「都市の野生」を描く 淺井裕介インタビュー

マスキングテープとペン、土、ときには葉っぱやホコリをも使い、都市空間に自由奔放に描かれる自然の姿。淺井裕介による生命力あふれる『マスキングプラント』や『泥絵』シリーズは、空間をダイナミックに変容させ、かつその場に宿る何かを浮かび上がらせる。『あいちトリエンナーレ2010』では、かつて日本の3大繊維問屋街のひとつと言われた長者町に登場。不況の波にさらされつつ再生に挑む地域で、象徴的な3つの場所に新作を出現させた。実はその前年に始まっていたこの街との関係、そして制作の舞台裏や、共同制作などを経てつかんだ最新の創作姿勢について聞いた。

(インタビュー・テキスト:内田伸一 撮影:小林宏彰)

まず、これから何かが起ころうとしているのを伝えたかった

─淺井さんは『あいちトリエンナーレ2010』では、古くからの繊維業の街を舞台に新作を発表しています。でも、実はすでに昨年もこの街で作品をつくっていたんですよね。

淺井:はい。トリエンナーレのプレイベント『長者町プロジェクト2009』で、去年の秋に初めてこの街を訪れました。そのときも3ヶ所で作品をつくったんです。このときはトリエンナーレ前の催しなので、街を大きく変えてしまうことなく、まず、これから何かが起ころうとしているのを伝えられたらと思いました。だから比較的「迎え入れるような作品」になった気がします。

「都市の野生」を描く 淺井裕介インタビュー
《室内森/粘土神》2009 撮影:山田亘

─そのときの3つの場所と作品について話してもらえますか?

淺井:まず「純喫茶クラウン」は、創業58年でいまも70歳のおばあちゃんが地元の人のために開いているお店です。ここにテープとペンで『マスキングプラント』の花や木をいくつか控えめに描きました。お客がくつろげる素敵な雰囲気の場所なので、それを壊さないよう、もともとあるテーブルやポスターから僕の描く植物が生えてくるような感じで……。2つ目の「繊維卸会館」では、以前は呉服問屋だった畳の間で、壁一面にテープや粘土で森を描きました。3つ目は通りからよく見える街中のビルの外壁に、窓枠から伸びる『マスキングプラント』を描いたものです。

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《マスキングプラント・クラウンの樹》2009 撮影:山田亘

─各ロケーションは自分で選んだのでしょうか。

淺井:まず街を歩いて見て回った後に、ここでやれたらと思う場所をリクエストしました。展示室っぽい所よりも、街なかにはみ出していたり、この街の特徴を表したりしている場所がよかった。例えば、周りの建物が更地の駐車場になってしまった結果、むき出しでヌケのあるビルの壁面などが目に止まりました。

─そのひとつを使ったのが先ほどの、ビルに描いた『花窓』という作品ですね。

淺井:はい。命綱のようなロープを付けて窓から外へ体を伸ばし、どの方向にも指先が届く限界まで身体全身を使って描きました。だから出来上がりを見ると、描いた範囲が正円に近いんですけど、自分の手って思っていたより遠くまで届くものだなと感じました。描いた線が植物のように限界を超えて伸びて行くというか。これまでも色々な場所で描いてきたけど、足場を組むとコンディションはどこも同じになってしまうと思っているので、それよりもこの場所の声に答えるように何かをつくってみたかったんです。

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《花窓》2009 撮影:山田亘

人だけじゃなくて、空間自体に望まれる表現がある

─そして今回の『あいちトリエンナーレ2010』でも、昨年とほぼ同じ場所を使っていますね。前回作をそれぞれ展開させたかたちですか?

淺井:そういう見方もできるかもしれません。「純喫茶クラウン」では前回の壁の絵に加え、お店のコーヒーカップの底やお皿にも釉薬で絵付けをして、飲み終えるとそれが見えるようにしました。特製のコースターもつくったり、全体的に、小さな作品がそこかしこにあることで文字通りアートを身近に感じてもらったり、同時にお店や街のいろんな魅力を知ってもらえたらという狙いです。

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《クラウンのカップ》2010 撮影:大須賀信一

─そのお店の「おばちゃん」こと谷口さんも素敵な方のようですね。誰よりも作品に長く接しているからか、街一番の淺井作品の理解者で、お客さんに解説もしてくれているとか。

淺井:作品のそばに一番長くいる人のことはすごく意識します。美術館なら監視員さんやミュージアムショップの人だとか。スタッフの通用口から作品がどう見えるのかといったことも気になるんです。そしてそれと同じように、窓の位置とか、風の動き、光の移り変わりも気にします。人だけじゃなくて、空間自体に望まれる表現ってあると思うから。

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だから、あの店をひとりでやっているおばちゃんが、僕の作品を好きになってくれたのはすごく嬉しい。彼女はいろんな面で意識が高くて、よく人を見ているんです、それにいつもお洒落だし……あと人にものをあげるのが好き(笑)。だからお返しにいろんなものをもらったりしていて、それがお店に飾ってあるんです。そういったこともいちいち気になるんです。今回も遠くからきてくれた人にはタオルをプレゼントしているそうで。なぜタオルかっていうと、やっぱり繊維業の街だからだと思うんです。

─ビルの外壁に描いた絵は、今回どう「展開」したのでしょう?

淺井:ここだけは明かりや壁面のサイズの関係もあって場所を移していて、前のビルの近所の建物に夜間だけ映像作品を投影しています。でも「ビルの外壁に描く」という意味では去年と同じ流れなんです。今回の作品は、壁に投影した自分の手を見ながら、現地で一晩かけて絵を描き、それを一発撮りで録画しておいて壁に投影する、という作品です。前回の『花窓』と同じように、ビルの窓を起点に植物や花を描いたりもしていますし。構造としてはどちらもかなりアナログです。

─作品名のとおり、今回は『ビッグハンド』で壁に描いたということですね。

淺井:夜じゅう投影しているので、タクシーの運転手さんが休憩がてら眺めていたり、学生やサラリーマンが帰り道で立ち止まったり、色々な人が観てくれるようです。斜め向かいのホテルの客室にどうやらベストポジションがあるらしいとも聞きました(笑)。約50分の映像で5つの絵を描いているけど、必ずしもぜんぶ観てもらう必要もなくて、思い思いに眺めてくれたらいいと思います。

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《ビックハンド》2010 撮影:怡土鉄夫

いま思うと「自由」のとらえ方が少し変わったのかもしれない

─「繊維卸会館」では昨年と同じ部屋を使って、ただし激変といっていい状態を生み出していますね。前回はピクニックに来たような爽やかな雰囲気だったのが、今回はジャングルのようです。

淺井:でも、よく見ると前回描いた線はすべて残していて、それがどんどん生い茂ったようなイメージなんです。去年の状態が「迎え入れる心地よさ」だとしたら、今年は、すべてを取り込んでいく植物の生命力や、人のコントロールが及ばないような状態をこの場につくりたくて。実際に自分の中にそういう感覚がいつも見え隠れしているし、今回はたった半年の間で、同じ作品を同じ場所で発展させたわけですが、見れば見るほどまったく違う空間にしたかったんです。

─この作品ではボランティアの人々との共同作業も重要だったとか。

淺井:1日3人くらいずつ、でも毎日顔ぶれが変わるからかなり大勢の人に参加してもらいました。毎朝10時に集合して、まず「このへんに点々を描いて下さい」とかおおまかな指示だけして、あとはみんながいる間はそれぞれの人ができるだけ自由に、のびのび描いてもらえるようにアドバイスしていきます。そうすると、例えば僕ならやらないほど細かい点を打ち続けて、一日かけて小さな範囲を仕上げる人もいたり、すごく安定感のある線を淡々と引く人がいたりしてとても面白い。夕方にいったん解散で、そこからが彼らが描いてくれたものに僕がリアクションする時間。で、また朝がきて自分のコントロールを超えて……という毎日でした。そのうち、様々な人と一緒につくることも、いつも違う場所に行って描くという僕のこれまでの行為と同じことなのかもしれないと思い始めました。

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《室内森/土の話》2010 撮影:怡土鉄夫

─つまり、共同作業もその「場」の要素のひとつと考えたら自由になった?

淺井:あるときから、良い意味で「手伝ってくれる人に自分が合わせていけばいいんだ」と思えるようになりました。例えば同じアトリエで描いても、ひとりのときと、誰かがいるのとでは違うし、その人と一緒に描いたらもっと違うことが起きる。この『泥絵シリーズ』はいろんな場所でやってきて、これで10数作目なんですが、今回みたいな作品はひとりでは絶対できなかったと思う。

─別のインタビューで、高校生で絵画を始めたとき、ひとりですべてコントロールできる自由さに惹かれたとも話していましたね。そこからさらに心境の変化が?

淺井:うーん、それはいま思うと「自由」のとらえ方が少し変わったのかもしれない。それまで陶芸をやっていて、時間をかけないと上手くいかないとか、関わる人たちとの組織的なこととかがあって、そういうものからの開放感を絵画に感じたんです。でもいまの自分は、1日しかないなら1日でつくれる陶芸だってできると思える。絵も陶芸も考え方次第で、自由にも不自由になり得るなって。限られた時間やこれまでの経験を凝縮してその場所でしかできないことをやるために、ひとりでやる方法も、たくさんの手を入れてやる方法もあるということです。

作品が消えてしまったとしても、いつも何かを次に引き継いでいる

─多くの作品で、植物や動物、最近は子供のような人物像もモチーフにしていますね。これらが都市の中で存在感を放つのも、淺井さんの作品の特徴かと思います。

淺井:僕は自分が描くものの意味はよくわかっていないんです。何か描きたいものがあっても、いつも始めの一筆に引っ張ってもらいながら全然別の形に進むようなところがあるので。植物や動物は好きだけど、そういう風に自分の絵を前に進ませてくれやすいからという理由もあるかもしれません。だから逆に「自分がこんな絵を描いてしまうんだ」と思うことも多いし、それでいいと思う。描きたかったものと描かれたもののそういう変化は、僕自身が後ろのほうから結構引いた目線で見ています。

「都市の野生」を描く 淺井裕介インタビュー

─結果として今回の名古屋での作品群は、プレイベントとトリエンナーレ本番とでそれぞれの物語が発展し、つながっていた印象もありました。

淺井:僕としてはいつも、できる場所で、できることをただやるだけです。状況や仕組みのなかで、つくりながら考えるほうなので。この名古屋での2つの時期の制作のあいだにも、東京や博多、時にはインドなどぜんぜん違う場所でもたくさん作品をつくりました。でも実際は、それらがすべてつながっているとも言えそうです。

─それはどういった意味で?

淺井:僕の作品は、展示が終わるとその場所には残らないものも多いんですね。でもある意味では、どれもなくなってはいないと思っています。その時点では作品が消えてしまったとしても、いつも何かを次に引き継いでいる。そう考えると、たとえば以前と同じ系統の作品をつくる際、そのシリーズの情報だけ知っている人が初めて見た時に「泥絵やマスキングプラントってこんなもんか」と思われたら、いままでの作品に申し訳ないと感じます。そういったつながりの中で、より良い何かをつくれたらと思うんです。

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─お話していて、淺井さんの作品は詩のようだとも感じました。言葉が次の言葉を引き出すような、またすべてがどこかでつながっていくような絵の描きかたでもあるのかなと。

淺井:詩については、実はいつも考えています。ただ、それが何だかわからないのが少し悲しいんですが。この世界の中での詩人や詩の不足も感じていて、もっとそれらが満ちていればいいのにとも思います。詩って、はっきりした物語ではないし、確かなものでもない。むしろそういう存在になるのを避けていこうとする何かですよね。何通りにでも存在できるものというか。でも自分は勉強不足だし良く分からないので、音楽の中の詩や自然の中の動きの美しさ、それから絵やアート的なものでその不足感を補ったりしているんだと思います。そしてそれは直接絵に繋がっていくんです。

それから音楽、踊り、絵っていうのはそれほど別ものじゃない気もしています。音を奏でるように、または踊りを踊るように描かれる絵があってもいい。そういうことが自分にもできたらな、という気持ちはあるかもしれません。でも僕の作品が詩のようだと言ってもらえたのは、すごく嬉しいことですね。

イベント情報
『あいちトリエンナーレ2010 / Aichi Triennale 2010』

淺井裕介作品展示
2010年8月21日(土)〜10月31日(日)
展示場所:長者町会場の以下3ヶ所
・長者町繊維卸会館 11:00〜19:00(金曜日のみ11:00〜20:00)
・喫茶クラウン 7:00〜17:00(土日祝日は休み)
・丹羽幸株式会社ミクス館 南側空地 18:00〜深夜

プロフィール
淺井裕介

1981年、東京生まれ。1999年に神奈川県立上矢部高等学校 美術陶芸コースを卒業。在学中の壁画制作をきっかけに独学で絵画を始める。テープとペンを自在に操って描く植物画『マスキングプラント』や、現地で採取した泥や土を使用した壁画『泥絵』シリーズなど、屋内外のさまざまな場所に身近な素材を用いて奔放に絵を描いている。『VOCA2009展 大原美術館賞』受賞。



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