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抹殺されかけた芸術 ロシア・アヴァンギャルドポスター入門

抹殺されかけた芸術 ロシア・アヴァンギャルドポスター入門

友川綾子
撮影:永峰拓也

YMOや石野卓球のジャケットデザインに引用されるなど、ミュージシャンにウケがいい、ロシア・アヴァンギャルド

いよいよ最終章「III:第一次五カ年計画と政治ポスター」の展示室へと向かいます。先ほどまでの映画ポスターとデザインのテイストがやや変わり、具象的な絵や写真、文字が説明的にレイアウトされた、ヴィヴィアンさん曰く、まるで社会科の教科書? のようなポスターが並びます。

展示風景

ロシア革命後、間もなく死去してしまったレーニンに代わって権力を握ったスターリンは、ソビエト社会主義共和国連邦をヨーロッパ諸国に負けない強い国にするため、「第一次五カ年計画」という重工業化政策を実施しました。第3章に展示されているポスターはこの宣伝のためのもの。第2章の映画宣伝ポスターとはまた異なる、完全な政治プロパガンダのためのポスターです。

ヴィヴィアン:このポスターには、データがグラフで描かれていますね。お金と繊維品と、あとは何を表しているんだろう? 「今ここまで目的を達成したから、次はここを目指そう!」みたいな、具体的なメッセージが表現されているわけですね。でも、表現が具象的だからといって、デザイン性が失われているわけではなく、ブレない感じに関してはより強くなっている気がします。だって当時は、このポスターによって直接的に世の中を変えようとしていたわけですからね。

展示風景

映画ポスター全盛の時代から、当局による検閲は行われていたのですが、この時代になると、その方針も変わっていきました。1920年代までは、ロシア構成主義の前衛的なビジュアルを歓迎していた政府側ですが、1930年代以降はその方針をあらため「具象的にわかりやすく表現せよ」という検閲が行なわれるようになりました。とはいえ、ロシアのアーティスト / デザイナーたちは、すでに前衛芸術の影響を大きく受けており、色面や線を強調するロシア構成主義的な要素はまだまだ根強く残っています。

ヴィヴィアン:YMOの『テクノデリック』(1981年)のジャケットが、この辺りの感じから影響を受けたグラフィックデザインでしたよね。当時のYMOも、まったく新しい音楽を一からやり始めようとしていたので、ロシア・アヴァンギャルドが持っていた前衛的な精神性が合致したのかなという気がします。

展示風景

かのYMOだけでなく、ロシア・アヴァンギャルドのスタイルを受け継いだデザインや思想は、後の時代にもたくさん登場しています。一度見たら忘れられないインパクトを放つ、第2章のアヴァンギャルド先生こと、エリ・リシツキーによる『ソヴィエト社会主義共和国連邦ロシア展覧会』のポスターは、知る人ぞ知るスウェーデンのテクノポップユニットNASAのアルバム『Remembering The Future』のジャケットでオマージュされただけでなく、石野卓球のシングル『stereo nights』のジャケットでも引用されており、作品を見れば「ああー!」となる音楽ファンも多いことでしょう。

政府からの弾圧によって、歴史から抹殺されかけたロシア・アヴァンギャルドポスター

政治状況に大きく影響され、紆余曲折ありつつも、芸術運動として美術史に名を刻み、その後のアーティストにも大きな影響をあたえたロシア・アヴァンギャルド運動。しかし、それもいずれは終焉を向かえる運命でした。

国民への締め付けを徐々に強化していったスターリン政権は、1932年に既存の全芸術団体を解散させて、前衛芸術への弾圧を強めます。ロシア革命前夜から、映画ポスターの時代を経て、ロシア・アヴァンギャルド運動の中核をなしてきた芸術家たちは仕事を失っただけでなく、不審死を遂げたり、拘留されて処刑されるなど、悲惨な最期を迎えた人も少なくなかったそうです。逃げ出した少数の芸術家や、今展のようなポスターを密かに保管し、後の世に伝えた一部の人たちによって、その活動は今に残ることになりましたが、ロシア革命という激動の社会背景と前衛芸術運動がオーバーラップしながら、独自の表現を作り出したロシア・アヴァンギャルド運動は、1932年を境に途絶えることになりました。ちなみに先に紹介した抽象画家、カジミール・マレーヴィチはその後、一切の前衛芸術活動に関わることを止め、一介の測量師としてその生涯を終えたそうです。

展示風景

ヴィヴィアン:歴史は争いに勝った人たちが書き残すものだから、負けた人たちの歴史は塗り替えられて、いずれ忘れ去られてしまう。そういう意味で今日観てきたポスターたちは、負けた側の歴史なんですよね。スターリンによる弾圧が始まり、それ以降のソ連やロシアにとって、今回の展覧会のポスターはある時期まで存在しないことになっていた。一方で、今展にコレクションを提供した松本瑠樹さんのように、数は少なくとも、そこに目を向ける人がいてくれたことで、このような生々しいポスターを今でも観ることができたのは幸運だと思います。

社会の中で「アーティスト」として「生きる」ことを問う

「社会」と「アート」の結びつきを考えると、ロシア革命ほどの社会変革はなくとも、現在の日本には東日本大震災や原発問題など、忘れてはならない社会問題が山積みです。そんな中、一人のアーティストとして活動するヴィヴィアンさんは、今展からあらためてどのようなことを感じられたのでしょうか?

ヴィヴィアン:少し話が逸れますが、17歳くらいの頃に終戦を経験した私の父は、食べ物も何も無いときに「技術者にならなければいけない」と強く思ったそうなんです。また父と同世代の武満徹さんは「音楽家にならなければいけない」と強く思ったそう。あの大震災のときに、アートイベントや展覧会を自粛する動きがありましたが、私は違うと感じていました。そこで自粛してしまったら、芸術は非常時には必要のないことをずっとやってきたんだと、世界中に宣言するようなものだと思ったんです。

ヴィヴィアン佐藤

もちろん、大震災のような非常時の中で何を大切にするか、人それぞれ答えは異なるものです。では、ヴィヴィアンさんにとっての必要なものとは何だったのでしょうか。答えは明白でした。

ヴィヴィアン:絵を描いたり鑑賞したり、演劇を観たりすることは、人間が人間らしくあるための尊厳だと思います。大震災の日、私はすぐに女装をしなくちゃと思いました。私自身が生きるためにも、社会のためにもすぐやるべきだって。

芸術家たちにとって「表現する」ことは、どんな状況化においても、生きるために必要なこと。ヴィヴィアンさんにそう教えてもらうと、ロシア・アヴァンギャルドの芸術家たちの想いを、より強く感じ取れるような気がしました。社会主義革命が成功した当初、芸術家たちは自らの芸術が、求むべきユートピアに人々を連れて行ってくれるかもしれないと大きな夢を持ち、命を燃やすように持てるすべてをそこに注ぎ込んだことでしょう。後の物悲しい結末を別に考えれば、ロシア・アヴァンギャルドの時代こそ、芸術家たちにとってのユートピアだったのかもしれません。

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イベント情報

『松本瑠樹コレクション ユートピアを求めて ポスターに見るロシア・アヴァンギャルドとソヴィエト・モダニズム』

2014年9月30日(火)~11月24日(月・振)
会場:東京都 用賀 世田谷美術館 1階展示室
時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:月曜(ただし10月13日、11月3日、11月24日は開館、10月14日、11月4日は休館)
料金:一般1,000円 65歳以上・大高生800円 小中学生500円

リリース情報

『RUSSIAN POSTERS APP』

2014年11月上旬リリース予定
料金:無料
動作環境:iOS6.1以上、iPhone4s~、iPod Touch(第5世代~)、iPad(第3世代~)(Android OS未対応)

プロフィール

ヴィヴィアン佐藤(ゔぃゔぃあんさとう)

仙台市生まれ。美術家、文筆家、非建築、ドラァグクイーン、プロモーター。磯崎新事務所WS出身。ジャンルを横断していき独自の見解で「トウキョウ」を分析。自身の作品製作発表のみならず、「同時代性」をキーワードに映画や演劇など独自の芸術論で批評 / プロモーション活動も展開。野宮真貴、故山口小夜子、故野田凪、古澤巌など個性派のアーティストとの仕事も多い。2011年からVANTANバンタンデザイン研究所で教鞭をもつ。映画、美術、ファッション雑誌で多くの文章を執筆。

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