特集 PR

現代アートが嫌いでもいい。大規模すぎる『大地の芸術祭』ガイド

現代アートが嫌いでもいい。大規模すぎる『大地の芸術祭』ガイド

杉原環樹
撮影:佐々木鋼平

地元住民から疑念の目を向けられ、強い反対意見もあった中で、芸術祭を成功させた原動力とは?

里山地域全体を使った芸術祭では、ただ作品を観てまわるだけでなく、その道中での地域との触れ合いも楽しみの1つです。キナーレから外に出て、徒歩で向かったのは、十日町の市街地。住宅に囲まれた街の一角では、土着的な素材を使った壁画などで注目を集めるアーティストの淺井裕介さんが、特産品の織物に使われる素材「チョマ」(苧麻)をテーマに幻想的な絵画を制作中。一方、そこから少し離れた店舗では、その建物が、元々どのような造りであったかをわからなくするような不可解な作品を準備中の現代芸術チーム「目」の姿がありました。

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』淺井裕介 制作中の作品
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』淺井裕介 制作中の作品

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』現代芸術チーム「目」 制作中の作品
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』現代芸術チーム「目」 制作中の作品

アーティストたちの話を聞いて印象的だったのは、制作中の地元住民とのエピソード。「朝から作業をしているのですが、夕方になると子どもやお年寄りから『今日も暑かったねえ』なんて声をかけられる」と淺井さん。「目」のメンバー、荒神明香さんは、近所の人に相談すると、とても親身になって素材を提供してくれることもあったと話します。

しかし、こうした交流は昔からあったわけではありません。そもそも『大地の芸術祭』の始まりは、新潟県が地域活性化のために計画した「里創プラン」にあたって声をかけられた北川さんが、日本有数の豪雪地帯である越後妻有地域を訪れたことにあります。そこで彼が見たのは、厳しい自然の中で自分たちの営みを1500年以上も守ってきたにもかかわらず、農業の切り捨てや都市への人口集中の犠牲となった人々の姿でした。

「彼らのコミュニティーに対して何かできることはないか?」。そんな北川さんの思いを原動力に企画された『大地の芸術祭』は、しかしその当初、地元住民から圧倒的な疑念の目を向けられました。もともと1999年に予定されていた第1回は、関係6市町村すべての長の反対を受けたこともあり延期。なんとか2000年に開催にこぎつけるも、スタート直後は客足が伸びず、「バスが空気を運んでいる」と揶揄されたと言います。

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 Richard Wilson『Set North for Japan(74°33’2”)』 photo:Shigeo Anzai
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 Richard Wilson『Set North for Japan(74°33’2”)』 photo:Shigeo Anzai

そんな経緯を踏まえるならば、都市部の人からでさえ「よくわからない」と言われることもある現代アーティストたちと、地元住民が日常的に交流をする十日町市の今の光景は、『大地の芸術祭』が積み上げてきたものの大きさが詰まっているように思います。そして、強い反対意見もあった中で、15年にわたり芸術祭を率いてきた北川さんのパワーにも驚きを覚えるでしょう。なぜそんなことが可能だったのか、と。しかし北川さんは「むしろ、自分の意見が通りにくい場所でこそ仕事をしなければ」と言います。

「大切なのは意見の違いではなく、『遊び』の感覚や、『わけがわからないけれど面白いもの』への興味をもとに、違う思想の持ち主が関わり続けること」

1946年生まれの北川さんがそのような考えに至った背景には、若いころに熱中した社会運動への反省があるようです。

北川:自分の意見「A」を「正義」とし、違う意見「B」を持つ人に「Aになれ」と求めるのが従来の社会運動でした。こうした構図は社会運動だけでなく、自分の属するジャンルや思想に固執しがちな多くの人にも当てはまるはず。僕は自分の仕事に誇りは持っているけれど、それを「正義」とは思わない。AとBの違いがあるのは、生きてきた環境が違えば当たり前。でもじつは、同じ時代や社会に生きていることなど、共通点も多いんです。それをベースにする方法を探らないと。

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館 photo:Takenori Miyamoto + Hiromi Seno
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館 photo:Takenori Miyamoto + Hiromi Seno

3年ごとに開催される『大地の芸術祭』。3年間、つまり約1100日のうち、芸術祭はわずか50日間。残り1050日を、北川さんは地元住民への説明会や彼らの農作業の手伝いなど、人との交流に当て続けてきました。そして少しずつ理解を広げていったのです。

北川:越後妻有という人の土地を借りてやる以上、議論が生まれるのは当然。むしろ、意見を交わし合える場所や機会を持たせてもらえることのほうが重要です。今でも「北川が嫌い」という人はいるけど、それでもいい。僕のことが嫌いでも、芸術祭に出ているアート作品のことは面白がってもらえる。大切なのは意見の違いなんかではなく、「遊び」の感覚や、「わけがわからないけれど面白いもの」への興味をもとに、違う思想の持ち主が関わり続けることです。

また北川さんは、「狭いジャンルに閉じこもるのは良くない。僕の場合、アート界にも建築界にもどっぷり浸かっていないから、自由に動けたところがある」とも語ります。こうした従来からあるジャンルの枠組みに対する問い直しは、じつは近年の『大地の芸術祭』でも重要なポイントとなっているそう。というのも初期の芸術祭においては、都市部で生まれた最先端のアートを地方へ「持っていく」ことが多かったのに対し、現在では「現地にもとからある土地と人間との関わり」をアートとして再提示する傾向が強くなっているからです。北川さんがその筆頭に挙げるのが「食」です。

「『食』や『農』『土木』など、自然の中で生きるための知恵、技術すらもアートと呼んでしまおうと」

この日昼食を食べたのは、芸術祭開催エリアの中でも西側にある、まつだい雪国農耕文化村センター「農舞台」。地元で採れた野菜など使い、地域のお母さんたちが調理をしてくれるビュッフェ形式の食事が魅力ですが、「食」とはそもそも人と土地の関係性の中から生まれるもの。そしてそれは、北川さんが考える「アート」の定義とも重なります。

まつだい雪国農耕文化村センター「農舞台」
まつだい雪国農耕文化村センター「農舞台」

越後まつだい里山食堂 地元で採れる野菜を使ったビュッフェ形式の食事
越後まつだい里山食堂 地元で採れる野菜を使ったビュッフェ形式の食事

北川:そんな地域に根ざした「食」のあり方を、もう「アート」と呼んでしまおうと(笑)。回数を重ねるに従い、芸術祭の中での「食」の重要性は高まっていますね。

「土地と人間の関わり」の別の例には、「農の仕組み」や「土木」があります。

たとえば、下条飛渡エリアにある「Soil Museum もぐらの館」に展示された中里和人さんの写真作品『MABU(光ノ境界)』。廃校を利用した同館では、日置拓人さんや佐藤香さんなど、日頃から土を素材に制作を行う9組の作家の作品が展示されますが、中里さんが写すのは川の水を引くために掘られた「マブ」という農業用のトンネルです。この「マブ」や急斜面に築かれた「棚田」は、山間部の越後妻有に特有の「農の仕組み」ですが、そこにも北川さんはアートの姿を見るのです。

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 中里和人『MABU(光ノ境界)』
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 中里和人『MABU(光ノ境界)』

一方、「土木」の側面を象徴するのは、津南エリアの土石流跡に設営中の磯辺行久さんによる『土石流のモニュメント』。「辰ノ口」と呼ばれるこの場所では、2011年3月12日に起きた長野県北部地震の影響で、大きな土砂災害が発生しました。現在、建造されている円筒型の砂防ダムの奥から雪なども巻き込みつつ流れた土砂は、目の前の国道353線を越えて、延長100平方メートルにも及んだと言います。今回、磯辺さんが設置した260本の黄色いポールは、その到達範囲を示しています。

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 磯辺行久『土石流のモニュメント』(イメージドローイング)
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 磯辺行久『土石流のモニュメント』(イメージドローイング)

北川:しかし「辰ノ口」、つまり「龍の口」という地名に学んだ人々は、そのエリアに住居を建てていませんでした。おかげで大規模な土石流にも関わらず、人的被害は出なかったんです。磯辺さんの作品は、地名から危険を察することのできた、土地に対する人の付き合い方を教えてくれるでしょう。また、建造中の砂防ダムのような「土木工事」は、一般的に悪いことのように語られ、僕自身もある時期までそう思っていましたが、考え方が変わりました。工事を行わなければ、ここで人は生きていけません。これも厳しい土地で生きるための、1つの大切な「技術=アート」なんです。

アートとは、自然の中で生きるうえでの知恵。「食」や「土木」といった対象までをも範疇に入れることで、『大地の芸術祭』の目指すアートは広がっているようです。

Page 2
前へ 次へ

イベント情報

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015』

2015年7月26日(日)~9月13日(日)
会場:新潟県 越後妻有地域各所
料金:
前売 一般3,000円 高・専・大学生2,500円
当日 一般3,500円 高・専・大学生3,000円
※中学生以下無料

イベント情報

『大地の芸術祭 2015 YEN TOWN BAND @NO×BUTAI produced by Takeshi Kobayashi』
2015年9月12日(土)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:新潟県 まつだい「農舞台」
料金:前売5,000円(全自由・入場整理番号付)
※『大地の芸術祭』作品鑑賞パスポートチケット付
※『大地の芸術祭』作品鑑賞パスポートをお持ちの方は別途ライブチケット(2,000円)の購入が必要

プロフィール

北川フラム(きたがわ ふらむ)

1946年新潟県生まれ。アートディレクター。東京藝術大学卒業。主なプロデュースとして、『アントニオ・ガウディ展』(1978-1979)、『子どものための版画展』(1980-1982)、『アパルトヘイト否!国際美術展』(1988-1990)など。地域作りの実践として『瀬戸内国際芸術祭』『大地の芸術祭』の総合ディレクターをつとめる。

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

The Wisely Brothers“テーブル”

The Wisely Brothersの新アルバム『Captain Sad』から、リード曲“テーブル”のMVが公開。監督は新進気鋭のアートチーム「chua」。目の前に座っていても視線は交わされない、ひりつくように愛おしい時間は自分の記憶にも確かに存在していて、なんとも切ない気持ちに。ちょっとドリーミーなのも癖になる。<ふたつが重なることはない どうしてもそれぞれは なくなるコーヒーを見て歌おう>というフレーズ、このアルバムに通して漂う悲哀と希望がぎゅっと詰まっているよう。(石澤)

  1. 吉田豪が見た『全裸監督』と村西とおる 過去の危ない体験談を語る 1

    吉田豪が見た『全裸監督』と村西とおる 過去の危ない体験談を語る

  2. おうちでサマソニ。YouTubeライブ配信にThe 1975、レッチリ、Perfumeら 2

    おうちでサマソニ。YouTubeライブ配信にThe 1975、レッチリ、Perfumeら

  3. 柄本佑と瀧内公美が盆踊りを手繋ぎで横切る 映画『火口のふたり』本編映像 3

    柄本佑と瀧内公美が盆踊りを手繋ぎで横切る 映画『火口のふたり』本編映像

  4. 草彅剛がダメ長男、MEGUMI&中村倫也らが家族 映画『台風家族』場面写真 4

    草彅剛がダメ長男、MEGUMI&中村倫也らが家族 映画『台風家族』場面写真

  5. 漫画『スラムダンク』公式Tシャツ発売 桜木花道、流川楓らのイラスト使用 5

    漫画『スラムダンク』公式Tシャツ発売 桜木花道、流川楓らのイラスト使用

  6. 広瀬すずが『LIFE!』登場、『なつぞら』コラボで中川大志&内村光良と共演 6

    広瀬すずが『LIFE!』登場、『なつぞら』コラボで中川大志&内村光良と共演

  7. ビリー・アイリッシュという「現象」の正体 なぜ世界中で熱狂が? 7

    ビリー・アイリッシュという「現象」の正体 なぜ世界中で熱狂が?

  8. ピアニスト・清塚信也はなぜバラエティ番組に出る?意外な狙い 8

    ピアニスト・清塚信也はなぜバラエティ番組に出る?意外な狙い

  9. 『ライジング』8月16日は開催中止、台風10号接近のため 17日の開催は明日発表 9

    『ライジング』8月16日は開催中止、台風10号接近のため 17日の開催は明日発表

  10. コムアイ×Yogee角舘健悟 東京も好い、でも海外は発見に満ちている 10

    コムアイ×Yogee角舘健悟 東京も好い、でも海外は発見に満ちている