コラム

「フジワラノリ化」論 第13回 スガシカオ サングラスの向こう側 其の三 春樹チルドレンとシカオファーザー

「フジワラノリ化」論 第13回 スガシカオ サングラスの向こう側 其の三 春樹チルドレンとシカオファーザー

武田砂鉄
イラスト:なかおみちお(TOKYOHELLOZ)

其の三 春樹チルドレンとシカオファーザー

売れないベテランヘヴィメタルバンド「アンヴィル」のドキュメンタリー映画「アンヴィル!夢を諦めきれない男たち」をご覧になった方はお分かりだろうが、ヘヴィメタルという音楽はとにかく愚直でストレートな音楽である。信念や主義という言葉を使えばその愚直さは確固たる姿を見せてくれるが、その愚直さを、単調で直接的な音楽だと押し込んでしまうと、それは途端にコミカルに見えてくる。アンヴィルの音楽は正にそうだった。本人たちのヘヴィメタルへの献身と反比例するように、一本調子を譲らない音楽像が失笑を誘ったのである。彼等のライブを2度ほど観ているが、音楽に表裏が無く、そこにある音と身振り手振りを全ての情報として振り絞る勇ましさを感じては、この直接的な手口は音楽のダイナミズムを露出する正しい有様だなと感心するのである。映画「アンヴィル!」は、彼等が初来日を果たしたフェスティバル、1984年に西武球場で行なわれた「スーパーロック 84’」の模様から始まる。線の細い体にコスチュームを着込んだ彼等の姿は、一部の熱狂と多勢の失笑を誘っていた。このフェスティバルは、日本の音楽シーンにとって、メタルシーンにとって、とても大切な経験だった。あのボン・ジョヴィが西武線に乗り“通勤”して前座を務めたこの頃から、メタルシーンはMTV的なコマーシャリズムに飲み込まれながらも、身の丈に合わない拡大と信念を曲げぬバンドの冷遇という残酷な落差を呼び込んで行く。それが、1984年という年だった。

村上春樹の「1Q84」はジョージ・オーウェルの「1984年」に触発されてつけたタイトルのようだが、自分はどうしても、その年号を、あのアンヴィルやボン・ジョヴィの青臭い姿と呼応させてしまうのだった。「夢を諦めない」とか「成り上がって世界一のロックスターになってやるんだ」という宣言が飛び込んでくる。村上春樹の「1Q84」については、発売当初からあらゆる媒体をジャックするかのごとく嵐のような考察が飛び交ったので今更深く掘り下げる意味を感じない。ただ改めて申したいのは、この読みやすさはズルい、という幼稚な感想である。もともと村上春樹の良き読者ではないのだが、開く度にそこに流れている、手掴みを拒む象らない世界での群像に滑らされて行く体感を、回答を持たぬまま最後まで持ち込まされる力量に唸らされてしまう。何故、滑らされてしまうのか。それは文体でも世界観でもなく、その抽象性にある。リンゴをリンゴだとは言わない、青い空を青い空とは言わない。遠回りしてようやく辿り着きそうになった時点で、再び遠ざかって行く。「続きはCMの後で」のような作法が、結局、「CMの後に続かない」形で繰り返される。その構造の中で、読み手は小説の中に放置される。放置されて概観し、細い糸を見つけて(見つけさせられて)、その行く末に付き合ってしまう。「1Q84」もそういう小説だった。その小説を、僕は、アンヴィルの映画公開に被さるように読んでしまった。どうしても、「1Q84」の1984年から、いつものように細い糸を見つけることが出来なかった。アンヴィルが顔を歪ませてリフを刻んでいる姿が、1984年としての強度をより放っていたからだ。

小説や歌詞の世界において、「抽象性」は褒められすぎであると感じてきた。だって、抽象性って、そんなに難しい作法じゃないじゃんか。「おれはお前のことが好きだ」という歌詞を小説や音楽に巧妙に入れ込むことは難しいが、「君の部屋のカーテンが揺れた時、その涼やかな風に僕がなれたらいいなって思ったんだ」と、はぐらかせて気取ってみるのは、むしろ容易いことだ。無論、抽象性にも差は生じる。それは当然のことだ。しかし、抽象性は、制作物を「それなりのもの」にする安直な道筋を作ってしまってもいる。考え尽くしたのか、思いついたのか、そこには然るべき距離が見定められるべきだが、抽象性は、そこを一旦混ぜこぜにしてしまう。村上春樹文体が小説家志望の書き手やアマチュアのミュージシャンに好まれるわけは、その抽象性のトリックにすがっているからではないか。

「フジワラノリ化」論 第13回 スガシカオ

スガシカオは村上春樹を敬愛しており、デビュー作を村上春樹に直接送りつけている。村上春樹は何とは無しにそのCDをかけ片手間に聴くと、「これ、悪くないじゃん」と思い、改めて聴き直し、その「メロディーラインの独自性」にポール・マッカートニーやスティーヴィー・ワンダーに通じる、その人ならではのものがあるとし、彼の歌詞を「『ま、こーゆーもんでしょ』みたいな、制度的なもたれかかり性が稀薄である」と褒め称えている。村上春樹が、ある特定の邦楽ミュージシャンに触れることは極めて稀で、ましてや音楽エッセイ集(「意味が無ければスイングはない」文春文庫)の中で、28頁にもわたって語られているスガシカオの存在は、村上春樹が公言する最高峰の邦楽ミュージシャンだとして間違いない。スガシカオはその事をとても喜び、また村上春樹が「アフターダーク」の中にスガシカオの「バクダン・ジュース」を使用したことについては、「いつ音楽をやめてもいい」と漏らしたそうだ。村上春樹はエッセイ集の中で、スガシカオの歌詞を引っ張りながらこう書いている。スガシカオ論の骨子となる部分であろう。「そこに示されているのは、簡単には抜け出すことのできない世界だ。同じところをいつまでもぐるぐると回り続ける世界だ。そういう世界のあり方に、主人公はほとんど嫌気がさしているのだが、出口は簡単に見つからない。(中略)そこに彼が見いだすものは、こことほとんど変わりのない世界かもしれない。」と書く。そこから村上春樹はスガシカオにある「観念性」の話を続けていくのだが、先ほどの、村上春樹の解説は、村上のスガの両方を、距離を取って眺めてしまう自分にとっては、村上作品にもあてはまる分析だと思わざるを得ないのである。観念、あるいは、輪廻とも呼ぶことも出来るが、でもそれはつまり、村上春樹が作品に編み込んできた抽象性ともイコールになるのではないか。

雑誌「SWITCH」のスガシカオ特集号で、自身の音楽的動機について「言いたいことがあるといえばあるし、ないっちゃないんだよな」と漏らしている。これは村上が褒めた「制度的なもたれかかり性が稀薄である」には見事に当てはまるのだけれども、その前の「『ま、こーゆーもんでしょ』みたいな」という部分にはむしろ合わさってしまう態度である。この「SWITCH」の特集号から、スガは処女小説「SPEED」の連載を始める。中学時代からの友人が交通事故で亡くなった事実をモチーフにした小説のようなのだが、平易な単語を総動員して物語を動かし、静かな言葉で雰囲気へと吸収し、そこに抽象性をぶつけて行く、春樹フォロワーの作家が陥りがちな春樹のコピーを、スガもまた記してしまっている。交通事故という生死の最たる輪郭を、抽象的な描写でボカしながら逃げて行く。そこに生まれた空洞を雰囲気に転化していく小説である。これを、村上春樹はどう読んだのだろうか。スガ自身は、「村上春樹さんの目にだけは届かないようにと、願って止みません!」としている。

アンヴィルは、給食配達員や土木工事のバイトをしながら、夢を掴んでロックスターになるんだと机を叩きながら、その機会を信じた。84年に来日してから四半世紀、彼等は同じ事を言い続けながら、相変わらずくすぶっていた。そのメッセージは、愚直なまでに同じことの繰り返しだった。その直接性をやっぱり信じてしまう自分がいる。ヘヴィメタルは、歌詞の不変性で言えば、演歌の世界に近い。入り口から出口の姿が想像出来るこの安心感は、時代を飛び越えて行く。抽象性をかまして空洞を作り、そこに自由解釈を注がせる構造は、やっぱり自分の肌に合わないのだろう。そして、それがこの日本においてはとりわけ村上春樹という存在の胸を借りながら、より安直に成され続けている環境に疑問を持つ。いくら村上春樹に褒められた相思相愛のスガシカオであっても、やはり村上春樹から借りてしまっている。その結果に、それこそ「ま、こーゆーもんでしょ」という諦めが襲いかかってくるのである。

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