Coccoがナレーション、沖縄の米軍基地問題のリアルを映すドキュメンタリー『戦場ぬ止み』

Cocco「正しいやさしい選択肢が欲しい」

本作『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』で、ナレーションを務めるCoccoは言う。

ギロチンか電気イスか
苦渋の選択を迫られたとして
それはいずれも“死”だ
(中略)
人として当たり前に与えられていいはずの
正しいやさしい選択肢が欲しいと
私は、そう想うのです
(映画公開に向けた、オフィシャルコメントより)

あらゆる国際関係は良好な関係を目指すべきだし、近隣諸国の脅威があるならばそれを少しでもやわらげていくべきだ。しかし、茫漠と国益を高めることを急ぐあまりに、誰かを縛り付けるような行為が常態化しているのだとしたら、そんな働きかけは、直ちに制止しなければいけないだろう。

『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会
『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会

三上智恵監督『戦場ぬ止み』は、沖縄・普天間基地の移転先として新たな基地建設が進もうとしている辺野古で、着工を防ごうと基地の前で声をあげ続ける人々を映し出したドキュメンタリーだ。事故が頻発しているオスプレイが100機配備される予定となっている基地建設によって埋め立てられる大浦湾。この海底には、豊かなサンゴの群落がある。そのサンゴを巨大コンクリートブロックで押し潰し、最終的にはトラック350万台分の土砂で埋め、基地を作り上げようとしているのだ。


85歳のおばあが「私を轢き殺してから通ってみろ」と叫ぶ

この映画に出てくる「文子おばあ」の声を聞いて欲しい。15歳の時に地上戦を経験し、壕の中で米軍の手榴弾と火炎放射器にやられた。左半身を大火傷し、以前から目が不自由だった母は完全に視力を失った。95歳で看取るまで母親の介護につとめ、これまで60年もの間、辺野古に住み続けてきた。そんな85歳の文子おばあが、基地のゲート前で、工事車両を止めようと立ちはだかる。そして、睨みつける。「私を轢き殺さないと通れないよ。死なせてから通ってみろ」。今、私たちは、戦禍を必死に生き抜いた85歳のおばあにこんなことを言わせてしまっているのだ。

『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会
『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会

民主主義を単なる多数決と誤認するかのように、「国民から信任された私たちがやるんだから、国民はそのうち理解してくれる」と考える現政権は、民主主義の解釈をはき違え、様々な施策を自らのやりたい方向へ進めていく。こぼれ落ちかねない人々の声を聞いて、その声を殺さない方法を模索するのが民主主義の大前提だが、ただただ声を大きくしていくことに力を注いでいる。強いられた国策に抗い続けてきた沖縄は、引き続き基地を背負わせようとする中枢と改めて戦わなければならなくなった。反対運動のリーダーを担う山城ヒロジさんは、「植民地琉球と認識せざるを得ない」と嘆く。時代が戻ってしまったかのようだ。

『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会

『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会
『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会

「粛々と進める」という言葉で沖縄の民意を踏みつぶした国家

昨年11月の沖縄県知事選挙は、沖縄の民意を全国に伝える機会になった。辺野古基地移設・オスプレイ整備に反対する翁長那覇市長(当時)が立候補して移設反対を表明し、結果、現職の仲井真知事に10万票もの差をつけて翁長新知事が誕生した。座り込みが続くキャンプシュワブゲート前は沸いた。叫び、歌い、踊る。その様子を前に、文子おばあが「生きていてよかった」と破顔する。

『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会
『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会

ところが、選挙からわずか3日後、海上工事が再開される。菅官房長官は、沖縄の民意など聞くに値しないと切り捨てるように「粛々と進める」と言った。翁長知事から「上から目線だ」と指摘されると「今後は使うべきではない」と陳謝したものの、その弁明の2日後に今度は安倍首相が「粛々と進めている」と発言してしまう。質の低いコントのような展開だが、膨れ上がった声を「うーん、こちらの考え方にはちっとも影響ないんで」と重ねて踏み潰したのである。またしても裏切られた文子おばあは、抗議運動の中に入り込む。機動隊はあろうことか、文子おばあを引き倒してしまう。頭を打ったおばあが救急車で運ばれていく姿を見ながら、「日米関係を確かなものにするためには致し方ない」と言える人がいるのだろうか。

『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会

『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会
『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会

小学生の女の子まで巻き込まれた裁判

自民党の勉強会で「沖縄の2つの新聞社は絶対潰さなあかん」と発言したのは百田尚樹だ。日本にあるアメリカ軍施設のうち、実に74%が沖縄に集中しているが、本土からの圧政を少しでも弱めようと奮進してきた沖縄のジャーナリズムに対して、彼は「極めて偏向した『アジビラ』(編集部注:政治的煽動を目的とした書面)のような記事ばかり掲載」している(『SPA!』7月14日号)と持論を述べた。小説『永遠の0』で戦争をエンタメ化したテクニシャンには、国家に翻弄され続ける人の声が耳に入らないようだ。それが、エンターテイメントの商材にならないから、なのだろうか。

三上監督は、『山形国際ドキュメンタリー映画祭』で『日本映画監督協会賞』『市民賞』をダブル受賞した前作『標的の村』で、沖縄県東村高江の住民たちを撮った。オスプレイの着陸帯を建設させられそうになっている住民たちは、かつてのベトナム戦争時に、米兵の訓練でベトナム兵の役をやらされていた。2008年、国が抗議運動をする住民たちを「通行妨害」で訴えた。その対象にはなんと、小学生の女の子まで含まれていた。前作も本作も、信じがたい暴挙に対して必死に堪える姿が描かれる。とはいえ、反対する人だけではない。国に雇われ、基地建設予定地の工事海域に出て行く漁師もいれば、補償金をもらい、反対の声をあげずに黙り込み、カメラを避ける人たちもいる。反対する住民を基地に近づかせないように警備する側もまた沖縄県民だ。本土が、沖縄の複雑な構図を作り、遠く離れたところから賛成と反対のぶつかりあいを眺めている。

『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会
『戦場ぬ止み』 ©2015『戦場ぬ止み』製作委員会

この暴走は、沖縄からしか止められないのではないか

「国民の平和を守るため」と繰り返しながら、安全保障法制を強行採決した安倍首相。日本国民よりも先にアメリカ議会で約束してしまった責任を果たすことを一義に進んでしまったこの強権発動に、さすがに多くの国民が違和感を覚えている。本土の人間がようやく芽生えさせたこの違和感や苛立ちと、戦後70年ずっと付き合わされてきたのが、この作品に映し出される沖縄の人々である。『戦場ぬ止み』には、この戦いに終止符を打ちたい、という強い想いが詰まっている。

本作は、7月18日から公開されているが、5月下旬からいくつかの映画館にて先行上映が始まっていた。2か月も早く先行上映を行った理由について、三上監督が語っている。「この暴走は、沖縄からしか止められないのではないか。(中略)沖縄が、急激に戦争へと向かっている日本に対して『止め』をさす。そういう思いで公開を早めた」(『世界』2014年7月号)と言う。今、なんとしてでも、観て欲しい映画である。

作品情報
『戦場ぬ止み』

2015年7月18日(土)からポレポレ東中野ほか全国順次公開
監督:三上智恵
音楽:小室等
ナレーション:Cocco
配給:東風

プロフィール
武田砂鉄 (たけだ さてつ)

1982年生まれ。ライター / 編集。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「マイナビ」「LITERA」「beatleg」「TRASH-UP!!」で連載を持ち、「週刊金曜日」「AERA」「SPA!」「beatleg」「STRANGE DAYS」などの雑誌でも執筆中。著書に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。



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