コラム

「フジワラノリ化」論 第20回 島田紳助 紳助依存から脱・紳助へ 其の三 「涙もろい」が通じない時代

「フジワラノリ化」論 第20回 島田紳助 紳助依存から脱・紳助へ 其の三 「涙もろい」が通じない時代

武田砂鉄
イラスト:なかおみちお(TOKYOHELLOZ)
2011/09/30

其の三 「涙もろい」が通じない時代

今年の24時間テレビのマラソンランナーは徳光和夫だった。100キロマラソンではなく、設定されていた距離は元から63.2キロだったそうだ。1時間辺りで換算すると、約2.6キロである。大人が1時間歩いて進む距離は4キロと言われている。意地悪な計算ばかりしてしまうが、1時間のうち、40分歩いて20分休めばゴールできる計算だ。御年70歳、大病を患ったこともある徳光である、簡単ではない。当たり前だけれども、完走は褒め称えられるべきだ。しかし、あの番組の唯一の持ちネタ「感動の押し売り/1日限りの特売」は今年もお盛んで、昨年まで総合司会を務めていた徳さんに対する思い入れもあってか、マラソンに向けられる「さあ、これを完走してもらって最終的にみんなでめっちゃ感動しますよ!」というテンションはこれまで以上に異様に高かった。その時に、1時間辺り2.6キロというこの数値はどうなのか。ハンデがありながら頑張る人、挫折に屈しない人、どん底から一転して成功した人、そういう人を見つけるとすぐさま東日本大震災と絡める悪癖は、予想通り、この番組に極まっていた。なんでもかんでも「被災地に届け」でいいのだろうか。徳光のマラソンが、「毎年恒例」の終了時間ギリギリのゴールを果たす光景を見ながら、この「涙」の土壌を作り上げる主催側の巧妙な作戦に気分を悪くしていると、最終的に、やっぱりそうかと「被災地に届け」が連呼されるのだった。

ゴールした徳光和夫のそばには、今にも泣きそうな島田紳助がいた。その後の報道の通り、この番組終了直後に吉本興業に呼び出されたわけだからそこで怒られるのを先んじて涙ぐんでいたのかもしれないが(そんなわけない)、お得意の、今にも泣き出しそうです、という顔をキープしていた。徳光が椅子に腰掛け、靴を脱ぎたそうにする仕草を見せると、島田は素早く跪き、徳光の足を持ち、靴ひもをほどいてみせた。周囲は、何もそこまでしなくてもいいじゃないかと、いささか引いていた。跪いた島田を、地に張り付くようなカメラアングルが捉える。後方には抱き合ったり涙したりする出演者の皆の姿が見える。その前で島田紳助は涙を必死に押し殺して紐をほどいて靴を脱がしている。素直な視聴者は、紳助さんったら偉いわね、こんな時でも気が利くなんて、と思ったかもしれない。実際、そう見えた。わざわざ身を屈めて手助けする必要などなかったし、わざわざそれをやる島田は確かに気配りが行き届いていた。先輩を何よりも大切に活用し、後輩を何よりも適当に扱う、島田らしい光景だった。石原慎太郎が都知事選の選挙演説をあえて都庁前でやり、テレビでの報道映像として石原の背後に都庁がそびえ立つ構図を作り出したり、小沢一郎が地方選挙のどさ回りで、他の支援者はターミナル駅を中心に演説する一方で、あえてだだっ広い農地の前でビールケースの上に乗っかって演説して庶民派をアピールしたり、といった戦略と同質の魂胆がプンプン漂って来た。こうすればこう思われるだろうという読みがあるのではと勘ぐると、この人の動きは見えやすくなる。とりわけ「涙」周辺において、それは顕著に表れる。

「フジワラノリ化」論 第20回 島田紳助

番組名を言われれば、「あぁ、あの番組か」と思い出す人が多いだろうが、島田紳助は1994年から2001年まで『嗚呼!バラ色の珍生!!』という番組で司会を務めていた。長年会うことの出来なかったワケありの親子や、命の危機を救ってくれた誰それにお礼を言いたいと、再会を果たさせる番組だ。自分の母親はこの手の番組に滅法弱かったから、同時期にやっていた同系統の番組『目撃!ドキュン』と合わせて、夜ご飯を食べながら毎週のようにこの番組を見ていた。丁度、自分が中学から高校にかけての、いわゆる多感なころだったことを考えれば、この番組が自分の心理形成の奥底に与えた影響は意外と大きいのかもしれない。ある若い女性が実の母に会いたいという。自分が親だと思っていた人は実は育ての親で、私を生んだ親ではなかった。これまで育ての親が堅く口を閉ざしていたから、私は気付くことが出来なかった。でもある日、実の親から育ての親に送られた手紙を見てしまった。そこには「あの子を、よろしくおねがいします」とあった。今まで裏切られていた自分。許せなかった。でも、でも、会いたい、会って話がしたい。紳助が「というわけで、探しました」「お母さんね……見つかりました」「25年振りに、お母さんに会えますよ。ご登場下さい」と続ける。カーテンが開くと、そこにはまだ見ぬお母さん。会場は拍手と涙と嗚咽に包まれる。カメラがパネラーを映す。くしゃくしゃな顔で良かったね良かったねと号泣する徳光和夫。そして、オバさんもう、こういうのに弱いんですと、キレイなハンカチーフでこぼれる涙をおさえる高木美保らが映る。ちなみにこの番組の初代アシスタントは今をときめく篠原涼子だった。こういった番組でありながらあっけらかんとした進行だったと記憶しているが、この番組では、そうやって単なる添え物に留まることが歓迎された。なんたって、この番組の主人公は泣く徳光と、そこに乗っかっていく紳助のかけあいだったのだから。感動の増幅剤、ドーピング的盛り立て方は、この2人の涙から導かれていた。

何かを見て泣くよりも、何かを見て泣いている人を見ると泣いてしまうという人は多いだろう。心理学的に何がしかの効果名がありそうだが、徳光と島田はその涙を茶の間に伝染させるスペシャリストだ。これは感動していい所なのかと、心底でかすかに迷う心を大胆に押し出してくれる。テレビの前でしょっちゅう泣いている芸能人で思い当たるのは久本雅美と柴田理恵だろうか。あっ、どちらも何とか学会の人だなんて余計な補足は控えつつ、この2人が泣いている場面の大抵は、本人の口から「ごめんねおばちゃんもう涙もろくって」という類いの発言が漏れてくる。高木美保にしてもそうだ。オバちゃんは、大抵の場合、今、何故泣いたかを解説してしまう。ところが徳光と島田の2人は違う。泣いてしまったことに理由をつけない。ただ、泣く。泣いてしまった。もう止められない。実は毎週のように「もう止められない」状態であるのだけれど、彼等は説明しないだけに、効き目が長い。内藤誼人『なぜ、島田紳助は人の心をつかむのが上手いのか?』という本の中に、こんな一節が出てくる。「紳助さんの人気の秘密に?感動屋?というのがあると思う。かわいそうな人を見て、素直に「かわいそうだな」と思えるのは、人としての美徳だ」。そもそも感心できる書き手ではないが、いかんせん分析が短絡的すぎないかと思いつつも、気付く。紳助の需要というのも、この程度のヌルい理解から広がっていく。あの人、ほら泣いてるもの、いい人に違いないわよ、普段毒舌で周りの人を蹴散らかしてるけどさ、実は情に厚い人なのよ、と。何度でも繰り返すが、暴行を加えたマネージャーに向かって唾を吐き捨てて立ち去るような男である。

2008年から島田紳助をスペシャルコメンテーターとして放送されてきた番組『人生が変わる1分間の深イイ話』を見た時、世の趨勢を感じざるを得なかった。1分単位で流されるエピソードをイイ話かそうでないか判定するというタイトルまんまの番組だが、要するにこれって、西野カナが「会いたくて会いたくて震える」と超・直接的に恋する気持ちを歌い、GReeeeNが「うまく行かない日だって 2人で居れば晴れだって!」とこれまた超・直接的に繋がり合う気持ちを歌う、その陳腐さを隠すことすらしないヒットソングの動向と同じく、もう、感動するにもインスタントでよろしくカモンという世相が節々まで滲んだという結果に見えた。みのもんたが『おもいッきりテレビ』で見せてきたクドい人生相談、そして、それこそ『バラ色の珍生』でみせた、もったいぶって人様の軋みと雪解けを見せたあの長い尺を、もう視聴者は我慢できなくなっていた。とにかく、はやくちょうだい、なのだ。感動でも怒りでも愛でも恋でも、とっととお裾分けしてよ、と急かす。「そよ風で舞った花びらが 川のせせらぎに消えていった まるで私の心を見透かすかのように儚く」というような演歌ちっくな暗喩は要らない。早速、「会いたくて会いたくて震える」のだ。世代云々の話ではない、世相の話だ。方向問わず、心動かされることへの速度が異様に高まっている。

『深イイ』での島田紳助は、『バラ珍』での感動屋っぷりを見せることは出来なかった。最初の章で書いたように、この人は自分で統率できる場所でしか満足に身動きがとれない。レギュラー番組の中でも最も指揮しにくい番組(司会者は羽鳥アナで島田ではなかった)だったはず。この番組を見かける度に、彼自身の効力低下を感じてしまった。引退後の報道で、そもそも島田紳助では視聴率がとれない、ギャラから考えると見合わないとする見方が業界内に強まっていたとあった。その原因を探るときに、彼の「涙もろい」の効能の変化はひとつのポイントだったのではないか。クドいVTR作りの最後に涙、という構成は、ちょっと手の込んだ料理のようなもので、インスタント食品に慣れ親しんだ、つまり、会いたいとすぐブルブル震えてしまう皆々には、もはや面倒くさかった。徳光、島田、久本、この辺りが以前よりもテレビで目立たなくなってきたのと、この世相の変化は無縁ではないだろう。

だからこそ、島田紳助が「感動屋」を別のベクトルにシフトしていった時はなるほどこの手があったか、と感心した。つまり、ヘキサゴンファミリー、自身の下部を大々的にイチから組織化することで、「育てる」という職務を得た。ここでは、彼の得意技である、下部をイジることで自身の周辺の組織構造を見せつけること、そして「育てる」中で生じる「感動屋」の側面を両方活かすことが出来た。ヘキサゴンファミリーの中核である木下優樹菜が落ち込んでいるとき、島田は木下に「お前と俺は不良やけど、不良品じゃないぞ。ガムシャラに頑張る優樹菜でいい」とメールしたという(『女性自身』2009年10月20日号)。そう、ファミリー化は、根本にあるヤンキーイズムをも奮い立たせてくれたのだ。島田紳助の延命治療はこのファミリーに握られていた。次章ではこの「ファミリー」を問うていく。勿論、つんくも小室も秋元も登場する。ファミリーの長としての振る舞いとは何なのかを考えていきたい。

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