未来の家電を考える。SXSWで起こっている新しいもの作りの兆し

「Unlearn and Hack」(先入観を捨て、ハックせよ)。そんなフレーズを掲げる日本の家電開発チーム「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)」が、今年の『SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)』に参加した。

『SXSW』はテキサス州オースティンで毎年3月に開かれる、音楽祭、映画祭、インタラクティブフェスティバルなどを組み合わせた大型イベント。ITの最新動向が集う一方、旬なミュージシャンがライブを行うなど、カルチャーの交差点的な祭典だ。

今年の『SXSW』でGame Changer Catapultは、「プロの味を再現するおにぎり調理ロボット」「自宅でできる味噌作りキット&サービス」などを会場に持ち込み、異彩を放った。

じつは彼らはベンチャーやスタートアップ企業ではなく、誰もが知る家電業界の巨人、パナソニックのチーム。大手らしからぬ思い切った「未来の家電」の発想源は、社内公募制でアイデアを募り、実現を探る仕組みだ。なぜ大手があえてこうしたチャレンジをするのか? 浜松町にあるGame Changer Catapultのオフィスを訪ねた。

音楽、映画、インタラクティブ。毎年話題を集める『SXSW』にGame Changer Catapultが出展

『SXSW』は、1987年に音楽祭として始まり、ノラ・ジョーンズら人気ミュージシャンのブレイクの契機になってきた。1994年より「インタラクティブフェスティバル」が同時開催され、ITの最新ショーケース的役割を担うようになってからもその姿勢は変わらない。2015年にはPerfumeがライゾマティクスらと共にテクノロジーを駆使したステージを実現し、話題を呼んだ。

世界中から新しいものを求めて人々が集うこの地で、今年、Game Changer Catapultは8つのアイデアを発表した。プロ品質のおにぎりをサーブできるロボット「OniRobot」や、自宅で気軽に味噌作りができるキットデリバリー「Ferment 2.0」などが、テキサスの国際ITフェスでプレゼンされたのは面白い。スマートグラスに映像、音声、テキストを表示して料理人を支援するシステム「Kronosys」などは、音楽演奏や別領域のもの作りにも応用できそうだ。

両手で握ったような柔らかな食感のおにぎりが作れるロボットを展示した「OniRobot」プロジェクト
両手で握ったような柔らかな食感のおにぎりが作れるロボットを展示した「OniRobot」プロジェクト

保存料や添加物を使用しないで自分好みの「手作り味噌」を楽しめる、味噌作りキットサービス「Ferment 2.0」
保存料や添加物を使用しないで自分好みの「手作り味噌」を楽しめる、味噌作りキットサービス「Ferment 2.0」

大企業にとって『SXSW』の出展価値はどこにあるのか?

Game Changer Catapultのプロジェクト群を前進させる事業開発総括担当、真鍋馨は『SXSW』への出展意図をこう話す。

真鍋:家電の見本市として有名なものには、ラスベガスで開催される『CES』などもあります。ただ、こちらは主に完成品を専門家向けに紹介する性格が強いものです。

Game Changer Catapultは、未完のものをいち早く世に示して、広く意見を取り入れることを重要視しています。さらに「未来の家電」を考えるにあたっては、それがものとして形を持たなくても構わないと考えている。そうした点から、『SXSW』は私たちに向いているんです。

真鍋馨
真鍋馨

会場となったPanasonic House @ SXSW
会場となったPanasonic House @ SXSW

現地での説明役は、プロジェクトチームのメンバー自身が担当する。全員が流暢に英語を話せるわけではないが、発案者本人が発信することで想いが伝わり、何より生のフィードバックを得ることが大きなメリットであるからだという。会場には、ポストイットで気に入ったプロジェクトに投票する場もあり、そこには様々な意見が書き込まれた。

真鍋:各プロジェクトのメンバーは、日本の中ではわからなかった多文化の意見、潜在ユーザーの可能性にも気づけたはずです。日本文化を扱うアイデアについては、どこまで受け入れられるのか不安もありましたが、予想以上に好感触だったものもありました。

ペット向けスマート歯ブラシと飼い主向け会員サービス「Pecoral」
ペット向けスマート歯ブラシと飼い主向け会員サービス「Pecoral」

『SXSW』会場での「Pecoral」接客風景
『SXSW』会場での「Pecoral」接客風景

網膜照射型のメガネ型のディスプレイデバイスで、レストランなどで調理師が調理を行なうさいにレシピを表示する「Kronosys」。『SXSW』会場での体験風景
網膜照射型のメガネ型のディスプレイデバイスで、レストランなどで調理師が調理を行なうさいにレシピを表示する「Kronosys」。『SXSW』会場での体験風景

『SXSW』には2017年から参加し、今年は2度目。Game Changer Catapultの他に、社内の新たな3つのプロジェクト「FUTURE LIFE FACTORY」「100BANCH」「Scratch Home」も合同参加し、さらに各界から講師を招いたセッション「OpenHub」も連日開催した。そうした中で、来場者とのコミュニケーション密度も濃くなったという。プロジェクト全体の牽引役を担当する鈴木講介は、『SXSW』出展をこう振返る。

鈴木:来場者とのコミュニケーションを通じて改めて思うこともありました。私たちの仕事では、プロダクトを通じた「社会課題への対応」「共感」、そして「エンゲージメント(つながり)」が大切になります。このうち「共感」というのは、大企業が忘れがちなことでもある。これらを今後より重視することで、ビジネスとしても成功することを目指したいのです。

鈴木講介
鈴木講介

大企業による『SXSW』参加は、ともすれば、話題性やイメージ戦略とも捉えかねられない。それは『SXSW』というイベントの認知が広まってきている証拠でもある。そんな中、Game Changer Catapultの今回の出展にはどのような意図があったのだろうか。

真鍋:私たちは単なる新規性や話題性のために、回収できない投資をしているわけではありません。むしろ将来の「本流」につながると信じて取り組んでいます。

たとえばネットの世界でも、今ではロングテール(ニッチで販売機会の少ない商品群が、総数として売上を大きくする現象)がひとつの本流になるような状況がある。そうした中で、5年、10年先にこの世界でコアとなるものの「芽」を見つけることが自分たちの役割であり、そこに飛び込もうということです。

真鍋馨

大手企業から生まれた「未来の家電」創出プロジェクトは何を目指しているのか?

Game Changer Catapultのオフィス内の黒板になっている壁面はイラストやメッセージで溢れ、カジュアルな雰囲気。中には「Unlearn and Hack」(先入観を捨て、ハックせよ)というフレーズも見える。スポーツなどで途中交代して試合を一気に変えてしまう選手を「ゲームチェンジャー」ということから、変革をもたらす人やものもそう呼ばれることがある。その発射台=カタパルトとなるのが彼らの目標だ。

鈴木:Game Changer Catapultが目指すことのひとつに、五感にまつわる体験の再定義があります。たとえば映像を見る / 音楽を聴く行為は、デジタル化を機に大きく変化しました。残る味覚、嗅覚、触覚にもそうした可能性はあって、さらに五感の組み合わせで一人ひとりに合った楽しみ方ができるのではないか? 今回『SXSW』で提案したものの中には、料理にまつわるアイデアや、体調や予定に合わせた香りで部屋を満たしてくれる「Aromation」などがありました。

左から:真鍋馨、鈴木講介
左から:真鍋馨、鈴木講介

香りと音楽の新たな体験を提供する「Aromation」。会場ではノブを置く場所によって音楽やリズムが変わるインタラクティブテーブルを展示した。
香りと音楽の新たな体験を提供する「Aromation」。会場ではノブを置く場所によって音楽やリズムが変わるインタラクティブテーブルを展示した。

また、パナソニックは従来も化粧品会社やMITメディアラボのような異領域と交流・協働してきた経緯があり、これを活かした「知の組み合わせ」による創造も、より進めたいという。

鈴木:簡単に言えば、多様な新テクノロジーを、家電でどう使えるかには常にチャレンジしていきたい。これは入山章栄先生(早稲田大学ビジネススクール准教授)に教えて頂いたのですが、イノベーションには自分たちに馴染みのない未開の領域に飛び込む「知の探索」と、ひとつの領域を深める「知の深化」の両軸が必要です。だとすれば我々も「深化」だけでなく、外の世界への「探索」に飛び込んで、新たな組み合わせのチャンスを見つけていきたいと考えています。

たとえば、ブロックチェーンはまだ仮想通貨のための技術というイメージが強いと思いますが、コミュニティーデザインや、シェアハウス、食べ物交換などのライフスタイルにも応用可能かもしれない。『SXSW』でもそうしたアイデアを示すと、お客さんから「僕はクリーニング店をやってるんだけど、ブロックチェーンって何か取り入れられるかな?」なんて話しかけられたりもする。『SXSW』ではそうした様々な方からの反応も、刺激になりました。

左から:鈴木講介、真鍋馨

新規事業には、社員なら誰でも応募可能。担当業務も関係ない

2016年に立ち上げたGame Changer Catapultは、社員を対象に新規事業を公募する試みを始めた。毎年、募集を通じて優れた案を選考、これを通過したプロジェクトには予算がつき、社のサポートを得て実現性を探る仕組みだ。

社員なら誰でも応募ができ、担当業務内容との関係も問わない。たとえば開発系ではない社員による、固いものを食べられない母の介護を通じて発想した「料理の見た目と味はほぼそのままに、柔らかくする調理家電」といったアイデアなどもある。

さらに、プロジェクトチームに社外の人材を引き込むこともOK。イベント的な社内コンテストではなく継続的な仕組みにしたのは、「イノベーションの土壌」を育てることを重視した結果だという。そして、審査を勝ち抜いたプロジェクトは、『SXSW』出展のチャンスを得ることになる。

「DeliSofter」介護体験から発案された料理を柔らかくする調理家電。開発担当ではない社員から発案された
「DeliSofter」介護体験から発案された料理を柔らかくする調理家電。開発担当ではない社員から発案された

事業性検討会の様子
事業性検討会の様子

Game Changer Catapultは何をゲームチェンジする?

大企業らしからぬ新しい挑戦が形になったとき、大企業として培ってきた様々なものがそれを支える強靭な力にもなる。2人の言葉からは、そんな自負も感じられる。最後に、彼らが究極的に何を「ゲームチェンジ」したいのか? それぞれの想いを聞いた。

鈴木:私の考えとしては、大きくは2つですね。ひとつは、大量生産、大量消費という形から、ユーザーの方々が自分に合わせて選択のできる暮らし方への変化です。そこにはユーザーと作り手、双方の変化が必要でしょう。

鈴木講介

鈴木:もうひとつは、働き方や企業活動のあり方という点です。たとえば最初の就職先で定年まで勤め上げるという働き方だけでなく、企業は人材が出たり入ったりする場でも良いのではと。中途採用や外部との連携などもそうですし、一度退社しても、プロジェクトによってはまた復帰する人も実際にいます。そのあたりがよりフレキシブルになれば良いなと、私は思っています。

真鍋:これまで家電メーカーが「こんな便利なものはいかがですか?」と「モノ」を提案し続けてきた中で、これからは必ずしも「モノ」だけでなく、「コト」起点でユーザーの願いに応えることがより増えていって良いと思います。もちろん必要なときは「モノ」を用意すれば良いのですが、それだけにこだわる必要はないでしょう。そして、自分たち自身がそういう存在になれたらと考えています。

パナソニックの祖、松下幸之助はこんな言葉を残している。

とにかく考えてみること、工夫してみること、そしてやってみること。 失敗すればやり直せばいい。(中略)やってみれば、そこに新しい工夫の道もつく。
(『松下幸之助 成功の金言365』2010年刊、PHP研究所)

創業者のこの言葉は、冒頭で紹介したGame Changer Catapultのスローガン「Unlearn and Hack」に受け継がれているのだろう。もちろん、失敗も、やり直しも、そう簡単にはできないご時世だが、それを恐れず「発射台」を作り始めた彼らのこれからと、そこから生まれる「未来の家電」に期待したい。

左から:真鍋馨、鈴木講介

プロジェクト情報
Game Changer Catapult

パナソニック アプライアンス社による企業内アクセラレーター。より新しい生活文化や心躍る体験を実現する、未来の「カデン」を生み出すため、今までとは違うスピード感で、ゲームチェンジャーたちの挑戦が始まっています。

イベント情報
『SXSW 2018』

インタラクティブフェスティバル
2018年3月10日(土)~3月13日(火)

プロフィール
鈴木講介 (すずき こうすけ)

2003年にパナソニックへ入社し、BtoBソリューション営業でキャリアを開始。2010~2011年米国社費留学を経て、家電事業の経営企画を担当。主な業務は、中期計画・事業計画立案、新規事業創出プロジェクト推進、M&A、IR等。経済産業省主催のグローバル企業家育成プログラム「始動 Next Innovator」第一期生。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。ミシガン大学Ross School of Business経営学修士。

真鍋馨 (まなべ かおる)

2003年にパナソニック株式会社へ入社。乾電池事業部にて購買・調達を担当。2008~2009年英国社費留学後、コーポレート戦略本部経営企画部にて、グローバル経営体制構築・M&Aを推進。2015年に冷蔵庫事業部経営企画部課長。2016年から「Game Changer Catapult」の立上げに従事。現在は事業開発総括として新規事業開発を推進。大阪大学大学院基礎工学研究科修了。ケンブリッジ大学経営学修士(MBA)



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