI-WATANABE®
渡部陽一『イラク』(2003年) / YOICHI-WATANABE®

常に動き続け撮り続けていくことで、自分の活動に、想像できない広がりであったり、動きが出てくる可能性があるんです。(渡部)

—常に動き続けることでこそ、得るものがある。それは『ライトアップロヒンギャ』でも同じだったのではないでしょうか?

久保田:『ライトアップロヒンギャ』は、あの時点でやれることを全部やった作品なので、完成させた後、これ以上自分にできることがあるのか悩みました。やっぱり、ロヒンギャに対するミャンマー人の差別意識は、ものすごく強いんです。日本人にはある程度見てもらって反響があったとしても、現地の人はきっと見てくれないし現状も変わらないだろう、という無力感を感じたんですね。

久保田徹

久保田:なので少し距離を置いて、次は日本のアイヌの人たちに会って彼らの映像を撮ろうかと考えていました。そうしたら、去年の8月にミャンマーのラカイン州で暴動が起きた。僕もすぐに現地に行きました。でも前に訪問したところはすべて取材ができなくなっていたんです。

渡部:ああ、そうでしたか。

久保田:ただ、そういう状況の中で今度は逆に、ミャンマー人の視点からこの問題を描きたいって思うようになったんです。何か当てがあったわけではないのですが、そういうことを考えながら過ごしていたら、いろんな人の縁で、ミャンマー人だけど、ロヒンギャのために立ち上がろうとしている人と出会うことができたんです。今度は、彼のストーリーをドキュメンタリーで描こうといろいろと動いています。

渡部:なるほど、そうでしたか。やはりそうやって、常に動き続けて撮り続けていくことなんだと思います。撮って、届けて、また撮って……。いまの久保田さんの話ではないですけど、そこからまた、自分の活動に、想像できない広がりであったり、動きが出てくる可能性があるんです。なので、僕としては、続けていくことの意味を、やっぱり信じたいですね。

渡部陽一

写真を見ることで、何かについて、ちょっとだけでも考えたり気づいたりするきっかけにはなるのではないでしょうか。(渡部)

—お二人は、自分の作品をどのように見てもらいたいと考えているのでしょうか?

渡部:見た方が、それぞれの思いで何かを感じ取ってくれたら、それでいいと思います。子どもたちから高齢の方まで、それぞれの捉え方で触れてもらえるのであれば、カメラマンとしては気持ちが繋がりますし……。

 

—紛争地の写真は見たくないという、頑なな方もいらっしゃると思います。そういった方に写真を見ることの意味を伝えるとすると、どんなことでしょうか。

渡部:恐らく、それまで考えなかったことを考えるようになるんじゃないでしょうか。それは何か自分の暮らしのことであったり、仕事のことであったり……あるいは、中東のことであったり。そうやって、何かについて、ちょっとだけでも考えたり気づいたりするきっかけにはなるのではないでしょうか。

—自分とは別世界の出来事ではなく、あくまでも自分と地続きのものである。

渡部:そうですね。たとえば、紛争地でミルクを飲む赤ちゃんがいたときに、そのミルクを溶かすためのお湯を、どのように手に入れたり、そもそも火はどうやって起こしているのか……? 子育てをしているお母さんは、もしかしたら、そういった切り口から写真を見る可能性があるわけです。

そういった、いろんな見え方というのは、きっとあると思うんです。だからやっぱり、いろんな人に触れていただき、感じてもらいたいですよね。

久保田:渡部さんの写真は、紛争地で暮らす家族を撮る中で、その人たちの食べものやトイレだったり、日常に根ざしたものをよく撮られているような印象があります。そうやって、誰にでも共通するものを捉えようという意識があるのでしょうか?

渡部陽一『イラク』(2003年) / YOICHI-WATANABE®
渡部陽一『イラク』(2003年) / YOICHI-WATANABE®

渡部:ああ、よく撮っていますね。やはり、現地で写真を撮るときは、見たものを全部撮っていくようにしています。そう、はじめて戦場の前線に入ったとき、僕が最初に驚いたのは、たとえ紛争地であっても、ひとつ屋根の下で、家族が普通に日常を過ごしていることだったんです。

さらに、その家族の日常を見ていると、日本の家族の朝から夜までの時間と、あまり変わらない。前線に家族の日常の暮らしがあることに、とても驚いたんですね。紛争地で出会った家族の日常というものが、僕の中には強くあるのかもしれないです。

渡部陽一『アフガニスタン』(2009年) / YOICHI-WATANABE®
渡部陽一『アフガニスタン』(2009年) / YOICHI-WATANABE®

—久保田さんは、どんなふうに自分の作品を見てもらいたいと考えていますか?

久保田:ドキュメンタリーってどこか説教臭さがあって、それを乗り越えるのはなかなか難しい。『ライトアップロヒンギャ』のような映像にナレーションで意味付けをして現状をレポートするものもありますが、さきほど言ったような、あるひとりの人物の視点で物事を描くような、人間の本質を描くものを撮ってみたいです。

久保田徹『祈りの果てに』場面写真
久保田徹『祈りの果てに』場面写真

—ロヒンギャの現実を知ることは大事だけれど、それだけを知って欲しいわけではない、ということですね。

久保田:ハリウッド映画しか見ない人が、僕の映像を見てくれるとは正直思わないですけど、アート系の映画が好きだったら、その人たちには触れてもらえるんじゃないかと思っています。

遠くの人に広くふんわり届くより、一部の人たちに激烈に突き刺さるほうが、場合によっては価値があるんじゃないか。(久保田)

—そういう意味では、渡部さんも、写真の「見せ方」をいろいろ工夫していますよね。

渡部:そうですね。写真展のような形で発表したり、ネット上で常時配信したり、いろんな方法を、そのときの状況によって、できるだけ試していこうという思いはありますね。写真だけではなく、言葉も合わせて伝えたり、あるいは、写真と全然違う企画と合わせてみたり……。

—渡部さんご自身がバラエティ番組に出演されたということも大きかったのではないかと思います。

渡部:そうですね。いままで僕自身が撮ったものを見てくれる方は、写真が掲載されている雑誌を購入してくださるサラリーマンの方や同業に近い方々だけだったんですね。

でも、テレビのバラエティ番組で、自分の写真を見せながら世界情勢について話すと、お茶の間の子供たちが「イラクってどこにあるの?」「テロって何?」「戦争って、どうして起きるの?」と、世界を知るきっかけになったようなんです。そういう感覚が、はじめてテレビに出演したときにあったんですね。

渡部陽一

久保田:僕自身、渡部さんの存在は、テレビを通してはじめて知りましたし、それだけ入口を広げられたのは、やっぱりすごいことですよね。

渡部:いろんなメディアのやり方があるんだなと、そのとき感じました。ただ、それによって取材が滞ってしまっては元も子もないので、かつて以上に、取材の頻度は上がっているんですね。多分、テレビに出る前の4倍以上、現場には行っていると思います。

—久保田さんはドキュメンタリーとしての映像メディアをどう考えていますか?

久保田:ドキュメンタリーを見る人が、限られているのは気になりますし、そこに若い人はあまりいないような気がしています。ただ、自分の経験からも、遠くの人に広くふんわり届くより、一部の人たちに激烈に突き刺さるほうが、場合によっては価値があるんじゃないか。いまはそういう道を突き進んだほうが、最終的にいろんな人に見てもらえる可能性が出てくるんじゃないかと思っています。

久保田徹

久保田徹『Empathy Trip』場面写真
久保田徹『Empathy Trip』場面写真

渡部:そうやって、しっかりと自分のスタイルを持っているのは、素晴らしいことだと思います。それによって、いろんな人と関係性を取り結び、その声や映像を届けていく。やはり、そのシンプルな繰り返しなんだと思います。

いろんな戦略とか戦術があるとは思うんですけど、思ったこと、感じたことを、一個一個ていねいに組み立てていくことが、後々、力になっていくのではないでしょうか。久保田さんは、すでにロヒンギャで、その一歩を形として刻んでいるわけで、そこから定期的に発表するぐらいのリズムで現地に行くことによって、またさらに広がりを見せていくといいですね。

—いまは、間口を広げることよりも、自分の「幹」のようなものを太くしていくことが先決なのかもしれませんね。

久保田:そういう意味では、クマ財団にすごい感謝しているんです。現地に行くためにアルバイトをしていた時間が、自分の作品について考える時間に使える。そのための時間をもらった感覚があります。自分が何を作りたいのかだけを考えていればいい、そういう環境は非常にありがたいですね。

2018年3月24日(土)、3月25日(日)開催。クマ財団第1期生50名による1年間の集大成となる作品展覧会『KUMA EXHIBITION 2018』フライヤー。久保田徹の作品も展示される
2018年3月24日(土)、3月25日(日)開催。クマ財団第1期生50名による1年間の集大成となる作品展覧会『KUMA EXHIBITION 2018』フライヤー。久保田徹の作品も展示される / サイトを見る

—最後にお二人の今後の活動に対するモチベーションの源泉がどこにあるのかお伺いしたいと思います。

渡部:戦争の犠牲者は、いつも子どもたち――これが、僕がカメラマンになった最大の入口であり、それがいまでも、僕の中に柱として突き刺さっています。そのときの記憶や思いが、いまでも強烈にあり……、それがカメラマンになった理由でもあるんです。

久保田:自分のモチベーションは、悲惨な状況でも、自分の信念や正義を貫こうとする人を描きたいということですね。そういう人って本当にいないから、出会えたことにすごい感動するし、感謝もするんです。それはもう使命感とかではなく、何か心の底から突き動かされるもの。その感覚を一番伝えたいですね。

左から、久保田徹、渡部陽一

イベント情報
『KUMA EXHIBITION 2018』

2018年3月24日(土)、3月25日(日)
会場:東京都 表参道 スパイラルガーデン、スパイラルホール
時間:11:00~20:00

作品情報
『祈りの果てに』(2018年)

撮影・編集・監督:久保田徹
出演:アウンティン(水野保世)
※『KUMA EXHIBITION 2018』内にて各日13:40〜無料上映

サービス情報
クマ財団

株式会社コロプラの代表取締役社長・馬場功淳が2016年に設立。若手クリエイターの活動を支援・助成することを目的とし、25歳以下の学生を対象としたクリエイター奨学金制度の制定や、勉強会、交流会などの開催、作品発表の場の提供といった活動を展開しています。

プロフィール
渡部陽一 (わたなべ よういち)

学生時代から世界の紛争地域を専門に取材を続ける。戦場の悲劇、そこで暮らす人々の生きた声に耳を傾け、極限の状況に立たされる家族の絆を見据える。イラク戦争では米軍従軍(EMBED)取材を経験。これまでの主な取材地はイラク戦争のほかルワンダ内戦、コソボ紛争、チェチェン紛争、ソマリア内戦、アフガニスタン紛争、コロンビア左翼ゲリラ解放戦線、スーダン、ダルフール紛争、パレスティナ紛争など。

久保田徹 (くぼた とおる)

慶應義塾大学法学部政治学科4年。ドキュメンタリー映画監督。民族とアイディンティティをテーマに、社会の多様性を訴える作品を製作。表現として映像は、ジャーナリズムとアートの境界線を模索するための手段であると考えている。



フィードバック 1

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Art,Design
  • 戦場カメラマン渡部陽一×久保田徹 なぜ現場での報道を選ぶのか?

Special Feature

メタ・サピエンス──デジタルとリアルが溶け合う世界を探究する

デジタルとリアルが融合する世界。世界はどう変化し、人々はどう進化するのだろうか?私たちはその進化した存在を「メタ・サピエンス」と名づけ、「Humanity - 人類の進化」「Life - 生活・文化の進化」「Society - 社会基盤の進化」の3つの視点からメタ・サピエンスの行動原理を探究していく。

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて