地球家電という発想が生む、誰でも関与できる環境へのアクション

パナソニックが推進する「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)」とは、企業のなかでイノベーションを起こすための種を探し事業開発に結びつける、実験室とアクセラレーターを兼ねたような場所だ。これまでに、食や健康、美容などに関わるさまざまなプロジェクトが発信されてきたが、ここで、また新たな試みが産声をあげようとしている。

「AiryTail」とは、周囲の空気も綺麗にするパーソナル空気清浄マスク。マスクを使用する個人のための防塵や空気清浄の役割を果たすだけでなく、周囲の環境にも清浄な空気をもたらすという、ユニークなアイデアが詰まっている。

PM2.5や排気ガスによる大気汚染が国際的な問題になるなかで、AiryTailは個人でもできる環境へのコミットを促進するものとして構想されたという。このアイデアを着想し、チームメンバーと共にかたちにした山中香苗に話を聞いた。

環境への意識と、科学や文明を両立させて働くことに葛藤しはじめるようになって、この10年間ぐらいずっと悩んでいました。

―「AiryTail」とは、どんな事業アイデアなのでしょうか?

山中:これは、東南アジアのバイクライダーさん、特に女性を想定して開発されたパーソナル空気清浄マスクなんです。大きな特徴として、着用する個人がきれいな空気を吸えるようになるだけじゃなく、走行中の風が内蔵されたフィルターを通り、電気なしで周囲の空気もきれいにしていきます。

バイク移動することで清浄な空気が「しっぽ」のように街に広がっていく。それで「AiryTail(空気の尾)」という名前なんです。

山中香苗
1976年、大阪府生まれ。幼少期より環境問題に関心を持ちつつも先端技術に憧れ大阪大学理学部に進学し高分子科学を修了。もっと世の中に役立つ開発をしたいという理由で2006年パナソニックに転職。2010年発売のエネチャージエアコン(廃熱利用)では、蓄熱材の開発や防食を担当し商品化を担当。その頃から、環境問題と家電の在り方に強い葛藤を抱き、「家電メーカーにいるからこそできること」を模索し始め、2016年「地球家電」の構想に行き着き現在に至る。
AiryTailのイメージ画像。粉塵などにより空気が汚染されている交通量の多い道路上で、AiryTailはバイクライダーとその周囲の人々、双方のために空気を浄化する

―東南アジアの国ではバイクが広く普及していますし、PM2.5や黄砂などが原因の大気汚染が問題になっていますね。

山中:そうですね。もともと私自身、小さい頃から環境問題に関心があったんです。大学では理学部に進み、卒業して家電業界に就職したものの、環境への意識と、科学や文明を両立させて働くことに葛藤しはじめるようになって、この10年間ぐらいずっと悩んでいました。もう、いったん会社を辞めてしまって、環境関係のNPOに入ろうかなんて本気で考えたりもしたんです。

でも先端的な技術も自分は好きだし、なんとか会社のなかで状況を変えていきたいとも思っていて……。それで2016年の秋ぐらいから「地球家電」という、環境問題の対策に特化した機能を持つ家電を企画しはじめて、ことあるごとに上司に提案することを始めたんです。

―反応はいかがでしたか?

山中:当時は技術本部にいたんですけど「そんなん買わへん!」「誰がお金払うねん!」と、コテンパンに言われていました(苦笑)。確かにその時点のアイデアは、まだまだ粗削りだったので、当然なんですけどね。

ふつふつとした気持ちを抱えたまま、その後エアコン事業部に異動することになりました。改めて考えてみると私が当時構想していた地球家電はエアコンのカテゴリーに入りますから、これは「しめた!」と。

―異動をチャンスと捉えたんですね。

山中:異動先のエアコン事業部の上司は、地球家電という環境に対するアプローチに共感してくれました。エアコンは、室内を冷やしたり暖かくしたりするために外に排気する必要のある家電ですから、製品開発をする上では環境への意識を持たざるをえないことも理由だったかもしれません。

それで、業務時間の30%を地球家電の開発に割いてもいいという許可をもらったんです。ただ異動先のエアコン事業部で全く専門外の制御を使った機能開発を手掛けることになって、なかなかそれ以外のことにまで手が回らないのが現実でした……。

結局、日々の業務に忙殺されてあっという間に2年間が過ぎてしまったんです。そんなタイミングで知ったのが、「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト、以下GCカタパルト)」の取り組みでした。

お客様に喜んでもらえて、環境問題にもコミットするためにはどうすればよいか。そんな発想の転換が実質的な第一歩でした。

―GCカタパルトは、パナソニック社内で始まった、新しい家電やサービスを提案していくための事業創出を支援するプロジェクトですね(参考:未来の家電を考える。SXSWで起こっている新しいもの作りの兆し)。そこからどのように展開していったのでしょう。

山中:そのGCカタパルトで新規アイデアを募集しているのを知って、事前説明会で環境機能に特化したエアコンの案を言ってみたんです。そしたらやっぱり、「お金を出すお客さんが直接恩恵を感じられない。もっとブラッシュしないと」ってダメ出しをたくさん受けて、ようやく目が覚めたんです。

直面したのは、お客様がこの商品を購入するに至る、直接的な恩恵をどう提供するかという課題でした。「地球家電」のビジョンは面白いけれど、それまではイメージだけが先行していたんですね。

お客様に喜んでもらいながら、環境問題にもコミットできるにはどうすればよいか。そんな発想の転換がAiryTailが生まれるための実質的な第一歩でした。

―一般的な大企業へのイメージは、必ずしもポジティブなものだけじゃないですよね。しばしば商業的な価値を優先しすぎる印象があったり、個人の声を埋没させてしまったりするのは、巨大組織の宿命でもある。でも、そんな大企業のなかで山中さんのように葛藤している人が実際にいらっしゃるのが印象的です。

山中:自分でも変わり者だとは思うんですよ。「それっておかしくないですか?」と、わりとはっきり物を言っちゃう人間でもあるので(苦笑)。

だから環境問題について考え始めるとたくさんの葛藤が生まれてしまう……。でもその一方で新しいものへの好奇心も強いし、組織の力を借りて、自分の理想を実現することに意味があるとも感じるんです。結局のところ、自分の手を動かして「作る」ことにこだわりがあるんですよね。

―AiryTailは山中さんのそんなエンジニア的思考から生まれたのだと感じます。加えて、プロジェクトには迫健太郎さん、加藤優貴さん、盛田吉紀さんの3名が関わっていますね。それぞれ専門領域の異なるメンバーですが、このチーム編成も開発にはプラスに働いたのでしょうか。

山中:そうですね。本当にラッキーとしか思えない優秀なスペシャリストが3名も関わってくれました。商品の特徴を加味したAiryTailという絶妙な名前をつけたのはデザイナーの迫です。企画とプロモーション担当の加藤、事業企画担当の盛田など、いろんな知恵と経験を持った人たちが集まったからこそAiryTailは生まれました。

AiryTailは2本の気流を生み出す独自の風路設計「Dual airflow system」で、バイクライダーとその周囲の人々、双方にきれいな空気を送ることができる
AiryTailが浄化した空気の一部は、首元を通って背面から周囲へと放出される。1人のライダーの走行で、約30人分の呼吸量に相当する空気を放出。多くのライダーが使うほど、その周辺環境により良い影響をもたらす

山中:地球家電のアイデアを具体的なプロダクトに落とし込むまでに、なかなか糸口が掴めずにいたんです。そんな時に、ベトナムやインドに滞在経験のあるメンターが、アジアの主要都市の空気汚染が社会問題になっていて、バイクライダーはみんなマスクをしている、という話をしてくださったのがブレイクスルーになりました。

そこから30名くらいのベトナムの方にインタビューをして、たしかに空気の汚れに困っていること、さらに女性の場合は日焼けにも困っていて、マスクに日よけ服に手袋にと多重対策をされていて蒸し暑さにストレスを感じている人が多いことも知りました。

そこから空気清浄の機能を持ちつつ、日除け防止にもなるマスクのアイデアが具体化していきました。特にベトナムは本当に暑い土地ですから、マスクが冷却機能を持っていれば、一石三鳥にもなる、と。

環境問題を意識していても、個人で何をしていいかわからないことって多いと思うんです。

―AiryTailは現在、プロトタイプの段階だと思いますが、具体的にどのような仕組みで機能するのでしょうか?

山中:バイクが走ることで起こる空気の移動ですべて稼働するのが理想ですが、現在の段階では部分的に充電した電力を使っています。

マスクに内蔵されているフィルターは2種類。首元にある、周囲の空気清浄機能を持つフィルターは、まったく電気を使わない仕組みです。

PM2.5や花粉、粉塵など、大気中の粒子状汚染物質を2種類のフィルターが効率的に捕らえ、ライダーにきれいな空気を送る。また、走行時に受ける風を利用して周囲の空気を綺麗にしながら首元が涼しく感じられる「Air cooling system」を採用。さらに99%UVカットや撥水加工など、道路上で快適に使える仕様にもこだわっている

山中:ライダー用のフィルターは、快適な呼吸のために高性能なフィルターを使っていて、送風の機能もある。ここには電力を使っていますね。その電力はバイクの自家発電を利用した交換式バッテリーでまかなうことを検討しています。

―バイクに乗ることが他の人の環境にも影響を与えていくという、波及性のある環境へのアプローチは山中さんの思想を体現していますね。

山中:そこは原点であり、もっともこだわりたいところです。環境問題を意識していても、個人で何をしていいかわからないことって多いと思うんです。プラスチックを使う機会を減らしていくような、日々の積み重ねもありますが、そのなかで体験価値を継続的に得ていくのはなかなか難しい。

そのために、自分のために家電を使うことが、そのまま環境に貢献できるような仕組みを作って、それを実感する必要がある。そこで、スマホで同時に使用している人数や全体での空気浄化量など、実際の効果を視覚化したり、貯まったポイントで関連商品に交換できるサービスを実装しようとしています。

そういったさまざまな体験を通して、一人ではなくみんなでやるというソーシャルアクション型、分散型社会におけるサステナビリティを実現していければと思っています。

AiryTailで浄化した空気の量に応じて、ポイントが貯まる。貯まったポイントはAiryTailアプリを通じて、フィルター交換や他の商品、サービスとの交換にも使える

―今後はこのプロジェクトをどのように展開していきたいと考えていますか? 奇しくも、2019年末から世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るっていて、衛生環境や空気浄化は大きな関心事になっています。

山中: AiryTailはマスクとして防塵対策は折り込んできましたが、コロナの流行を受けて、人体の健康についてもっと突き詰めていく必要があるなと思っています。さらに、いろんなアイデアを検討中です。

―山中さんが抱いていた、家電と環境の関係に生じる罪悪感は、このプロジェクトに関わることで払拭されてきましたか?

山中:ほんの少し……まだまだ最初の一歩目ですね。地球家電のゴールは、自分一人だけでは直接恩恵を感じられなかったり、まったく畑違いの機能がついていたとしても、それが地球環境を改善する機能であれば、そこに価値を感じて商品を選んでいただけるような世の中や文化を作ることです。

それは、人々の生活に寄り添う家電だからこそ可能なのではないかと考えています。つまり、どこまでを自分の住まいとして認識するか。自分の家をきれいにするという当たり前の認識を、いかに地球という「大きな家」にまで広げていくか、ということです。

現在、環境問題に対しては、いろんなアプローチがありますが、まずは自分にあったものから取り組めればいいと思うんです。その選択肢の一つとして文明も地球環境もあきらめない地球家電の事業化を目指していきます。

大事なのは、一人ひとりが自ら続けられるツールで、環境へのアクションを実践していくこと。環境問題について話しているとよく遭遇するのが、「そんな小さなことやっても問題が大きすぎるから意味がない」というような言葉です。

もちろん、一人であれば当然小さいんですよ。でも全員で取り組めば、すごく大きな効果をもたらすことになる。誰もが、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんのようにはなれなくても、もっと世界がよくなってほしいと思っているはずですから。

―あらためて大企業のなかで働くことの意味とは何でしょうか?

山中:パナソニックというブランドを背負って、世の中に商品を出していくこと自体に大きな意味があると思うんです。もちろんその認知度の高さ、社会への波及性も大いに活用したいという考えがあるんですけど、それ以上に、こういった大きなメーカーから、AiryTailのようなプロダクトが普通に発売されるような社会であることが今、求められている。

パナソニックのような名前が知られているメーカーには安定志向的な面もあって、家電の場合だとそのときの大きな流行に影響を受けるし、逆に家電全体への影響力を持っています。しかし、だからこそ新しいコンセプトをここから発信することに意味があるし、それは必要な社会貢献だと思っています。

プロジェクト情報
Game Changer Catapult

パナソニック アプライアンス社による企業内アクセラレーター。より新しい生活文化や心躍る体験を実現する、未来の「カデン」を生み出すため、今までとは違うスピード感で、ゲームチェンジャーたちの挑戦が始まっています。

AiryTail

交通量の多い道路上では、粉塵などにより空気が汚染されています。外気に直接さらされるバイクライダーや歩行者、近隣住民は、粉塵などの微粒子を吸引している可能性があります。AiryTailは、バイクライダーとその周囲の人々、双方のために空気を浄化します。

プロフィール
山中香苗 (やまなか かなえ)

1976年、大阪府生まれ。幼少期より環境問題に関心を持ちつつも先端技術に憧れ大阪大学理学部に進学し高分子科学を修了。その後、「電化製品がどのように世の中に提供され、消費社会がどのように回っているのか」に興味が湧き、2002年ディスプレイ機器メーカーに入社。液晶の新技術開発や、24時間対応の生産技術、ライン立ち上げを担当しモノづくりの仕組みを学ぶ。もっと世の中に役立つ開発をしたいという理由で2006年パナソニックに転職。2010年発売のエネチャージエアコン(廃熱利用)では、蓄熱材の開発や防食を担当し商品化を担当。その頃から、環境問題と家電の在り方に強い葛藤を抱き、「家電メーカーにいるからこそできること」を模索し始め、2016年「地球家電」の構想に行き着き現在に至る。



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