コラム

CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』2009年3月配信分(vol.216~220)

CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』2009年3月配信分(vol.216~220)

武田砂鉄
2009/05/13

vol.220 お口のために死んできます(2009/03/30)

全裸

電車の中での嘔吐というのは、一個人が放てる最強の飛び道具に違いない。食べたものを出すという、真理への明らかなる反抗、あらゆる食物を俺色に染めてお戻ししますという暴利、そのくせ俺のことは俺でやりますとか言いながら横目でどれだけ僕のことを見てくれているのか確認しながら安易に毒づくパンクロックのDIY精神に似ているんであります。これは繰り返し申し上げていることなのだが、「俺こないださー、もうあれ、記憶なんてないわけよ、どっかで吐いちゃったことは覚えてんだけどよ、気付いたらゴミ捨て場に寝っころがってたねえ」という武勇伝を、耳にタコができて口からゲロが出るほど聞かされてるんでありまして、どうしてこの手の話を翌朝自慢げに語ることが出来るんでございましょう。何かで目立つ、という方法論がそこでしか見つからない方は、この手の話は一晩眠らせて意識的に武勇伝として固形化させるんでしょうかと言えたらイイけど言えないよなかなかと口ごもっているうちに、また出すんです、口から。

週末の電車の中は可能性に満ちている。明日に向かって的な可能性ではなく、今そこに出つつある吐瀉物という可能性。はぁぁぁふぅぅぅと繰り返すサラリーマンは帰路につく最終電車である以上、意地でも降りない。「もしかしたら吐かないで乗り切れるかもしれない」くらいの認識で乗り込んでくるのだ。「もしかしたら吐いてしまうかもしれない」ならば、まだ容認する余地は残されているけども、「おそらく吐くだろうけども大丈夫かもしれない」という博打なのだ。周辺にいる人間は、その「はぁふぅ」を定期的に監視している。「はぁふぅ」が「はぁふぅぅううううっ」になると、女性は仰け反り、男性はわざと肩をブツける。文庫本を読んでいた学生は文庫本を閉じ、もしもの時に備えている。被爆を避けるためだ。ピカッと光ったら物陰に隠れるだけで、少しは被害を軽減できる。いよいよ、「はぁふぅ」が消え「うぅぅぅぅぅうううう」と、発射が近いことを告知し始める。キャンプファイヤーの火を取り囲むように彼の周りに円が出来る。すし詰め状態から強引に作り出された円だ、ジンギスカンを踊る隙間はない。吐瀉の放射力がいかほどか、その飛距離、そして方角が全てを握る。うずくまって、うううぅと時計回り、ううぉぉううと半時計回り、ハンカチ落としか椅子取りゲームか、あたしかな俺かなと、顔が引きつっては和らぐ。そう、一瞬和らぐのだ。面白いもので、もう間接被爆に関しては容認しているのだった。

発射の時間が近づいた。時計回り半時計周りを繰り返していた彼は下を向いた。罪無き民に爆弾を投下するのは非人道的だと思い直したのであろう、最後は自死を選択した。母さん、お国のために死んできます。おまえさんのバカッ、何言ってんだい、いつまんでもおめえさのこと待っとるけぇ、こんな若えお嫁さん残して、何が死んできますだ。母さん、早百合(嫁/仮名)、俺のことは忘れてくれ。

発射。特攻隊は、確かに自ら命を落とす。しかし、その周辺も死と同様の被害を受ける。うずくまって自死を選んだ選択は賢明だったが、返り血を浴びた民は戸惑いと憤怒を隠さない。おい、こいつの母ちゃんはどこにいるんだい、どこにいるかしらないけど、おれ、こいつの自死を美談にはさせないよ。田舎のお母っちゃんを泣かせるなんて何て罪な息子なんだ、ったく。発射を見届けた後、とある駅に着く。乗客は降り、隣の車両へと移っていく。彼と僕と、何故だか若いOLさんが残った。鼻をつんざく例の臭いが充満する。うずくまる彼と、座る僕と、向かいに座るOL。僕は何となく、今そこにある発射の事実を許した。OLも許しているように見えた。ただ翌朝、これが武勇伝になっていないことを切に願った。加害者にもなり被害者にもなる、これが戦争認識なのだ。お国もお口も変わらない。まあ何て心優しいのかしら、僕とOL。

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