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「フジワラノリ化」論 第12回 市原隼人 今、「熱血」という商売を問う 其の五 まとめ:この「熱血」を冷却すべきはいつなのか

「フジワラノリ化」論 第12回 市原隼人 今、「熱血」という商売を問う 其の五 まとめ:この「熱血」を冷却すべきはいつなのか

武田砂鉄
イラスト:なかおみちお(TOKYOHELLOZ)
2010/05/27

其の五 まとめ:この「熱血」を冷却すべきはいつなのか

韓国ドラマは、放送前日まで撮影が行われるケースすらあるようで、それはつまりどういうことかというと、視聴者の反応を見てドラマのシナリオをいじっていくのである。この連載も実はそれと変わらぬ手法をとっていて、全5回のうち、連載開始時に用意出来ているテキストは2回分くらいのものである。すると、テキストに対する反応を教えてくれたり、彼のあの点についてオレはこう考えるなどと反論を寄越してくれればそれについても盛り込んでいくようにしている。芸能人というのは見過ごされる生き物だ。真摯に語られる機会が実は少ないのである。マニアがじっくり語る礼讃の場は多くても、通りすがりに立ち寄って長々と話すこのような連載は、あるライブ感を注入していく必要がある。それゆえに、感想を求めていく。感触を探しにいく。

市原隼人について問いかけると、ああそうなるほどね、最近よく出てるよね、という反応ばかりが出てくるというのは、「其の一」で書いた通りだ。そこから深く掘り下げていく為にこの連載で扱ってみた。実のところ、掘り下げていくポイントがあまり見あたらなかったのである。それは聞き込んでいく中での反応もそうであった。肯定も否定も、深みが無い。いいよね、なんか素直で熱くて、あとキレイな顔立ちだし瞳もキラキラしていて、自分の友だちが俳優になっているような親しみやすさがあるよね、という肯定意見があれば、それがそのまま反転して否定の意見としても成り立つ。要するに、玄関口で結論が出てしまっているのだ。それはどうやらこれを読んでくれた人でも変わらないらしい。何とか玄関口から中に入り込んでその中を伝えても、玄関口での印象がそのまま変わらないのだ。

となると、立往生してしまう。市原隼人を考えると、行き先がなくなってしまう。引き返す事は出来るし、ひとまずやってきた地点からの景色を述べることはできるのだが、ここから先どこを探っていけばいいのかが分からなくなる。物事の洞察には簡単に分ければ横軸と縦軸があって、横軸は今いる地点と周辺との比較、縦軸はここに至るまでの道筋とここから行く道を見据える。論考に定義などないのだろうが、この横軸と縦軸をミックスさせるのが、思案を論考に仕立てていくインスタントな手法であろう。しかしそれは、その軸の交差する地点、すなわち論考対象の現在が明確な地点を持っていなければ座標軸自体が成り立たなくなる。表面の肌触りがやたらと鋭利に劇化するだけで「流行りの異分子」として立ち振る舞っている市原隼人の軸は、どこなのか。無い、という結論は、論としては怠惰に放り投げた結論のように思われるかもしれないが、今回に限っては、行き着いた上での「無い」である。この論の冒頭で「市原隼人は5年後には消えてしまうのではないかと思っている」と書いた。書いたものの、ドキドキしていた。その時点でまだ自分は2回分のテキストしか書いていないのだ。調べて書き進めるうちに変わるかもしれないではないか。だからドキドキしていた。しかし、変わらなかった。最初に見つけた結論は、最後になっても変わらなかった。

市原隼人は、「QUICK JAPAN」のロングインタビューの中で、「オレ、ナントカ系とか、カテゴリーにはめられることが好きじゃないんで。」「めちゃくちゃ熱い男って言われていますけど、自分じゃ実感ないですし(笑)。」と語っている。これに似た発言が同じインタビュー内にいくつか出てくる。つまり、彼自身、今の自分の評価の中軸に「熱血」があることを認知している。その上で、そこから飛び出そうとする。しかし、飛び出す為に何をするか、がむしゃらに芝居を続けるのみだとする。それが「熱血」とカテゴライズされるのだと気付いていない。オレは一生懸命に芝居を続けていくのみっす、これではやっていけない。視聴者はそこまで優しく付き添ってはくれない。どうやらこの一辺倒に揺らぎが見あたらない。だからこそ僕は、このまとめ原稿の段階にあたっても、「5年後には消えてしまうのではないかと思っている」という、入り口の結論を変えることが出来ない。

「フジワラノリ化」論 第12回 市原隼人

「ガンであと何ヵ月かしか生きられないという方から、『テレビで観ると元気が出るんです』って言われたんです。自分が人をそんな気持ちにさせているんだって知った時に、(中略)役者として生きている自分を初めて実感できたんですよね」、同じインタビュー内で彼はこう発言している。善意の精査をせずに、ものすんごく大きな枠組みで「善の方向」をひっくるめて商売に繋げる悪癖をさらす現代のメディアにあって、市原の熱血がこの手の悪癖と連結していく可能性は大いにある。例えば、24時間テレビ的な純度100%の善意に絡めとられていく可能性。それこそ、今年の24時間マラソンの選定会議段階ではノミネートくらい、間違いなくされているだろう。勇気、希望、夢、明日、未来……「大文字」の言葉が、ちゃんとした査定を経ずに、勢いで受容されていく世相に、市原隼人はリンクしているし、今後の安定を見据えるならば、熱血から善意を抜き取って育てていくことがほどの良い道筋かもしれない。

故・ナンシー関は恐ろしいことに、谷亮子(当時は田村亮子)が選挙に出ることを予見していた。すさまじい洞察である。自分にはそんな洞察力は無い。今そこにいる市原隼人がどこに流れていくかという実地観察しか出来ない。その時、市原隼人の行方に不安が募った。今のままを貫こうとしている彼に、今が今でなくなった時の冷徹さが一斉に浴びせかかることになるのではないか。そうならない為にどうするかを探ると、そこに用意されそうなのは、24時間テレビ的善意だと気付く。市原隼人について、もしかしたら考えなければ良かったのかもしれない。なぜならば、考えることで何も好転しなかったからである。徒労感が募る。そしてテレビには、映画のプロモーションに励む彼の姿が映り込む。「熱血」周辺の、いつもの設問と回答が繰り返されている。冷めるタイミングがどこなのか、いつなのか、それは未だ分からない。でも、このままの熱血はいつか突然冷却される。その途端、その熱血は途切れる。簡単に冷やされ、再加熱の方法も失われる。この原稿も、あと数年すれば、どっぷりと老け込むかもしれない。そしたらそれはそれでいい。時代の、ある瞬間的な熱をしっかりと伝える意味を持ったであろうから。そんな自己弁護を書き記しながら、この徒労感をほぐしつつ、市原隼人論を締めくくってみる。

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