辛酸なめ子が語る、ヒトラーを反面教師にして学んだ「人間の業」

ホロコーストという人類史上類を見ない大虐殺を犯したナチス・ドイツの戦争犯罪については、誰もが学校で習ったことだろう。しかし、彼らが奪っていったのは、数百万人におよぶユダヤ人の命だけではなかった。第二次世界大戦中、ナチスは、ピカソ、マティス、ゴッホ、ゴーギャン、クレー、シャガール、フェルメールといった歴史上の名画を次々と奪っていったのだ。ナチスによって奪われた芸術作品の数は実に60万点におよび、そのうち、10万点もの作品がいまだ発見されていないという……。

今年4月から日本でも公開される『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』は、そんなナチスによる美術品収奪という戦争犯罪を取り上げたドキュメンタリー作品。この作品を見ることによって、ヒトラーをはじめ、ナチス党幹部たちが非道な手段で美術品をかき集めたこと、そして戦後70年以上の年月を経たいまもなお、その精算が終わっていないことがわかるだろう。

今回、公開からひと足先に、コラムニストで漫画家の辛酸なめ子にこのドキュメンタリー作品を鑑賞してもらった。いったい、彼女は、この硬派な作品をどのような視点から見たのだろうか? しかし、話は思わぬ方向からはじまった……。

ナチスの歴史的犯罪も、辛酸が見ると陰謀論の視点に

—『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』は、ナチスによる美術品の収奪を描いたドキュメンタリーです。そんな作品を、なめ子さんはどうご覧になったのでしょうか?

なめ子:やっぱり、ナチスという集団は恐ろしい存在だな……と、改めて思わされましたね。

—ホロコーストでユダヤ人を虐殺しただけでなく、美術品を強奪し、自らの手中に収めていますからね。

なめ子:映画の中で、フランスのロスチャイルド家から絵を奪ったという話がありましたよね。ロスチャイルドといえば、陰謀論の世界では、社会を牛耳る強大な権力と資産を持っている存在として有名です。そんなロスチャイルド家から美術品を奪っていくなんて、ナチスにしかできないこと。ロスチャイルド家にも不遇な時代があったんですね……。

辛酸なめ子(しんさんなめこ) / 漫画家、コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。興味対象はセレブ、芸能人、精神世界、開運、風変わりなイベントなど。鋭い観察眼と妄想力で女の煩悩を全方位に網羅する画文で人気を博す。著書に『辛酸なめ子の現代社会学』『魂活道場』『女子校育ち』『大人のコミュニケーション術』『ヌルラン』など多数。

—まさか、陰謀論の視点からこの作品を見ていたとは!

なめ子:陰謀論が好きで、つい「ロスチャイルド」「ユダヤの富」といったキーワードに反応してしまうんです。ロスチャイルドといえば、以前、ロスチャイルド6世の長女で、ソプラノ歌手のシャーロット・ド・ロスチャイルドが来日してコンサートを開催したんです。そのイベントに足を運んだのですが、ジュエリーをたくさんつけていたことや、MCで庭の広さを自慢していたことが印象に残っています。

—(笑)

なめ子:また、ロスチャイルド家のライバルであるアメリカの名門ロックフェラー家のデイビッド・ロックフェラー・ジュニアの来日講演会にも行ったことがあるんです。昔の日本人が見たらきっと「鬼だ!」と思うような、いかめしい顔つきで本当に怖かった。ちなみにお父さんのデイヴィッド・ロックフェラーは6回も心臓移植して101歳まで生きました。心臓移植のたびに若返るとかいっていて……。強靭すぎる一族です。

—まさか、ロスチャイルドやロックフェラーのイベントに足を運ぶほどの、熱心な陰謀論ファンだとは思いませんでした。

なめ子:陰謀論の世界では、「ヒトラーはまだ生きている」と囁かされているんですよ。ワシントンにある国防総省の地下5階で肉塊となって存在しているといわれています。

—そんな恐ろしい話があるんですね……。

なめ子:また、富という観点ではこの映画の中に出てくるナチスから美術品を奪われた富豪たちの生活にも注目してしまいました。その子孫たちがインタビューに答えている様子を見ると、ものすごい大豪邸に住んでいることがわかります。日本にはこんな富裕層はなかなかいません。きっと、家柄として文化や教養があるから、一度ナチスに富が奪われてもまた復活したのでしょう。彼らのネットワークの強さや、意識の高さを感じます。

映画の中に登場するハウトステッカー家のお母さんと娘さんは、2人ともすごく上品で美しく、ファッションも含めてすべてが洗練されていましたね。あそこまで完璧な暮らしぶりだと、もう嫉妬も湧きません。きっと日本人のちょっとした企業の社長が現代アートを集めても、あそこまでの重厚感や格調を出すことはできないでしょうね。

『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』場面写真。ナチスによる美術品収奪の様子 / ©2018 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved

富を極めても人間らしい愚かさから逃れられない海外セレブを、反面教師にする

—そんな視点は、なめ子さんのセレブ好きと共通するものなのでしょうか?

なめ子:どうでしょうか……。海外セレブは、どちらかというと反面教師的なものとして見ています。彼らは、富や名声を極めても、世間を賑わせるような騒動を起こしてしまう。セレブに対しては、憧れというよりも、愚かな姿を見せることで人々に学びを与える選ばれた存在なのかな……と思っていますね。

—セレブ自身には反面教師という自覚はないと思いますが……。

なめ子:歌手のマイリー・サイラスなんかは、俳優のリアム・ヘムズワースとの婚約解消や復縁騒動などでゴシップ誌を賑わせたり、ディズニーランドを借り切ってバースデーパーティーを行ったりしているのですが、カリフォルニアの山火事で7億円の豪邸を失ってしまいました。それなのに山火事の被害者に50万ドルも寄付したんです。なかなか常人にはできない偉業ですよね。

また、同じくポップシンガーのテイラー・スウィフトは、かつて、歌手・女優のセレーナ・ゴメス、歌手のエド・シーラン、モデルのカーリー・クロスなどと仲がよく、その関係性は「テイラー・スウィフト軍団」と呼ばれていました。しかし、彼女はいつも誰かとケンカをしている様子が報道されています。そんなセレブたちの振る舞いを見ていると、「人間の業」や「執着」を感じずにはいられません。

—セレブたちのゴシップから人間の業を学んでいる……。

なめ子:王室系だと、不仲説がささやかれているヘンリー王子と結婚したメーガン妃とウィリアム王子の妻であるキャサリン妃との関係もつい気になってしまいます。いま、いちばん目が離せない存在ですね。

カルマチェッカーが考える、芸術に挫折したヒトラーの愚かしい「業」

—映画の話に戻ると、ナチスはさまざまな美術品を収奪していきました。その数は60万点にもおよぶといわれています。

なめ子:「戦争」や「軍隊」には、どちらかというと体育会系のイメージがありますよね。しかし、ヒトラーは若い頃から画家になりたくて、ウィーン美術アカデミーを受験するほどだった。「ヒトラー」と「美術」という組み合わせは、どこか不思議に感じました。

ヒトラー自身は、アカデミーの受験に2回失敗し、芸術家への道を諦めています。もしかしたら、自分の作品が認められないルサンチマンが、ナチスに対しても影響しているのかもしれないですね。

『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』場面写真。ヒトラーたちと収奪された美術品の数々 / ©2018 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved

—美術へのコンプレックスがヒトラーを生み出した、と。

なめ子:けど普通、2浪したくらいでそこまで恨む人っていないですよ。私も美大に通っていたのですが、私の周りでも2浪の人はたくさんいたし、中には5浪の人までいたんです。

美術アカデミーに行きたかったのなら、作品を作ることでそのエネルギーを発散してほしかった。彼は自分の中に渦巻くエネルギーを、間違った方向に使ってしまったのかもしれませんね。作品を作ることが自分への癒やしとなっている芸術家は多いので、ヒトラーも自分でもっと芸術的な活動をすればよかったのに……。

—『ヒトラーVS.ピカソ』では、国家元帥・ゲーリングとともに、ユダヤ人から収奪した美術品を競ってコレクションする様子が描かれており、ナチス幹部たちが、芸術を所有することをひとつの「権威」として楽しんでいたようにも見ることができます。

なめ子:古典主義的な、価値の定まった芸術作品が多いですよね。

—なめ子さんも、芸術作品を所有したいという欲求はあるのでしょうか?

なめ子:私の家には、少女向けのイラストで有名な田村セツコさんの絵や、久里洋二さんというアニメーション作家の作品、それに、誰が描いたかも定かではない中世の宗教画などを2~3作品飾っています。他人に見せるためや権威のためというよりも、インテリアという目的で飾っていますね。ただ、保管が大変になってしまうので、あまり数多くの作品を持ちたいとは思いません。展示する設備もないし、どうしていいかわからずその辺に立てかけてしまっている作品もあるんです。

ナチスが開催した2つのアート展から考えられる「センスの悪さ」の本質

—この映画の中には、ナチスによって行われた2つの芸術展の様子が描かれています。1937年から開催された『大ドイツ芸術展』は、「真性のドイツ民族芸術」をコンセプトに、農村の生活や風俗をテーマに19世紀的で保守的な作品が数多く展示されました。一方、『退廃芸術展』には、シャガールやカンディンスキーなどのユダヤ系画家をはじめ、前衛的な作品を描く作家たちの作品が展示されました。

なめ子:ナチスが後押しした『大ドイツ芸術展』は、ゲルマン民族の優秀さを表現するような作品が多いですよね。一方、『退廃芸術展』のほうは、いわゆる「美しい作品」ではありませんが、どちらかというと『大ドイツ芸術展』より活気があり、楽しそうな雰囲気があります。

私自身は、『退廃芸術展』のほうに惹かれましたね。きっと、私の絵も、どちらかというとそちらに展示されてしまうんじゃないかな。ひとつ疑問なのが、『退廃芸術展』に足を運んでも、ナチスに捕まることはなかったのでしょうか?

パンフレットの『退廃芸術展』について書かれたページを開く

—実は、『退廃芸術展』は200万人超の動員を記録するほどの人気を博したそうです。動員数が70万人だった『大ドイツ芸術展』よりも、圧倒的な人気でした。

なめ子:そうなんですね。この2つの展覧会を見比べると、「趣味の悪さ」や「センス」について考えさせられます。『大ドイツ芸術展』は、絵画をはじめとするとても美しい芸術作品ばかりを集めていますが、全体的に悪趣味に感じる。きれいな芸術作品の中に「闇」を感じてしまうんです。

作品を見ていると、「人間は神と同じような体を持ち、完璧な存在である」といわれているような気持ちになりませんか? ナチスは、人間の「業」とか「闇」の部分を隠すためにそういった美しい作品ばかりを集めていたのかもしれない。そんな歪みが、見る人を抑圧し、どこか「悪趣味」を感じさせてしまうような気がしました。

—『大ドイツ芸術展』には、数多くの裸婦画も展示されていました。そこには、人間の体に対する「完璧さ」という強迫観念があるのかもしれませんね。

なめ子:一方の『退廃芸術展』に展示された、ピカソ、マティス、カンディンスキーなどの前衛的な芸術は、単純な美しさではなく鬱屈したなにかを抱えた表現が多い。それでも、退廃芸術のほうは、人間の業をいい形で昇華させようとしているように感じます。人間の中にある負の部分、一見すると醜い部分を出し切ることによって、芸術家自身も浄化されていたのかもしれません。ところで、これらの作品を見るチャンスはあるのでしょうか?

—『退廃芸術展』に関しては、『芸術の危機 ヒトラーと退廃美術展』という名前で、1995年に神奈川県立近代美術館、宮城県美術館、高知県立美術館、山口県立美術館を巡回する展覧会が開催されていました。また、映画の中にも登場しますが、2012年に、グルリットという男性が、美術商の父から相続したナチスによる収奪絵画等1280点を隠し持っていたことが発覚し、国外ではその展覧会も開催されています。

なめ子:そうなんですね。もしも日本に来たらぜひ見てみたいと思います。ただ、いわくつきの作品なので、負のオーラが強そうですが……。

『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』場面写真。海外で開催されたナチスが収奪した美術品の展示会 / ©2018 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved

—ナチスドイツの蛮行を告発する『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』は、なめ子さんの視点を通すと全然違う映画として見ることができますね。

なめ子:私の場合、本題のナチスはもちろん、お金持ちや彼らが発するオーラにも意識が行っていたかもしれません(笑)。見ている中でもいちばん気になったのは、登場するユダヤ人たちが富を蓄えるための金運術。いったい、その裏にはどんな陰謀が隠されているのでしょうか……。

リリース情報
『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』

2019年4月19日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国で公開
監督:クラウディオ・ポリ
原案:ディディ・ニョッキ
出演:トニ・セルヴィッロ
上映時間:97分
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム

プロフィール
辛酸なめ子 (しんさん なめこ)

漫画家、コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。興味対象はセレブ、芸能人、精神世界、開運、風変わりなイベントなど。鋭い観察眼と妄想力で女の煩悩を全方位に網羅する画文で人気を博す。著書に『辛酸なめ子の現代社会学』『魂活道場』『女子校育ち』『大人のコミュニケーション術』『ヌルラン』など多数。



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