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マンガ家・今日マチ子と行く『宮本三郎のデッサン教室』展

マンガ家・今日マチ子と行く『宮本三郎のデッサン教室』展

内田伸一
撮影:佐々木鋼平

2時限目:人物画―記号を超えた「生」に直に向き合う

続いては、人物画の数々を鑑賞。宮本三郎の人物デッサンには、『踊り子』『芸人』『少女 和服』など、各々の物語を想像させる個性豊かな人々が登場します。アトリエだけでなく、様々な場所で描いていたようですね。マンガの世界でもキャラクターを描き分けることは大切だと思いますが、今日さんはこれらの絵から何を感じたのでしょうか?

『芸人』(部分)紙、鉛筆、水彩、制作年不詳
『芸人』(部分)紙、鉛筆、水彩、制作年不詳

今日:私はもともと、顔の描き分けはあまり好きではないほうなんです。キャラクターよりも状況を描きたいという気持ちがあって、極端に言えば平安時代の絵巻のように、全員同じ顔で、服の違いで誰だかわかるくらいのこともやってみたい(笑)。ただ、絵をずっと描いていると、つい判で押したような表現や、自分が描きたい角度・表情ばかりになりがちなんです。そんな筆先を矯正してくれるのは、やはり実際の世界を色々見て、感じて、描くことなのだろうと思います。宮本さんのデッサンを見ていて共感するのは、こうやって幅広い人たちに出会って描くことで、単なる「記号」ではない世界と向き合うことの大切さです。

『みかこさん』彩色前の原画より ©今日マチ子(講談社)
『みかこさん』彩色前の原画より ©今日マチ子(講談社)

絵画とマンガを単純に比べることはできませんが、「記号でないものに向き合う」大切さは通じそうですね。

今日:私も日常の中で「デッサンを描くつもりで眺める」ことはよくしています。電車で気になる人やものを見たりすると……エアーデッサンみたいな感じで(笑)。人間に限らず、たとえば全く同じ靴でも、持ち主によって綺麗なもの、少し汚れたもの、色々ですよね。今こうしてお話しているときも「あれ、その靴ひもどうやって結んでるだろう」と思ったり……。

スミマセン、僕(ライター)の靴ひもは無精で絡まりまくってるだけです!(汗) 普段から描き手目線での観察を大事にしているのですね。エアーならいつでもどこでもできるし、宮本三郎もやっていたかも? デッサンには、まさに彼が言ったような自分自身の「感動」や新しい気付きのための扉という面もありそうです。

『写生会』(部分)紙、インク、制作年不詳
『写生会』(部分)紙、インク、制作年不詳

今日:もちろん宮本さんのような芸術家にとっては、そのさらに先の世界もあるのでしょう。でも、デッサンすることによって日常の世界を再発見するその楽しさは、特に絵が得意でなくても、とにかく描いてみればひとりひとりの形で実感できると思いますよ。

『センネン画報』原画より ©今日マチ子
『センネン画報』原画より ©今日マチ子

今日さんの言葉に勇気づけられ、まずはエアーデッサンから始めてみようかしら……。なお、宮本も描くことの魅力を広く人々に伝えるべく、美術雑誌への寄稿や少年向け指南書の執筆などを積極的に行っていたそうです。展覧会ではそれらも展示されています。

また、宮本は東京の街角や箱根の山々を描いたおおらかな風景デッサンも残しています。自然の観察には「微妙さや複雑さを見て」描きつつ、「大づかみな関係をも現す」のが大切だとの言葉も。ここにも彼の、生命への好奇心と観察眼が見てとれるようです。

3時限目:裸婦像―「この世界の謎」を日々探る情熱

この美術館が建つ場所にかつてあった宮本三郎のアトリエでは、毎朝9時から、モデルを前にデッサンする彼の姿がありました。静かな美術館の壁一面に並ぶ裸婦像からは、宮本がモデルたちと対話し、画材を操った当時の気配が伝わってくるかのようです。

展示風景
展示風景

今日:画家とモデルの時間というのは、恋愛とも違うけれど特別で、よいものだなと思います。かつてここにあったアトリエで、宮本さんはどんな時間をモデルたちと過ごしていたのでしょうね。

今日さんも、予備校と、大学卒業後に通ったセツ・モードセミナーで何度かヌードデッサンの授業を経験したそうですね。デッサンといえばヌード、というイメージもあります。ヌードデッサンを描くことは、どんなことを教えてくれるのでしょう?

今日:私もヌードデッサンは好きでした。裸のモデルさんたちを目の前にすると、人の身体の形はバラバラで、本当に個性豊かなことを実感します。女性は細くても柔らかさがあり、男性は骨格が前面に出るようなゴツゴツした感じ。さらにひとりひとり、本当に多様なので、いくら描いても飽きないモチーフなんです。宮本さんは、肉感的な女性モデルを数多く描いていたようですね。

『裸婦』(部分)紙、鉛筆、制作年不詳
『裸婦』(部分)紙、鉛筆、制作年不詳

ここでまた宮本三郎本人の言葉を引くと、女性の裸体美は「比例の美しさ」「柔い弾力のある量感」「なだらかな線の変化」、そして「肌の微妙な色彩」にあるそうです。

今日:描き手が何にこだわって描いているか、それがわかりやすいのもデッサンの魅力だと思います。「こういう腰のラインを何度も描いたのは、画家もその形に驚いて『もっと知りたい』と思ったのかな」とか「なぜこの絵はこんなに黒く描いたのだろう」など考えながら見ていくと、色々発見がありそうです。私は特に、少ない線でシンプルに描いた作品たちに惹かれました。絵の描線というのは、描き手が積み重ねてきたものがよく出てくるとも思います。

展示風景
展示風景

なるほど……確かによく見ると、同じモデルを描いたように思われる作品でも、それぞれの個性が見えてきます(中にはモデルの後ろの鏡に画家本人の姿が映る、遊び心のある1枚も!)。ちなみに今日さんは学生当時、「男性モデルさんたちのくるぶしの形がどれも個性的で格好いい!」と、クラスメイトと盛り上がりながら描いていたとか。

『センネン画報』原画より ©今日マチ子
『センネン画報』原画より ©今日マチ子

今日:宮本さんのデッサンは、単にリアリティーの追求ではなく、現実の姿と、自分が描きたいものの両方を探っているようでもあります。だからデッサンすることは、観察力を磨くと同時に、自分を分析する時間とも言えそうですね。それは芸術の範疇を超え、この世界の謎に向かう姿勢のようにも思えます。そんな現場の空気が伝わってくるのも魅力的です。

裸婦像はスケッチだけでなく、画家・宮本三郎にとって生涯の主要なモチーフでもありました。女性は彼にとって美の象徴のみならず、世界の謎を象徴する存在だったのかもしれません。

なお、今回の展示では宮本の傑作『ヴィーナスの粧い』や、『化粧室の裸婦』『手を組む婦人像』などの油彩画と、これらに先立って描かれた習作デッサンを同時に見られる部屋もあります。女性のしなやかな強さ、生命力をデッサンでつかみとり、大作へと昇華させていく様を見比べられる、見応えある展示ですよ。

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イベント情報

『宮本三郎のデッサン教室』

2012年12月11日(火)〜2013年3月20日(水・祝)
会場:東京都 自由が丘 世田谷美術館分館 宮本三郎記念美術館
時間:10:00〜18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜(月曜日が祝休日の場合は開館、翌火曜が休館)
料金:一般200円 大高生150円 小中学生・65歳以上・障害者の方100円
※小中学生は土、日曜、祝日、夏休み期間は無料
※障害者で小・中・高・大学生および障害者の介護者1名は無料

『作り手から見た宮本三郎 第7回「閉館後の美術館で、素描を語ろう」』
2013年2月9日(土)19:30〜21:00(19:00開場)
会場:東京都 自由が丘 世田谷美術館分館 宮本三郎記念美術館
講師:諏訪敦(画家)
聞き手:小金沢智(当館担当学芸員)
定員:先着70名(要事前申込み)
料金:500円
※申込が定員に達したため、キャンセル待ち申込み受付中

『写生講座「淡彩で花を描く」』
2013年2月23日(土)、3月3日(日)10:30〜17:00
会場:東京都 自由が丘 世田谷美術館分館 宮本三郎記念美術館
講師:久保木桂子(日本画家)
対象:中学生以上
定員:各日先着15名(要事前申込み)
料金:2,500円(画材費込)
※申込が定員に達したため、キャンセル待ち申込み受付中

『ワークショップ「Play Paint」』
2013年3月10日(日)14:00〜15:30
会場:東京都 自由が丘 世田谷美術館分館 宮本三郎記念美術館
講師:松岡亮(アーティスト)
定員:先着20名(要事前申込)
料金:1,000円(画材費込)
※申込が定員に達したため、キャンセル待ち申込み受付中

プロフィール

今日マチ子

マンガ家。東京藝術大学美術学部、セツ・モードセミナー卒業。2005年「ほぼ日マンガ大賞」入賞、2006年、2007年、2010年『文化庁メディア芸術祭』「審査委員会推薦作品」に選出。2011年、ダ・ヴィンチ電子書籍アワード「コミック・絵本部門賞」受賞。著作に『センネン画報』(太田出版)、『みかこさん』(講談社)、『かことみらい』(祥伝社)、『ぼくのおひめさま 親指姫 白雪姫』(ピエブックス)、『cocoon』、最新刊『アノネ、』(秋田書店)など。現在は劇団「マームとジプシー」藤田貴大との共作漫画『mi-na-mo-no-gram』に取り組み中。無類の猫&カメラ好き。

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