あらかじめ決められた恋人たちへ インタビュー

歌の代わりにピアニカが鳴り響く「あらかじめ決められた恋人たちへ」の音楽は、ちょっとロマンチックなその名の通り、力強くもどこか儚げで、心を締めつける素敵なメロディーに溢れている。32歳になった今年、嫁を連れて大阪から上京してきた彼の言葉や人柄に触れるにつれ、どうして“あら恋”の音楽が心に響いてくるのか分ってくるのだ。こんなに面白くて、優しくて、本気な人もなかなかいない。こういう人じゃなきゃ作れない音楽が、確かにあると思わせられる。音楽だけではなく、大好きな映画のこと、そして関西から飛び出してきたワケなど、様々なお話を伺った。

関ヶ原で負けてからですよ、
関西人がこんなにひねくれだしたの

―あらかじめ決められた恋人たちへ(以下、あら恋)の音楽って、メロディーが豊かでドラマチックですよね。

あらかじめ決められた恋人たちへ インタビュー

池永:映画が好きなんで、物語的で映像的な音楽が作りたいんです。実際には音は見えないのであくまで聴覚からのイメージの部分なのですが。音楽で映画を作ってるような感じですね。だから曲もそうだし、アルバム全体通しても流れを重視して考えてます。静かなところがあって、そこからドンっと大きく動き出す。うねりだす。そういう緩急が好きなんですよ。

―シーンが変わるみたいな。

池永:そうそう。歩いてるときとか、景色が変わったりするじゃないですか。街中のざわめきがコンビニに入った瞬間にパッと店内BGM音楽に変わったり。電車が急に通ったり、気づけば夕焼けだったとか。例えばそういう音楽がしたいです。

―音楽を作り始めたのはどういう経緯だったんですか?

池永:もともとラジカセを使って宅録してたんですけど、バイト代で手が届くような安い機材が出てきたから、機材を買って打ち込みとかやり始めるようになったんですよ。そしたら面白くて、どんどんのめり込んでいきましたね。それで今やってるようなダブみたいな音楽も作り始めて。ディレイ(反響音[エコー]を生み出すエフェクター)を使うと、ドバーっと音が広がっていって、ごまかせる感じがすごい好きだったんです。響くっていうかね。……ごまかせる、は違うな(笑)。

―ごまかせる、はちょっとネガティブですね(笑)。

池永:なんかね、大阪ではかっこつけるとバカにされるんですよ。カッコいいのと逆のこと言ったれ、それがかっこいいみたいな気持ちがあって(笑)。って、結局かっこつけたいんですが…。

―関西の人って、本当にそういうところありますよね。

池永:関ヶ原で負けてからですよ、関西人がこんなにひねくれだしたの。それまではずっと関西が日本の中心だったのに、東京に持っていかれちゃったから、ひねくれちゃったのか、いや元々か?(笑) 違うかな。

―でも、笑ってたほうが幸せですよね。

池永:そうですよ。なんだかんだ言っても笑えたらいい。そういえば自分も、曲を作るときにそういうオチをつけます。悲しくても最後にちょっと笑った、みたいなオチ。ピアニカをメインにしているのも同じようなことなのかもしれませんね。ピアニカが入ると重くならないんです。

あらかじめ決められた恋人たちへ インタビュー

―ユーモアを入れたい?

池永:それはすごいありますね。今回のアルバムタイトルも、こんだけ音を詰め込んで、しかも3年ぶりのアルバムで、『カラ』でしょ。カラかいな!って。

―今作はかなり音数が増えてますもんね。

池永:そうなんですよ。ダブって普通、音数を減らして隙間にディレイを響かせるんですけどね。だからエンジニアにも、「どこにディレイかけろって言うねん!」って怒られたんですけど、何とか両立してもらいました。だからこれまでにないダブアルバムになってると思いますね。

―これまでのアルバムに比べて、すごい勢いもありますよね

池永:ちょっとロックっぽくなったんですかね。バンド編成でライブをするようになったので、その勢いを出したいと思って。だからテンポとか勢いのある曲が増えたと思います。でも、音源でライブ感を出そうと思っても難しいじゃないですか。ライブは爆音だから音圧があるしお客さんや演奏者の動きや表情やその場の空気感や匂いがある。それを音源で出しても実際のライブには負けてします。それならライブのライブ感じゃなくて、アルバムとしてのライブ感を出したいと思って。だとしたら映画的な物語の緩急というのはアルバムとしてのライブ感として有効だと思いますし、クオリティーをあげるベクトルの方が良いと思いました。

―ライブは生で体感する楽しみがありますもんね。音源のほうは、作品としてすごい作りこまれていますね。

池永:自宅での作業がメインなので、どんどん詰め込めるんです。風呂入ってる時に思いついたアイデアをあがってそのまま入れ込めるので、終わりがないのですが。そうやって寝起きを共にしていくと最終的にはタイトルも決まってて、コンセプトみたいなのが最終的には出て来てたなあと。

聴いてる人が自由に想像して、
カラッポの中に物語を詰めてくれたら理想ですよ

―今回のアルバムタイトル『カラ』にはどんな意味があるんですか?

池永:まずは空っぽの「空=カラ」ですね。あとエスペラント語っていう、世界共通語として作られた言葉では、「大切なこと」っていう意味らしいんです。でも日本語だと空っぽでしょ。大切なものがカラって、うわーロマンチックやなあって。

―深いですね~。

池永:あと「from」ですね。ルーツ。大阪から、の「から」。あとダブって、元音を分断して色付けしていく作業なので、色をつけていく色彩感覚も「カラー」ですよね。しかもスペイン語では「表情」という意味なんですよ。表情と色彩感って似てるじゃないですか。しかもそれが空虚だったり、空虚の空の色って青色でそらいろできれいやったり。

―本当に色んな意味があるんですね。それぞれの曲も意味付けされているんですか?

池永:それはもう、聴く人に丸投げしたい部分なんですよ。歌や言葉が無い分、自由にイメージの幅を与えられるじゃないですか。だからこちら側からどういう曲なのか限定するつもりはなくて、聴いてもらった人それぞれが何かを感じてくれたら一番嬉しいです。そういう意味もあって『カラ』なのかもしれないですね、今思いついたんですけど(笑)。でも本当に、聴いてる人が自由に想像して、カラッポの中に物語を詰めてくれたら理想ですよ。

あらかじめ決められた恋人たちへ インタビュー

―映画を観ていても、セリフのないシーンのほうが考えさせられますよね。そういう非説明的な場面なり音楽って、受け手の器量が問われる部分かもしれないですが。

池永:そういえば僕が映画を観ていて感動するのは、そういうセリフのない引き絵が多いんです。日本映画って、役者が真剣に語るシーンでわざと顔や口元を映さないで、逆に手を映したりするんですけど、それってインスト音楽と同じですよね。言葉じゃなく、心象風景を語るようなね。

ピアニカって、どんなに勇ましいフレーズ吹いても
哀愁があるんですよね。僕、女々しいんですよ(笑)。

―ところで、「あらかじめ決められた恋人たちへ」という名前にはどんな由来があるんですか?

池永:『あらかじめ失われた恋人たちよ』っていう映画があるんですよ。なんかロマンがあって、カッコいい名前だなあと思って。あと、この名前だとどんな音楽を作っているのか想像できないのも気に入ってますね。もともとはドアーズみたいなロックバンドだったんですけど、まあ面白くなかったんでしょう、メンバー皆辞めていって。そのままソロ活動になっていったんです。

―池永さん、相当な映画好きですよね。大阪芸大で映画の勉強もされていたり、先日公開されて話題になった映画『青空ポンチ』の音楽も担当されていますよね。

池永:『青空ポンチ』の柴田(剛)監督とか、『天然コケッコー』の山下(敦弘)監督は同期なんですよ。僕が初めてちゃんとバンドやったのも柴田くんとで。ジャンクバンドだったんですけど、最終的には血まみれの大喧嘩をしてやめちゃいましたけどね(笑)。

―血まみれですか!(笑)

池永:フレンドリーっていうファミレスで。ライブよりも一番ジャンクでした(笑)。柴田くんはすごい面白い人間なんですけど、面白い分抜けてるというか、適当なんですよね。レコーディングが終わる10分前に来て、「間に合った~」って。「間にあってへんわ!!!」って(笑)。もう、たまりにたまって。

―爆発したと。

池永:多分向こうもたまってたんでしょうね。ペイブメントとかダイナソーJrとか、ああいうジャンクな音楽をやりたいって組んだバンドなのに、途中からメンバー二人がスピッツみたいなのやりたいって言い出したから。ジャンクバンドにスピッツはできないよと。でもまあ、今となってはめちゃくちゃ仲いいですけどね。

―なるほど、ピアニカの牧歌的な雰囲気からは想像できないエピソードでした(笑)。ピアニカを使い始めたキッカケは?

池永:撮影現場の小道具だったピアニカをもらったのがきっかけなんですよ。

―それからずっとピアニカを吹き続けているんですよね?

池永:そう、性に合ってたんでしょうね。まあピアニカにこだわってるわけじゃないですけど、なんか音色が好きなんです。どんなに勇ましいフレーズ吹いても哀愁があるんですよね。僕、女々しいんですよ(笑)。

―でもその女々しさっていうか、メランコリックな部分といのうは、あら恋が愛されてる理由の一つですよね。誰だって、家で独りの時は女々しくなることもあると思いますし。

池永:音楽を聴きたくなるのって、そういう時だったりしますよね。人とうまく話せなかったとか、スポーツがヘタクソで悔しいとか、そういう現実からの逃げ場じゃないですけど、音楽を聴いて許された感じがあるというか。だから僕も、そういう感じで聴いてもらえたら嬉しいんですよ。生きる糧じゃないですけど、あ、なんかやろうみたいに思ってもらえたらいいですね。

ライフラインがしっかりあった上で、
そこから生まれる音楽って一番リアルな音楽だと思うんです

―今年に入って、大阪から東京に活動の拠点を移したのはどうしてですか?

あらかじめ決められた恋人たちへインタビュー

池永:今32歳で結婚もしてるんですけど、そろそろお金稼がないとだめじゃないですか。子供も欲しいですし(笑)。それで自分の音楽を仕事に出来る場所を考えたら、やっぱり東京がいいと思いました。もちろん大阪でやってる人もいますけど、仕事の内容をみると、東京からの仕事を大阪で作業してるものがほとんどで。大阪はまだメディアが少ないから、なかなか難しいですね。活性化されればいいんですけどね。

―けど関西のシーンって、めちゃくちゃ面白いですよね。

池永:昔から変わった感じの人が沢山いたんですけど、それがメディアに繋がるかどうかっていうところに問題があって。メディアに取り上げられないだけで、面白い人は昔から脈々といっぱいいますよ。

―関西って、なんであんなに面白い人が沢山出てくるんでしょう?

池永:東京に出てくる人って何かを目指してくるじゃないですか。そういう目的意識があるなかで作られる音楽とは違って、関西の人たちって何か目指してるわけじゃないような気がします。現に僕も仕事は仕事、音楽をやる上で現実的で生活的な目的は持っていなかったですし。「こんなんおもろいやろ」みたいな感じで作ってるから、売れたいっていうのが第一にきてなくて。だから変なことがいっぱいできるんだと思います。ステージ上でチーンしたり。

―池永さんはまさに「何かを目指して」東京に来たと思いますが、どんな決心があったんでしょうか?

池永:大阪ってね、みんな音楽をやめちゃうんですよ。面白いことやってんなあって思ってても、結婚したり働きだしたりして時間がなくなって。でも東京って、案外やり続けている人が多いですよね。街の力なのかわかんないですけど、とにかく僕はまだまだやりたい音があるし続けたいと思いました。嫁も養っていきたいからライフラインはしっかり持っておきたいけど、ライフラインがしっかりあった上で、そこから生まれる音楽って一番リアルな音楽だと思うんです。逆に、そのライフラインがない音楽ってうそ臭くないですか?

―その人の重みとか人生がにじみ出てる音楽って、ものすごいパワーがありますもんね。理屈で説明するのが難しいですけど。

池永:でも、本当にそう思うんですよ。僕はJAGATARAが大好きなんですけど、あれダサいじゃないですか。でも、江戸アケミ(JAGATARA)が言う「頑張れ!」って、聴いてて頑張ろうかなって思いますもん。「やるしかない」とかあの人が言うと、カッコいいんですよ。それはやっぱりあの人の人柄が音楽に出ていて、その人の中から出てくる言葉だからだと思うんです。だからやっぱり、音楽でも映画でもなんにしても、ワンシーンや一音聴いて、「その人」があるものが好きですね。難しいでしょうけど、僕もそれを目指していきたいと思います。

リリース情報
あらかじめ決められた恋人たちへ
『カラ』

2008年10月15日発売
価格:2,300円(税込)
MAOCD-023X mao

1. アカリ feat.石井モタコ(fromオシリペンペンズ)
2. よく眠る
3. トカレフ
4. 錆びる灯
5. 時間
6. silent way
7. トオクノ
8. 引火
9. コウカン
10. 十数えて(from audio safari / あらかじめ決められた恋人たちへREMIX)

プロフィール
あらかじめ決められた恋人たちへ

「あらかじめ決められた恋人たちへ」は、ピアニカ奏者、トラックメイカー池永正二によるソロユニット。哀愁の中に潜む狂気、猥雑さの中で輝くイノセンスという相反する要素が常に内包されているその作風は安易なカテゴライズ不可能な唯一無二の音風景を描き続けている。2008年10月15日、サードアルバム『カラ』をmaoよりリリース。



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