『ふたりで描く、ひとつの絵』

『ふたりで描く、ひとつの絵 〜三尾あすか・あづち姉妹がひとりの「アーティスト」になるとき〜』 第5話:「突然の、告白。そして連載終了へ」

「黒い獣」

過剰なものに形を与えて、アートへと高める

三尾あすか・あづちの作品 ふたりの内面に住み着いていた「黒い獣」。この存在を、ありありとキャンバスに写し取ること。それは確かに、強烈な思いを塊のまま表現することはできているのかもしれない。しかし、それはまだ未成形のなにものかであって、アート作品としては不足がある。

そして、ふたりは次のステップへと踏み出した。黒い思いを、神々しいまでの美しさがあるモチーフにまで、つまり真のアート作品にまで昇華させること。「激しさ」から「静けさ」へと、絵に登場するモチーフに宿る感情がシフトしてきたのだ。

彼女たちに詳しく話を伺ってみると、これまでの取材では聞かれなかった言葉が出て来た。「浄化」、というキーワードだ。

    あすか 三尾あすか制作をすることで何をしているかというと、普段生活の中で感じている悩みを浄化している部分があるんだと思うんです。最近変わったのは、楽しいから描くんじゃなくて、もっと内省的に自分の気持ちを整理したり、自分の持っている嫌な部分を取り除く作業というか、そういうものになってきているっていうことですね。それは自分のことを肯定したり、自分はどうありたいのかを理解しようとする行為なんです。

絵を制作することで、自分の中にある苦悩を浄化し、氷のように溶かしていくこと。その結果、清浄さを伴ったモチーフが生まれる。そのモチーフを観ると、心のうちがこちらまで浄化されてくるように感じる。

苦悩は、あるがままにしておくのではなく、無くさなければならないものだ。彼女たちの一筆一筆、一針一針は、いま苦悩を浄化すべく、そして自らの内面を清らかにすべく、祈るように動いていく。

制作に対する思いも、以前とは徐々に変化してきた。

    あすか その時出てきた気持ちを重ねたり、どんどん出てくる感情を作品に封じ込めるようにして描いています。これまでは、ひとつひとつの作品にじっくり気持ちを込めて描くと言うよりも、次から次へと感情を吐き出していく感じだったので。
    あづち 三尾あづちそうすることにしたのは、ただ「かわいい」とか「楽しい」だけの絵じゃなくて、私たちが心の底に抱えているものを掘り下げて表現し、見る人に伝えたいと考えた結果なんです。

楽しさも苦しさも伝えるために、「ふたり」は「ひとり」に

ただ、そこまで聞いてきて、僕にはひとつの疑問があった。これまで「楽しいから」絵を描いてきた彼女たちは、いま大きな苦悩に直面していたり、自らの技量がまだまだ足りないことに悩んでいる。取材中には、自分の中から湧き出してくる大きな感情に耐えきれないように、大粒の涙を流してしまうほどだ。しかしあくまで彼女たちが目指すのは、黒い感情の浄化ではなく、ふたたび心から楽しくて仕方のない創作へと戻っていくことなのではないだろうか?

そこで彼女たちに直接、ふたりの作品を今後どのようなものにしていきたいか、という目標について伺ってみた。

三尾あすか・あづちの作品

―今後は、自分の中にある暗いモチーフを表現として突き詰めていきたいのか、もしくはそういったモチーフも取り入れた上で、やっぱり見て楽しい作品にしていきたいのかで言うと、どちらなのでしょう?

    あすか やっぱり本来わたしたちが伝えていきたいのは、絵の楽しさや面白さだと思っているんです。楽しいからこそ、今まで続けることができたので。見ているうちに気持ちが安らいできたりとか、「楽しい」とはならないまでも「落ち着く」という思い、安心感を与えられる表現をできればな、と。私たちも楽しいし、見てくれる人も楽しいっていう、絵を通して同じ気持ちで繋がりたいと思っているんです。人間って、ひとりひとり考え方や生き方は違いますけど、見る人の内面にある感情や思い出を、絵を通して思い起こさせられたら嬉しいですね。
    あづち 私の人生は平凡なものかもしれないですけど、普段感じている些細な感情なんかを、絵を通して感じてもらえたらいいなと思っているんです。「どんな生き方が理想的なのか」なんて全然分からないんですけど、普通に生きていて発見した喜びだったり悲しみだったりを、見る人にも共感してもらったり、楽しんでもらえたりしたいですね。

やはり彼女たち自身にとっても、自分たちの暗い部分と向き合うのは、快楽ではない。でも、見る側の心の中にいろんな感情があるからには、それを知り尽くさずして心を打つ作品は制作できないことを知っているのだ。

三尾あすか・あづちの作品

さらに前進するために、彼女たちはこれから、新たな決断をするそうである。それは、「ふたりが離れる」ということだ。もちろん物理的に距離を置くという意味ではないが、それぞれが独立した「個」としてあろうとする、ということらしい。今年は合作を中心とした発表が続いたが、これからは個人の制作にじっくりと向き合うことになる。

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