コラム

CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』2009年3月配信分(vol.216~220)

CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』2009年3月配信分(vol.216~220)

武田砂鉄
2009/05/13

vol.216 環八から海岸へ行く方法(2009/03/02)

全裸

小説のような出来事、というのは、「ような」の部分が大事である。決して小説ではないのだ。へぇー、それって小説のような出来事だね、と立ち去る場合が多いのだが、言い残して立ち去れる類いの言い方ではない。小説のような、って往々にしてズルい。

スーパ―銭湯へ行こうと駅前で人と待ち合わせていたので、時間に合わせて家を出る。セットプランに貸しタオルも含まれているようで、中で飲むコーヒー牛乳代と、施設内の食事処でそれなりにありつける額を突っ込んで、手ぶらで駅まで歩いていく。なんだかここらへんの周りは、人気(ひとけ)はあるのに具体的には人が見つからない夕刻で、温度はあるのに熱源はないような、音はするのに音を鳴らしている人は見当たらない、閑静な住宅街ってだけでは片付けられない静けさが保たれているのである。そんな中をとぼとぼ歩いていると、前方から帽子を深々とかぶった老人が、車道と歩道を分ける白い線に乗っかりながら歩いてくる。白い線を外れない。かといって、必死にバランスを取って白い線を守っているのでもない、足が吸い寄せられるかのように。歩道を歩いていた僕は、住宅の壁と白い線の上の老人に挟まれるように彼の横を通過する。彼が立ち止まり、僕に話しかけてくる。「海岸へはどうやって行ったら良いですか?」「へ? 海岸ですか。海岸って海ですよね。どちらへ、と言ってもここら辺に海岸はありませんけども」「いやいや、海岸ですよ、海岸。」「ええ、その、あれですよね、海。」「そうですそうです。」

いわゆるオカシイ人にはどうにも見えないのだ。ボケてもいない。格好も立ち姿もいわゆる老人なのだ。「こっちへ行きますと環八通りで、海、は、な、いですけど。」「そうですよね、こっちは環八ですものね。それは知っています。ですから、海岸はどちらかと聞いているんですよ。」「海岸、海、そう、ですね、強いて言えば、そのままお進みになって、あっちのほうですかね。」「おかしいなあ、海岸、どっちにあるんだろうか。」「すみませんお役に立てずに。」「いえいえ、ありがとうございました。」老人は引き続き、白い線の上を歩いていった。15キロくらい歩けば川崎京浜の港にでも着くのだろうけども、彼の確信めいた眼光は、もうそこら辺に海岸はある、という目をしていたのだ。

通り過ぎて20秒ばかし、後ろでまた「えっ、海岸ですか」と驚く主婦の声が聞こえる。おそらく僕と同じような問答を繰り返しているのだろう。老人の声は聞こえない。僕と老人らの間を、音を立てて小さなトラックが横断していった。その間、会話は聞こえなかった。通り過ぎると、老人の声が聞こえた。大きな声ではっきりと。「助かりました。海岸、もうすぐなんですね。ありがとうございます。」ん、どういうことだ。ここで思わず振り返る。すると、坂を下っていく老人の帽子が消えていくところ、そして、その主婦と思しき人が、横の路地へ消えていくところだった。

小説のような出来事だなこりゃ。「ような」出来事は、淡々と「ような」を続ける。ような出来事を締めくくってみると、その出来事の異様さがじんわり増してくる。住宅街で海を探し求め、その場所を示唆した主婦、いたような、いなかったような消え方、小説のような出来事は、小説じゃないと、やっぱりちょっと、恐い。

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