菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』第2部

菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』第2部

第1部では、アニメーション映像に音楽を付けるという「真剣な遊び」の模様をお伝えしてきた。続いて第2部では、菅野氏が観客のリクエストに答えて、即興で映像に合った演奏を行った模様をお伝えする。さらに、話は神山監督と渡辺監督における音楽の付け方や性格の違いにまで及び、深い話と笑い話が入り混じりつつ、盛況のうちに幕を閉じた。この場でしか聞くことができない貴重なトーク満載のシンポジウム、後編のスタートです。

格闘シーンがすごくスポーティになって、なんの悲壮感もなくなりました(渡辺)

佐藤:では次は、『カウボーイビバップ』を観てみましょうよ。

(少女と犬が砂漠を歩いているシーンを上映)

菅野:このシーンをご覧になったことのないお客さんに、この子と犬がどんな関係性なのか想像していただいて、それを元に曲を弾いてみようかと思うんです。どなたか「こんな感じの曲を付けてほしい」っていう方はいらっしゃいませんか?

(会場から手が挙がる)

佐藤:じゃあ、そこの女性の方。

お客さん:この子はとても華奢で、お腹が空いてそうなのがとても伝わってくるんですよ。だから、連れている犬を食べてしまおうかと悩んでいるように感じました。この犬は友達だから食べたくないんだけど、でも生きるためには食べなきゃいけないという…。

菅野:すごい葛藤!!(笑)。

佐藤:これは新しい発想ですね! チラチラ犬の方を見ているのは、「うまそうだな」と思いながら…。

渡辺:悩み苦しんでいるんでしょうね、きっと。

菅野:じゃあちょっとやってみましょうか。

菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』

(菅野氏、重々しく切ない曲を弾き始める、会場ザワザワとする)

菅野:ちょっと難しかったですね。私が思う「食べちゃいたい」という感情は、なんというか、ヨーロッパっぽいイメージなんですよ。

佐藤:でも、寂しさが感じられましたよね。

菅野:そうそう。食べずにはいられない、というような。

佐藤:ただ彼がボーっとしているシーンも、心の内で「食べたいなあ…」と葛藤しているように見えてきましたよ。

菅野:そうですか。ありがとうございます。

佐藤:聴いてみていかがでした?

お客さん:本当に、その……食べられちゃうのかなあ、っていう気になりました(会場笑)。

菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』

菅野:じゃあ、次にいよいよ『カウボーイビバップ』の第1話を見てみましょうか。はじめに『攻殻機動隊 S.A.C』の第1話にヒット曲をあててみたわけですから、ここは公平に、ビバップにもやらないわけにはいかないですよね。

佐藤:やり返すわけですね!

菅野:ということで、主人公スパイクと敵の格闘シーンに“男道”を当ててみたいと思います(笑)。では、どうぞ。

(『カウボーイビバップ』第1話の格闘シーンに“男道”を付けて上映)

神山:いやー、最後に登場する相方のジェットが、全部持っていきましたね(笑)。

佐藤:バトーとジェットの共通点みたいなものが見えた気がしました(笑)。

渡辺:まったく一緒なんじゃないですか(笑)。

菅野:じゃあ、彼らの動きに合わせてラジオ体操でも弾いてみましょうか。

(先ほどの映像を上映、格闘に合わせてラジオ体操の曲を自在に弾く菅野さん)

渡辺:これは、いいですね。格闘シーンがすごくスポーティになって、なんの悲壮感もなくなりました。

菅野:最後に本チャンのやつを見て、このコーナーを終わりにしましょうか。

(おしゃれなジャズ音楽と共に上映)

菅野:かっこいい!!

渡辺:…失いかけていた自信を取り戻しました(笑)。

菅野さんには、「泣き」の曲が、感動系がお好きですね、って言われます(神山)

佐藤:ナベシンさんの音楽の付け方って、客観的なんですよね。主人公のスパイクにも敵キャラにも、どちらの感情にも寄り添わないというか。敵キャラが撃たれるところなんて、曲調を変えたりしてもいいのに、変えない。逆に、シーンの変わり目なんかは、バッチリ決めてきますよね。

神山:本当に、僕の音楽の付け方とは逆なんですね。

佐藤:神山さんの音楽の付け方って、どういうものなんですか?

菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』

神山:音響監督に任せている部分も多いんですが、もし僕が『カウボーイビバップ』の第1話を演出するとしたら、やっぱり主人公のスパイクの気持ちに寄り添うように付けますね。お客さんに「登場人物はこんな気持ちなんですよ」と伝えたいな、と。だから、菅野さんには、神山さんは「泣き」の曲が、感動系がお好きですね、って言われます。

佐藤:あえて辛いシーンに明るめの音楽を貼ることもあります? それともべったり寄り添いますか?

神山:べったり行きますね。

渡辺:音楽に対する「距離感」が違うのかもしれないですね。僕の場合は、感情に寄り添うように付けるんじゃなくて、なんとも名付けようのない理由で付けるんですよ。「なんでここにこれを付けるの?」って聞かれても、説明ができないんです。

菅野:これだという曲に行きつくまで、いろいろと試してみたりするの?

渡辺:もちろんそうです。

佐藤:『カウボーイビバップ』で、冷蔵庫が飛んでいるシーンにクラシックを付けているところがあるんですけれども、あれもいろいろ試した結果なんですか?

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渡辺:あれは、してないですね。別案はあり得ないですから。「これしかない」という曲を出しました。

頭の中で鳴っていたのとは違う曲を付けてみたら、意外といいじゃんっていうこともあります(渡辺)

佐藤:お二人は、コンテを描いてるときって、頭の中で音楽は鳴っているんですか?

神山:『攻殻機動隊 S.A.C』をつくっているとき、始めは鳴っていなかったんです。でもバトーと、ザイツェフっていう格闘家が対決する「心の隙間」っていう回を描いてるときに初めて、ある曲を「格闘が始まった後から入れたい」と思ったんですよ。音響監督は「格闘の前から入れたい」と言ったんですが、それではバトーが勝つのがお客さんに分かってしまうと思ったんですね。やっぱり、「どっちが勝つんだ?」と思いながら観てほしいんですよ。

佐藤:ナベシンさんはどうですか?

渡辺:仕事をしている間は、ずっと音楽を聴いているんですけど、作品と全く関係ない音楽を聴いていることもあります。コンテを描いているときは、音楽が浮かんでいる場合も勿論多いですけど、それに縛られすぎてもいけないので、あとから変えることもあります。頭の中で鳴っていたのとは違う曲を付けてみたら、意外といいじゃんっていうこともありますから。

神山:それから、編集という行為と音楽は、ものすごく連動している気がしますよ。編集が終わるまでは、音楽って決まらないですよ。編集で切っていくと、作品の尺(長さ)が決まりますよね。それでやっと音楽をどうしようか分かってくるので、コンテの段階では全くわからないときもあります。

じつは私、作品はちゃんと観ていなくて、監督の所作を見ているんですよ(菅野)

佐藤:菅野さんに聞いてみたいんですが、お二人の監督で、音楽のオーダーに違いはあるんでしょうか?

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菅野:お二人ともきっちりとオーダーされる方じゃないので、オーダーはないとも言えるんですが、ナベシンさんの場合は、ぴったりキャラの感情と合う音楽の、ひとつ隣あたりの曲を付けますね。哀しい感情を表現するときには、怒っていたりだとか。隣の感情を表現すると、そぐう感じがするんです。

佐藤:なるほど。

菅野:神山さんの作品に音楽を付けるときは…、なんとなく常に、怒ってます。

佐藤:え?

菅野:あ、神山さんに対して怒っているんじゃなくて(笑)、なにか怒りというか報われなさを音楽に入れているんです。同じような感情を表現したいときでも、神山さんの場合は「ささくれ」、ナベシンさんには「やさぐれ」(笑)を入れています。

佐藤:韻を踏んでいていい感じです(笑)。でもその音楽の差って、作品に寄り添った上で出てきているものだから、音楽の発注元である監督さん自身にはよく分からないのかもしれないですね。

菅野:作品というか…じつは私、作品はちゃんと観ていないんですよ。

佐藤:え、そうなんですか?

渡辺:そうだよね。監督を見ているんだよね。

菅野:そうそう。会ってお話をしたときに、あまり目を見ない、サングラスをしている、ポケットに手を突っ込んでいる、などといった所作を見るんですよ。それで、人によって、こういう音楽だったら傷付かないだろうって(笑)考えながら、変化させているんです。

菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』

神山:…こわいですね(笑)。しっかり見られているんですね。

渡辺:神山さんの作品を観ていて感じるのは、いい意味で「青臭い」っていうこと。

菅野:そうそうそう!

渡辺:そこが羨ましいというか、俺にはできないなぁ、と。19歳みたいな精神状態で、ずっとつくっているんでしょうね。

神山:「青臭い」というか…真面目すぎるな、とはよく思いますね、もう少したがを外した方がいいのにな、とか。

渡辺:このまま大人にならないでほしいな、と思います(笑)。

うまく映像と音楽が合ったときって、鳴っていたことに気がつかなかったりするんです(神山)

佐藤:さて、このシンポジウムもそろそろ終わりですが、僕らのやりたかったことって、お客さんに伝わったんでしょうか。

菅野:私は、音楽の付け方に正解はないと思うんですよね。「これでなくてはいけない」という音楽なんてないんです。今日の遊びを通して、映像に音楽を付ける可能性がこんなにもあるんだ、ということを感じていただけていれば嬉しいです。

菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』

渡辺:それにしても、すごく真剣に遊びましたね。僕、昨日、夜中の4時まで選曲してましたから。普段、音楽を付ける際に僕らが行っている、試行錯誤のプロセスをお見せできてよかったです。

神山:ちなみに、「ダビング」という、セリフと効果音と音楽をミックスする作業があるんですが、僕はダビングの初見のときが、音楽を修正する最後のチャンスだと思っているんですよ。音響監督と事前に打ち合わせをして、あらかじめ映像に音楽を貼っておいてもらったものを、徹夜明けに見たりするわけです。そうすると、一回目を聴き逃してしまった場合、音楽が合っているのかそうでないのか分からなくなっちゃうんですよね。それは避けなきゃいけない。

あと、ちょっとヘンな言い方ですが、うまく音楽の合った映像を観たときって、すごく感動するんだけど、振り返ってみると音楽が鳴っていたことに気がつかないことってありませんか。

渡辺:ああ、ありますね。

神山:そういう映像に仕上がったときは、「うまくいったな」って思うんですよ。

音楽がアニメーションを「どうにでも変える」(佐藤)

佐藤:このシンポジウムのテーマ、『音楽がアニメーションをどう変えるか』に戻ると、結論としては、音楽はアニメーションを「どうにでも変える」、ということになりそうですね(笑)。でも、逆もあると思うんです。なぜなら、菅野さんは以前、こうおっしゃっていたからです。「映像があって初めて、私の曲が生まれる」。

菅野:ええ。それは、本当にそうなんですよね。

佐藤:じゃあ、最後に一言ずついただいてもいいですか?

神山:今日は、本当は仕事がものすごく忙しかったんですけれども、浜松まで来た甲斐がありました。改めて、音楽の可能性を再認識することができましたね。

渡辺:本当は徹夜でもっとたくさんの曲を選んでいたんですが、プログラムが押してしまい、発表できませんでした…。そのことがショックで、来た甲斐がなかったなあ、と思います(笑)。いや、それは冗談で、意外にウケてよかったな、と安心してます。来た甲斐がありました。ありがとうございました。

菅野:(お客さんに)皆さん、今日はお越しくださいましてありがとうございました。お三方も、自分の仕事を放り出して(笑)、映像と音楽を合わせる遊びに付き合っていただきましてどうもありがとうございました。私も楽しかったです。

菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』

佐藤:というわけで、今回のシンポジウムはお開きです。皆さんがこれをきっかけに、映像と音楽の関係について、より深く考えていただけるきっかけになれば幸いです。長時間にわたりお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました!

(会場から大きな拍手)



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